夏合宿 ザワッと編  (鈴×主)


夏合宿最終日は紅白戦が行われる
この合宿の仕上げとして、成長の度合いを計る目安として、レギュラー決定の判断材料として
だから今日はみんな、がぜん気合いが入っている
今日いいところを見せれば、それだけレギュラーが近くなるんだから

、絶対勝てよっ」
「あんたもねっ」

試合前の準備運動の後 一足先に試合のはじまる和馬が、そう言って右手の拳を差し出してきた
皆、それぞれに緊張の色を顔に浮かべているのに 和馬はまるで平気そうに笑っている
それを見て、クス、と
は左の拳をぽん、と
和馬の差し出した拳に当てた
試合前にわざわざ、こうしてやってきてくれるのが少しくすぐったい
「レギュラー取るぞーっ」
「おうっ」
がぜん燃えて気合いの入っている和馬の言葉に もまた元気に返した
合宿が終わったらレギュラーが発表される
レギュラーになれたら、よりたくさんの試合に出られる
絶対、取りたいと も心の中で繰り返した
ぶつかった拳と拳、
和馬から気合いを分けてもらったかのように、の中の緊張がスッ・・・と抜けていった
もうすぐ女子部も試合が始まる

試合後半、汗だくになりながら は必死にボールを追っていた
気持ちいいと感じる
中学の時からやってるバスケは、今やもうすっかり身体になじんで、
こうして動いてるのがとても気持ちいい
息が上がるのも、汗が吹き出るのも不快じゃない
目指すゴールを見遣って、シュートを決めた
昔から、綺麗なフォームね、と言われるのシュートは 見事にゴールのまん中にボールを通して2点入れる
「よっしゃ、っ」
気付けば、左側から聞き慣れた声が聞こえてきている
ああ、男子部の試合はもう終わったんだろうか、とか
ふと考える
あの和馬の元気な声
あの調子だと、和馬は勝ったんだな、と少し安心した
今は試合中で、彼の顔を確認する余裕はないけれど

「時間ないぞっ、っ」
たくさんの応援の声の中 和馬の声はよく通った
それは単に、が和馬の声だとわかるからか
残り時間あと僅か、耳に飛び込んできた怒声に似た声に の身体にびりっと電気みたいなものが走り抜けていった
時間がない? あと何分?
得点は2点差
同点は嫌だ、あと2ゴール決めて絶対勝ちたい
「1分切ったぞっ」
紅白戦といえど、レギュラー獲得を決める大事な試合
僅差で終了間近
誰もが必死で、多分考えるより先に行動してる瞬間
ガッ・・・と、
パスを受けたに2人のガードの身体が当たった
瞬間、の身体が右斜後ろに傾く
っ、ふんばれっ」
声が聞こえた気がした
思わず身体を支えようと出た左足が、ずき、と痛む
(・・・っ)
声に出して痛がっている暇はなかった
ゴールが遠い
でも、今入れないと負けてしまう
「そっから入れろっ」
それが和馬の声だったのかはわからない
苦手な3ポイントシュート
毎朝練習してるけど、100発100中にはまだまだ遠い
こんな大事な場面で? 打っていいのか?
パスを出して攻撃しなおした方がいいんじゃないのか
チラ、と
一瞬、視線をやった先に、仲間を探して
だが視界に映ったのは ゴールを指差して何か叫んでいる和馬の姿だった
「・・・・・っ」
瞬間、頭の中が真っ白になった
そして、やっぱり考えるより先に身体が動いた
手から離れていくボール
やけにスローに見えたのは自分だけだろうか
ガツンガツン、と
リングに当たってぐるぐるとまわり
それからボールはようやくゴールを潜った
なんてブサイクなシュート
それでも、それは3点をのチームにもたらした

「お前 本番に強いなぁっ」
「はー、危なかったよー」
試合終了後、マネージャーからタオルを受け取ったに 和馬がおかしそうに笑って言った
「バランスくずした時はダメかと思ったけどなー」
「あやうくコケそうになったよ」
「足 なんともないのか?」
「うん、平気」
あの時、咄嗟に身体を支えた左足の膝裏には、少しまだ痛みが残っている
それでも、今はその痛みより 試合に勝った喜びの方が大きかった
「これで合宿も終わりかぁ」
「終わってみればアッという間だな」
マネージャーが片付け始めたコートをながめながら 大きくノビをしたに和馬は身を乗り出した
どこか子供っぽい目をして、にこっと笑う
その顔が可愛いなぁ、なんて思っていた時 無邪気な顔をして和馬は言った
「なぁ、
 明日さ、練習ないだろ、どっか行かねぇ? レギュラー獲得前祝いに」
「・・・まだ取れるって決まってないよ」
他に答える言葉がとっさには出てこなかった
何?
それってデートってこと?
「取れるに決まってんだろっ、俺とお前なんだぜっ」
「そうだといいけど」
くす、
照れ隠しに、はそう言って笑ってみせた
デート?
そんなわけ、ないか
コイツのコレは、男友達を誘うノリそのものだから
そしてこの瞬間、和馬もも 勝利の余韻に酔いしれているから
この気持ちを共有できる存在と、少しでも長く一緒にいたい
多分、そういうことだと思う
和馬もも、興奮しているから
「おまえ どこ行きたい?
 練習休みなの明日だけだからな、めいっぱい遊ぶぞ」
「遊園地と本屋とスポーツショップに行きたい」
まだ行くなんて言ってないでしょ、とは言わなかった
和馬は気の合う友達
こんな気分のいい日に、誘われて悪い気はしない
それってデート? だなんて 考えたのは多分 和馬がこんな風に誘ってくれるのは初めてだったから
休日に、私服でなんて
「あ、俺もバッシュ新しいの見たくてさー」
「明日 月刊バスケ号外が出る日なんだ
 アメリカンプロのインタビュー載ってるやつ、アンタも見たいでしょ?」
「じゃあ、遊園地の後 それな」
「うん」
にこ、と
が笑ったのに 和馬も嬉しそうに笑った
どこかくすぐったくて、気持ちいいこの瞬間
それが和馬だから、だなんてにはわからなくて
和馬も同様、
これがだからだとは、気付かない
二人とも、まだ自覚は友達のまま

バスケ部員を乗せたバスは、合宿所を後にした
今日の試合の出来とか、明日の待ち合わせの時間とか
そんなことを話しながらバスに乗った二人は なんとなくなりゆきで隣同士
そして二人ともが、いつのまにか
いつのまにか眠りに落ちた
1週間のハードな夏合宿
見渡せば、部員のほとんどがうつらうつらと眠りの中
静かな、冷房のききすぎた車内
その冷気から、触れた肩から伝わる体温が守ってくれているようで
途中 ふと目を覚ましたは そのあたたかさに頬を染めた
(変なの・・・)
心がざわざわ言っている
すぐ側で規則正しい寝息をたてている和馬の顔をちら・・・と見て
それから慌てて目を閉じた
頬が火照る
なんとなく、気恥ずかしい
心にザワ、としたものが生まれていく
(何? これ・・・)
寝たフリをしながら、考えてみてもわからない
(変なの・・・)
やがて思考もまとまらなくなる
疲れが身体を蝕んでいって、
心地よい揺れと、和馬から伝わる体温が妙に安心して、それではまた眠りに落ちていった
バスは学校へと向かい、夏合宿は終わる
正体不明のざわめきを残して


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