夏合宿 ドキッと編 (鈴×主)
本日は夏合宿最後の夜
残すは明日の午前中の紅白試合だけとなった今年の合宿
最後の夜は恒例の、肝試し大会が行われていた
合宿所は寺
裏は墓地
まったくもってベストな環境
部員達はこの辛い練習の日々をやりとげた充実感を顔に浮かべながら 手に手に懐中電灯を持って集まっていた
男女がそれぞれペアになれるよう、色の違うクジを引いていく
「お、俺20番〜」
少し向こうで和馬がそう言ってるのが聞こえた
皆それぞれに引いたクジを見せあって、ペアの人を探している
「ちゃん、何番だった?」
「ええと・・・20番だ」
「あ・・・っ、鈴鹿くんとペアだ・・・いいなぁ」
何気なく引いたクジは さっき和馬が言ってた番号
隣でそれを覗き込んだ珠美が、心底うらやましそうな声を出した
ああ、もしかして珠美は和馬が好きなのかな、と
その瞬間思った
いいなぁなんて、言うから
「マネージャーは?」
「えっと・・・私は・・・女の子と ペアになるクジ引いちゃったの・・・」
かさ、と
珠美の開けてみせたクジは、ピンクのマジックで「ごめんね、女の子同士で回ってね」とメモが書かれてあるだけで 番号は何も書かれていなかった
「あのね・・・マネージャーも参加してるから どうしても女の子が余っちゃって・・・
それで一組だけ 女の子同士のカップルができちゃったんだって」
しゅん、とうつむいて珠美が言い、はその言葉に苦笑した
「不安だな・・・
ただでさえ恐いのに・・・女の子同士だと・・・」
「ああ、なるほどね・・・」
見渡す限り、男子と回ったところで そんなに頼りになりそうな奴はいないけど、と
思いつつ は手にしたクジを珠美に差し出した
「じゃあ取り替えてあげるよ、マネージャー
私はこういうの平気だから、女の子同士でも恐くないし」
「え・・・? でも・・・」
「鈴鹿とで良ければ、だけどね」
「そんな・・・っ、ほんとに・・・いいの?」
「いいよ」
頬を染めて を見上げた珠美に はクスと笑った
和馬と回りたいというよりかは、女の子同士で回るのが恐かっただけなのか
「ありがとう、ちゃん・・・っ」
半ば涙ぐむようにしながら 珠美はの差し出したクジを受け取った
そうして、遠くで自分のペアを探している和馬の方へと駆け寄っていく
それを見遣って、もまた自分のペアの女の子を探した
「きゃあ・・・っ」
「うおっ?!! なんだよ、でけー声出すなよっ」
「だだだた・・・だって・・・っ」
「おいそんなくっつくな・・・っ」
和馬と珠美の出発は20番目
30分近く待たされて、ようやく出たと思った途端 隣で珠美はキャーキャーとことあるごとに悲鳴を上げた
たしかに墓地は気味わるかった
明かりも少ないし、かと思えば墓に所々ともされた提灯の灯が 人魂みたいに見えてドキっとする
「わたし・・・こういうの・・・ダメなの・・・」
「俺だって好きじゃねーよ、こんなの」
恐いと思うから恐いんだ、と
隣で怯える珠美に悪態をつきながら 和馬は遠くで気味悪く光っている提灯を見遣った
二つ並んでいるアレがゴールの目印だと聞いた
そこから折り紙で折ったツルを取って 元の場所まで戻ってくる
ゆっくり進んでも10分もあれば終わるコースだ
だが二人はすでに、7.8分も ぎゃーぎゃー言いながらチンタラしている
「さっさと行くぞ、終わらねぇだろ」
「あっ、やだまって・・・っ」
ゴールは見えた
あとはあれに向かって進むだけだ、と
急に早足で歩き出した和馬に、珠美が半分泣きべそをかきながらついてきた
「ね・・・ねぇ、あそこ誰かいない?」
「いねーよっ、変なこと言うなよっ」
「でも・・・いま何か動いた・・・」
「他の組の奴だろ、いいかげんにしろよな」
びくびく、と
辺りをキョロキョロしながら見回しては震える声で無気味なことを言う珠美に 和馬はイライラと声を荒げる
(こいつといたら よけい気味悪くなるっ)
隣でキャーなどと叫ばれては、口から心臓が飛び出しそうになる
遊園地のお化け屋敷でも 気持ち悪くて好きじゃないのに
こんな本物のいるところは余計
さっさと終わらせて帰りたかった
こんななら、部屋で自主トレでもしてる方がマシだったのに
「ちゃん・・・大丈夫かな・・・」
ぽつ、と
隣で急に珠美がの名を口にして、それで和馬は俯いている珠美を見た
「どうかしたのか? あいつ」
「あ・・・っ、あのね、ちゃん ほんとは鈴鹿くんとペアのクジ引いたんだけどね・・・
私、女の子同士のクジあたっちゃって、恐いっていったら替えてくれたの」
「・・・え? がほんとは20番だったのか?」
「あ・・・うん・・・」
だから今頃 このとてつもなく恐いコースを女の子同士で回ってるんだ、と
心配気に言った珠美に 和馬はふーん、と気のないような返事をした
(なんだ、あいつ・・・別にわざわざ替えてやることなかったのに)
だが内心、そんなことを思ってドキとする
(いや、別にあいつと回りたかったとかいうわけじゃないけど)
そう言い訳してみながら、このクジ取り替えの話をきいて どこかがっかりした自分がいるのに和馬は気付いた
がクジを替えてあげるなんて言わなければ、今ここにいるのはだったのに
こんなキャーキャーうるさい珠美ではなく、あの気の合う 今一番一緒にいて楽しい女だったのに
(ちぇ・・・つまんねーの)
急に、おもしろくなくなって和馬は小さくため息をついた
もうこんなのはさっさと終わらせて帰ろう
明日は紅白試合があるんだから 部屋に戻ったらさっさと寝てしまおう
「行くぞ」
「あ・・・っ、はい・・・っ」
未だ不安気に 背後を見ていた珠美にそう声をかけた
そしてぼんやりと見えている提灯に向かって歩き始める
和馬達が無事戻って、肝試しもほぼ終わりとなった頃 誰かが達が戻らないと言い出した
「え?」
「、23番目に出てったから どれだけ遅くてももう戻ってきてるはずなのに」
心配そうな部長の言葉に 和馬は呆れたように言ってみせた
「迷子にでもなってんじゃねーの?
ちょっと入り組んでただろ、ここ
方向わかんなくなってんじゃないのか?」
しょうがない奴、と
呆れるふりをしながら、和馬はまっ先に先程戻ってきたコースに足を踏み入れた
「俺 探してきてやるよ」
「あ、じゃあ俺も」
いてもたってもいられないというような焦燥を隠して歩いていく
辺りが暗くてよかったと思った
今 ちょっとばかり、怒ったような顔をしていると思うから
おーい、と
呼ぶ声に しばらくすると返事があった
「どうする? 亡霊の声だったら」
「んなわけあるかよ」
探しに出た部員とそんなことを言い合いながら 声のした方へ向かうと 道の端の方に女子部のマネージャーが座って手を振っていた
見知った顔にほっとしながら、
だがそこにがいないのに また不安に似たものが胸を過る
「は?」
つとめて平静に聞いたら、彼女はなぜか裸足の足をさすりながら 彼女のすわっている場所の後ろ
ちょっとした斜面になっている暗闇を指差した
「私転んじゃって、その時サンダルがそっちに落ちていっちゃって」
見遣った斜面は1メートル先も見えないほどに真っ暗
明かりが届かないから がいるのかどうかもわからない
「さんが取ってきてくれるって言って下りていっちゃって・・・」
2.3分前に、と
女子部のマネージャーの言葉に 和馬は大きくため息をついた
「何やってんだよ、まったく」
そう言って、躊躇もなく 暗闇の斜面を駆け下りていく
そもそも、こんなことになったのは がクジを替えたりするからだ
おとなしく自分と一緒に回っていれば、こんな真っ暗な中 バカなマネージャーのサンダルを探したりしなくて良かったのに
がペアだったら、肝試しももっと楽しかっただろうに
「ーーーっ」
ざざっ、と下へ下りながら 辺りを懐中電灯で照らした
光のすじがすっと伸びていく
ざくざくと、スニーカーで雑草をふみつけながら下へ下へと下りていくと、やがて懐中電灯の光が見えた
「っ」
「・・・・・鈴鹿?」
そっちへ向けて怒鳴ると、不審気な声が返ってくる
ああ、いた
だ
それでちょっとだけ 安心した
「見つかったのかよ、サンダル」
「うん、たった今」
「で? お前は怪我ないのか?」
「私は大丈夫
ウチのマネージャーは転んだ時に足くじいちゃったみたいなんだけど」
ざくざく、と
人陰が近付いてくる
互いに手にした懐中電灯の光がひとつになり、ようやくの顔が見えた
「ならいいんだ」
意外にも、怯えた様子はなく
本人の言うように怪我もしていないらしい
「お前が怪我してなきゃいい」
「何? 」
「何でもねー」
ぷい、と
和馬は こちらを覗き込んできたから顔を反らすと、懐中電灯を左手に持ちかえた
そうして空いた手
の立っている方の手を差し出す
「戻るぞ、はぐれないように手つないどけ」
「え・・・?」
の顔は、恥ずかしくて見れなかった
何を言ってるのだ、と思いながら
自分の言葉に自分で赤面しながら それでも差し出した手はひっこめなかった
「みんなおまえ達が遅いって探しにきてんだからな
これ以上迷子とか出すと騒ぎがでかくなるだろ」
もっともらしい言い訳をしながら、和馬はここが暗いことを やっぱり心の中で感謝した
「早くしろよ」
「あ・・・うん・・・」
半ば強引に の手を取り、
そうして、そのままざくざくと、今下りてきた斜面を上っていく
の顔は、最後まで見れなかった
ただ心の中で「俺 何してんだ」と
意味のわからないこの胸のドキドキに戸惑っていた
珠美があんなに怯えたって、手なんかつなごうって気にはならなかったのに
そして今はこの真っ暗闇も そんなに気味が悪いとは思わない
何故って、そんなことに気なんか回してる暇がなかったから
顔の熱とこの胸の動悸
それだけで頭がいっぱいだったから
そして手は繋がれたまま、二人は互いに意識する
無意識のままに