雨降り (姫×主)


まどかが、バイクの免許を取るために教習所に通い出した
彼の誕生日のすぐ後くらいから、時々かすり傷なんかを作って帰ってくる
学校に行って、バイトして、教習所に通って、遊んで
それで、身体がもつのかとても心配だった
彼は笑って、大丈夫と言ってたけれど

その連絡を聞いた時、は背筋がぞっとした
それから鼓動が早くなって、次に不安が身体中に広がった

まどかが怪我をした

それは、彼が教習所に行きだしてから、心の中でどうしても消えなかった不安の、そのものだった

「あの・・・姫条くんの部屋は・・・?」
「303号室ですよ」
夕方、は電話できいた病院にやってきた
まどかが教習中に接触して怪我をして病院に運ばれたと、そう聞いてから1時間後、
はまだドキドキしている心臓を押さえながら、教えてもらった病室のドアをノックした

「はい」
聞き慣れた声で返事が返ってくる
途端に、いい様のない安心に似たものが、冷たくなってしまっていた心に流れ込んでくるような気がした
手が震える
ドアのノブを回して、あけた
中は個室で、ベッドが一つ
そこに、まどかが座っていた

「・・・?」
「・・・・・姫条くん・・・・」

驚いたようなまどかの顔
見たとたんに、涙が出そうになった
よかった、生きてる
大袈裟だと思われるかもしれないけれど、まどかが怪我をしたと聞いた時 心臓が止まるかと思った
恐くて、
もしかして、まどかは死んでしまうんじゃないかと思った
バイクの免許を取るんだと笑っていたまどか
やっと18才になったから、と
取ったら後ろに乗せてやると言ってくれたのが嬉しくて
二人で遠くまでバイクで行くなんて、きっと楽しいだろうな、なんて思っていた
だけど、まどかが教習で怪我をするたびに
こんなのかすり傷だ、と彼は笑っていたけれど それでも
は、その度にひやひやして、その度に不安に似たものが心にたまっていくのを感じた
恐い
バイクというものは、生身の身体で乗るから少しの接触でも大きな怪我につながる
運動神経のいいまどかが、生傷や痣をたくさん作っているのが、平気なわけがない
ある日、言ったことがあった
もう少し、気をつけてほしい、と
もっとちゃんと注意して、怪我をしないようにして欲しい、と
それでも彼の傷あとは減りはしなかったけれど

「来てくれたんか・・・
まどかは、突然病室に現れたに、驚いていった
いつものように教習所に行って、バイクに乗っての練習中に、他のとぶつかって意識が飛んだ
気付いたら病院のベッドに寝ていて、側に担任の氷室がいた
(親に連絡つかんかってんやろなぁ)
ひととおりのお小言を氷室から受けながら、それでも親が来るよりはましだと思いつつ まどかは苦笑したのだ
最近ちょっと疲れていた
バイトはいつも通りハードだし、加えて当然学校は行かなければならないし
それでなくてもテストがあったり体育祭があったりしてばたばたして
それでちょっと疲れがたまっていたのだろう
練習中にボーっとしていたらしく、ぶつかる直前の記憶がない
(100%オレが悪いわなぁ・・・)
自分がぶつかってしまった相手はかすり傷程度ですんだときいて安心した
そして、また苦笑した
、心配するだろうな、と

「どーしたんや、どこで聞いたん?」
情報早いなぁ、と まどかはいつもの様子で笑った
元気そうに見えるけれど、頭には包帯が巻かれていて痛々しい
頬にも傷があるし、腕にも包帯を巻いている
「吹奏楽部の友達が教えてくれたの・・・」
クラブの最中に、氷室が病院から電話で呼び出されて慌てて出ていった
聞けばまどかが怪我で運び込まれたと、
彼女であるには知らせた方がいいだろう、と
それで友達から電話が入った
御丁寧に、運ばれた病院まで調べてくれて
「あー、なるほどな」
また、まどかがいつもみたいに笑った
それが、にはどうしようもなく腹立たしかった
「気をつけてって言ったのに・・・」
自然、声が震えた
それでまどかがこちらを見る
・・・?」
「姫条くん、いつも怪我ばっかりして・・・
 気をつけてねって言ったでしょ、姫条くんわかったって言ってたのに・・・っ」
心配で、心配で、
男の子の身体は、きっと自分のものより丈夫で
あのかすり傷や痣なんかではびくともしないんだろうけれど
それでも好きな人の腕に 痛そうな傷が増えていったり
時々「いてて」と腕や肩の痣を気にする姿を見たりしたら、
「私・・・」
勝手に心配しているだけ
本人はいつも、大丈夫だと笑っていた
だけど、本当に大丈夫なのか
今はそうでも、いつかもっともっと大きな怪我をするんじゃないか
不安はどんどん大きくなって、とうとう本当になってしまった
まどかは今、病院のベッドで頭に包帯を巻いている

「あー・・・ごめんな、ちょっとボーとしててん」
まどかが苦笑した
伺うように を見て、それから困ったような顔をした
病室に入ってきたの顔は、どこか青ざめていて、
見た途端に、が何を考えていたのかがわかった
それで、内心苦笑した
いつもいつも、自分の怪我を気にかけて
気をつけて、と無茶しないで、をくり返していた
その言葉に「大丈夫」と言い続けていたけれど
「いやぁ、ちょっと疲れてたみたいで ぶつかるー思うても身体が反応せんかったわー」
つとめて明るく言う
いつも優しいが、こんな風にきつい顔をしているのを見るのは初めてかもしれない
「どうして・・・そんなに笑ってるの・・・
 私・・・私ほんとに心配したのに・・・
 ほんとに・・・姫条くんのこと・・・心配してるのに・・・」
病室を教えてくれた看護婦さんが、まどかは今夜入院になると言っていた
頭を打っているから 一応検査をするのだと、
その言葉にいい様のない恐怖が身体をしめつけた気がしたのだ
もし、どうにかなったらどうしよう
まどかが、死んでしまったらどうしよう
「大袈裟やなぁ、死んだりせーへんて」
明るい声が病室に響いた
また、悲しくなった
心配して、心配して、ずっと無理しないで、と
気をつけて、と言ってたのに
そんな言葉は全部無視されて、まどかには何の意味もなさなかった
今も、こんなにも心を痛めているのに、本人は危機感ゼロに笑っている
悲しくて、悔しくて、涙がこぼれた
こんなに、大好きだから、心配しているのに

・・・」
驚いたようなまどかの声
まどかはベッドをおりての側へときた
・・・泣くことないやろ・・・」
戸惑ったような、優しい声
いつものように 強い腕が身体を抱いた
だけど、それがとても嫌だった
ぐい、と力一杯 まどかの身体を押し退けたら、また涙が落ちた
・・・」
「いや・・・・」
意味のない自分
意味のない言葉
それは、自分の存在さえも意味のないもののような気にさせる
「結局・・・姫条くんは私の言葉なんか聞いてないんでしょ・・・?
 私が心配するのも、気をつけてって言うのも・・・全部無駄なんでしょ・・・?
 だっ・・・たら・・・」
だったら、もう、

胸がしめつけられるような気がした
「私・・・帰る・・・」
まどかが何か言おうとしたけれど、
はもう何も聞かずに身をかえして、ドアの外に出た
そして、そのまま廊下を走っていった

空は曇り
家に戻ったは、自室のベッドで窓から見える 今にも降り出しそうな空をみていた
怪我をしていたまどか
理解のある恋人なら、その怪我をいたわってやることができるのだろう
無事だったんだから、と
あんな風に責めたりはしないんだろう
怪我人を前に、あんなことを言ったりはしない
心配していたのに、と
それは自分だけの想いでしかないんだから
(・・・でも・・・それでも・・・)
それでも、にはどうしようもなかった
不安はまだある
大好きなまどかが、どうか無事に検査を終えるよう必死で祈っている

ぼんやり、と
いつしか眠ってしまっていたは、窓の外の雨の音で目を覚ました
「・・・降ってるんだ・・・」
ベッドから起き上がって、開いている窓を閉めようと窓際へと寄る
しばらくぼんやりと外をみつめて、それではっとして目をこらした
少し向こうに、白いシャツが見える
小走りするような速度で近付いてくるそれは、には見なれたものだった
「・・・姫条くん・・・!!!」
今夜は入院するはずなのに
どうしてこんなところにいるのか
慌てて、家の外に出た
傘をさすのも、忘れた
「あ・・・・、なんや、なんでわかったん?」
ちょうど、5歩ほど向こうにまどかが立っていて、突然出てきたに驚いた顔で笑った
「今、携帯鳴らそー思うてたんや」
全身びしょぬれで、まどかは立っている
「ど・・どーしてこんなところにいるの・・・」
また声が震えた
こんなに濡れて、病院を抜け出して、こんなところに
のこと泣かしてしもたから・・・」
まどかの笑顔が、急に頼り無く消えた
それから彼はの側へと3歩寄った
「ごめんな、が心配してくれてんのちゃんとわかってる
 わかってて、こんなんで、ごめんな」
「そ・・・そんなこと・・・
 わかってるって言うならどうしてこんな風に来たりするの・・・?」
また涙がこぼれた
きっと大人の女の子なら、優しくしてあげられるはずなのに
来てくれた嬉しさよりも、その身体が心配で
まどかが心配で
「検査あるんでしょ?
 こんな風に濡れたりして・・・・」
「うん、わかってる
 わかってる、

強い腕が、を抱いた
今度はふりほどく力ははいらなかった
「わかってんねん、でも、に謝りたかってん」
強く、強く、抱きしめられた
雨にぬれたまどかの身体は、少し冷たくて
ふりしきる雨に もまた濡れた
涙とまざってぽたぽたと、それは下へと落ちていく
「風邪ひいたらどうするのよ・・・」
「ひかへんよ」
「き・・・傷が悪くなったら・・・」
「ならへん」
「そんなの・・・・・っ」
言いかけたの唇が、ふいにふさがれた
「ん・・・・・・・・・・・・」
言葉を飲み込むようにして、深く口付けられ はぎゅっと目を閉じた
苦しい
苦しいキス
いつもみたいな優しいキスじゃないけれど、それでもその熱はをどうしようもなく安心させた
大好きなまどか
だからこんなにも、心が痛かった
「誓うから・・・」
ごめんな、と
耳もとでささやく声は、いつもより少しだけ震えているように感じた
「約束する
 二度とが心配するようなことにはならへん
 約束する」
な、と
少し身体を離して、まどかがの顔を覗き込んでいった
大好きなが、泣いて病室を出ていってからいてもたってもいられなくて
消灯時間になった途端抜け出してきた
雨がふってるのなんかにかまっていられなくて、走ってここまできて
の顔をみて、また泣いてるのに心が痛んだ
いいかげんだった自分
心配してくれる人がいることは心地よく、
だけど、の気持ちまでは考えていなかった
大丈夫大丈夫、と
たいして注意もせずに、乗っていた
その結果がこの怪我
そして、の涙
情けなくて、まどかはどうしようもなくただ を抱きしめた
こんな自分のためにが泣いているのが 今は辛かった

それから、びしょ濡れになった二人は 誰もいないの家でとりあえずシャワーを浴びた
に包帯を巻きなおしてもらいながら、まどかはバイトの先輩に電話して車を出してもらうよう頼んでいる
その様子に、は小さくため息をついた
とりあえず元気そうだから、不安は少しは消えたけれど
それでもやっぱり本人の危機感が足りない気がするのは 自分こそが心配しすぎだからだろうか
ため息をつきつつ、は電話を終えてこちらを見ているまどかに気付いた
「よかった、に嫌われんで」
「え・・・・」
「嫌われたら生きていけへんわ」
それは独り言か、まどかは少しだけ笑った
初めてみた、あんなに怒っていた
それも、こんなにも想ってくれているからだと わかった今では嬉しくて
それでまどかは にはバレないように微笑する
こちらを睨めつけた泣き虫の恋人の顔を、盗み見しながら


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