魔法の声 (姫×主)


文化祭の季節がやってきた
夏休みが終わるとすぐに、委員を中心に各クラスがまとまって取り組む
今年、達のクラスは「アラジンと魔法のランプ」の演劇
夏休み前まで演劇部だったは、クラス中の推薦でヒロイン役に抜擢された
そして今、主人公のアラジン役を決めるのに、激しい争奪戦が繰り広げられている

(・・・すごいなぁ・・・)
相手役がと決まって、クラス中の男子が燃えているからか
最後の文化祭だから、皆はりきっているのか
男子諸君の3分の2が立候補
じゃんけんかクジか推薦か
どう決めるかで大モメにモメて、出だしからすでに行き詰まっている

「あーっ、クジ運はなぁーほんまにないんや〜」
帰り道、ぼやいたまどかには苦笑した
結局、H.Rを大幅に延長して 希望者全員平等にクジ引きをした
そして、当たりを引いたたった一人の幸せ者は の期待とは違い まどかではなかった
「あーあ、やりたかったなぁっ
 と最後の文化祭、やりたかったなぁっ」
いつまでもいつまでも、ぼやいているまどかに も小さくため息をついた
最後の文化祭だから、もまどかと一緒に舞台に立ちたかった
「せめて推薦やったらなぁっ
 そしたらオレがぴったりやん? 見た目からしてもっ」
「うん、そうだね」
決まった人には悪いけれど、まどかとやりたかった
きっとまどかのアラジンは、不敵で格好よく決まると思うから

次の日から は演技の練習に
まどかは その側で大道具の製作に入った
全校一斉に文化祭の準備を始めるから、とにかく場所がなくて
それで狭い教室の前と後ろに分かれての作業
大きな板を切ったり釘でうちつけたりしながら まどかは何度も台本の読み合わせをするキャスト達をチラっとみた
(あーあ、ええなぁ〜)
アラジン役の子のはりきり様は尋常ではなく、昨日できたばかりの台本をもう暗記してきていて
それにまどかは苦笑した
「しゃーないなぁ・・・
 オレは縁の下の力持ちになったるか・・・」
手にした金づちに視線を落とす
バイトも休んで こんな作業に明け暮れて
主役ができないなら文化祭など、とも思うけれど
(の舞台やしな・・・)
の最後の舞台だから
いい舞台にしてあげたくて、まどかは気を入れ直して笑った
それなら自分は、に相応しいセットを作ってあげよう

大道具の仕事も、やり出すと楽しかった
仲のいい女の子達もみんな一緒で、なんだかんだと雑談しながら毎日作業を進めた
キャスト達の声がきこえてくる
何度も何度もくり返し
それを聞きながら、やはり嫉妬みたいな
そんな感情が湧くのを、まどかは苦笑して押さえ続けた
本番まであと一週間

その日、は委員会があるとかで 練習の途中に抜けた
下校時間になっても戻って来ず、教室はいつのまにか しゃべって作業していたまどかと女の子3人ほどだけになっていた
( おそいなぁ・・・)
チラ、と時計を見る
キャストの子達はもう帰ってしまった
「そろそろ帰ろっかー
 あのドラマの再放送始まっちゃうし〜」
「姫条は? 帰る?」
「んーオレもーちょいおるわー
 ここ仕上げといたるし」
「ほんと? 姫条燃えてるね〜
 じゃあお先に〜」
笑って女の子達は帰っていく
それを見送って まどかは打ちかけの釘に2.3度金づちをあてた
カンカン、
誰もいない教室に音が響き、それで思考がなんとなく深くへ落ちていく そんな気がした
カンカン
の声
台詞を言う声
あなたのことが好きです、なんてセリフを一体何度聞いただろう
台本を見せてもらった時に、激しく嫉妬したものだ
自分だってこんなこと、めったに言ってもらえないのに
アラジン役の奴は、毎日毎日何度もそう言ってもらえるなんて

(あーあ・・・)
の演技は上手い
さすが演劇部というだけはある
そして、異常に燃えているアラジン役の子も や他の演劇部だった子の指導により 今はセリフに抑揚もつき だいぶそれっぽくなってきた
アラジンにしては大胆さが足りないと思うのは多分まどかが妬いているからなんだろう
一日に何度も、二人のシーンの練習をして
その度に二人が仲良くなっていく気がして、まどかはもんもんとしていた
大道具を作りながら
女の子達とそれなりに楽しくやっていると見せ掛けて
実は心の中は嫉妬で一杯である
それを全部消してしまおうと、こうやってカンカン、と釘を打つ

しばらくするとガラリ、と教室のドアが開き が帰ってきた
「あ・・・やっぱり帰っちゃったね・・・」
まどかしかいない教室に、がつぶやく
「気づいたことあったから、言おうと思ってたんだけどな・・・」
その言葉に、イラ、とまどかの気持ちが昂った
「冷たいなぁ、
 せっかく待ってたのにオレなんか無視であいつのことばっかなんてなぁ」
演劇部だった
台本にはいっぱいメモが書かれてあるし
練習中も、こうする方がいいか、とか
どっちがそれっぽいか、とか
アラジン役のことを何より気にかけている
そりゃあ本番まであと1週間しかなくて、気合いが入るのもわかるけれど
せっかくまっていたまどかに一言もなく、
帰ってくるなり別の男のことを言われたら 嫉妬が増す
大人ではいられなくなる
「あ・・・ごめんなさい・・・」
慌てて、は言った
「ごめんね・・・」
そうして近付いてくる
「危ないから来んな」
「え・・・」
それを止めて、まどかはため息をついた
二人の間には 作りかけのお城のセット
その向こうで、が不安そうにまどかを見た
「ごめんね・・・」
わかってる
に他意などないことは
一生懸命、劇をいいものにしようとしているだけ
そして、勝手に妬いて子供じみたことを言っているのは自分だけ
は悪くない
「姫、さぁ早くお手を・・・」
どうしようもなく、まどかは声を上げた
「え・・・?」
「あなたを助けにきました
 さぁ、出口はこちらです
 僕と、一緒にきてください」
それは、毎日毎日聞いて覚えてしまったアラジンの台詞
奴がに語りかける、台詞
「あなたは・・・誰なんですか?」
戸惑いながらも、驚きながらも は自分の台詞を続けた
「僕はアラジン
 でも今までのアラジンではもうない
 僕は自分自身の手で、大切なものを手に入れる」
言って、少しだけ笑った
舞台で言いたかったなぁ、などと思いながら立ち上がっての方へ近寄っていく
「ごめんな、ちょっと嫉妬した」
「ううん・・・」
その手を取って 指にキスをする
それでは真っ赤になった
「オレがアラジンやったら、こんくらいはするんやけどなぁ」
「姫条くん・・・」
頬をそめてこちらを見上げたに、そのまま口付けた
甘い吐息がもれて、お互いの熱が伝わる
「でもまぁ、こんなことしたらブーイングやろーなぁ」
オレはみせつけてやりたいけど、と
まどかは笑った
もういつもの、まどかだった

さて、本番
朝一番に問題発生
2.3日前から風邪ぎみだったアラジン役の子が 風邪をこじらせたのか無理がたたったのか
当日になってほとんど声が出ないと言い出した
「ど、どーすんねん おまえっ」
「やるっ」
しかし本人は、掠れた声でがんとして言い放つ
教室は騒然とした
本番まであともう何時間もない
「やるってゆーてもなぁ・・・
 マイク通すゆうたかて、その声じゃ雰囲気ブチ壊しやろ」
アラジンは元気いっぱい、大胆不敵な若者
掠れたような絞り出した声では、主役というよりかは魔女である
「いやだっ、やるっ」
せっかく今まで練習してきたのに、
せっかくアラジン役を勝ち取ったのに
涙ぐんだ彼を囲んで、みんなはどうしたもんかと頭を悩ませた
今から代役では間に合わないと同時に、彼が絶対に納得しない

本番は、午前の部の最後だった
衣装に着替え、緊張した顔をして がまどかを見つめる
「大丈夫? 姫条くん」
「まかしとき、セリフやったらバッチリや」
苦笑いが浮かぶ
皮肉な結果
どうしても舞台に立つと言い張った主役と、
今から全ての立ち位置や振るまいを他の人に教えるのは不可能だと判断したキャストは
彼を舞台に立たせて、声だけ別の人があてるという策に出た
というよりかは、これしかなかった
そして、抜擢されたのがまどかである
「誰でもいいってわけにはいかないの
 ちゃんとアラジンの動きに合わせてしゃべれる人じゃないと
 キャスト以外で台詞覚えてるの、姫条くんしかいないし」
いつになく、真剣でしっかりした顔のを見る
「さんざん聞かされてたからなぁ
 どのタイミングもばっちりおぼえてんで」
毎日毎日、教室で練習していた二人
いつも気にかけて聞いていたから 自然と覚えた台詞
タイミングも、場面に合わせた抑揚の付け方も ちゃんと心得ている
ずっと聞いていたから
「安心していってきーや」
台本をみながらなんてできないから、まどかは片手にマイクだけ持っている
「うん」
は、まどかに背中を押されて、舞台へと出ていった

「ようやく僕は、姫と魔法のランプを取り戻すことができた・・・」
まどかの声が響き渡る
不思議な感覚
目の前で演技しているクラスメイト
その姿なんか見えなくなる
まどかの声
いつもの、まどかの声
「でも僕にはもうランプは必要ない
 自分の力で欲しいものを手に入れたのだから」
不敵に笑ったまどかの顔が見えた気がした
大好きな人
不思議、声だけでこんなにも その存在を示すことができるなんて
(姫条くん・・・)
次のセリフを言おうとした
そしては、はっとして声を飲み込む
「目先の誘惑に負けて、ただおもしろ可笑しく生きてきた僕を君は本気にさせてくれた」
台本にない台詞
一瞬、相手の子も驚いたように動きを止めた
「君に出会って 僕ははじめて自分の力で何かをかえようと思った
 魔法のランプなんかいらない
 君が好きだ」
君が好きだ
呆然としている相手役の子に、は一歩あゆみよった
まどかの声は胸がドキドキする
舞台にいながら、いつもの自分に戻るようで
それで身体の熱が上がる気がした
「君が好きだ、ずっと一緒にいてほしい」
幸福な気持ちになってく
愛されている自分
演技ではなく
台本の台詞ではなく
この世界のヒロインではなく、自分に
 という女の子に そう言ってくれているんだと思っていいのだろうか
まどかの声で、まどかの想いを
「うれしいですわ、私もあなたのことが・・・」
あなたのことが、好きです

舞台の袖は、まどかが急に台本にない台詞を言い出してからパニックになっていた
誰かが慌てて台本を持ってきたけれど、まどかは見向きもせず、ただ舞台の上のだけを見つめていた
大好きな
伝わればいい、この想い
恋人になっても、手に入れても
けして満足なんかできない想い
足りなくて、愛しくて
増々好きになっていく、唯一の女の子
「ずっと一緒にいてほしい」
その言葉に、の目が大きく見開かれた
まっすぐに相手役の子を見ているけれど
それで、少しだけ歯がゆさが生まれたけれど
次の瞬間、はとびきりの笑顔をくれた
まるで花が咲くみたいに、頬が染まって
笑顔は優しくて愛しくて、幸せそうだった
「うれしいですわ、私もあなたのことが・・・」
あなたのことが、
「好きです」
多分、誰も見たことのない の笑顔
あんな風なのは、まどかだって見たことがない
ドキ、として
それから、伝わったんだと感じた
この想いは、まで届いた
アラジンという青年を通して、この声で

その日舞台は大成功
幕かおりるとは、思わずまどかに駆け寄った
「おかえり、ごくろうさん」
大好きな声
ずっと側に、と言ってくれた声
「うん、姫条くん・・・」
頬を染めたを、まどかは抱きしめた
幸福で仕方がなかった
もう嫉妬なんて、どこにもない


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