「希望」という名の義賊


夜、くたくたに疲れてようやく辿り着いた街の宿屋のとある一室
与えられた部屋にが足を踏み入れた瞬間、その音は響いた

ドオーーーーーーンッ

驚いて立ちすくみ、明るくなった窓の外へ目を向けた
ここはの住んでいた村から丸1日馬を走らせ続けた海沿いの街
華やかに人々が暮らす 活気ある商人の集う場所
ここに辿り着いた時にはもう夜だったから、達はまっすぐに海の見える宿へと来た
ハバタキ王国の正式な跡継ぎとして城へ帰る
そういう目的の旅は、最初の一日つつがなく終わり
だがは心身ともに とてつもなく疲れていた
一緒にいるヒムロとソード・マスターは初対面に近く
道中彼らの語る「クローバー姫」 の記憶のないにとって、旅ははじめから憂鬱だった
城についたら戴冠式があるから、とか
姫としての立ち居振舞いや王族のしきたりを思い出して欲しい、とか
もう少しおしとやかにできないものか、とか
(何よ、おしとやかって・・・)
ふぅ、と
ため息をついて、は荷物をベッドの上に放り投げた
村を出る時、あの二人はを自分の馬に乗せるつもりだったらしい
馬くらい自分で乗れます、と
そう言ったに 二人そろって驚いた顔をしていた
衣服をたくしあげ馬に飛び乗ったに、ソード・マスターは面白そうに笑って
その隣でヒムロは何かいいたそうに顔をしかめていたっけ
それから、何度も聞かされた
「あなたは姫なのだから、そんな風にお転婆では困る」
クローバー姫はそうではなかった、と
彼の言葉に何度言っただろう
「私はクローバーじゃありません
 私は、あなたの言う姫じゃない、ただのお転婆な村娘です」
どこにでも売ってるような高価じゃない服を着て、髪に飾りなんかひとつもついてなくて
お城にこもってるわけじゃないから 肌は真っ白なんかじゃない
それでもいいと言うなら一緒に行く、と
そう言って出てきた
にはの、理由があって

(あの人はよっぽどクローバー姫が好きなのね)
ぼふん、と
ベッドに横になって、少しだけ苦笑した
ソード・マスターが言っていたっけ
彼は姫の教育係だったから 自分の教えたことが全てふっとんでしまったを見て 口を出さずにはいられないのだろう、と
悪い奴じゃないから許してやってくれ、と
その言葉が頭を過る
「悪い人じゃないのは、わかってる」
二人とも
突然どこからか現れて、を今までの生活から連れ出した二人
急に姫だと言われて、急に王になれと言われて
それが義務だ、なんて
が行かなければ、大切な人たちと大切な村が戦火に包まれるかもしれないなんて
「・・・長・・・」
ぎゅ、と
残してきた村のみんなを思い出し、は胸のロザリオを握りこんだ
緑色に輝く宝石のたくさんついたロザリオ
が村へ来たときにつけていたものだと聞いたから、きっととても高価なものなのだろう
「それをけして手放さないように」
それは王位継承者の証
他人の手に渡れば、王位もその者の手に落ちてしまうから、と
旅の途中 ヒムロが何度も何度もくり返していた
耳にタコができる程聞いたけれど、
「そんなの知らない・・・」
国の宝
権力の証
でもには、そんなものよりも大切なものがあった
この緑色
それはあの村の森の泉の色を思い出す
離れても寂しくないように
いつでもここを思い出せるように
そういって村の長がくれた、大切な故郷の思い出
「長・・・」
もう寂しいなんて言ったら叱られるかな、なんて
思いながらうとうと、と
はやがて目を閉じた
旅の疲れが を深い眠りに落としてゆく

ドォォォーーーーーーンッ

一体どれ程の時間眠ったのかわからなかったが、は大きな音に目を覚ました
「・・・さっきの音・・・」
ベッドから身を起こして窓の外を見る
まだ暗い
あれからそんなに時間はたってないのかもしれない、と
そう思った途端、

ガシャーーーン

今度は視界に衝撃が走った
の部屋の 窓ガラスが割れた
「・・・っ」
そんな突然の出来事に、はとっさには動けなかった
窓ガラスが割れて、部屋に男が転がり込んできて
今すぐ目の前で、うずくまっているなんて
「いって・・・
 あいつら容赦なさすぎや、大砲なんか撃つか?ふつう」
彼はガラスの破片の中から身を起こし、顔をしかめて辺りを見回し、そしてベッドの上のを見つけピタリと動きを止めた
「あちゃあ、女の子の部屋やったか」
ひとなつっこい顔が笑う
よく日に焼けた褐色の肌と、その訛りの強い口調がとても印象的な男
彼は立ち上がると、にこっと笑ってに一歩近付いた
「ごめんな、追われてたからつい飛び込んでもーた」
賊だろうか
追われていたと言っているが、だったらどうしてこんな風にのんきにここで笑っているのか
「えーと、じゃあお邪魔やろうし俺は帰るな」
まるで道で出会ったみたいに、ごく普通に
彼は言うと また笑った
そうして何も言えないを残して 先程割って侵入した窓に近付き、身を乗り出そうとしたその瞬間

「姫っ、無事ですか?」

血相を変えたヒムロが部屋へと入ってきた
同時に、その隣でソード・マスターが剣を抜く
「ひ・・・姫・・・っ」
「賊、そこを動くな」
部屋の窓ガラスは割れて散乱しており、
見るからに怪しい男が一人、大切な姫の部屋にいる
「あちゃあ・・・」
ついてない、と
言った瞬間に、賊はの腕を取っていた
ピタ、と
一歩踏み出していたソード・マスターの手が止まる
も、息ができなかった
何がなんだかわからない
突然部屋に入ってきた男に、多分今 人質にされている
「姫を離せ・・・っ」
どうしようもなく、
ドアの側で声を荒げたヒムロに、賊は申し訳なさそうに言った
「俺も掴まるわけにはいかへんねん
 そっちの人、強そうやし
 ここは逃げるが勝ちってことで」
瞬間、ふわり、との身体が浮いて、力強い腕に抱き上げられた
「・・・っ」
そのまま声を上げる暇もなく、身を翻した賊の腕に抱かれて窓の外に躍り出る
ざわざわと騒がしい街の、暗い道
追っ手の声を振り切るように、賊は走った
を抱いて

「くはー、疲れたっ」
「・・あの・・・・」
どれくらい走ったのか、いつのまにか綺麗に整えられた道を外れ 街灯もない真っ暗な路地に入った頃 賊はその足を止めた
「ごめんな、こんなとこまで連れてきてもーて」
彼はまた 笑った
ここがどこだかわからないし、
相手は追われているような悪者で、自分はそれの人質にされて 守ってくれる二人と離れてしまった
「・・・・・ここ、どこ?」
こんな状況で、それでも恐いと思わないのは彼のこの笑顔のせいだろうか
悪い人には見えないこの屈託のない笑顔
自分に危害を加える素振りがないのに、安心しているのかもしれない
はにこにこと笑っている相手に、話しかけた
「ここ、灯りがないのね」
「ああ、こっちの方は貧しい人らが住んでるからなぁ
 灯りなんかあらへん、夜になったら真っ暗や」
こっち、と
彼が手を差し出すのに は戸惑い動きを止め相手の顔を見上げた
こんな風に何の気兼ねもなく、まるで友達みたいに手を差し出してくる
不思議な空気を彼から感じた
「ごめんな、逃げんのにとっさに人質にしてもーた
 明日ちゃんと帰したるから 今日はおとなしゅうしてて?」
「・・・・・うん」
嘘か本当かもわからない言葉だけれど、不思議と気持ちは落ち着いていた
差し出された手を取ると、強い力が引いてくれる
「どこ行くの?」
「泊めてくれるとこ
 俺は外でもええけど、女の子を外で寝かすわけにはいかへんやろ?」
「どうして追われてるの?」
「ここの役人から金盗んだからやな」
「・・・」
にか、と
彼は振り向いて笑った
「ええやん、ちょっとくらい
 ようさん持ってんねんで、ここの役人達は
 自分らは何もせんとみんなから税金ってやつを巻き上げてんねん
 街に住んでる奴だけやないで、商人達からもようさん取ってる
 この街で商売すんのにいくら出せ、船止めんのにいくら出せ
 商人達も金もうけてるから、そんくらい出しよる
 だから役人はみんな金持ちやねん」
ずるいやろ、と
彼の言葉には黙って相手を見た
だからといって盗みが許されるわけもなく
彼が追われるのは当然で
いい人だと思ったけれどやっぱり、悪者なんだと
つないでいる手を離そう、と
立ち止まった時だった
「ほら、ここ
 ここやったら一晩くらい泊めてくれるから」
二人の目の前に 古い建物が立ちふさがった
あちこちに穴のある、小さな家みたいだった

中には一目で貧しいとわかる者達がいた
大人が数人、子供が10人程
まるで寄り添うように暮らしている様子は 故郷の村を思い出させた
「彼はマドカ
 時々街へやってくる海賊だ
 役人相手に悪さをするが、その金は全部私達にくれる
 悪い人間じゃない、だから彼を信じてあげて欲しい」
にスープを出してくれた女性が、ゆっくり語るのを聞きながら をここへ送るとどこかへ消えてしまったマドカのことを想った
「どうしてあの人はそんなことをしてるの?」
「さぁ、聞いても教えてくれないから」
「あの兄ちゃん ギゾクなんだって」
「海賊って言ったらギゾクって言い直すんだよ」
「いつも宝物もってきてくれるんだ」
問いに、子供達が楽しそうに答える
どの子もみすぼらしい服を着て、汚れた顔で笑っている
痩せているのは 食べ物にも困っているからか
それでもみんなの顔が明るいのはきっと、
「みんな あの人が好きなんですね」
「そうだね、彼は希望に似てるから」

この街は貧しい
富んでいるのは ほんの一部だけ
商人達が集い活気が街を包んでいるけれど
一本路地を入ったら そこには貧しさに潰されそうになっている人々がいる
こんな風に身を寄せあって、隠れるようにしてひっそりと
「どうして街のえらい人は こんなに貧しい人たちを放っておくの?」
の言葉に 大人達が苦笑した
「他人のことはどうでもいいんだろう
 彼らは飢えたことがない
 だからこの苦しみがわからない
 手に入れた金を金庫に眠らせて愛でている、それが彼等の幸せだから」
ズキン、と
心が痛んだような気がした
貧しい人たち
の育った村も、けして裕福ではなかった
だけどみんなが助け合っていたから
誰かが富んでいて誰かが貧しいだなんて、そんなことはなかったから
みんな一緒
小さな村で支えあって生きていた
それが当然だと思っていたから、この街の姿はとても不自然に思えた
同時に心が痛い
街のえらい人がちゃんと貧しい人を助けてあげるよう、王がきまりを作ったらいいのに
街の人がしないなら、王が手を差し伸べればいいのに
「王にもわかりはしない
 だって美しい城には、こんな汚くて貧しい人間はいないだろうから」

その晩、夜が明ける前に、大人達のほとんどは家を出ていった
少しでもお金を稼ごうと 街に働きに行くのだという
たくさん働いて、ほんの少しのお金をもらって
ギリギリの生活をする
それが当然の街
働かなくてもお金を手にしている人が、涼しい顔で笑ってる街
「こんな街、汚いっ」
朝一番に迎えにきたマドカに、は言った
憤りに似たものが 心にあった
「汚いのは役人達の心や
 でもいつか、誰かが気付いてくれるかもしれへんやろ?
 みんなで助けおーて、みんなで豊かになろうって
 その日まで 俺はあいつらから盗んで盗んで盗みまくったんねん」
そう言って手を差し出したマドカと手を繋ぎ、昨日通った道を歩いた
彼は人のものを盗む悪い人
知っていて その手を取るのは それでも彼に共感するから
みんなが豊かになれればいいのに
この街の豊かな人たちが、あの貧しい人たちを助けてくれる日が来たらいいのに
「俺はこの街で生まれて育ってん
 海賊になっていろんな国を見て思った
 やっぱり自分の生まれたハバタキ王国が一番好きや
 だからこの国がいつか本当に豊かになったらいいと思うねん」
手始めにこの生まれ育った街から、と
こうやって盗んだり奪ったりしたものを他人に分け与え続けている
そうしてもう何年も、こんな風に暮らしている
この街もこの国も好きだから、と
マドカは笑った
それはとても誇りに満ちた明るい笑顔だった

早朝の街は静かだった
「ごめんな、なんせ俺 追われてる身やから」
を宿まで送る途中に 役人達に見つからないように、と
誰もがまだ寝静まっている朝の霧の中 二人は海の音を聞きながら歩いた
「昨日はどこでねたの?」
「俺か? 俺はもう一仕事してた
 ・・・失敗してんけどな、警備がすごくてなぁ」
こんなでっかい宝石を溜め込んでる役人がいるんだ、と
腕を大きく振ったマドカは、瞬間顔を歪めて右腕を押さえ込んだ
「どうしたの?」
「いてて、いやいや、そこの奴が容赦なくてやなぁ
 ざくっと、な」
見ると茶色っぽい布を腕に巻いている
「斬られたの? 手当ては?」
「止血はしたで」
この布で、と
指すその茶色い色は まさか血が変色した色なのか
「・・・・ひどい、こんな大怪我」
「まぁ、ぶっちゃけ俺の方が悪者やからなぁ
 相手は容赦せんわな」
ドロボーやし、と
のんきに笑ったマドカのその腕を、は無意識に取った
無造作に巻かれた茶色い布に両手をあてて、胸の痛みに身を浸す
こんな風に笑える人が
自分のためじゃなく、他人のために盗みを働いてその金を配って
いつか、みんなが豊かになったらいいのに、なんて言える人が
他人の痛みを知らない人たちに傷つけられる
それが痛かった
悲しかった
王様は何をしていたのだろう
上辺だけの豊かな国では何の意味もないのに
街にはまだ、貧しくて痩せ細っている人たちがいっぱいいるのに

ぼんやり、と
の手が緑色に発光しているのをマドカは見ていた
不思議に傷跡が熱い
心地よい熱が、の手から伝わってくる
「・・・」
ただ無言で、目を閉じて まるで祈るみたいな少女を見ていた
賊に人質にされても怯えない不思議な少女
彼女の目は、マドカの心に何か言い様のない安心感をもたらした
たまらない、愛しさに似た想いが心に生まれる
「自分、名前なんてゆーん?」

え? と
が顔を上げた途端、その緑の光はスゥ、と消えた
「名前、まだ聞いてへんかった」
「私は、・・・
わずかに笑ったに、マドカもまた満足気に笑った
もうすぐ別れなければならないのが惜しいと思う程、もっと知りたいと思う存在
立派な宿に泊まっていたから きっとどこかの金持ちなのだろう
なのに あんな汚い家で一夜を過ごし、彼らの話を嫌がりもせず聞き
こんな風に まるでマドカを認めてくれるみたいに
傷の心配をしてくれたりして
「あ・・・れ?」
「どうしたの?」
「いや、なんか、が心配してくれたから傷もあんま痛くなくなった気するわ」
「・・・そんなので治ったりしないよ
 ちゃんとあとで手当てしてね」
「ん、わかってる」
悪戯っぽく笑ってみせて、マドカはうっすらと明るくなってきた辺りに視線を走らせた
早くを宿まで連れていかないと
そろそろ街の人たちも起きてくる時間かもしれない
「はやいとこ、行こか
 ほんとは別れたないけど」
「・・・うん」
きっとヒムロもソード・マスターも心配してるだろう
彼等は「姫」を守るためにいるのだから
そのために、遠い城からやってきたのだから
「あのね、マドカ」
ふと、思い付いて は足を止めた
「ん? どしたんや?」
「これ、マドカにあげるわ」
「え・・・?」
を見下ろすマドカに、首から下げていたロザリオを差し出すと は少し笑った
長がくれたロザリオ
たくさんの宝石がついているから 売ったらきっとお金になるはず
「これ・・・大事なもんとちゃうんか?」
「いいの、マドカにあげる
 マドカなら みんなのために使ってくれるでしょ?」
キラキラした 無駄に豪華な宝石のロザリオ
権力の証だとか言う前に、どうして貧しい人に分けてあげられなかったのだろう
王様は、本当にこの国の傷を知らなかったのだろうか
内戦が終わって街の復興が終わって、森に緑が戻って、
それでみんなが幸せになれたと、思っていたのだろうか
そんなこと、ないのに
「ええんか? 」
「うん」
「気前エエなぁ
 みんな喜ぶわ、いくら値段がつくか想像できへんもんな」
豪華すぎて、と
彼は言い、ロザリオを首からかけて服の中へと押し込んだ
「マドカはいい人だね
 私から盗ればよかったのに そうしなかったもん」
「俺は悪い奴から盗るねん
 何もせんと人の金搾り取るような奴とか、みんなを安い給料でコキ使うような奴とか
 みたいな旅人を襲ったりせーへん」
ポリシーに反する、と
彼は言うと付け加えた
「俺は海賊やけど義賊やねんっ」
まるでイキイキとした笑顔で
みんながマドカを希望と呼ぶ、その意味がわかる気がする
彼は街に希望を配り歩いている

シュッ

ふと、耳に妙な音が聞こえた
一瞬、何が起こったのかわからなかったの目に、笑っていたマドカの顔が ぶれて苦痛に歪んで映った
「マドカっ」
その肩にあたりにナイフがつき立っている
「マドカっ」
「姫、こちらへっ」
叫んだのと、腕を強く引かれたのは同時
揺れた視界に、ソード・マスターの背中が映った
彼の剣が閃く
「まって・・・・・っ」
彼等は一晩中を探していたのだろう
そうしてようやく、見つけた
攫っていった賊と一緒に
だからソード・マスターは マドカに剣を降り下ろした

「やめてっ、止めてお願いっ」
腕の中で叫ぶを、ヒムロはしっかりと抱きしめていた
生きた心地がしなかった長い夜の時間
闇の中、街中を走り回ってを探した
傷つけられてはいないか
殺されてしまったら
7年前の悪夢のような感覚が、身体中を蝕んだ
もう一度姫を失うなんて耐えられない
姫が再び戻るなら 何だってすると 何度も何度もくり返した
「マスターさんっ、やめてっ」
ソード・マスターは この街までの道のりを、ずっと一人で戦っていた
俺は強いから安心して、と
襲ってくる魔物を倒す度 余裕の顔で笑ってた
殺さないで、と懇願したら苦笑して手加減してくれたっけ
彼は本当に強い
今も マドカに向かって剣を突き付けた
その褐色の肌が、ぐらりと揺れる
腰の武器を手にしないまま、
反撃のひとつもしないまま、マドカは地に倒れた
赤い血が その衣服を染めた

「やだ・・・マドカ」
ヒムロの腕から抜けだして はその身体を抱き起こした
目を閉じたマドカに 息ができなくなった
さっきまで笑ってたのに
いつかみんなが助け合って、みんなで豊かになれたらいいのにって
それまで、誰かが気付くまで
盗みまくって貧しい人に配るんだ、と そう言ってたのに
快活に笑って、楽しそうに
「姫、何故そんな賊を」
不満に似た声が降ってきたが には聞こえなかった
ソード・マスターの剣は確実に マドカの心臓を貫いた
破れてしまった衣服は ちょうど右の胸
他の場所からは赤い血が流れている
「目をあけて・・・」
あの故郷の森で失った3匹の魔物達を思い出した
体温を失い、動かなくなって
の友達は死んだ
幼い頃、傷だらけで倒れていたを村まで運んでくれた魔物だった
彼らとは友達だったのに
あれ程の悲しみを知らなかった
同じ想いが、今心にしみを作って広がる
「お願い、マドカ・・・」
街の希望
みんなを笑顔にしてくれる存在
みんなマドカが好きで、マドカもこの街が好きで
だからこそ、一人で頑張ってたのに
自分のためじゃなく、誰かのために 怪我までして走り回ってたのに
「お願い・・・」
目眩がした
身体中痛かった
そして心はもっと痛く苦しい
失いたくない人が、目を開けない
「・・・・・姫」
側でヒムロが、驚いたように声を上げた
の身体が緑色に発光して、それはマドカの身体をも包み込んだ
「姫・・・、それは・・・っ」
瞬間、ヒムロは動揺して
ソード・マスターは へぇ、と小さく呟いた
光はやがて消える
そして同時に、マドカが目を開けた
ゆっくりと、その目にを映す

「なんや俺、しぶといなぁ」
今度ばかりは死んだと思った、と
の腕の中 身を起こして
それからマドカは涙に濡れたの顔を見て笑った
のおかげや」
ソード・マスターが貫いた心臓
その辺りに手をやって、それからマドカは服の中からロザリオを
が彼に渡した緑の宝石のついたロザリオを取り出した
「これが守ってくれたんやなぁ」
ソード・マスターの剣を受け、宝石の一つがコロン、と
外れてマドカの手に落ちた
は奇跡みたいやな
 なんか傷も、あんま痛くない気ぃする」
笑ったマドカに思わず抱きついて
「そんなの気のせいよぉ・・・っ」
その温かい身体に頬を寄せた
失わずにすんだ
街の希望を、人々の希望を
そして何より、にとっても希望みたいな人を
「良かった・・・・っ」
ふらり、
安心して気が抜けたのか 途端には身体に力を入れることができなくなり
そのまま目を閉じて、マドカの腕の中 気を失った
最後に見たのは、驚いたように自分を抱きとめてくれた よく日に焼けた顔だった

「武器は持たんようにしてんねん
 人を傷つけたら意味あらへん
 俺は義賊なんやから」
遠くで声が聞こえる
目を開けたくても、にはそれができなかった
ぼんやりした頭で、彼の名を呼ぼうとする
「このロザリオは俺がからもらったもんや
 あんたらに返せと言われる筋合いはないな」
よく通る声
対するのは、落ち着いたあの人の 怒ったような困ったような
「それはお前なんかが思っている以上に価値のある物だ
 金ならいくらでも出す、こちらに渡してもらおう」
そして横からおもしろがったような明るい声がかぶさる
「しかし姫はトラブルメーカーだな
 自分をさらった賊にこんな大事なものあげちゃうなんて
 どれだけ大事かあれだけ言って聞かせたのになぁ
 レイイチ、お前の言葉なんか聞いてないんじゃないか? あの姫は」
「うるさいっ、とにかくそれは返してもらうっ
 いくらだ、いくらなら売る?!!!」
「ほんとあの姫はおもしろいなぁ」

遠くで声を聞きながら、また意識を失ったは 遠い昔の夢をみた
真っ白いお城
緑の庭
お昼の柔らかな光の中、自分よりいくつも年上の先生が言う
「姫、それは大切なものですからけして人に見せてはいけませんよ」
はぁい、と答えた幼い姫
手にもらったばかりのロザリオを持って
「先生に見せてあげたかったの
 とても綺麗でしょ? お父様がくださったの」
「ええ、とても綺麗です」
見上げた目はとても優しくて、姫は安心して手を差し出した
「このキラキラしたのはなぁに?
 たくさんついてる、先生にひとつあげる」
「だめです、それは国の宝
 あなたが次の王になるという証なのですから」
まだ幼い姫には意味のわからなかった言葉
ただ無邪気に 緑色の光が綺麗だと笑っていた
今も昔も、それ以上の価値はない
にとって

「・・・マドカっ」
目をあけると、眩しい光が部屋いっぱいに入っていた
「目が覚めましたか」
「・・・・・先生・・・」
ぼんやりとした頭で、そう呼んだ
途端、側にひかえていたヒムロが言葉を飲み込んで動きを止め
窓の外を見ていたソード・マスターが やはりへぇ、とつぶやいた
「思い出したの? 姫」
「え・・・?」
身体を起こすとあちこちが痛くて
まるでギシギシいうみたいに 自由がきかなかった
「まだ起きない方がいい
 貴方はあの死にかけていた賊の傷を代わりに負っているのだから」
やんわり、と
ヒムロの手が の身体をまたベッドへと横たえた
「え・・・・?」
「王族には王族の証である痣と一緒に不思議な力が遺伝する
 他人の傷を癒す力
 魔法でも何でもない、他人の傷を自分の身体に移す力が」
「傷を移す?」
「あなたは記憶を失っているから、多分無意識なのでしょうが
 今後絶対にこの力を使わないでください
 今もまだ痛みで動くことができないでしょう
 むやみに使えば命を削る
 自覚がなくコントロールができないならなおさら
 使い過ぎて他人の死を代わりに負うことになりかねない
 けして、使わないよう」
「・・・・・・じゃあ、マドカは・・・?」
「彼はあの後 自分の足で帰っていった
 あなたの力のおかげで出血は止まっていたし ロザリオのおかげで心臓も無傷だった」
そう言って、ヒムロはの手にそのロザリオを握らせた
「これ・・・」
「もう一つ
 二度とこの国宝を他人に渡したりしないでください
 いいですか、これはただのロザリオではない
 これを持つだけで貴方など差し置いて王になれる、そういう力のあるものなのです」
眉間に皺を寄せて、不機嫌そうに
言ったヒムロに、ソード・マスターが笑った
「レイイチ、姫は力を使って疲れてるんだから お小言はそれくらいにしてやれよ」
「わかっているっ
 わかっているが、姫があまりにも・・・っ」
「だから、それは姫が元気になってからにしろって」
二人の声が遠くなって、または目を閉じた
力のこともロザリオのことも、今は考えることができなかった
マドカが無事で、今もどこかで笑ってるなら それでいい
いつかこの街のみんなが豊かになって笑える日まで 彼が自由であればそれでいい
「だいたい姫がぽんぽんと国宝をやってしまうから、こんな不完全な形に・・・っ」
「仕方ないだろ、全部もってかれるよりマシじゃないか」
「だがっ、宝石の欠けた証など・・・」
「ないよりマシ
 姫も無事だった、ロザリオも返ってきた
 それでいいじゃないか」
「よくないっ」
声が遠くなる
緑色の宝石が一つ欠けたロザリオ
どうしても、返さないし売らないと言ったマドカが 泣きそうになったヒムロに持ちかけた取り引き
「このまま逃がしてくれて、この宝石をくれるんやったら
 本体は返したってもええで」
大事なもんみたいやし、と
ソード・マスターの剣からマドカを守った衝撃で 外れてしまった宝石を一つ手に乗せマドカは笑った
「これで我慢したる
 な、ほんならエエやろ?」
こちらの気も知らないで屈託なく笑ったマドカに ソード・マスターが勝手に返事をしてしまった
「よし、そうしよう」
だから今 また目を閉じて眠りに落ちたの手にあるロザリオには 緑の宝石が一つ欠けている
自由奔放に街を走り回る自称義賊の、その手の中で輝いている

「よかったな、レイイチ」
「・・・ああ、姫が無事で本当によかった」
「違うよ
 姫、お前のこと先生って呼んだろ」
「・・・っ」
が倒れてから片時も側を離れないヒムロに ソード・マスターは笑った
「いつか思い出してくれるんじゃないか?
 お前のことも彼女自身のことも」
「・・・」
そうして、俯いて心なしか頬を染めている親友の肩ごしに 今は穏やかな表情で眠っているを見た
「目が離せないな
 こういうタイプはまたトラブルを持ってくるぞ」
「やめてくれ、不吉な」
本気で嫌がったヒムロに、ソード・マスターが笑った
「楽しくていいじゃないか
 俺は多少のトラブルは歓迎だね」
「心臓に悪い・・・」
明るい光のたっぷり入る部屋で、大切な姫を見守りながら 二人は微笑を交わしあう
とりあえず今は、心穏やかに


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