大遅刻 (姫×主)


朝、というよりは昼に近い時間
部屋にさんさんと入ってくる陽射しがまぶしくて、は目を覚ました
ボンヤリした頭で、何かを思い出そうとする
何だったか、寝る前に考えていた大事なことがあったんだけど
「んー・・・」
昨日はデート前だっていうのに久しぶりに夜更かしして、受験勉強なんかしてたから
約束の2時間前には起きるつもりだったのに こんな時間
こんな、時間

「えっ?!」
そこまで考えて、はベッドの上に飛び起きた
「え・・・やだ・・・」
窓の外が明るい
枕元の時計を見ると、針は予想だにしない場所を指していた
約束の時間から もぉ2時間もたってしまっている
一瞬、サァ・・・と血の気が引く気がして、それでは慌てて携帯を手に取った
とにかく連絡を入れないと
こんなに遅れてしまった今では、連絡なんか何の意味もなさないけれど
(ああもぉ、私のバカバカ)
昨日、見たい映画があるから、と誘ったのはだった
まどかのあまり好きじゃないジャンルの映画だったのに、「ええよ、つきあうよ」と、いつもみたいに笑ってくれたまどか
その後、買いたいものがあるから買い物をしようと
そう言って、10時に駅で待ち合わせた
それが今、時計は12時を指している

「やだ・・・なんでこんなに寝ちゃったんだろ・・・」
手にした携帯には、着信マークがついていた
全部で3件、どれもまどかからだった
待ち合わせから30分後と、1時間後、1時間半後
震える手で、まどかの携帯番号を押す
謝らないと、
まどかに、謝らないと
(ごめんなさい、ごめんなさいっ)
動揺して、何をどうすればいいのか よくわからなかった
こんな寝坊は初めてで、
こんな遅刻もはじめてだった
胸がドキドキする
番号をなんとか押して、携帯を耳に押し当てる
いつもは軽快な音でコールするのに、今日はそれが一度も聞こえなかった
唐突に、アナウンスが流れる

「ただ今電波の届かないところにいるか、電源が入っておりません」

その言葉に、目の前が真っ暗になるような
ズン、と心に重いものがたまるような そんな気分になった
不安と恐怖で胸が苦しい
いてもたってもいられない
まどかと、電話がつながらない
(怒ってる・・・)
何度も電話をくれたのに、それでも起きなかった自分
きっとまどかは怒ってしまって、携帯の電源を切っているのだ
「姫条くん・・・」
泣き出しそうになった
大好きなまどか
嫌われたら生きていけない
全てが終わってしまう、そんな気がする
泣きたいのを必死で我慢して、は急いで支度をした
きっともう、待ち合わせの場所にはいないだろうけれど
電話さえも繋がらないけれど
それでも、とにかく待ち合わせの場所へ行こうと、は家を走り出た
何も考えられなかった

結局、が駅についたのはそれから30分後
人込みでごったがえしたこの場所に、やはりまどかはいなかった
胸が苦しくて、
走ったので息もできない程で、は呼吸を整えながら立ち止まった
(姫条くん・・・)
嫌われてしまった
こんなにも遅刻して、
連絡もいれずに、
自分から誘ったのに、
きっとまどかは、自分なんか嫌いになってしまった
「・・・・」
どうしようもなく悲しくなる
悲しくて、苦しくて、身体が震える気がした
ざわざわとした喧噪も、遠く遠くで聞こえるだけ
大好きなまどかとのデートなのに
どうしてちゃんと起きれなかったんだろう
勉強なんか、それこそいつでもできるのに
こんな風にまどかを待たせて、あげく怒らせてしまうなら やらなきゃ良かった
「姫条くん・・・」
携帯をぎゅう、と握りしめた
もう一度かけてもやっぱり出ないだろうか
どうしても声がききたくて
謝りたくて
は、震える手でまどかの番号を押した
まどかに繋がるよう 祈りながら

だがその時、ふいに背後からヌッ・・・っと手が伸びてきて
うつむいていたを 抱きすくめた
「きゃっ」
、やっと来たな」
聞き慣れた声
大好きな、今一番聞きたかった声
「姫条く・・・っ」
振り返って、そこにいつもみたいに笑ったまどかがいたから、は本当に反射的に、ぎゅっとまどかに抱きついた
ああ、まどかがいる
まだ、ここにいる
「姫条くん・・・っ」
その胸に顔をうずめると、まどかが驚いたように、それでも優しく肩を抱き寄せてくれた
「どしたんや? 急に・・・」
「ごめんなさいっ」
どうして まどかはここにいるのだろう
怒って帰ってしまったと思ったのに
電話にも出たくないくらい、自分のことなんか嫌いになったと思ったのに
どうして、こんな風に笑ってくれるんだろう
「何しとったんやー?
 姫条まどかの人生の中で一番待ったでー、2時間半は最高記録や」
くすくす、と
悪戯っぽく笑ったまどかを見上げると、途端に安堵したのか何なのか
の目から、ぼろぼろと大粒の涙がこぼれた
止まらない
いくつもいくつもこぼれていく
「ごめんなさい・・・姫条くん・・・」
ごめんなさい、と
何度もくり返すに、まどかはクス、と笑った
普段なら こんな風に自分から抱きついてきたりしないのに
こんな人前で、こんな場所で
「ええよええよ、何回電話しても出ーへんからこれは寝とるな、とふんだんやけどアタリか?」
「ごめんなさい・・・」
「あっはは、でも寝坊すんねんなぁ
 泣かんでええって、別に怒ってへん」
優しい腕が の震える身体を抱いて、
は何度も何度も謝った
そんなに笑ってくれるけれど、
そんな風に許してくれるけれど
2時間以上も待たされたら、誰だって帰って当然なのに
怒って当然なのに
「携帯つながらないから・・・嫌われたと思った・・・」
大きい手が髪を撫でてくれる
まだ震える声で言うに、まどかはああ、と
すまなさそうな顔をして、それから苦笑した
「いやー、待っとったら迷子のガキがウロウロしとってなー
 なんや1時間も同じとこウロついてるから気になって、おまわりさんに届けてたんや」
その時に地下を通ったから きっとそれで電波がつながらなかったんだ、と
まどかは言って の涙をそっとぬぐった
「もぉ泣かんでええ
 いらん心配さしてもーたな、ごめんな
 怒ってへんし、なんや貴重な体験さしてもろたで」
いつもいつも、遅れてくるのは自分で
バイトが長引いたとか、急用が入ったとかで 待たせるのはいつもまどかの方だった
全部を合わせたら、2時間半なんかとっくのとっくに超えてしまう
待っている間、色々と考えたものだ
こんな風には、いつもいつも文句も言わずに待っていてくれて
遅れてきた自分にも、あんな嬉しそうに笑ってくれていたんだなぁ、と
「他の女やったら待たへんけどな
 待っててに会えんねやったら、いくらでも待つわ」
クス、とまどかが笑った
「ほら、映画見るんやろ
 予定通り買い物もするから 急がんとな
 ああ、そや、その前に昼飯やな、腹へってもーたわ」
「うん・・・」
ぐい、と
涙を拭ったに、まどかは満足そうに笑うと ぽん、と頬に手を触れた
「ほんまは泣き虫やなぁ」
見上げると、いつもの優しい顔で笑ってくれている
「・・・ほんとにごめんね」
「ええよ、泣く程ごめんって思うてくれてんねやし」
幸せ者だ、と
まどかは破顔した
本当に幸せ者だと思う
たったの2時間半おくれたくらいで
電話が繋がらなかったくらいで
自分に嫌われたかと思って、こんなにも泣いてくれる
愛されてるなぁと、
感じてまどかは にやける口元をそっと隠した
まだどこか、元気のないを見下ろして そのあごに指をかけ上向かせる
「・・・?」
「そんな顔すんなや
 気になるゆーんやったら、お仕置きしたるからもぉ忘れ」
「え・・・?」
そのまま、フ、と
屈んで その唇に口付けた
「・・・!」
驚いたように、の身体がピクリと反応するのを感じる
長く長く、その柔らかい唇に触れて、逃げるような舌をからめとって
それからゆっくりと、まどかはを解放した
「・・・・姫条くん・・・」
真っ赤な顔をして、こちらを見上げているが可愛いと思う
駅の前、人の前
知らない誰かが、チラチラ、と二人を見ている
「こんな人前でされたら、恥ずかしゅーてたまらんやろ
 には一番効くお仕置きやなぁ」
可笑しそうに、まどかが笑い
それでは はっとして周りを見た
同年代の子は好奇心いっぱいで、それこそ遠慮なく
大人達は 眉をひそめてちらちら、と
何人もがこちらを見て、それでは消えてしまいたくなる程に恥ずかしくて仕方がなかった
身体中の熱が上がる気がする
「あぅ・・・・」
そうして、真っ赤になってうつむいて まどかの服をぎゅっと握った
「は・・・恥ずかしい・・・」
「そやろそやろ、十分やろ
 これで許したるから もぉ謝らんでええで」
うん、と
が小さくうなずいたのを見て まどかは満足気に笑った
まどか的にはいくらでも
人前だろうが、どこだろうが
みんなに見せつけてやりたくて仕方がないのだけれど
こんなものでは全然足りないんだけれど
(ま、ええか)
愛されている幸せ者は 心に余裕があるのだ、と
一人 満足気につぶやいた
待っていた2時間半分の幸せをもらった
そんな気がした

ゆつくりと流れていく時間
進まない時計
来ない恋人
でもそれでも、この時間が心地いいと思えるのは やっぱり相手が特別だから
この時間がいつもより、相手を想える時間だから
まどかはそれを知っている
今日の2時間半、自分のを想う気持ちを確認した
だからそれは、無駄ではなかった大切な時間


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