「勇気」という名の英雄


深い森を抜けた先には、滅んだ街が広がっていた
もうずっと前に崩れたのであろう建物、教会
二度と緑の戻らない土地
吹く風は埃っぽくて、ヒュウヒュウと寂しい音をしている
ここはスラム
長く続いた戦争で、崩れてしまった街の成れの果て

「なんか、嫌な音がする・・・」
馬に乗って 何もない街を走りながら はずっとこの妙な音を聞いていた
風の音に混じって、何かの鳴き声みたいな、咆哮みたいなものが聞こえる
「気持ち悪い・・・」
つぶやくと、隣でソード・マスターが苦笑した
「ここらに巣食ってる巨大な魔物がいるな
 それの声だ」
「巨大な魔物?」
「ここは大分前に滅んでしまった乾いた土地
 そういう場所に好んで住み着く魔物がいる
 奴らは乾いた死体を食って生きてるからね」
戦いの後、放置された人々の亡骸
そんなのを食ってるんじゃないかな、と
顔色ひとつ変えずに言ったソード・マスターに はぞっとして顔をしかめた
「死体を食べるんですか・・・?
 そんな・・・誰かちゃんとお墓を作って、魔物も退治してくれたらいいのに・・・っ」
「城もこんな辺境スラムの魔物退治にまで手が回らないらしいからね
 このまま放置さ」
いつまでも、と
どこか皮肉なその言葉に、ソード・マスターとは反対側に馬を並べていたヒムロが眉をひそめた
「仕方がないだろう
 街を襲う魔物の報告が一日に何件入ってくると思っている
 被害の大きいものから順に処理して犠牲を最小限に抑えているんだ
 こんな辺境には手が回らない」
「わかってるよ、そう言ったろ」
「含みがあったように聞こえた」
「そうか? 事実だ」
「・・・・・」
黙り込んだヒムロを横目で見て は小さくため息をつく
ヒムロは城では それなりに地位があるらしい
王の片腕として、城の規律の手本として存在していたとか
「あいつは勉強家だからなぁ
 あいつのオヤジさんも それはそれは優秀な執政殿だった
 王に信頼され、民に愛されて、国になくてはならない人と言われていた
 ・・・早くに、亡くなってしまったけど
 あいつはそんな親父さんみたいになりたいんじゃないかな」
どこかの宿で、ソード・マスターは言ったっけ
ヒムロは父のようになりたいと言って 勉強して、知識を身につけのしあがり今の地位を手に入れたと
王に最も信頼される執政という立場を手に入れたと
「・・・仕方ないではないか
 そんなに言うならお前が討伐隊に入って魔物を始末してみせろ」
「俺は城仕えはやめたの」
「ならば勝手なことばかり言うな、私は全力を尽くしているんだ」
「はいはい、執政殿はいつも正しいですよ」
「・・・・」
の左隣で、ヒムロは言葉を飲み込んだ
ソード・マスターの言葉は真実だ
そしてヒムロが国を想って努力しているのも、城に人材も時間も足りないのもまた事実
誰かを助けたら、その間、助けてもらえなかった者き泣き
別の誰かを選んだら、選ばれなかった者が傷つく
国は復興を続けているけれど、それでもまだ足りない
人を救える戦士も、医者も、
建物を作り直し橋を架ける技術者も
そんな中、最善の采配で少しでも多くの人を
少しでも多くの街を、村を救おうと ヒムロは考え行動しているのだろう
そして、そんな中 国を束ねる王が死んだ
衝撃的だった遺言
空の王座と行方不明の姫、そしてこの国の行く末を巡って また争いが起きるかもしれない

(恐い・・・)
ぶる、と
身震いして、は小さく息を吐いた
今 初めて目にするこの光景に 心が震える思いでいる
誰もいない街
灰色の空
建物は崩れて、風は埃っぽくて
遠くで魔物の声がする
感じたことがある
この光景、これはこの国の傷そのものだ
隣で難しい顔をして黙ってしまったヒムロを見て、胸が痛む
彼は彼なりに努力をして この国を救おうとしているのに
国中から集まる報告に使者を送り、対処し、国をここまで復興させたのに
王の側で、王の片腕として精一杯やっているのに
それでも追い付かない現状
彼もまた、この光景に傷ついているのかもしれないと、
そう思うと苦しかった
彼の言葉を思い出す

「この国には王が必要です
 そして、それは貴方以外にありえない」

もっと自覚を、
もっと考えて行動してください
(私みたいなのが王になるなんて、きっと不安で仕方ないんだろうな)
ヒムロの難しい顔
何度も何度も繰りかえす、うるさいくらいのお小言
うんざりしていたけれど
記憶もないただの村娘に、そんなこと言われても困ると
そう思っていたけれど
「・・・そうだよね、この国のためになる王が欲しいんだもんね・・・」
ぽつり、
つぶやいて、は俯いてそっと苦笑した
自分にこんな、まだ傷ついた国をなんとかできるのだろうか
王になって、ヒムロの期待するようなことができるのだろうか
誰かひとりでも、救えるのだろうか
(・・・できないよ・・・)
不安は急に、身体中に染みていった
こんな自分に、何かができるなんて思えない

あたりはずっと、荒野だった
内戦の傷跡が深く残った灰色の街が転々と続く
夕暮れの赤い光が、崩れかけた教会の壁を染めて、まるで血みたいだと思った
悲しい色
そして悲しい街
もうずっと黙って馬に乗り続けていたに、ソード・マスターが声をかけた
「姫、今日はここで野宿決定だよ」
「あの教会ならまだ安全だろう」
ヒムロが馬を下り、街の中央にある大きな教会へと歩いていく
広場だったのであろうその場所には、濁った水たまりがいくつかできていて、
瓦礫の山は触ると今にも崩れてきそうだった
スタ、と
も馬から下りる
そして先に立つヒムロについて歩き出した
ジャリ、ジャリ、と
建物の細かいカケラを踏み締める音がする
なんだか、背中が寒かった
いやな予感みたいなものが、後ろの方からやってくる
「不自然な程に魔物の気配がないな」
「え・・・?」
シャラン、
の一歩後ろ、ソード・マスターが剣を抜いた
その 瞬間

ヒュ・・・・・・・ッ

「?!!!」
妙な触手が何本も空中に伸びてきて、あっという間に視界を覆った
植物? 動物?
一瞬のことに、はただ目を見開くだけで他には何もできなかった
耳に残った ソード・マスターの剣とさやのこすれる音
その余韻も消えないうちの出来事
身体が浮いたと感じたのと、痛みを感じたのと、
それから何か得体の知れない液体が、頭の上から降ってきたのは ほぼ同時だった
「姫っ」
振り回される身体
視界がぐるん、と勢いよく回って 途中ヒムロが見えた気がした
だが次の瞬間には、すぐ側でおぞましい悲鳴が上がって それきり
の意識はそこで途切れた
何が起こったのか理解する前に

その魔物が出てきた瞬間、
はじめから狙っていたのであろうの身体を触手で巻き上げ持ち上げた瞬間
ソード・マスターは剣を払っていた
触手の何本かが青い液体を吹き上げてバラバラに刻まれ地に落ちる
「姫っ」
教会のドアに手をかけていたヒムロの声
それと同時くらいに、別の触手でを捕まえなおし連れ去ろうとした魔物に もう一度斬り付けた
崩れた建物の中から出てきた本体
老木の化け物みたいな気味の悪いその胴体に 深く深く剣をつきたてる
青い体液が、両手を染めた
同時に耳をつんざくような悲鳴をあげて その魔物は倒れ
触手から解放されたの身体は地に投げ出された

「姫・・・っ」
かけよったヒムロが抱き起こしたの身体は 魔物の体液をかぶり濡れていた
「まずい、毒だ」
ガチャン、と
剣を地に突き立て、ソード・マスターが言い その言葉にヒムロが蒼白になって腕の中の少女を見下ろした
「体液を浴びた部分を切って 汚された血を流せ」
「な・・・っ、何を・・・っ」
「でないと死ぬぞ、お前がやれ」
パシ、と
震える手でナイフを投げてよこし、ソード・マスターは痺れはじめた両腕に 自らの剣で傷をつけた
どす黒い血がボタボタと地に落ちる
魔物を倒した時に腕にかかった体液で ソード・マスターの腕は毒に犯されている
「できない、そんなこと・・・っ」
「姫をこのまま死なせるのか
 お前がやらないなら俺がやるぞ」
「な・・・っ
 よく見ろっ、姫は顔を・・・っ」
「だから何だ」
ヒムロの腕の中 意識を失っているは、顔から肩にかけて体液を浴びている
その部分を切れ?
の顔にナイフを入れろということか
「・・・・他に方法はないのかっ」
「俺は知らんぞ、他の方法は」
ぎゅ、と
傷口から悪い血を絞り出すようにし、ソード・マスターは天を仰いだ
こうなったのは自分にも責任がある
あの魔物の特性を確かめもせず 無謀な戦い方をしてしまったから
まさか体液に毒があるなんて思いもしなかった
わかっていたら、に体液がかかるような倒し方はしなかったのに
「お前がやらないなら俺がやる」
少女の顔に傷が、
ヒムロにとって大切なクローバー姫である
それにナイフを入れるなどヒムロにはとてもできないだろう
後でがどんなに傷つくか
それは簡単に想像できる
だが、それでも今を死なせるわけにはいかない
「かせ、俺がやる」
ソード・マスターは、を抱いて蒼白な顔をしているヒムロからナイフを奪い取った
死なせるわけにはいかない
この少女はこの国の王になる者だから
この仕事の「守るべき者」だから
笑顔を忘れた親友の、何よりも大切な姫だから
言葉もなく ただ親友の手に握られたナイフを見つめるヒムロと、
その側に膝をついたソード・マスター
血に濡れた手が の頬に触れた その瞬間

「おいおいスゲーな、コレ
 おまえ達が倒したのか?」

突然、頭上から場にそぐわない声が降ってきた
反射的に見上げた教会の屋根
傾いた十字架にもたれ掛かるようにして、男が立っていた
その影が、スタ、と地に着地する
「そのバケモノ、ここらの主だ
 仲間が何人も食われた
 ・・・倒す罠を今夜張ろうと思ってたのに、無駄になったな」
男は無愛想な表情でそう言って、それから立ち上がったソード・マスターの足下
呆然とした様子でいるヒムロと、死んだように意識を失っているを見た
地に落ちた大量の血
魔物のまき散らした青い体液
死んだような少女
「体液かぶったのか・・・」
言うなりツカツカ、と
男はの側へと歩き、ぐったりした身体に手をかけた
「何をする・・・っ」
ヒムロが、言葉を発したのと、
彼が手にした筒から何かをあおったのは同時
そして次の瞬間、ヒムロが言葉にならない悲鳴みたいなものを発したその隣で
男はにくちづけた

深夜、うっすらと目をあけたの視界に 最初に映ったのは古い古い天井の絵
もう色もわからないほど傷んで 何の絵だかはわからないけれど
それが太陽のように見えて、は一瞬 外にいるのかと錯角した
それが、突然消えて もう見なれた顔が現れる
ああ、ヒムロだ
また心配そうな、怒ったような顔をして
何か言っている
聞こえないけど、また叱られてるのかな
それとも、呆れてる?
「ごめんなさい・・・」
ごめんなさい、また私何かした?
何をしてもヒムロは顔をしかめてばかり
彼の記憶の中の、彼の知る、彼の大切に思うクローバー姫にはなれなくて
そればかりか、ヒムロやソード・マスターが期待するような王にもきっとなれない
この国の傷、それを見て思った
求められているものは、あまりにも重い、と

「また、眠ってしまった・・・」
一度、目を覚ましたに呼び掛けても は答えず
また目を閉じて眠りについた
「薬が解毒してる最中だ
 朝になったら毒は全部消える、あんたらも今のうちに寝ておけば?」
言った男を見遣り、苦々しく首をふりヒムロはまたへと視線を戻した
あの時、突然現れたこの男は、に口移しで薬を飲ませた
今晩、あの魔物を退治するための罠を張ろうと思っていて、
毒のある魔物と戦う準備に、解毒剤を用意してきたんだと言った
ソード・マスターが魔物を倒した今 罠も薬も必要なくなったと
に薬を与えてくれた
おかげでは今、一命をとりとめている
「君たちはここに住んでるのか」
「そうだ、ここは俺達の生まれた街だからな」
教会は、外から見るほど傷んではいなかった
スズカと名乗ったこの男をはじめ、数人の子供が住んでいる
滅んだ街で、他に行くあてもなく
毎日魔物の声に怯えながら 無事明日を迎えられる様祈りながら眠るのだという
「どうして他の街へ行かない」
「どこも俺達みたいな薄汚い人間が住みつくのは歓迎しないらしいぜ
 俺一人なら まぁなんとかなるのかもしれないけど・・・
 こいつらは幼い
 遠い街までの道のり、耐えられるとは思えない
 怪我してる奴もいる、病気の奴もいる
 ・・・見捨てては行けない、だからここに残ってる」
言い捨てるようにして、スズカは天井の絵を仰いだ
「聞けばよその街は潤ってるっていうじゃないか
 なのに俺達の街はこうだ
 食い物はない、緑も生えない、風は埃っぽくて、魔物がいつも側にいる」
不公平だよな、と
つぶやく横顔には、小さな傷がいくつもある
「こんなところでどうやって生活を?」
「1, 旅人を襲って金を奪う
 2, 近くの村を襲って家畜を奪う
 3, 魔物の住む森から食えるものを調達する
 ・・・さて、どれでしょう」
冗談なのか、そうでないのか
スズカの表情からは読み取れなかった
その眼に深い怒りのような色が浮かんでいる
ヒムロにとっては、覚えのあるものだった
誰かを憎む、きついきつい眼
「統治者がいいかげんだから、こんな国になったんだ」
それは、王に対する批判
政治の歪み、国の傷
「戦争で、俺達は傷ついた
 街を失い、親を失い、友達も家も失った
 なのに城の奴らは何も失ってない
 今も贅沢に、綺麗な城で綺麗なテーブルで綺麗な服を来て楽しく愉快に暮らしてんだろ?
 ・・・それが俺には許せない」
助けてもらえなかった者の怒り
傷つけられ放置された者の嘆き
「俺は死ぬ時は城に乗り込んで 王族を殺してから死にたいね」
冗談か、本気か
その表情からは、やはり何も読めなかった
しん・・・とした教会の中
未だ目を覚まさない
言葉もないヒムロ、黙って何か考えているソード・マスター
そして、隅の方で身を寄せあうようにしてこちらを伺っている子供達
夜は長い
扉の向こう、風の無気味な音だけが響いていく

ふ、と
再び目を覚ました時 はやはりここが外だと錯角して身体を起こした
「あれ・・・?」
静かな空間
まだ朝も早い時間、側には壁にもたれるようにしてヒムロとソード・マスターが眠っている
ここはどこ?
どこかの建物の中みたい
「起きたか、身体なんともないか?」
「あ・・・はい」
囁くような声に、振り返ると知らない男がほんの少し笑った
多分同じくらいの年のその男は、戸惑うに手を差し出す
「お前 バケモノの体液頭からぶっかぶって倒れたんだ
 そのままじゃ気持ち悪いだろ
 外に川があるから、そこで洗えよ」
「・・・・うん・・・」
差し出された手を取ると、彼が強く引いて立たせてくれた
眠っているヒムロとソード・マスターを起こさないよう そっとその場から抜け出して重い扉を開く
まだ日の昇らない街、扉の向こうの光景に はようやく思い出した
昨日のことと、この場所のこと
この国の、傷のこと

パシャ、
スズカが案内してくれた川は透き通っていて、その水はとても冷たかった
汚れた服を脱ぎ、頭まで水に潜ると ゆらゆらと青い色が流れていくのが見えた
スズカが言ってた
これには毒があって、皮膚を通して体内に浸透し、血を汚してしまうと
お前はもう少しで死ぬとこだったんだ、と
「つめたい・・・」
丁寧に、身体と髪を洗う
冷たい水が、もやもやとした心まで綺麗にしてくれる気がして、いつまでもそこにいたい気がした
「おまえ、なんでまたこんなとこを旅してんだ?」
「え?」
側の木の向こう
こちらに背を向けて、スズカが言う
その言葉に、は返答に困った
身分のことは、人には言うなと そうヒムロに言われている
いらないトラブルを生むから、と
の地位を狙って、を亡き者にしようとしている者もいるのだから、と
それで、言葉が曖昧になる
「家に・・・帰る途中だったの」
「へぇ、どこにあるんだよ? 家って」
「ええと・・・多分、南の方」
「多分、南?
 なんだよそれ、わかんねぇ奴」
「えへへ、私 昔 盗賊に襲われてね
 親とはぐれて 遠い村で引き取られて暮らしてたの
 家から・・・迎えがきて、それで今、帰る途中なんだ」
「ふーん、お前もなんか、苦労してんだな」
「う・・・ん」
ぱちゃ、と
は水に肩までつかりながら、ゆらゆら見える自分の身体を見下ろした
傷だらけ、消えない痣も多い
盗賊に切り刻まれた身体は、時がたっても その傷を消してはくれなかった
胸にも、背中にも、腕にも、足にも、
痛々しい程に残っている
あの幼い日の悲劇が
クローバー姫が死んだ、あの日の痛みが
「そろそろいいか?
 俺、森に行く時間だ」
「え? 森?」
「食い物取ってこないと飢えるだろ
 お前も腹減ってるだろうし、食わせないとあいつら死んじまうし」
ざっ、と
全部言い終わらないうちに、スズカは立ち上がるとこちらを振り向いた
とスズカの視線がぶつかる
「きゃ・・・っ」
「え・・・、うわっ、おまえまだ裸でいたのかよっ」
バチャン、
驚いて、慌てて水に首まで潜った
予想しなかったの様子に、耳まで真っ赤になったスズカと
「何トロトロしてんだよっ
 ベラベラしゃべってるから もう着替えたと思っただろっ」
「ご・・・ごめん・・・なさいっ」
慌ててまた後ろを向いたスズカの背中をみながら、はそっと水から上がった
見られたかな、身体中の傷
こんな風に醜いものは、見る人をきっと不愉快にさせてしまう
村のみんなもそうだった
優しかったみんなは、心配して、慰めてくれて
が平気だと言っても 自分のことのように想ってくれた
ちょっと痛くて、嬉しくて、困ったっけ
こんな傷はみんなの、想ってくれる言葉でとっくに癒されている
なのにみんな、心配するから
だからなるべく人に見せないようにしていた
心配をかけないよう、気分を悪くさせないよう、
(一瞬だったもんね・・・大丈夫・・・)
傷のことを何も言わず、森にはどんな魔物がいるだの、
夜明けの時間が一番空が綺麗だの、
話すスズカに少し安心して、は魔物の体液で変色してしまった服を着た
緑色の宝石のたくさんついたロザリオを首からかけ、服の中へとしまう
空が、スズカのいうような黄紫色を映しはじめた

そのまま、はスズカについて森へと行った
「バケモノが出たらすぐに逃げろよ
 俺、お前を守りながら戦うとかできないからな」
「うん」
暗い森
荒野と街を飲み込む勢いで広がる森には、色んな木が生えていた
スズカは真直ぐに、一本の木へと向かい その実をもぎとる
緑色の楕円形の実は、には初めて見るものだった
「こんな風に生活してるの?
 どうして他の街へ行かないの?」
「あいつらを見捨てて行けない
 みんな生きるのが精一杯で 街まで移動もできない
 途中バケモノに襲われたりしても逃げられない
 ここで生きていくしかない
 俺一人なら何とかなるかもしれないけど、あいつらを置いては行けないだろ」
「・・・ずっと、こうやって生きていくの?」
「そうだな、死ぬまで」
死ぬまで、と
言ったスズカの目は 何かを諦めたような色をしていた
高い枝から実をもぎとるその横顔を見ながら、は考える
城からの使者が今すぐこの街に現れて、スズカと取り残された子供達を助けてくれたらいいのに
どこか安全に暮らせる街へ、連れていってくれたらいいのに
街には 裕福に笑ってる人がいて
スズカはここで、毎日子供達のために、自分の未来を犠牲にしているなんて
一人なら出ていけるとわかっていて、それでもここに留まってるなんて
こんな、諦めたような目をして

「王が悪い、俺達はロクでもない時代に生まれた」
吐き捨てるように言ったスズカの言葉が痛かった
「城の奴らは今も愉快に楽しく暮らしてるんだと思うと吐き気がする
 俺は親が戦争で死んだ時に思った
 同じように、王族の奴らも殺してやるって
 ・・・そして、思い知らせてやるって
 あいつらは、自分の都合で戦争を初めて、終われば後始末もせず自分達だけ笑ってる
 許せない
 見えるとこだけ綺麗にしたって、その影で 今もまだ泣いてる奴らがゴマンといるのに」
国は豊かになった、なんて
何を見てそんなことを言うんだ、と
言った言葉に はひとつうなずいた
それは真実
村を出て、見てきたものはスズカのいうようなものばかりだった
貧しい人たち
それに知らんぷりの豊かな人たち
自分には王族だった頃の記憶がないけれど、今もこの首からかかっているロザリオを見ればわかる
城は豊かで、富にあふれていて
傷つけられた者達のことなんかには、気付きもしない
見ようともしない
きっとそれが真実
そして、それがに託されようとしている国の現状

急に泣き出したに、スズカはどうしていいかわからないでいた
「お・・・おいっ」
ぼろぼろと涙をこぼし、はただごめんね、と言うだけで
理由を聞いても答えてはくれなかった
穏やかなヘーゼルの瞳からこぼれる大粒の涙
どうしようもなく見つめて、スズカはそっと その頬に手を触れた
「泣くなよ、お前は笑ってる方がずっと可愛い」
大人の男二人に守られて旅なんかしてる、うさんくさい女
最初のそんな印象は、もう消えている
のまっすぐな目に、安心みたいなものを覚えるから
ああ、もきっと 人の痛みを知っているのだと
スズカの大嫌いな貴族や王族とは違うのだと
そう思えるから安心した
だからが泣くと、悲しかった

教会を抜け出して2時間近くたった頃、とスズカは戻ってきた
教会が見える広場まで辿り着き、違和感に顔を上げた途端 それは視界に入ってくる
もくもく、と
黒い煙みたいなものが、教会の開け放たれた扉から流れでて
今にも落ちそうだった屋根の上の十字架が 側の地面に突き刺さっていた
ただごとではなかった
瞬間スズカが走り出す
も、無意識に後を追った
そして、ようやく駆け付けた教会の中
巨大な蛇みたいな魔物と戦うスズカの姿を見た
辺りには、ぐったりした様子で子供達が倒れている

魔物は狡くて賢い
その教会の前で流された血の臭いに寄せられてやってきた蛇の魔物は、朝早くに男二人が教会から出ていくのを見ていた
目が覚めたらがいなかったから
どこに行ったのかと、探しにでたヒムロとソード・マスター
剣を持った二人が立ち去ったのを確認した今、教会の中に無力な子供ばかりがいるのを魔物はわかっていた
血の臭いは、魔物の闘争本能を昂らせる
ヒムロとソード・マスターの姿が十分遠のいて、消えて、
人間の何倍もの聴覚嗅覚で その痕跡が消えるまで待って、魔物は教会へと侵入した
無防備な人間の子供
重い扉が開いて音を立て、それに目を覚ました誰かの悲鳴が合図だった
長い身体、尾、牙を使ってじわじわと子供を痛めつけ
全員を殺して食おうと思っていた
そこに、あのうっとうしい男が現れた
この街に住む唯一の戦士
魔物と戦える男が

「くそっ、お前はこの間倒したろっ」
スズカは その蛇の魔物に見覚えがあった
森の側の沼に住んでいて、時々街へ来るから、と
罠を張って倒したはずだった
その死体を沼に沈めて、安心していたのに
「なんで俺のいない時にっ」
教会の壁に立て掛けてあった 大きな槍を振払った
一度倒した相手とはいえ、今は罠もない
何か魔物の動きをとめるものがなければ とても一人では、と
辺りに倒れている子供達に視線をやり、絶望的な気分で魔物をにらみつけた
死んだだろうか
今や家族同然の子供達
戦争で親を亡くした子供
魔物に兄弟を食われた子供
スズカもまた、似たような境遇だったから 自然身を寄せあうようにして この教会へと集まった
最初は大家族みたいだったのに
大人も何人もいて、女が子供の世話をして
だが、いつしか、みんな魔物に殺され 今はたったの5人程
せめて残った子供達は守りとおしてみせる、と
誓ったのに
そのために、生活を脅かす魔物が出るたび死にものぐるいで戦ってきたのに
「ちくしょう・・・」
守りたかったものは、今は無惨に転がっている
みんなぴくりとも動かない
「ちくしょう・・・っ」
必死で、槍を振るった
血が散る
もう見なれた魔物の青い血
戦う訓練を受けたわけじゃないから、マトモにやりあって魔物なんかに勝てるわけがない
罠をはって、おびきよせて、ようやく倒して、ようやく安心して眠る
側に魔物があらわれるたび、そうして生きてきた
そうしてなんとか守ってきたのに
「ちくしょうっ」
ガッ、と
その長い尾がスズカの背中を直撃した
息が止まる
ああ、視界が揺れる
「ちくしょう・・・っ」
それでも、なんとか床を踏み締め留まり、その魔物の赤い目を睨み付けたスズカの目に
飛び込んできたものがあった
キラキラと光る緑のロザリオ
教会に駆け込んできた
武器も持たない少女は、何の躊躇もなく魔物のその身体を抱きしめた
スズカには、そう見えた

その瞬間は夢中で
の腕の中 動きを止めた魔物の頭を槍で貫き、スズカはようやく息を吐いた
がくがくと震えるの身体の中
悲鳴を上げのたうちまわり、魔物はやがて静かになる
青い血が、の腕や服を染めた
それでも、は動かなかった
ただ必死に、魔物の身体を抱きしめていた
生温い躯、魔物の固い皮膚
教会に駆け込んだ途端、目に入ったのは血を流して戦っているスズカ
そして、床に倒れている子供達
止めなければ魔物はスズカを殺してしまう、と
そう思ったら あとはもう真っ白だった
必死に、手を伸ばして
今もまたスズカに襲い掛かろうとしたその巨体にだきついた
やめて、やめて
スズカを傷つけないで
殺さないで、お願いだから
「やめて・・・っ」
多分 声にはならなかっただろう
やがて、手に生暖かいものが触れ それは服をも青く染めた
目は、開けられなかった
ビクン、ビクン、とのたうつ魔物の身体の動きが完全に消えても、はその場から動けなかった

静かな空間、時が止まったようだったのは一瞬だった
「みんな・・・っ」
弾かれたように、スズカが倒れている子供達を抱き起こす
「ああ・・・ちくしょう・・・っ」
絞り出すような声
「しっかりしろ・・・っ、たのむからっ」
スズカの声はまるでうめき声のようだった
「頼むから・・・っ」
誰かが死ぬような場面
それには出会ったことがない
幸福なことだったろう
大好きな人の死に顔を、今まで見ずにすんだのだから
だからこの、息もできない程の胸の痛み
それを今 初めて感じていた
目眩がする程の 苦しさ
本当にどうにかなりそうで、はただ必死にスズカの震える背中を見ていた
グラグラと、視界が揺れる
教会の中に、緑の光が満ち の身体が発光しても
はそれに気付かなかった
そしてやがて、意識を失う
最後に、スズカが困惑したような顔で何かを言ったのが見えた

緑の光
それは、突然教会中に広がった
猛烈な勢いで視界をその色に侵食する現象に、怒りや悲しみで頭がおかしくなったのかと思った
息途切れた子供を抱いて、顔を上げ瞬きを何度かし
不思議な光の起こす 不思議な現象から目が離せなくなった
土と埃の教会の床
ざぁっ、と
まるで風が吹いた痕がついたように、緑の色は床一面を覆い尽くした
草や花が、この空間にだけ蘇っていく
「・・・・・」
言葉もなく、勝手に身体が震えるのを感じながら
スズカは何故か この現象の答えを出していた
昔聞いたことのある、王族の力のこと
他人の傷を自らの痛みに変えて、人を癒すことができるとか
そして、それができる王族の証として、身体に痣が遺伝する、と
話してくれたのは、祖母だったか、母だったか
「こういう形よ、民の幸せを祈るという意味を持つの」
教会や、聖職者の服によくみかけるクロス
癒しの十字架
そう呼ばれる痣は、今朝 川で目にした
の左の胸に、くっきりと
見た時は、それよりも身体中の傷の方が気になったけれど
・・・?」
振り返り、の顔を見て、
まだ魔物の側で、放心したように立ち尽くしている少女の目の色に驚いた
だあの、優しいヘーゼルではなく きつい緑色
今、この教会を包み込もうとしている光の、その色に変色していた
・・・っ」
グラリ、
の身体がゆれる
慌てて、抱きとめようと手を伸ばした
不思議な少女
スズカの言葉に泣き出して、ごめんね、なんて言っていた
「お前は何も、悪くない・・・」
腕の中、気を失ったと、
優しい緑の草の上 横たわる悲しい子供達の亡骸
交互に見遣って、スズカはぎゅっ、と目を閉じた

教会の周りは緑で囲まれ、新しい墓には花が添えられた
「俺、街を出る」
「うん・・・・」
「お前は国に戻るんだろ
 おまえなら、いい王様になると思うぜ」
「え・・・・?」
「こいつらもきっと喜んでる
 最後に、お前が救ってくれたから」
「・・・・私は・・・何も・・・」
二人きり、墓の前に立ち
静かに言ったスズカに、は今にも泣き出しそうな顔をした
「私、みんなを助けたかった
 王族にはその力があるって聞いてたのに、私にはできなかった
 一人も助けられなかった
 私は、王族でありながら ちゃんと力も使えなくて
 その上、困ってる人たちに 何かをしてあげることもできないっ」
自然に、涙がこぼれて落ちた
この力
王族にだけ使える癒しの力
今まで2度、他人の傷を癒したことがあった
でもそれは、無意識で
どうやったら力が使えるのか、とか
どういう時、力が出るのか、とか
には何もわからない
そして今日
自分の意志で初めて、初めてこの力で誰かを癒したい、と
そう強く強く願ったのに
その癒しの力は現れなかった
子供達は全員死に、誰一人救えなかった
「私、何もできなかった・・・」
苦しくて、気が狂いそうになる
届かなかった手
悲しいくらい自分は無力だと、思い知らされた
こんな自分が、王になるなんて
傷ついているこの国を、癒す存在になれ、なんて
「無理だよ・・・私、何もできない」
「そうでもないだろ
 こんな荒れ地に緑を復活させたんだから」
「そんなの・・・何の意味もないじゃないっ」
「でもこいつらの墓に、花 供えられた」
「そんなの・・・」
そんなの、と
ぼろぼろこぼれる涙に邪魔されて、それ以上は言葉にならなかった
目覚めて見たのは、5つの墓
それから複雑な顔をしたヒムロとソード・マスター
教会は緑に包まれていたけれど、子供達は誰一人生きてはいなかった
のまだ発展途上の未熟な力が、子供達には届かずに
あふれて、枯れた地の下に眠っていた緑を呼び起こしたのだと
ヒムロは言って、眉を寄せていた
対象に触れもせずに癒そうなどと、
のような未熟な者にはまだ無理だと、それは言葉にはしなかったが

「俺は俺の生き方をする
 だからおまえも、腹くくって頑張ってみろ」
いつまでもいつまでも、墓から離れないに スズカは少し笑って言った
守るべきもののいなくなった街には、もう用はない
魔物を倒すたび、子供達が自分を勇者と呼んだのを思い出し、スズカはそっと目を閉じた
勇者、勇気あるもの
ここで緑に囲まれて、みんなと同じように死ぬのもいいけど
「私、王様とかそんなのよくわからない
 私に何かができるなんて まだ思えない
 でも・・・」
勇者は死を選んだりしない
死ぬくらいなら、一人でも多く助けて救って、幸せにして
そういう想い、スズカだけでなくきっと、の中にもあるはずだから
「でも、こんなのはもう嫌
 救いたいと思った人を救えないのは嫌
 私、この力をちゃんと使えるようになりたい・・っ」
ぎゅ、と
両手を膝の上で握りしめ、震える声で言ったは もう泣いてはいなかった
「よし、じゃあお前にも<勇者>の称号をくれてやろう」
「え・・・?」
「俺達は何かを決意して、それに真直ぐ向かって生きる奴のことを勇者と呼ぶ
 俺はここでみんなを守ってきた
 だからあいつらの中での、勇者ごっこのヒーローだった
 お前も今、生き方を決めたから 俺が勇者に任命してやる」
ポカン、と
どこか冗談めかしく笑うスズカに、はどう答えていいのかわからなかった
ただ、スズカの目に あの諦めたような色がないのだけはよくわかる
そして同じ様に、怒りを含んだ横顔
あの影も消えていると、そう感じた
「おまえが王になるなら、俺 嬉しいかもな」
今、スズカは を王族と知って
殺したいと憎んでいた王族と知ってもなお、こうやって笑いかけてくれる

緑の上に惜しみなく注ぐ午後の光の中、遠ざかっていく影をスズカはいつまでも見送っていた
得体の知れない3人は、帰るべく王座への旅をまた開始し、
は出会えた印、と
緑の宝石を一つ、スズカに渡してこう言った
「私、勇者の名に恥じないよう精一杯がんばる」
最後には、悪戯っぽく笑ったに スズカもまた心から笑った
がいつか王座に座る日がきて、
その時に今のような気持ちでいてくれたら、もしかして
国は変わるかもしれない
の、癒しの力によって


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