初デート? (主人公視点)  (鈴×主)


朝、いつもより早く起きて、軽くジョギングなんかしたは、冷たいシャワーで汗と熱を流すと自室へ戻ってきた
勉強机の上やベッドの下に 昨日の夜に散らかした服が落ちている
それを見下ろして、は小さくため息をついた
チラ、と横目で時計を確認する
待ち合わせは10時だった
駅までバスで15分程
まだ時間はたくさんあるけど、気だけが焦る
「まいったな、何着ていこう・・・」
普段、はほとんど私服を着ない
学校のある日は制服とジャージ
試合のある日は制服とユニフォーム
華道で何かイベントがある時は着物
それ以外の休日は、たいていトレーニングみたいなことをしてるから Tシャツだったり動きやすいトレーニングウェアだったり
「・・・いくら相手が鈴鹿でもTシャツで行くわけにはいかないよね」
ちょっと苦笑してみせる
友達と遊ぶ時のような格好でいいだろうか、と
そう思って最初に用意したジーパンとキャミソールは、弟に地味だと言われてしまった
「姉ちゃん、デートだろ?
 男はもっと期待してんだから もうちょっと張り切ってやれよ」
その一言で、少しも悩んでなかった今日の服装に、こんなに悩んでしまっている

「姉ちゃん、服決まったー?」
30分も、服の中で途方にくれていたの耳に 脳天気な声が聞こえた時には 時計は9時を回っていた
「・・・決まらない」
うんざりと答えてみせる
鈴鹿の好みは みたいなふわふわした可愛い女の子
のようなピンクや白のワンピース
動きにくそうで、ピラピラしててお姫さまみたい
そういう服はあまり好きじゃない
鏡の中の自分が、ちょっと偽者くさい気がするから
「え? いいじゃん、姉ちゃんそれ似合ってるよ」
「・・・なんか私じゃないみたい」
「えー、俺は好きだけどなー」
弟が鏡を覗き込んで笑った
この夏の初めに買った白のミニスカート
それにお気に入りのキャミソール
「下だけジーパンにしよっかな、やっぱり」
「なんでだよっ、デートだろ? デート!
 ジーパンなんか気合い入ってないと思われるぞ」
「・・・別にいいよ、相手 鈴鹿だし」
「相手が誰でも手抜くなよ」
「・・・あんたの発言はなんか変、尽
 あんた一体いくつよ」
「少なくとも俺は姉ちゃんより恋愛経験豊富だからね
 初恋以来 恋愛に興味ない、ってな姉ちゃんにアドバイスしてやってんの」
「・・・失礼ね」
「だって姉ちゃん バスケばっか
 服も色気ないし、せっかくのデートにジーパンで行こうとするし」
「いいじゃない、それが一番似合うんだから」
「・・・そんなに言うなら着てみせてよ」

すっかり弟のペースにのせられながら、は尽を部屋から追い出して最初に選んだジーパンに着替えた
白いミニスカートも可愛いし、
気に入ったから買ったんだけど、やっぱりこっちの方がしっくりくる
お気に入りのキャミソールとだって相性抜群
手を抜いてるわけではないんだけどなぁ、なんて
ため息をついたら ドアから尽がひょこっと覗いた
「お・・・」
ぱちくり、彼がまばたきするのを見つめる
そもそも尽にこんな風に振り回されているけれど
今日はデートだとかいって 尽は一人ではりきっているけれど
(そうよ、よく考えたら別にデートってわけじゃないし)
苦笑して、誘ってくれた時の和馬の顔を思い出した
レギュラー獲得前祝い
合宿でいい成績を上げた二人の、この高揚感が共鳴して「どこかへ遊びに行こう」と
同じ満足感を共有している者同士、その場の気が合っただけ
二人とも、あの時は興奮してたから
そのままのテンションで こうして遊園地に、なんてまるでデートみたいなことになったけど
「いいや、これで
 あんたが何て言おうと今日はこれで行く」
デートじゃないんだから、気合いなんて入れる方がおかしいんだし
和馬が好きなのはだから、和馬は何の期待もしてない
ちょっとだけ、心に曇りができた気がして苦笑したに 尽がにこっと笑っていった
「うん、いいよ、それで
 我が姉ながら、そのさりげなさがいい」
「は?」
「胸デかいの目立つし」
「はぁっ?!!!」
「これなら鈴鹿も喜ぶかもね」
「・・・あんた何言ってんのよ、マセガキ」
「あ、姉ちゃん
 9時半まわったよ、髪の毛それで行く気じやないだろ?」
「う・・・っ」
弟に、やっぱり振り回されながら は洗面所に駆け込んだ
シャワーを浴びて濡れた髪を慌てて乾かして、ポニーテールにまとめて
「これつけたら〜?」
またしても邪魔しにきた弟の手にしたリボンに ベッと舌を出した
「そういうの似合わないから嫌」
「・・・可愛いのに」
「あんたの好みでしょ、それ」
「鈴鹿はヘアピンが好きらしいよ」
「・・・アンタどっからそんな情報もってくるのよ」
「企業秘密」
「あっ、時間やばい」
「ヘアピンは?」
「いらないわよ、どこにつけるのよ、ポニテしたのに」
「・・・たまには髪下ろせばいいのに」
「嫌よ、このクソ暑いのに」
言いながらリビングへ駆け込んだに尽は苦笑する
「・・・そーゆうところがまだまだなんだよなぁ
 鈴鹿もデートなのに可哀想に」
男と女が二人で出かけるって言ったらやっぱりデートだろ
は違うと言うけれど、だったらどうして服で悩んだりするのか
遅れないように、いつもより早く起きたりするのか
きっと気分はソワソワでウキウキのはずなのに
「姉ちゃんってニブいからなぁ
 あの調子じゃ気付いてないんだろうなぁ、自分のキモチに」
だから髪を下ろせばもっと可愛いのに、そうしないし
服は悩んでも、その上にアクセサリーをつけるとかそういうことに気が回らないんだろう
「ま、元がいいから 何もつけない方がさりげなくてポイント高いかも」
我が姉ながら、と
肩をすくめた尽の横を バックをつかんでが通り過ぎた
「バス間に合う?」
「ギリギリね、いってきます」
慌ててドアを出ていく後ろ姿を見送る
「いってらっしゃい」
姉の初デート
多分、まだ意識してない相手とのデート
(何か面白くなってきたな)
そうか、相手は鈴鹿かぁ、と
ひとりごち、尽は笑った
弟としては、ニブい姉のひっさしぶりの恋の行方はとても気になる

炎天下
外はそんな感じだった
10時ともなると、日射しが強くなっていく
待ち合わせの駅には、それでも人がたくさんいた
(鈴鹿はまだかぁ)
大きくノビをして、それからちょっとだけ苦笑した
「あいつ今頃寝てんじゃないかなぁ」
昨日までの合宿はハードだったし、
ゆっくり家のベッドで寝るのは久しぶりだったし
(私はなんか、寝つけなかったけど)
やれやれ、と
駅の花壇の側に腰かけて はよく晴れた空を見上げた
デートだからって気合いを入れる必要はない
だって、これはデートじゃないから
レギュラー獲得という夢を共有する者同士、気の合う友達同士 合宿おつかれ様、という気持ちで遊びに行くだけだから
「だからまぁ、遅刻も笑って許してやるか」
くす、と
もう15分も過ぎた時計には笑った
昨日 遅れるなと言ったのにしょうがないなぁ、と
なぜか笑いがこみあげてくる
そういえば、合宿の時も一度寝坊して先輩からどやされていたっけ
(あいつ朝、苦手なのかな)
今度 目覚まし時計でも買ってやろうか、と
思ってまた 空を見上げた
心はなぜかそわそわして、落ち着かない
変なの、と
得体の知れないこの感覚に、は戸惑い苦笑した

「わりぃ、寝坊して・・・っ」
「25分の遅刻は大きいよ、アイスくらい奢ってもらわないとね」

いつもの和馬
でも私服なんて初めて見たかもしれない
(鈴鹿らしいなぁ)
これこそ本当に気を使ってない感じ
ズボンにTシャツ
練習の時と一緒じゃない、とちょっと安心した
和馬の顔を見たら、心のもやもやみたいなものがスッと抜けていく気がして
それが心地よかった
二人は友達
気を使わない仲
だから、和馬もいつもの和馬で、自分もいつもの自分
(なんか、緊張してたのかも・・・)
一気に肩の力が抜けた
そして楽になった
今日はめいっぱい楽しもう
バスケ部に与えられた唯一の休みだから
それを 一番に気の合う友達と一緒に過ごしているんだから

その日一日、乗り物に乗って、途中水遊びをして、アイスを奢ってもらって
この暑い中、二人は子供みたいにはしゃいで遊んだ
「お前タフだなー、ちっともバテねぇの」
「合宿に比べたらねぇ、遊んでるだけだし」
閉園前の遊園地内、出口に向いながら和馬が笑う
まだ明るい空の下、和馬の横顔はどこかキラキラしてた
「あっという間だったな、明日からまた練習か」
「うん」
今日、楽しかった? 私は楽しかった
それは言葉にはしなかった
本当にあっという間にすぎていった二人の時間
遊園地なんて来たのは久しぶりで、
和馬は気が合うから、自然体でいられて楽で、
練習ばかりの日々の唯一の休日だったから、それであっという間に感じたのか
それとも相手が和馬だからなのか
「オレ 帰ったらちょっと走ろ
 なんか身体がウズウズしてきた」
「明日レギュラー発表だもんね」
「おうっ、俺とお前 絶対レギュラー獲れてるぜ」
「だといいな」
いつもみたいに笑って、和馬は軽く右手を上げた
「じゃあな、お前も気をつけて帰れよ」
「うん」
お疲れ様、とも右手をひらひらと振った
休日が終わって、和馬の頭の中にはバスケのこと一色になる
その瞬間が見えたようで、もう走りはじめた和馬の後ろ姿には苦笑した
「バスケバカ」
その言葉がぴったり
「私も帰ったら走ろっかな・・・」
そうつぶやいて、も一人歩き出した
二人だけの休日が終わる、それに少しだけ寂しいような気持ちを残して

「あれ?」
ふ、と
公園の側で誰かの声が後ろから聞こえた
「やぁ、くん 今帰りかい?」
驚いて振り向いたその先
ようやく薄い紫色に変わりはじめた西の空の残り陽を受けて、色が立っていた
色の家はこっちの方じゃなかったはずだけど、と
彼の出てきた公園へ視線をやると、色は悟ったようににこ、と笑った
「夏の夕焼けを見たくなってね
 家を出てきたんだけど、夏の陽はなかなか沈んでくれなくて」
こんなところまで歩いてきてしまったよ、と
彼は柔らかな笑みをたたえて言った
くんは?」
「私は遊園地の帰り」
「へぇ・・・、男と?」
「え? 」
にこ、と
無言で微笑した色の向こうに 綺麗な空が見える
夕焼けは赤色だと思っていたけれど、今は薄い紫? 桃色?
不思議な色が、色の色素の薄い髪に優しい光を落としている
「うん、友達と」
「友達? で、彼はどこにいるの?」
「帰ったよ、私も今 帰り道だから」
「・・・君を送らずに帰ったということ?」
「友達をわざわざ送る奴なんかいないよ」
相手がなら違うだろうけれど
「変なこと言うね、三原って」
笑ったら、色は怪訝そうな顔をして それからに一歩近付く
「女性を誘って二人ででかけたのに送らないのはおかしいね
 よっぽど慣れてないんだろうね、その彼は」
色は言って、小さなため息をついた
「不馴れな彼が役目を放棄したというなら、僕がかわりに君を送るよ」
「え? いいよ、家もすぐそこだし」
それに送ってもらうなんて、
そんなの何か少しくすぐったくて
和馬と自分は友達だから、遊びの時間が終わったら別々に帰る
それが当然
何の違和感も感じていない
むしろ色の言うことの方に 戸惑いと照れを感じる
そんな特別な仲じゃないから、和馬が自分を送らないのは当然なのに
「ばかだね、くん
 男は何とも思ってない女性を誘ったりしない
 そのくせ帰りは送らないなんて、不馴れにもほどがあるよ」
相手に失礼じゃないか、と
その言葉にドキン、と
の心臓が高鳴った
誘われた時にデート? って思った
でもそれはすぐに違うと否定した
同じ高揚感を共有する者同士の、クラブの合間の息抜き
そう思った
二人は友達だから
「姉ちゃんデートなんだから」と
尽が言うのも否定した
そんなんじゃないから、余計な気合いなんか入れなくていい
いつもの自分で、飾らず気取らず
それでいい、だって相手は友達なんだから
「鈴鹿は友達だから、これでいいんだよ」
胸にまた、ザワ、としたものが生まれたのを感じた
ああ、一体これは何なんだろう
不思議そうに立つ色を見上げて、笑ってみせる
まだ、普通に笑えた
そう、和馬は友達だから 二人ででかけても、それがとても楽しくても
そこに特別な意味なんかない
「三原は夕焼け見るんでしょ? 」
ちゃんと見ておきなよ、と
空を指差して言って、はクルリと背を向けた
ちょっと胸が気持ち悪い
ザワザワとしたものが消えない
胸騒ぎみたいなもの、それはを不安にさせる
「じゃあね、三原っ」
それをふりきるように、は駆け出した
家まで走ろう
何も考えなくていい
(鈴鹿は友達だもん、あいつが好きなのはだもん・・・)
まるで言い聞かせるように は何度も心の中で繰り返した
薄紫色の夕焼け空が、不安定なの心の中のように 早いスピードで雲を流していく
生まれはじめた想いはまだ、自覚できない
はこの感情の名前を知らない


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