波瀾 (姫×主)


相手のことを理解して、相手の都合を優先して、
いつも優しい顔で、大丈夫だよって言ってあげられたら それが理想の恋人なの?

7月に入って、2度目の日曜日
朝、デートの支度をしているの携帯が鳴った
大好きな着メロ
まどかだけに設定してある、気分が明るくなる曲

「おはよう、姫条くん」
どうしたの、と受話器の向こうの恋人に朝の挨拶をする
今日のデートは大好きな水族館
熱帯地方でしか生息しないような珍しい魚が見れるから、とまどかが誘ってくれたもの
「ごめん、
 バイトどーしても人数足らへんらしくて・・・」
いつもの明るい声ではないちょっと困ったようなまどかの声
途端にの気分は一気に沈んで、それから切ないような苦いような想いが心に広がった
「うん・・・じゃあ仕方ないね・・・」
「ごめんなっ
 水族館、来週にしよーや
 絶対つれてったるから」
助かった、というような まどかの声
それから慌ただしく電話は切れて、ツーツーという電子音だけが残った
ため息をこぼす
一週間前も、同じ様にしてデートの朝に電話が鳴った
楽しみにしていた映画だったけど、バイトの人数が足りないからというまどかの言葉に 仕方なく中止した
そのお詫びだといって、今日のデートのはずだったんだけれど
(・・・来週か・・・・)
来週は、模試がある
何度もそう言って予定を確認していたのに、やっぱりまどかは忘れているんだろう
自分には関係ない、の模試の日程なんか
コトリ、と
は手にした携帯を置いた
一度なら、まだ笑って仕方ないと言えるけれど
2週連続だと、気がめいる
それでなくても、まどかはけっこうドタキャンが多いから 最近は不安と不満をもてあましている
まどかにとって、自分との約束よりもバイトの方が大事なのだろうか
一人暮らしをしているんだし、ずっと雇ってもらっているお世話になってるバイト先だから まどかがそれを優先する気持ちもわかるんだけれど
それでも、思ってしまう
まどかは自分が思っているほど、自分のことを思ってはくれていないのかもしれない、と

でかける用意がほぼ終わっていたは、空いてしまった一日をどう過ごすか考えていた
今から友達を誘うにしても、皆デートだろうし、と
ため息をついて、立ち上がった
仕方ない
今日は一人で出かけて、買い物でもしようか

駅の側で、和馬に会った
「あれ? お前一人?」
「うん・・・」
どうやら試合へ行くところなのか、バスケ部の面々が荷物を抱えてバスを待っている
「珍しいな、姫条と遊んでんのかと思ってたけど」
「うん・・・その予定だったんだけどね」
力なく笑ったに、和馬は一瞬で不愉快そうな顔になった
「なに、あいつまたドタキャンかよ」
「あ、でもバイトが忙しいみたいで
 なんか人数足りないんだって・・・仕方ないよね・・・」
慌てて言ったの言葉が またしても和馬のかんに触ったようで 彼は大きくため息をつくと苦々しく吐き出した
「おまえ いい子すぎんじゃねーの?
 ってゆーかあいつがいい加減すぎなんだよな
 先週もドタキャンしやがって、今週もかよ」
どこでそんな情報を、と思いつつ には苦笑することしかできなかった
さすがに今回は気がめいっているので、和馬の言葉にいっそう不安がつのる
「最低だな、あいつ
 んな奴ほっといて、お前試合見にこいよ」
ふいに、誘われては驚いて和馬を見た
「え・・・?」
「暇なんだろ、見にこいよ」
もう一度言われて、心が少し軽くなった気がした
「うん・・・行こうかな」
「おおっ、来い来い
 おまえが来たら勝てる気がする」
破顔した和馬の言葉が嬉しかった
まどかにいらないと言われた日、和馬は必要としてくれた
そんな気分になって、少しだけ救われた気がする
必要とされない自分は、悲しいから

バスケ部のみんなと一緒にバスに乗りながら、久しぶりに和馬と色んな話をした
「今日勝ったらベスト4なんだ」
嬉しそうに笑う顔に、の心も晴れやかになる
「頑張ってね、応援してる」
笑って言ったら、嬉しそうに和馬は笑った
「俺、お前が来てくれたら絶対勝てる気がする」
その言葉は、ドキとする程にの心にはいってきた
「おまえって俺にとったら特別みたいだ」
自然と、顔が真っ赤になった
和馬は笑ってそんなを見ていた

その日バスケ部は、和馬の言葉どおりの快勝
見事ベスト4に進出した
「おめでとうっ」
客席から身を乗り出したに、和馬は笑って手をふる
「ゴールしたの格好よかったよっ」
「サンキュッ」
興奮に、頬を染めているを見上げて、和馬はひとつ深呼吸した
「なぁ、今度の試合も見にきてくれよ」
「え?」
「お前がいたら勝てる」
「・・・・うん、いいよ」
また、和馬が破顔した
それが、には嬉しかった

その日の帰り道、を家まで送りながら 和馬は始終笑っていた
和馬にとっては、大好きな
まどかとつきあうようになってからは、仕方がないと諦めていたけれど
(諦めてなんかやらねぇ)
相変わらず、チャラチャラしているまどかに対する腹立たしさと
それでも我慢しているへの 痛いような想いと
そんな想いに気付かずに、平気で約束をキャンセルするまどかに つのっていたイライラはピークに達してしまった
そして、側にがいて こうして笑っていてくれたら
どうしようもなく欲しくなる
が、まどかの側で悲しい思いをしているのが許せない
自分なら、こんな想いはさせないのに、と
和馬は隣で笑っているを見た
心が、締め付けられる程に 好きだと感じた

歩いている途中、の携帯が鳴った
「あ・・・・」
「出ろよ」
笑って軽く言った和馬に、が遠慮がちに電話に出た
「もしもし・・・」
相手はまどか
着信音でわかるそれに、の心は自分でもおかしい程にドキドキして嬉しかった
「バイト終わったの? お疲れさま」
今日一日会えなくても、デートの約束がキャンセルされても
こうして電話をもらえたら嬉しい
口元を綻ばせたに、和馬は電話の相手を悟った
「ん? もおいいよ・・・
 今日? 今日は鈴鹿くんの試合を見に行ったの」
勝ったんだよ、と
言った言葉に、電話の向こうのまどかが一瞬言葉を途切れさせた
「あー・・・鈴鹿かぁ・・・」
しばしの沈黙
そして、まどかは少し苦笑したような声で言った
「来週は今日みたいなことあらへんからなっ
 水族館、ちゃんと連れてくで」
それで、は苦笑する
「姫条くん、来週は私 模試だよ・・・前から言ってたでしょ」
それで、あっ、と声が上がる
「あちゃーせやったなぁ・・・
 んじゃあ再来週?」
「その日は鈴鹿くんの試合なの
 見に行く約束しちゃった」
「はぁ?!」

一緒に行こうよ、と
言ったの言葉に パスパス、と
軽い口調で返事が返ってきた
「姫条くん・・・」
「なにが悲しゅうて わざわざ休みの日に鈴鹿の試合見にいかなあかんねん〜
 そんなん行かんと映画でも水族館でも行こうや」
いつもの口調
でも、今日は無性に悲しかった
「私、行きたいんだもん・・・」
約束もしちゃったし、と
泣き出しそうになったに、鈴鹿が小さくため息をついた
「貸せよ、
強引に、携帯を奪い取ると 驚いたようなの前で電話の相手に話し掛けた
「姫条、はお前と違って約束破ったりしねーからな
 再来週は試合、そん次も試合
 おまえはバイトでもしてろよ」
それで、電話の向こうで一瞬の沈黙があった
「鈴鹿? なんでそこにおんねん」
を家まで送ってんだよ」
お前には関係ないだろ、と
和馬は吐き出すと、携帯を強く握りしめた
「お前、調子乗り過ぎ
 ドタキャンばっかしてに甘え過ぎてんじゃねーの?」
鈴鹿くん、と
の困ったような声が聞こえたが、無視した
「はぁ? お前にんなこと言われる筋合いないわ」
「つきあってるからって何してもいいと思ってると いつか痛い目みるぜ
 俺だって諦めてないからなっ」
一方的に言い切って、和馬は電話を切った
「鈴鹿くん・・・」
泣き出しそうなに、携帯を返す
「わりーな
 でも、俺 あんないいかげんな奴にお前を渡しておく気、ないから」
ゆらゆらと揺れて、今にも涙がこぼれそうな目をみつめる
大好きな
がまどかを選んだのなら、と
への想いを諦めようとしていたけれど
「俺、お前のことが好きだから」
まっすぐに見つめられて、はどうしていいのかわからなかった
真剣な和馬の顔
仲のいい友達と思っていたから余計に、
和馬にこんなことを言われるなんて思ってもみなかった
「私・・・・」
言葉は出てこなくて、
うつむいたに、和馬は少しだけ笑った
「じゃな、 また明日」
そうして、ぽん、と肩を軽く叩いて彼は去り、だけが夕暮れの道に一人残された
途端、涙がこぼれた

しばらく呆然と、そこに立っていたは、再び鳴り出した携帯に我に返った
「姫条くん・・・」
涙声のに、戸惑ったような声が受話器の向こうから聞こえた
、今どこにおんねん?
 鈴鹿になんかされてへんか?」
息を切らしたような声
「いま・・・ 家の前に・・・」
「家の前?!!
 ほんならそこにおれっ、すぐいくから」
まどかの声は、安心した
どうしてこんなことになったんだろう、と
心が冷たくなる気がしていたのに、まどかの声はそれを少しだけ温めてくれた
「姫条くん・・・」
また涙がこぼれた
楽しみだったデートを何度も何度もキャンセルされて
その日一日の予定が台なしになってしまっても
何度言っても こちらの予定を把握してくれなくても
それでも、
「姫条くん・・・・」
まどかが好きだった
まどかが良かった

鈴鹿と電話で話した後、いてもたってもいられなくなったまどかはバイト先からの家へ向かって全速力で走っていた
諦めないと言った和馬
自分がと出会う前から、と知り合いだった和馬の存在は、常にまどかの意識するところであった
は和馬のことを友達としてではあるが、大好きだろうし
和馬の試合を見に行くのも、大好きだった
気をつけなければ取られる、と
いつも意識していた
奴が奥手だったから、そのすきに自分がさらっただけのこと
もし順番が逆だったら、は和馬を選んでいたかもしれない

っ」
家の前で、うずくまっているを見つけたのは それから10分後
駆け寄ると、顔を上げたの目からはぼろぼろと涙がこぼれていた
・・・ごめんな」
膝をついて、の頬に手を触れる
濡れた頬をぬぐうようにしてやると、の方からまどかにしがみついてきた
「姫条くん・・・」
それでやっと、安心する
ああ、はまだ自分のところにいる
こんな風に、ドタキャンをくり返した自分でも、側にいてくれる
「ごめんな、
 オレ、あいつの言うとおり、に甘えすぎてたな」
その身体を抱きしめた
思えば付き合い出してから、自分は何度も約束をキャンセルした
いつも当日の朝
準備していただろうに、はいつも わかった、と言ってくれたっけ
その時いつも、助かったと思って
理解ある恋人だと、一人勝手に喜んでいた
の気持ちも、考えずに
「ごめんな・・・」
思い知った
和馬の言葉で思い知った
そうだ、は自分のところにいて当然の存在ではない
には選ぶ権利があるし、を欲しいと思っている男は山程いる
つきあっているということに甘えて、こんな風にないがしろにして
それでノホホンとしていたなんて、今思えばぞっとする
和馬や他の男に取られても、仕方がない
こんな自分では

腕の中でほろほろと涙をこぼしているを優しく抱きしめながら、まどかは心の中で苦笑した
本当に、どうしようもない男だと自覚する
そして、それでもこうして、側にいてくれるに感謝する
・・・」
愛しい名を呼んで、まどかはその髪に口付けを落とした
誰が相手でも、譲りはしない
たとえ和馬が相手でも、は渡さない


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