海へいこう-前編- (姫×主)


夏休みも8月に入って、いよいよ終わりが見えてきた頃
とまどかは、海にきていた
2泊3日の、小旅行

「おおっ、これはすごいなー
 どんな田舎や思うとったけど、なかなかええやん」
「うん・・・」
電車の駅からバスで約1時間
ようやくたどりついたのは、背に山、全面に海という静かな浜辺
夏を満喫するには海、というまどかの主張に従っての今回の旅行
まどかのバイト先の先輩と一緒に、先輩の親戚の経営する宿で、ということで
は両親からやっとこOKをもらってきた
「女の子もいっぱいいるし、大丈夫だから」
と、半ば強引だった気もするが、夏の旅行
行く先が苦手な海であっても、やっぱりまどかと一緒に行きたかった
それで、今、はここにいる

「バス酔いどないや?
 しんどいんやったら ちょっと休むか?」
「あ、うん、大丈夫」
覗き込んだまどかの顔が心配そうなのに、は少し笑った
「姫条くんがいてくれたから」
平気、と
その言葉にまどかは破顔する
「なんや、嬉しいこというてくれるなぁ」
当然のように、の荷物を手にしてまどかはポン、との背を軽く押した
「ほんなら、とりあえず宿に行こか」
「うん」
少し先には、まどかの先輩達がペンションらしきものを指差しながらなんやかんやと言い合っていて
それでは微笑した
最初ははじめて会う人たちに緊張しもしたけれど、
今はだいぶん慣れた
まどかも気を使ってくれるし、なにより向こうがのことをよく知っていたから
「ああ、噂の姫条の彼女ね」
フレンドリーな笑顔と、悪戯っぽい言葉
「姫条にさんみたいなのはできすぎた彼女だよなぁ
 なんならオレに乗り換えない?」
みんなまどかみたいなタイプで、こちらに気を使ってくれていて、
それでは、とても居心地がよかった
何よりまどかの先輩なんだから、と それが大きな安心に繋がっている

ついたペンションには、団体客が一つ泊まっていた
「どこかの高校の合宿だって」
「ふーん、休みやのにスポ根なんかよーやるな」
なんやかんやと言いながら、先輩の親戚とやらに挨拶をして、荷物を運ぶ
「じゃ、オレ達はこっちの部屋だから」
「はいよ、またあとで」
言って部屋の鍵を受け取って、まどかは少しだけ笑った
「みんなカップルやから、まぁ当然の部屋割りなんやけど・・・」
「う、うん・・・」
振り返ると、4人いた先輩達はみなそれぞれに男女で一つの部屋に入っていく
「だからはオレと一緒の部屋で我慢な?」
「あ、ううん、そんな・・・」
そんな我慢だなんて、と
言う前に、顔が真っ赤になるのを感じて は慌ててうつむいた
こんなことに気付かなかった自分がうかつで
今さら、まどかと二人きりだなんてことに気がついて
それでは、急にドキドキしだした心臓を必死で落ち着かせようとした
こんな風になっていたら、意識しているみたいで きっとまどかが困ってしまう
なんとか気持ちを落ち着けて部屋に入ると、一足先に入っていたまどかが窓を開け放った
「おー、ええ風入るやん」
「あ、ほんとだ」
窓から海が見える
それで急に、は気分が楽になった
大丈夫
まどかのことが大好きだから、大丈夫
変なことを考えるより、この素敵な時間を楽しもう、と
それでまどかの側まで寄った
「あんまり人、いないね」
「せやなぁ、穴場らしいからな」
髪をなでていく風が気持ちよくて、思わず目を細めたら すぐ側にまどかの気配を感じた
突然に、唇に触れられて、
それから甘い味がした
「姫条くん・・・」
真っ赤になったを抱きよせて、まどかは笑う
「いちご味のキスっちゅーやつやな」
出した舌の先には、小さくなったいちごドロップ
がバスに酔わないようにと、まどかが買ってきてくれたもの
「なかなかうまいやん、これ」
「うん」
くすぐったくて、は笑った
時間がゆっくりで、側に大好きな人がいて
こんな風に、優しくしてくれたら、それだけでどうしようもなくなる
まどかが好きだと、感じる
今が、本当に、幸せだから

しばらくすると、先輩達が着替えて部屋へとやってきた
「海といえば水着っ」
「う・・・うん」
わかってはいるが、
このために、まどかとわざわざ買いにいったのだけれど、
それでもやはり恥ずかしくて、は真っ赤になりながら着替えた水着の上から白のパーカーを羽織った
「なんやなんや、恥ずかしがり屋さんやなぁ
 先輩なんか惜しげもなく見せつけてるで?」
「だって、私あんなにスタイル良くないんだもんっ」
「あはは、そんなことないで
 オレにはが最高や」
手を差し出され、それを握りながら はまた赤くなってうつむいた
恥ずかしいことを堂々と言ってくれるまどかに、赤面が止まらない
まどかについて砂浜へと歩きながら はその日に焼けた背中を見た
きれいに筋肉のついた背中
男の子って大きいなぁ、なんて思ってしまう
いつもを支えてくれる腕も、胸も、
みつめているとドキドキして、は慌てて目を海へと向けた
こんなところにきているから
まるで二人きりみたいだから
少しのことでドキドキして、色んなことを考えてしまう
自分で自分がおかしくて、は少しだけ苦笑した

さて、水が苦手なは、最初波打ち際に立ってパチャパチャと遊んでいるだけだった
女性陣がそれにつき合ってくれて、30分もすると腰くらいまでのところまでなら、なんとか入れるようになった
(でもやっぱり恐い・・・)
海はプールと違って波があるから 時々どき、とする
高い波で顔あたりまでしぶきが飛ぶと、ひやっとして背中が冷たくなるのだ
でも、それをなんとか必死に我慢する
せっかくみんなで来ているんだから、と
が水が恐いのを責めもせず、こんな浅いところでつきあって遊んでくれている先輩達に悪いから、と
必死にドキドキを我慢していた
そこへようやく男性陣がやってきた
みんな手に手にゴムボートを持っている
「おまたせ、
「姫条くん・・・」
顔を見た途端にホッとして、はまどかの側へと寄った
途端にその身体を抱き上げられて、いとも簡単に波にゆらゆら揺れているボートにのせられる
「え?」
「お姫さまとボートレースやな」
「えぇっ?」
見れば、それぞれ女性陣が同じ様なゴムボートに乗せられ、と同じようにゆらゆら揺れていた
今から一体何が始まるというのだろう
「転覆したら負けやで、あの浮き玉廻って先に帰ったもんの勝ちな」
そういって、男性陣もボートへと乗り込んだ
「ちゃんとつかまっときや」
まどかが勢いよくボートに乗り込む
「きゃっ」
ぐらりとボートが揺れて は必死にボートのふちにしがみついた
「き・・・姫条くん・・・っ」
「大丈夫やって、恐くない恐くない」
そしてレーススタート
これまた玩具のようなオールで男性陣が漕ぎながら、3つのボートは沖に浮いている玉をめがけて突進していく
夏の陽射しに、波がキラキラ輝いて それはそれは綺麗だった
だが、には当然、それを楽しむ余裕がない
「姫条くん・・・っ」
「心配せんでええって
 落としたりせーへんし、オレが何があっても守ったるから」
今にも泣き出しそうなに、まどかが笑っていい
それでは、不安ながらにも一つうなずいた
「うん・・・」
みるみるうちに砂浜が遠くなる
「あの浮き玉らへんは まだ俺やったら背つくねんで
 ここは遠浅やから 危険なんはもっとずっと向こうに見えてるあの大きな玉のとこやねん
 せやから大丈夫
 間違っても波にさらわれたり、落ちて溺れたりなんかせーへん」
「うん・・・」
まどかの言葉に、が少しだけ笑うと、まどかも満足そうに笑った
「ほんならしっかりつかまっときーや
 負けたらアイス奢らなあかんからなっ、負けられへんわっ」
きゅんぎゅんと、まどかがペースを上げて、ボートの揺れがいっそうひどくなった
必死につかまりながら、まどかの向こうに近付いてくる浮き玉を見る
先輩チームがそれを廻ったのが見えて、続いてもうひと組もそれを廻った
「あかんっ、こーなったら奥義発動やっ」
「え?」
「おりゃーーーーーっ」
最後に浮き玉を廻ったまどかが、ボートを故意に前のボートにぶつけた
の止める間もなく二つのボートが激しく揺れる
さらにもう一度妨害に出たまどかのボートに当てられて、先輩のボートはぐらっと傾き転覆した
「姫条くん・・・」
「姫条〜おまえなーーーーっ」
水面から顔を出し、先輩が吠える
それに笑顔を返しながら まどかは意地悪く言い放った
「先輩こんくらいで沈んどったらあかんで、もろいなぁ」
「なんだと〜お前も食らえっ」
「おわわっ」
ポカン、と
が一連のことに唖然としている間に、海に落ちた先輩によって まどかもまた海に引きずり込まれ
大きな水しぶきが上がった後、ボートにはだけが残った
「姫条くんっ」
「あはは、姫条のばか」
同じく海に落とされた女の先輩は、そのすきに無事なのボートへと乗り込みオールを持って腕を鳴らす
「さ、バカな男はほっておいて、私達は戻りましょうね〜」
「あ、はい」
見遣ると、まどかと先輩がなんやかんやといいながら、海の中でじゃれあっている
「男ってじゃれあうのが好きよね」
「あはは、びっくりしました」
「姫条もほんっとバカだからねぇ、ちゃんも苦労するでしょ
 あんなのが彼氏だと」
「そんなこと・・・」
「ない? 惚れてるのねぇ
 姫条も幸せだこと」
にこにこと、笑った彼女には真っ赤になって、それでも同じ様に笑った
まどかの側だと安心するし、大嫌いな海にいてもこんなにも楽しい
まどかじゃなければこうはなれない、と
それではもう一度、こちらに向かって泳ぎはじめたまどかを見た
楽しそうにしているその姿が、大好きだと感じた

結局、レースは妨害したまどかが反則負けとなって、全員分のアイスを買ってくるハメになった
「あーあ、結局オレかい」
「さっさといってらっしゃーい
 オレ達はここで遊んでるからな」
「へえへえ」
言ってまどかはを見る
「つきおーてくれる?」
「うんっ」
脱いでいたパーカーを羽織って、はまどかについて歩きながら 強い陽射しをそそぐ空を見上げた
ふりそそぐ陽射しが、今も二人の肌を灼いている
「あっちいなぁ、これは今日の風呂はつらいで
 も焼けてるんちゃう?」
「うん、やけてるっ」
太陽を遮るものは何もないし
こっちはまどか好みの水着で肌露出大だし
だが、それでも夏満喫と思えば、灼けることもこの陽射しも嫌なものではなかった
むしろ心がうきうきする
「たしかなー、向こうに氷屋があんねん」
「氷? かき氷?」
「そうそう、かき氷にしたりするでっかい氷
 そこにアイスも売っとるはずなんやけどなー」
言う間に、昔ながらの古い家が何件も並び、その一番奥に大きな倉庫と氷の文字が見えてきた
「ちわーっす」
まどかが中でアイスを買っている間、店先に置いてある大きな氷にはふらふらと寄っていった
都会育ちのには、こんなに大きな氷が新鮮で
暑いさなかにとてもつめたそうで気持ちよさそうで、
思わず触りたくなる衝動にかられた
その時
・・・ちゃん?」
「え?」
聞き覚えのある声で呼ばれ、驚いて振り向くと そこには珠美が同じく驚いた顔で立っていた
「え? たまちゃん?!!」
「やっぱりちゃん〜!!
 どうしたのっ? 旅行っ? 私は部活の合宿なの〜っ」
きゃあきゃあ、と
思わぬ再会にはしゃいだ時、表の道から和馬がやってきた
「何やってんだよ、紺野・・・」
両手にクールボックスを持って、Tシャツ姿で、
まさに部活の最中といった様子の和馬に、は少しだけ笑った
「ひさしぶり、鈴鹿くん」
「え・・・・・・・・?」
和馬に好きだと言われてから、まともに会話をしていなかったから、本当に久しぶりで
一方の和馬は、思い掛けない人物に会い、
しかも相手が水着なんか着ているから戸惑って、
それで真っ赤になって、怪訝そうにこちらを見た
「何してんだよ、こんな田舎で・・・
 旅行か?」
「うん、そこのペンションで・・・」
言った途端に、店から大量のアイスを買い込んで、まどかが出てきた
その目はまっすぐに和馬を見ている
「・・・・よぉ」
途端に妙な雰囲気になる和馬と、同じく嬉しくなさそうなまどかは 違いに言葉を2.3交わしただけでそれ以上の会話をしなかった
「紺野、早いとこ戻るぞ」
「あ、うん・・・」
二人は店に入ってゆき、出てきたまどかはを促して元きた道を戻った
「びっくりしたね、鈴鹿くん達ここで合宿なんだ」
「せやなぁ
 これは同じ宿のスポ根君達はあいつらかもなぁ」
「え?!!」
驚いたに、アイスキャンデーを一本差し出し、まどかは苦笑した
「良かったやん、珠美ちゃんと夜一緒に遊べるかもしれへんやん?」
「あ・・・うん」
オレンジ味のキャンデーを一口噛んで、はどことなく妙な雰囲気だったまどかと和馬のことを思った
自分が和馬に好きと言われた時、二人は電話で話をしていたから
きっとあれ以来なんだろう、と思う
仲が良かった二人だったから、なんだかとても息苦しかった
ボンヤリ、と
していたのだろうか
突然肩を抱き寄せられて、驚いて見上げると まどかが困ったように笑った
「なんでもないで
 が心配することちゃう」
不安気な目をまっすぐにのぞきこまれ、は見すかされた心に赤面した
「大丈夫」
「うん」
不安はまだ残るけれど、まどかがそう言うなら大丈夫
自分は、何よりもまどかの言葉が一番だから
暑い道を浜辺まで戻りながら は身体を抱き寄せるまどかの強い腕を感じて頬を染めた
側に彼がいたら、何も恐くはない
隣のまどかを見上げて、は小さく笑った


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