傘  (鈴×主)


6月のおわり
しとしとと生温い雨が クラブの最中に降ってきた
肌にまとわりつくような湿気が気持ち悪くて
全部 汗と一緒に流れてしまえ、と
は、重い空気をふりきるように身体を動かした
いつもの練習
いつもの体育館
だけど今日は鈴鹿がいない

「あっつー」
「もう湿気最悪、こんな日のクラブってやってらんない〜」
6時を過ぎた頃、ようやく終わったクラブに部員がぞろぞろと体育館を出ていく
それを見送りながら、こんな日にモップがけ当番なは、ため息をつきつつ体育館の端へ歩いていった
外は雨
ザーザーと、嫌な音が聞こえている
(雨って好きじゃないなぁ・・・)
特にこの季節は本当に、うっとうしい
汗と湿気で腕にはりついたTシャツにぱたぱた空気を入れながら はまた大きくため息をついた
気分が乗らないのは、鈴鹿のせいだ
クラブのはじまる前、鈴鹿とが一緒に屋上へのぼっていくのを見かけたから
ああ、二人は本当に仲がいいなぁ、なんて思って
それから、昨日鈴鹿のためにダビングしたMDのことを思い出して苦笑した
あいつ早くダビングしろとか言ってたくせに
「今日クラブ無理っぽいから」
の顔を見て、焦ったように言った鈴鹿には 多分目の前ののことしか見えないんだろう
(もぉあいつにはダビングしてあげない)
またため息をついて、は体育館の天井を見上げた
無性に、イライラした

雨はまだ降っている
下校時間の迫った体育館で、は1人練習を続けていた
誰かのことで こんな風にイライラしたり気分が落ち込んだりするのって自分的にとても変で
鈴鹿のことばかり考えてるのも嫌で
それで、はボールを手に取った
バスケをしている時は何も考えなくてすむから
ボールとゴールに集中していられるから
雨がやむまで動いていよう
何も考えなくていいように

「あれ・・・? おまえまだいたのか」
「・・・っ」
下校時間のチャイムが鳴ったのと同時に、体育館の開け放たれたドアの側で声が響いた
「何してんだよ、こんな時間まで自主練か?」
「あ・・・・うん」
あんたこそ、どうしてここに、と
言いかけて、は言葉を飲み込んだ
親し気なと鈴鹿
みんなが噂するように、二人はつきあっているのかもしれない、とか
秘密の話をしながら、今ごろ一緒に下校しているのかもしれない、とか
想像して、何度もため息をついて
今、ようやく忘れていたのに
身体を動かすことで、気持ちをカラにしていたのに
(思いだしたじゃない・・・)
不満気に鈴鹿を見遣ると、彼は怪訝そうにを見た
「何だよ・・・」
「別に
 あんたと帰ったんじゃないの?」
「いや・・・なんかあいつ用事あるっぽかったから」
「用事って?」
「同じクラスの男に呼び出されてたみたいでさ」
「・・・へぇ」
相変わらずモテモテだね、なんて
言ったに、鈴鹿は大きなため息をついた
「断るらしいけどな」
「良かったじゃない」
「・・・まぁ、な・・・」
ぽり、と
頬をかいて苦笑した鈴鹿に、もまた苦笑した
鈴鹿って本当に、自分のことを女として見てないんだなぁなんて思って
それから、どうしてそんなことで 自分の気持ちがこんなにも沈むのかわからなくて
戸惑い半分、想いをもてあましていたに、鈴鹿が今までとは違う口調で言った
「おまえもう帰れよ、外暗いぞ」
「平気よ、暗いくらい」
「危ないだろ
 もしかして傘ないのか? 」
「え・・・・あ、うん・・・・」
危ないだろ、なんて
まるで女の子に言うみたいな言葉、と
驚いて、つい肯定の言葉でうなずいてしまった
傘はロッカーに置いてあるから 別に雨宿りってわけじゃないんだけど
ただ単に この正体不明の気持ちを何とかしたかっただけなんだけど
「俺の傘かしてやるから早く帰れよ」
「・・・・・いいよ、鈴鹿が濡れるでしょ」
「別に俺は濡れたってどうってことないけど、お前は一応女だからなぁ」
風邪とかひくと困るだろ、と
言った言葉に苦笑した
「一応って何よ」
「あんま女って感じがしねーから」
くく、と
楽し気に笑った鈴鹿に、もようやく笑った
ああ、ちょっとだけ気持ちが軽くなった気がする
イライラしていたのは、といた鈴鹿が 自分の知ってる鈴鹿じゃなかったから
真剣な顔をして、きりっとしていて
それはそれで格好いいんだろうけれど、何か違う
鈴鹿はこうやって笑って軽口叩いてる方がずっといい
「お、やっと笑ったな」
「え?」
「なんかお前さっきからずっとしかめっ面してたから」
「・・・・・っ」
そして、
同じことを鈴鹿が言ったのに は思わず赤面した
言葉が出なくて、顔が熱くて
心臓がドキドキした
それに、つられたのか鈴鹿も顔を真っ赤にして、何なんだよ、なんて
まるで怒鳴るように声を上げた
心臓はまだ、早鐘のように鳴っている

ターンターン、と
体育館に響くボールの音に背を向けて、は鈴鹿の黒い傘を広げた
俺は自主練して帰るから、と
一日でも動かないとやっぱ気持ちわるいから、と
言って鈴鹿は残り、
借りた傘をさして は学校を出た
雨が傘にあたって音をたてる
シタタタタ、パタタタタ
まるでこの鳴り止まない心臓の音みたいだと思いながら 得体の知れない感情には小さくため息をついた
「やっと笑ったな・・・?」
鈴鹿の言葉をくり返してみる
そうしたらまた赤面した
が鈴鹿を見ているように、鈴鹿ものことを見てくれているのだ
しか目に入ってないわけではない
たとえ、友達としてでも
男みたいな何でも話せる友達、でも
それはとても嬉しかった
鈴鹿はのことも、見てくれている

雨の音を聞きながら はほんの少しだけ笑った
まだ理解できないこの不安定な気持ち
だけど今は、普段は邪魔な傘も雨も、心地いい


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