3days  第3話           
      
      「あなたとクリスマス」投票 第1位 マスターSS


下の店では、まだかすかに人の声がしていて
のいる2階の休憩室は、ストーブの上でしゅんしゅん言ってるヤカンの音以外 何も聞こえなかった
時計は夜の10時をさそうとしている
昨日と同じ時間に送り届けるから、と
それまで待っててと言われて、ここで一人すわってる
今朝、義人が眠っていたソファに腰を下ろし、はそっと目を閉じた
心が波うったように不安定で
見たことのない氷室の笑顔とか、クラスメイトの幸せそうな顔とか
届かなかった想いとか、今夜失ってしまった恋のこととか
いろんなものが浮かんでは消え、また浮かんでをくり返していた
心が、落ち着かない
「はぁ・・・」
溜め息をついた
悲しいという、簡単な感情じゃない
きっと届かないことはわかっていたし、
そろそろ諦めなければ、なんて この1年間ずっと思っていた
今夜、イブという特別な夜に
氷室は恋人と過ごして
自分はたまたま、彼のよく来る店でピアノを弾いていただけ
成りゆきで、強引な義人に乗せられるようにして、ここにいただけ
失恋は、偶然で必然で、結果痛みをこうしてにもたらしている

みんなに素敵なイブを

心を込めて弾いた曲
切なさとは別の感情が、心にあったことにはふと、気付いていた
時々、顔を上げたら視線の先
必ず視線を返して笑ってくれた義人
彼を見てると、少しだけ、少しだけ心が救われた
あなたのように、誰かの時間を素敵に演出してあげられたら
たとえ、氷室の想いが自分へ向いていなくても
別の誰かに、笑いかけていたとしても
今、この時間 自分のピアノで少しでも氷室とあの子が幸せな気持ちになれたらいいのに
そうしたら、この切ない気持ちが少しは、少しは救われるから

大好きなあなたに、精一杯の演奏を

小さく、息を吐いた
コチコチ、と
壁の時計が時を刻んでいる
10時5分を過ぎた
もうすぐ義人が迎えにきて、昨日のように車で家まで送ってくれる
明日になったら、あのピアノは業者が引き取って直すから の役目はこれで終わり
義人とも、この店とも、あのピアノとも、今夜でお別れ
(へんなの・・・)
ちょっと寂しい気がする
突然の、強引な、2日間だった
義人は の知る男の人の誰よりも不思議な雰囲気で
本当はどんな人なのか、まだよくわからない
落ち着いていたり、無邪気だったり、強引だったり、おどけていたり
そして、さりげなく優しかったり
「あなたは不思議な人・・・」
義人を思い浮かべて、はクス、と笑みをこぼした
彼の優しい眼差し
一緒に過ごした時間ずっと、を見ていてくれた
そんな気がした
ほんのわずかの この2日間
「さみしいな」
つぶやいたら、心がすうっと冷たくなった
寂しい
彼の声も笑顔も眼差しも、好きだと感じたから
彼の側は心地よかったから
寂しさと、焦燥みたいなものが心に溜まった
不思議な感情が、満ちていく

イルミネーションの街を眺めながら、は黙って助手席に乗っていた
ありがとう、と
彼の言葉に曖昧に返事をして
心に滲んだ何かを、じっと確かめるよう窓の外を睨み付けていた
心に穴が空きそう
冷たい風が、胸を吹き抜けていきそう
「今日の演奏、よかったね」
「ありがとうございます」
「リストの、あの曲 好きなの?」
「・・・溜め息、ですか?」
「そうそう、それ
 昨夜も、今夜も、弾いてたね」
「どうしても上手く弾けなくて・・・」
でも、好きな曲なんです、と
言ったに義人はわずかに笑った
前方の赤信号で停止して、外を見たまま動かないに視線をやる
失恋した少女
泣くかと思ったけれど、は微笑すら浮かべて優しい曲を何曲も弾いた
切ないだろうに
あの氷室相手に恋をして、叶わなくて、別の誰かに微笑む彼を目の当たりにして
のピアノは優しいね」
「そう・・・ですか・・・?」
「でもリストを弾くと、切なすぎる風に聞こえる」
「どう弾いていいのか、わからなくて」
氷室が弾いているのを聞いて、心が動いた
あの時の彼の横顔
切な気で悲し気で、でも何かどこか優しくて

何を想えば、ああいう風に弾けるんですか?

「氷室先生のあんな優しい顔、初めて見ました」
「泣かないんだね」
「どうして私が泣くんですか・・・?」
「一人になったら、泣くのかな」

が義人を見たのと同時に車が発進した
いつもの表情で運転する義人を、睨み付けるようにした
今の言葉は、どういう意味?
「どうして私が・・・」
「零一を、好きだったろ?」
義人は、前を見たまま視線を動かさなかった
苦笑が唇に一瞬浮かんで、消えたように思えた
たった2日前に出会った人
あなたに、この想いの何がわかるっていうの
「悲しいけど、泣いたりしません
 私・・・ダメなのわかってましたから」
うつむいて、ぎゅっと唇をかんだ
どうしてわかったんだろう、氷室を好きなこと
どうしてこんな風に言うんだろう
泣かないんだね、なんて
私の想いの全てを分かった風に
「泣くものなんですか? 失恋すると」
は、泣くと思ったよ」
「だって覚悟してたから」
「だからリストがあんなに悲しいの?」
「え・・・・・?」

切なさと、悲しさと、それから?
何を思えば氷室先生のように弾けるの?
私に足りないのは、何?

ぎゅっ、と膝の上にのせたバックを強く握った
迷って選んて、結局渡せなかった氷室へのクリスマスプレゼントは、まだここに入っている
これで3つ目
綺麗に包装されたまま 渡せなかったプレゼントの箱
全部全部、氷室宛のもの
「強がると、身体に毒だよ」
「大丈夫です・・・」
「そう、じゃあ、おやすみ」
「・・・おやすみなさい」
遠ざかる車を見ながら は深く溜め息を吐いた
今日でお別れなのに、さよならを言わなかった
心がいたくなるような話ばかりして、
泣かないの? なんて
まるで泣いてほしいみたいに
そんな話だけで、終わってしまった
あのピアノが直ってしまえば、と義人の接点はなくなってしまうのに

「またおいでとか・・・言ってくれてもいいのに」

うつむいた
心に何かが満ちている
失った恋と、義人の言葉と、それから空っぽになってしまったような自分の心
とても、頼り無かった
こうして暗い中立っていると、空の闇に同化してしまいそうなほど、不安定だった
鼓動が、ひびく
ひとりになると切なかった
突然に、泣きたくなった

「やだ・・・どうして」

大好きな人がいて、
3年間 片思いを続けて
想った分だけ返ってこないことがわかっていた恋でも、やっぱり少しくらいは振り向いてほしかった
一度でいいから、私にもあんな風に笑いかけてほしかった
私のことを、見てほしかった
「あ・・・」
ぼろぼろと、涙がこぼれた
義人のせいだ
あんなこと言うから、
泣かないの? なんて言うから
誤魔化して、二人の幸せを、なんて言って
必死に隠していた想いだったのに
たった2日間一緒にいただけで見抜いてしまうなんて
この泣きたくなる程の痛みを、引きずり出してしまうなんて

「あなたのせいだ・・・っ」

ぼろぼろと、涙は止まらなかった
今すぐ走って会いにいきたい
会って、慰めて
ごめんねって言って
平気なふり、してたのに
自分を偽って誤魔化して、
覚悟してたんだから、平気でしょって、そう思い込めていたのに
うまくやれてたのに

夜の街を、は走った
あのキラキラした街路樹の続く道
賑やかな通りから一本はいった ちょっと落ち着いた場所
2日間通った、お店
あなたがいる店

「せっかく送ったのに、戻ってきちゃったの?」

店の前に、義人がいた
もたれていたドアから離れて、こちらへ歩いてくる
乱れた息が、白い色になって夜の空気の中とけていった
不思議だと思った
彼の声に、心が熱くなったから
「どうして・・・ここにいるんですか・・・?」
「君を待ってたのかな」
「どうして・・・」
「戻ってくるような気がしたから」
義人の手が、そっとの頬に触れた
また、涙がこぼれた
「あなたの・・・せいで・・・っ」
「泣くのは悪いことじゃないよ」
「でもっ、私は・・・泣きたくなかったのに・・・っ」
「誤魔化してばかりじゃ、いつまでも忘れられないよ」
「忘れたくなんかない・・・っ」
「忘れてくれなきゃ、俺が困るからね」

頬に触れた手は、次に髪に触れ、それから長い指がそっとの涙をぬぐった
「3年間もあんな奴を好きでいられるようなは、いつまでたっても零一を忘れないだろう?
 叶わなかった恋は、美しくいつまでも心に残るよ
 はいつまでも、零一を想いつづける
 俺には、それはちょっと困るから」
ごめんね、って
小さく言って義人は、そっとの唇に触れた
ほんとうに触れるだけの、キス
でも流れていた涙が驚いて止まるほどに、それはの心を動かして
戸惑い彼を見上げた先で、義人は笑った
悪戯っぽい、子供みたいな笑みで

12時を過ぎて、最後の客を送りだした後 義人はピアノの側から動かないの側へと寄った
「まだボーっとしてるの?」
「・・・だって・・・あんな・・・」
「もう泣かないの?」
「驚いて涙はひっこんでしまいました」
「そう、よかった」
「・・・よくないです・・・」
「ここに泣きにきたの?」
「わかりません・・・」
にしか弾かせないピアノ
それの椅子にすわって、うつむいて
は、心に広がっている知らない感情を持てあましていた
諦めなければと思い続けて、でもできなかった氷室への想い
あの仏頂面の氷室が、出来のいいクラスメイトに笑いかけるのを見て悲しくて悲しくて
でも、こんなこと想像していたでしょ、なんて
自分で自分にいいきかせた
この恋は最初から実るはずがなかったんだから、仕方がないんだって
だから、泣いたりしないで
二人の幸せを祈ってあげて
「貴方は、いじわるです・・・」
「そうかもね」
「あなたがあんなこと言わなければ、泣かなかったのに」
「そして自分を騙したまま、ずっと零一を忘れられずに想い続けるの?」
「いつか、忘れられると思います」
「おばあさんになってから?」
「そんなに先じゃない・・・っ」
「ありえるよ
 あんな無愛想な零一に3年間も片思いするような子なら」
ピアノにもたれて笑った義人に、はまた黙り込んだ
彼の言葉は多分間違ってないだろう
あのまま、二人の幸せを祈って
失恋したんだから諦めなければと思いつつ
卒業するまで、卒業しても
自分は氷室を好きだったろう
忘れられず、その姿をいつまでも追い掛けていただろう
この切なさに溺れそうになりながら
心の痛みを抱えながら
「泣いたらスッキリしたろ?
 失恋したんだーって、気にならない?」
「・・・いじわる」
「そしたら零一のことはふっきれる」
「ふっきって、その後どうするんですか・・・」
「俺がいる」
にこ、と
笑った義人に、は顔を真っ赤にした
さっき外で触れられた唇がまた熱を持ち出したようで、慌ててうつむいて目を閉じた
どうして、どうして、そんな風に
そんなことを言うの
失恋したばかりの、たった二日前に会ったばかりの、こんなに年下の、私なんかに

「俺はね、びびっとくるタイプなんだよ
 このピアノを見つけた時も、に会った時も」
「そんな・・・」
は今夜、店に来た
 来なければ、俺も諦めたけどね」
が選んだんだよ、と
その言葉に、言い返す言葉は出なかった
クリスマスパーティを抜けてまで、この店に来てしまった
ピアノショーなんかなくたって、きっとお客さんは満足するとわかっていたのに
義人に自分なんか必要ないってわかっていたのに、なのに
来てしまった
彼に魅かれて
彼の側は心地よかったから
は愛されることに慣れてる?」
「え・・・?」
「慣れてないと大変だよ
 俺は、ありったけ、毎日、注ぐよ」
「え・・・・・」
「こんな風に」

静かな店内、
今度は長く、重ねられた唇に は身体が熱く熱くなっていくのを感じた
自然目を閉じた
義人の指が、髪に、頬に触れて
ようやく解放されたのに、甘い吐息がもれた
頭がボウ・・・、となるようなキス
出会って3日目
クリスマスの、深夜
「メリークリスマス、
「はい・・・・・」
義人を、見上げた
何も考えられないような精神状態
まるで最初から、こうなることが仕組まれていたみたいな結末
「・・・信じられない」
無意識につぶやいた
義人は笑っただけだった

をもう一度送るために、駐車場から車をだしながら 義人は小さく息を吐いた
高校生の、一途な少女
泣かせたのは、わざと
君が今夜ここへ来たってことは、この想いは捨てなくていいということだね、と
いつもの強引さで決めつけた
を手に入れるまで堕ちていくと
この恋に、本気になると
「大人はずるいものだよ、
微笑した
泣いて忘れて、新しい恋をしなよ
いつまでも、別の男を好きでいられては困る
そんなに長くは待っていられない
今すぐ君が、欲しいんだから

車を店の前に出してきて、を呼びにドアを開けた
美しいメロディが聞こえる
が弾いている
出会って3度目のリストの「溜め息」
悲しいばかりだったのに、切ないばかりだったのに
「よくなったね」
つぶやいた
足りなかったのは、甘い想い
愛されて、初めて得られる優しい感情
ピアノを奏でるの横顔をみつめた
25日の深夜、
チラチラと、窓の外では雪が降り始める
まるであの夢みたいだ
君に出会う前に見た、妖精の夢

「この恋は、あのピアノからのクリスマスプレゼントだね」

恋の切なさと、甘さを知った少女のピアノに義人は目を閉じた
心には、愛おしさが満ちている


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