「祝福」という名の少女


夏の終わり、まだ外の世界が熱気をはらんだ風に吹かれている季節
森は、涼し気にたたずんでいる
深く青い木々がざわめく音はまるで、湖にたつさざなみのようだと ヒムロは思い足を止めた
ここはハバタキ王国の北の端
名もなき村を守るかのようにうっそうと広がる森の中

「迷ってないかぁ?」
「迷ってはいない
 地図がないからあの塔を目指しているのだ、迷ってはいない」
「そうか、じゃあ黙ってついてくけどな」
ざくざく、と
静かな森の侵入者は、そうしてもう1時間近く この深い森を歩いていた
片方は旅に不似合いな格好をした城の住人
もう片方は先程から、二人に忍び寄る殺気立った魔物達をその剣でいとも簡単になぎはらってゆく傭兵風の男
ともに、目指すはこの先にある小さな村
そこに住んでいる ひとりの少女

ザザ・・・っ

「しかしこの森は魔物だらけだなぁ」
「感心していないで早く倒せ」
「わかってるよ」
背後から気配を感じて立ち止まり 剣をかまえた男の背中をヒムロは黙って見遣った
この男は強い
今は気ままに傭兵なんかやっているが 昔はヒムロと同じように城に仕えていた
その軍のトップに立ち、兵隊を指揮しながら戦う姿は一度目にしたら忘れられない
彼が勝ちに導いた戦いがいくつあるか
褒美も名誉も好きなだけもらって、だがある日突然 彼は城から姿を消した
そして今は、誰にも膝を折らない自由な傭兵として暮らしている

シュ・・・ッ

巨大な狼のような魔物を3匹しとめるのに そう時間はかからなかった
彼とヒムロは親友で、
多分ヒムロが一番 彼の強さを知っている
だからこの旅の護衛に彼を選んだ
街でふらふらしているのを捕まえて、この話をもちかけたのだ
「行方不明になった姫を探しに行く
 無傷で城まで連れて帰ること、それがお前の仕事だ」
ふーん、と
彼は興味深そうに笑っていたっけ
他の探索隊は大袈裟な人数で旅に出た中 ヒムロはたった1人の護衛で
正気か、と誰かが言ったのを聞き流し ヒムロは不敵に笑ったものだ
護衛の顔を見てから言うんだな、と
涼しい顔で言った理由はここにある

「あっけないね、ここらの魔物は」
数だけだな、と
血をはらい、剣をおさめた親友に ヒムロは小さく微笑した
彼の強さを知る者は皆、競って彼に仕事を頼む
そして彼は必ず仕事を成功させる
依頼された主人を、傷つけたことなど一度もない
彼はいつでも、守りとおした
彼に守れないものなどないと、街ではそう噂される
「さすがだな、ソード・マスター」
ほんの少し、茶化すように言ったら 相手はこちらを向いておかしそうに笑った
「この程度じゃ腹ごなしにもならないよ」
全ての剣を使いこなし、全ての戦いに勝利する
ついたあざながソード・マスター
彼は誰よりも強い
ゆえに戦場の覇者である
「さて、先を急ぐか
 今夜こそは宿で寝たいからな」
彼は笑った
戦場の覇者などと呼ばれているとは思えないような人なつっこい笑顔
それに、ヒムロもうなずいた
男二人はまた、森を進む

昼過ぎ、
急に視界が開け、足を止めた二人の前に 美しい泉が広がった
緑色に輝く水面
物音一つしない、澄んだ空気
目に見えるもの全てが神秘的なその場所に、1人の少女がいた
膝を折り、うつむいて、
彼女は泣いているようだった

ガサ、

ヒムロの足がたてたわずかな音
それに、少女の側からいっせいに 鳥達が羽ばたいて飛んでいった
同時に少女が顔を上げる
ここからわずか、20歩分の距離
湖と同じ緑の瞳
ながれていくしずく
ヒムロは、呼吸を忘れた
その姿に、みとれて

「おい・・・それから離れろ」
どれくらい時間がたったのかヒムロにはわからなかった
長い間 放心していた気もするが、隣に立つソード・マスターの様子に それは錯角だったと知る
彼は剣に手をかけ、少女ではなく少女の足下に横たわる魔物を見ていた
銀色の肢体にべっとりと赤い血のついた、
それは多分、先程彼が倒した魔物だった
まだ生きていたのか
そしてここまで、歩いてきたのか
「それから離れろ、あぶない」
ソード・マスターの声は静かに響いた
今にも起き上がり少女を襲うかもしれない
それにひやり、と
ヒムロは背筋が冷たくなった
あの少女は何をしているのだ
足下に魔物が転がっているのに
いつ、襲われるかわからないのに
何をうつむいて、泣いているのか

泣いて、

「・・・・・」
一瞬、ヒムロの頭の中に 遠い遠い過去の景色が蘇った気がした
あれは城の広い庭
まだ幼かった姫の好きだった秘密の庭
そこの木陰、草むら
姫はよく 小さな動物を見つけては手を差し伸べていたっけ
リスがいた、ネコがいた、今の鳥は白くてきれいだった
無邪気に笑っていた
教育係として、お目付役として側にいたヒムロは そのたびに思ったっけ
なんて優しくて、幸せそうな顔をするんだろうと
その笑顔を見るたびに、ヒムロもまた幸せな気持ちになった
鳥が死んだと、姫が泣いた日でさえも

ドクン、と
ヒムロの鼓動が早くなった
見つけた、この少女が姫だ
城から出て2ヶ月、探し求めた少女
ここにいた
彼女を連れてかえって、王にすること
それが死んだ国王の遺言だった
「・・・・・」
声を発する前に、隣で剣を抜く音が聞こえた
先程まで少女の足下に横たわっている魔物を見ていた目が、今度は横方向を見ている
「レイイチ、下がってろ」
言う間に視界に、一匹の魔物が入ってきた
やはり、手負い
先程彼が倒した一匹か
まだ動けたのか
「オレもつめが甘いね」
冷たい目をして言ったソード・マスターの剣がヒュ、と
乾いた音をたてる
途端、悲鳴のような声が上がった
「やめて・・・っ」
魔物にとどめを刺そうと一歩踏み込んだ親友と、
その目の前に飛び出した少女の、姿が重なった
瞬間、心臓が止まるかと思った
「・・・・!!!」
彼がこれほどに剣をつかいこなす者でなければ、少女は死んでいただろう
全身の筋肉を瞬時に反応させて、ソード・マスターはその腕を止めた
「・・・・何を・・・」
だが言葉が続かない
今まさに剣の刃にかかろうとしていた少女は、瞬間身をひるがえすと 背後で佇んでいる魔物へと駆け寄った
その血に汚れた銀色のたてがみを抱きしめて膝をおり、
少女は魔物に頬を寄せた
淡く、発光する少女の身体
そして、銀色の魔物は静かに目を閉じた
また静寂が、森におりてきた

目の前で起こっていることを、ヒムロもソード・マスターも理解はできなかった
少女が魔物をかばったのも、だきしめたのも
魔物が少女を襲わないのも
そして、それでもやはり死んでしまった魔物のために 今少女が泣いているのも
「どうして・・・・」
ぽつり、
静かな世界に、少女の声は悲痛に響いた
「あなた達はだれ?
 どうして殺すの? 何も悪いことしてないのに・・・」
こちらを真直ぐに見る緑の目には涙があふれている
それはこの魔物のために流す涙か
幼い頃、鳥が死んだといって泣いた姫も そんな風な悲しい目をしていた
「それは魔物だ、知らないわけじゃないだろう」
言葉を捜せなかったヒムロのかわりに、ソード・マスターが答えた
彼は剣をおさめ、まだ魔物の側に膝を折る少女へと近付いていく
「魔物は人を襲う
 襲われたから殺した、当然だろ?」
「森に侵入したから襲われるのよ
 ・・・みんな、普段は人を襲ったりなんかしない
 あなた達が、森に侵入したからよ
 ここは彼等の住処なのに」
きらり、
強い意志の色が、その少女の目に浮かんでいた
少女に手を差し出して、ソード・マスターは苦笑する
「そうかもしれない
 これが君の友達だったなら謝るよ
 オレ達は人探しをしてる旅の途中だ
 この先にある村に用がある
 森に入らないわけにはいかなかった」
差し出された手に戸惑う少女の腕をとり、立たせるとソード・マスターは少しだけ笑った
「案内してくれないかな、村に
 君は村に住んでるんだろう?」

その村は静かな穏やかな風に守られ、人々は皆 優しい顔をして暮らしていた
「あの子は7年前、この村へやってきた
 身体中傷だらけで出血がひどく、死ぬかもしれないと医者に言われた」
村長は、城からの使者を丁重にもてなした
一番広い屋敷へ案内し、食事をだしながら 彼は語った
「どこで倒れていたのか、森の魔物達があの子をこの村まで連れてきた
 はじめは魔物に襲われたのかと思ったが、その傷を見てわかった
 あれは人にやられたのだ、盗賊というやつだ
 あの子はそれはそれは綺麗な服をきていたから」
金品目当ての盗賊に襲われたのだろう、と
長は言い、苦笑した
「怪我が治れば家に返してやるつもりだった
 だがあの子には、記憶がなかった
 奇跡的に目ざめた日、あの子は何もわからないと言った
 自分の名前も、どこから来たのかも、父の名も母の名もわからないと言った」
コト、と
静かに語る長をじっと見つめていたヒムロは、動揺をかくせずに持っていたグラスをテーブルに置いた
「記憶がない・・・?」
「そうです、まさか国王の娘だとは思いませんでした
 ここは森に囲まれた村
 情報といえば旅の商人の噂話くらい
 貴族か豪商の娘だろう、と思ったが あの傷
 親も探しに来ず、もう死んだものと諦めているのだろうと 私達はあの子をこの村の一員として迎えることにしました
 あの子に新しい名前を、授けて」
長の言葉に、ヒムロはがたん、と席をたった
ここから先は、聞く気にならなかった
姫が行方不明になったのは7年前
当時10才だったとはいえ、毎日側にいたヒムロのことを 会えばすぐに思い出すだろうと
ヒムロは勝手に思っていた
あの日のことはよく覚えている
護衛の兵隊に助けられ、国王と妃だけが城へ戻ってきて、
妃が狂ったように、泣叫んでいた
私の子供が死んだ、と
可愛い子供達が 盗賊どもに斬られたのを見たと
あれ程の絶望を覚えたことはなかった
優しい眼差しの姫
可愛い姫
捜索隊は、1ヶ月たっても 姫を捜し出せなかった
やはり死んで、死体は魔物に食われたのだと みんなやがて諦めた
先日の国王の最期の言葉で 王は諦めず探し続けていたんだと、それの方が驚きだった
そして姫は、生きているなんて

いつのまにか、森の側まできていたヒムロは、前方に先程の少女を見た
たった一人 魔物のいる森へと入っていく
思わず、自分も足を踏み入れた
森は静かに二人を見守る

少し歩くと少女と出会った泉に出た
ここから二人を村まで案内する間、少女は一言も口を聞かずただうつむいて歩いていた
そして二人を村へ送るとすぐに いなくなってしまったから
気になって仕方がなかった
自分は一目で彼女が姫だとわかったのに
どうして姫は、自分を思い出さないんだろうとはがゆかった
まさか、記憶がないなんて思いもしなかったから

ガサ、

その音に 少女は振り返り立ち止まった
手に花を持って、死んだ魔物の側に立っている姿はまるで この泉の化身のようだとヒムロは思う
神秘的な少女
魅かれて、言葉も出なかった
ただ黙って、ヒムロは少女を見つめる
やがて、少女がうつむいてその花を銀色の魔物の身体に捧げ そして小さく何かつぶやいた
「クローバー姫」
呼び掛けてみる
こちらを見ない少女に
自分を思い出さない姫に
「クローバー姫、私はあなたを迎えに来た
 あなたはハバタキ王国の正式な跡継ぎです、私と一緒に来てください」
ヒムロの声はいつもと変わらず、淡々としていた
長く城にいて、慣れてしまった
どんな時も感情を出さず、本心を隠して話すこと
7年前、姫を失ってから 笑うことも忘れた
笑顔など、城での生活に必要なかったから
「クローバー姫」
呼び掛けに、少女は顔を上げた
「私は、そんな名前じゃありません」
強い意志の目
先程は緑に見えた瞳も、今は穏やかなヘーゼル
優しい、どこか悲しそうな横顔は 遠いあの日を思い出させる
「あなたは盗賊に襲われ、記憶を無くしている
 あなたの名はクローバー
 ハバタキ王国の正式な血をくむ、姫君です」
きっぱりと、言い切ったヒムロに 少女はわずかに抵抗の視線を向けた
「私は姫じゃない
 父は村の長、家族はここにいるみんな
 私は7年前に死にかけていたのを救われ、愛され、ここにいることを許されました
 私はどこへも行ません
 ここで与えられた恩を返し、ここにいるみんなと一緒に生きていく」
7年前とは比べ物にならぬ程 大人びた目
あのまま城で育っていれば、こんな目はしなかったかもしれない
決意に似た、眼差し
それでもヒムロには、彼女こそが探していた姫だとわかっているのに
「間違いなくあなたはクローバー姫です
 王族には証がある
 身体に紋章に似た痣が遺伝する
 幼い頃の姫にはあった、今のあなたにもあるはずだ」
強い言葉に、少女は言葉を飲み込んだ
どうしてこの人は、侵入し、魔物を殺し、人を勝手に姫と呼び
なのにこんなにも悲しそうにしているんだろう、と
その深い色の目を、見つめた
瞬間、背後に殺気を感じる
「・・・!???」
弾かれたように振り返った少女につられ、ヒムロも視線をそちらへ移した
瞬間、目の前に魔物の肢体が飛び込んできた

「やめて・・・・っ」

少女の悲鳴
肩にあり得ない衝撃が走った
魔物の爪がヒムロの身体にかかり、その巨体に人間の身体はいとも簡単にふっとばされた
「ぐ・・・っ」
目にも止まらぬその動き
視界に赤い色が見えるのはやはり、この魔物も手負いだからか
正気を失ったような魔物の目が 顔のすぐ側にあった
何かを考えるなんて、こんな状況ではできなかったが、ただ一つ
「やめてっ、お願いっ」
悲痛な少女の声だけが聞こえた
かすむ視界に、ぼんやりと映る
さきほどソード・マスターの剣から魔物をかばったように、
今度は魔物からヒムロをかばおうとしている
その首にしがみついて、必死で何か叫んでいる
腕も顔も 魔物の血で汚れて
少女は必死に、魔物に懇願している
「お願い、この人を殺さないで・・・っ」

多分、魔物はその傷ゆえに正気を失っている
そして、だからこそ人間を全て敵だとみなしているのだろう
死ぬ真際、人間の臭いをかぎつけて、狂ったまま襲いかかった
だから今の魔物には、ヒムロも少女もわからない
見分けなどつかない
理解などできない
「やめて・・・・っ」
悲痛な声と、自分にしがみついてくる腕
それを魔物は薙ぎ払った
軽い身体は 側の草むらに叩き付けられる
ヒムロにかかっていた体重が一瞬でゼロになった
ゾク、とした
思考なんか止まった頭が 瞬時に答えをはじき出す
姫が襲われる
倒さなければ、姫が傷つけられる

魔物の咆哮と、少女が襲い掛かってきた魔物の身体を抱きしめたのと、ヒムロが剣を抜いたのは同時だった
腰の剣は飾り
戦ったことなどない
人間相手にも、ましてや魔物が相手だなんて
だが、身体は勝手に動いていた
意識なんかなかった

夜、下ではヒムロと長が話をしている
2階の自室で、窓の外を見ていた少女をソード・マスターは訪れた
「怪我、たいしとことないんだって?」
「はい
 あの人が、守ってくれたので・・・」
「聞いた時は驚いたけどね
 あいつは剣なんか絶対に抜かない奴だからな
 旅の間だってオレばっかりに戦わせて後ろで観戦してるだけ」
2ヶ月間ずっとだぞ、と
笑ったソード・マスターに 少女もまたすく、と笑った
「そんなに遠くから?」
「そう、君を探してね」
「・・・私は、姫なんかじゃありません」
「でも、あいつには確信があるみたいだよ」
「あの人のことも、覚えていません」
「うん、それが一番ショックみたいだよ」
クス、と
ソード・マスターは笑い 悪戯っぽく少女を見た
「あいつは姫の教育係だった
 知ってるかい?
 あいつは城では鉄仮面と呼ばれてる
 感情なんか見せない、いつもポーカーフェイス
 でも君に会ってからそれができないでいる
 見ていておかしいよ、よほど君が大事なんだな」
「でも私は、あの人の言うクローバー姫じゃない
 この村で育った、城のこともあの人のことも何も覚えていない
 ここでみんなに助けてもらった恩を返すことだけを考えて生きているただの娘です」
困ったような、少女の顔にソード・マスターは苦笑する
「恩返しは、女王になってからでもできると思うけど
 国は王を失って揺れている
 内戦が終わってようやく落ち着いたこの国を また争いが蝕んでもいい?
 王がいないとみんなが困るよ
 ここにまで、戦火が及ぶ日が来るかもしれない」
こんなが君を狙っているから、と
その言葉に少女は男を見上げた
直感でわかる
この男と、ヒムロの違い
まるで融通が聞かないけれど、偽らないヒムロと
優しくひとなつっこいけれど、狡いこの男
今の言葉の罠を、少女は感じた
君が王位につかないと、国にまた戦いが起こる
この平和な村も、脅かされるかもしれない
「・・・あなたは狡いです」
「大人だからね」
くす、と
ソード・マスターは笑って 部屋を出ていった
よく考えて、と 棘ある言葉を残して

夜の闇が完全に村を覆い尽し、沈黙した時間が流れて行く
少女もヒムロも眠れなかった
閉ざされた記憶について、二人は考える

翌朝、
食卓に少女の姿はなかった
代わりに難しい顔をした長と、何人かの村人がいた
「あの子をあなた方へお返しします
 きっと無事に、城へお連れしてくださると約束してくださるなら」
「あの子は私達の娘も同然
 こんな小さな村で過ごすより幸福になれるというのなら、お返しします」
「あの子にこの国を見せてやりたい」
「あの子に、この国の民を愛してほしい」
まるで別れの儀式みたいな言葉
村人達の悲しみと喜びの混ざったような顔を見つめ、ヒムロは小さくため息をついた
彼女が行くと言ってくれたなら、
この者達の言うとおり、必ず無事に城まで連れて帰ると約束するけれど

長の屋敷を出たところに、少女はいた
緑色に輝く宝石がいくつもついたロザリオを胸に、そこに真直ぐ立っていた
「姫・・・」
そのロザリオには見覚えがある
ハバタキ王国の国宝であり、姫の10才の誕生日の日 国王から姫へプレゼントされた後継者の証
無邪気に綺麗ね、なんて言った姫に 姫を溺愛した国王がこっそり授けたのだ
だから誰も、姫がそれをもっているなんて知らなかった
そのロザリオさえあれば、王の遺言を無視してでも王座に君臨できる程の力のある宝がここに
まさに姫本人の胸を飾っている
「すごいね、誰が見ても彼女が王の後継者だ」
隣で笑ったソード・マスターに ヒムロもまた苦笑した
「姫、一緒に来てください」
昨日、何度も否定された言葉を また言った
胸が痛んだ
少女の想いも、わからないでもないから
ここで自分を拾い育ててくれた人々に、恩を返したい
その気持ちも、理解できるから
でも、
「あなたはハバタキ王国の姫、正式な後継者だ」
そして、幼い頃いつも その笑顔で自分を癒してくれた最愛の姫
誰よりも大切な存在だから

「いいえ、違います
 私はあなたの言う姫じゃない、でも・・・」

まっすぐに、少女はヒムロを見て言った
ソード・マスターの言葉を 何度も何度も考えて
あの時、魔物に殺されるかもしれないと思った時 助けてくれたヒムロの目を思い返した
突然現れた城からの使者
本当の名も知らぬ自分に あなたは姫だと告げた
大切な友達だった魔物を殺した憎い存在は、必死の目をして自分を助けてくれた
何が何だかわからなくなって、一晩中眠れなかった
「あいつは普段は絶対に剣なんか抜かない
 君のことはよっぽど、大切なんだな」
閉ざされた記憶、愛された思い出
全て消えて、悪夢だけが盗賊達のふりあげる剣と血の雨を見せた
その悪夢の向こうに、あんな風に必死に想ってくれた人がいたなんて
それが本当なら その人のために何かしたいとそう想った
漠然と、
そして痛い程に、皮肉めいた言葉が蘇る
「君が王座につけば、国は安定するかもしれない
 つかなければ、この村にまで戦火が及ぶだろうね、また戦いが起こる」
空の王座を巡って
その富と名誉と財産と力を巡って

「私は私として、あなた達と一緒にいきます
 私の名はクローバーじゃない
 あなた達の知ってる姫じゃない
 7年前から記憶はありません、だから私は私
 この村で育った、ただの娘です」
それでいいなら、と
少女は決意の目で言った
自然、手がロザリオを握り込む
今朝、ずっと親代わりだった長が渡してくれた
お前が身につけていたものだよ、と
この森の泉の色のように深く美しい緑色
旅の途中でもここを思い出せるように、と
長は笑っていったっけ
おまえが行きたいと思うなら行きなさい
おまえがそれで、幸福になれるなら

「私の名は
 私が愛するこの村の人が<祝福>という名を授けてくれた
 私は私として、与えられた愛を返すため あなた達と一緒に行きます」

今日のようによく晴れた日の朝
血だらけで 魔物達に運ばれてきた奇跡のような少女
胸に美しい宝石を抱き、死んだように眠り続けた
可哀想な少女
親を失い自分も失い、不安でいっぱいの目をして怯えて震えていた
この子にどうか祝福を
この子がどうか、幸せになれますように
与えられた名は
森に愛され、魔物に愛され、人に愛され、動物に愛され
少女はやがて村を旅立つ
<祝福>という名を胸に抱いて


女の子お絵かき掲示板ナスカiPhone修理