3days  第2話

        「あなたとクリスマス」投票 第1位 マスターSS


朝、いつもより30分早い時間に家を出て、は義人の店にやってきた
夜やってる店だから、こんな時間に行っても義人には会えないかもしれないと思いつつ、ドアにそっと手をかける
「あの・・・・」
カラン、と
軽やかな音がして、ドアは開いた
冬の朝の時間、外は静かで
同じ様に店内も静かだった
だが奥に、灯りがついているのが見える
「あの・・・、マスターさん・・・」
いませんか、と
声をかけながら、はそっと店の中に入っていった
わずかだけれど、人の話し声のような音がする
昨日、ピアノショーの時間まで待たせてもらった2階の休憩室からだろうか
そっと階段を上ってその先のドアを開けた
まるで昨日と同じ風景
ソファがあってテーブルがあって、テレビがついててストーブも真っ赤で
「あの、マスターさん」
「うー・・・ん」
昨日と違うのは、今はソファに義人が眠っていること
よく見たらテーブルの下に潜り込むように、バイトの男の子もいる
二人して、店が終わったあとここで飲んでいたのだろうか
ストーブをつけっぱなして、こんな部屋にいたら酸素が足りなくなるんじゃないか、と
は苦笑して、そっと側の窓を少し開けた
「あの・・・」
そして、まだ起きない義人の側へと寄った
こんな朝っぱらから ここへ来たのにはわけがある
今日もは学校で、
受験前だからって、クリスマスイブの今日も特別授業がまっている
その前に、いてもたってもいられなくなってやってきたのは
「あの、起きてください」
「ふわぁ・・・、あれ、さん」
ぼんやり、と
ようやく目をあけて上半身を起こした義人に、は昨日 ギャラだと言って手渡された封筒を差し出した
「ん?」
「これ・・・あの、多すぎます」
「んー?」
寝起きが悪いのか、ゆるい顔をしてその封筒を見ている義人に は身を乗り出した
「こんなにもらえません」
「何だっけ、ピアノ演奏料5万、調律出張料1万
 まぁ、そんくらいが相場じゃない?」
ふわぁ、と
義人があくびをする
「私、調律もしてないし、ピアノだって素人だし」
「でもおかげでショーを中止にしないですんだからね」
「でもこんな・・・」
「じゃあ今夜もまた、弾いてよ」

にこ、と
どこか子供っぽい顔で笑った義人に、は一瞬言葉をなくした
昨日、家に帰って宿題をしようとして鞄を開けたら義人からもらった封筒が目についた
なんとなく成りゆきで受け取ってしまったけど、と中を開いてびっくりしたのだ
6万円っていったら、のバイト代の2ヶ月分
あんな素人の演奏に5万円も、
調律だって何もしてないのに1万円も
驚いた後、戸惑って
それで朝イチでこうして返しにきている
「とにかく・・・これお返ししますっ」
腕時計がピピ、と小さな音をたてた
時間切れだ
学校に向かわないと授業に遅れる
「私、学校があるので・・・っ」
義人が、寝起きでボーっとしているのをいいことに、その胸のあたりに封筒をぎゅっと押し付けた
「失礼します・・・っ」
逃げるように身を翻す
入ってきたドアを閉めようとした時に、後ろから声が飛んできた
「今夜また、弾きにきてよ」
返事は、できなかった
背中でドアを閉めて、一気に階段を下りた
わけのわからないような気持ちに、なっていた

あの人って、あんな風な無防備な顔したりするんだ

昨日は落ち着いた大人の雰囲気で、
素敵な店を一人で経営してる、しっかりした人
なのに、あんな風にぼんやりとした目で
あんな風に、まるで子供みたいに
(意外・・・ちょっと可愛い・・・)
クス、と
いつもの通学路を走りながら は笑った
彼を思い出すと心が少し、暖かくなる

氷室の授業は相変わらず難しくて
宿題に出ていたプリントの正解率は50%
「せめて7割は正解してほしいものだな」
溜め息まじりに言われて、は小さく息を吐いた
数学は苦手
氷室はいつもと同じように無表情で、時々窓の外なんか見てる
今日はクリスマスイブなのに
ほんの少しくらい、笑ってくれたっていいのに
プレゼント、まだ迷ってる
一昨日みつけた黒のマフラーは、ちょっとキツイ印象になるかな
かといって素敵だなぁって思った白のコートにはとんでもない金額が書いてあったし
時計もバックも 氷室は素敵なものを持ってるから
きっとセンスのいい彼女でもいるんだと、時々誰かが噂してる
この想いの行き場は、最初からないんだと知ってる
でも、最後のクリスマスくらい 素敵なプレゼントを渡したい

「イブなのにな・・・」

授業が終わったのは3時過ぎ
それから街に出て、なんとなくプラプラとして過ごした
悩みに悩んで選んだ氷室先生へのプレゼントはマフラー
合理的でシンプルなものを好むあの人の好みに合ってるかな、なんて
何度も何度も考えて、
ようやくようやく決めた
今夜のクリスマスパーティで、渡そうと思っている

夕方、ちょっとだけ義人のピアノが気になったは、駅前の店を覗いてみた
店長には電話を入れておいたから、彼が昼のうちに義人の店にピアノを診にいってるはず
ちゃんと直っただろうか
誰が弾いても素敵な音が出るように、ちゃんと調律できただろうか
今夜はイブ
あの素敵な店は予約でいっぱいで、みんなピアノを楽しみにしているのだろうから
直らなければ きっとあの人が困ってしまうだろう
「店長、あのピアノ直りましたか?」
覗いた店には店長一人
ああ、と顔を上げて彼は困ったように苦笑した
さん、あれが弾けるらしいね
 どうも、原因不明で、明日業者が引き取りに行くことになってるよ」
店長が触っても 壊れたような音が鳴って
ちょっと診ただけでは、どうしてそうなのか原因不明
結局、引き取って徹底的に調べるんだと、彼は言った
「不思議なこともあるもんだな
 さんには弾けるっていうんだから」
眉をしかめながら言った店長の言葉に、義人の寝ぼけたような顔が浮かんだ
今夜も弾きにきてよ、って
そう言っていた
今夜は学校のクリスマスバーティで、氷室にプレゼントを渡す大切な日で
だから義人の店には行けない
あの店で今夜もピアノを弾くなんて、そんなのできない
(できないです・・・ごめんなさい・・・)
きっと困っているだろうけれど
たくさんのお客さんをがっかりさせてしまうことに、なるんだろうけれど

「やれやれ・・・」

ガーーーーン
一音弾いて 義人は苦笑した
今朝もぴかぴかに磨いたピアノ
一体 何がどうなってこんな風に壊れているのか
「どうしたっての? 」
ぽすん、と
イスに座って苦笑した
さっき診にきた調律士のじいさんは、一時間程あれこれしてみて結局 入院じゃ、と
書類を1枚置いていった
明日、業者が引き取りにくるからと それだけ言って帰っていったのだ
直らないってことか、ようするに
だけが何でもないように弾けるこのピアノ
他の誰にも、突然に弾かせなくなった不思議なピアノ
「どうなってんの? ん?」
黒いボディに頬杖をついて、義人は小さく溜め息をついた
今朝見たの顔を、ぼんやりと思い出してみる

「あの子が来てくれたらいいのにな」

今夜はクリスマスイブ
はばたき学園では 毎年毎年クリスマスパーティが行われている
自分の時もそうだったから、今でも生徒達はほとんど全員参加で楽しむのだろう
「あの子も今夜はパーティか・・・」
今朝見たのが制服姿じゃなかったら、ちょっとは期待して待ったかもしれない
まだ今なら止められるこの想い
夢に出てきた妖精の面影の少女
似てる子がいた、ただそれだけの記憶にできる
今はまだ
「お前もあの子を待ってるのかな」
でも今夜は来ないよ、と
義人は苦笑した
今ならまだ、止められる

今夜はクリスマスイブ
誰もが心浮き足立たせる聖なる夜
パーティ会場で友達の輪の中にいながら、はどこかうわの空でいた
7時を過ぎた
義人の店がオープンして、あと1時間でピアノショーの時間
彼はどうするのだろうか
ピアノショーがなくたって、素敵な雰囲気の素敵なお店だから きっとお客さんは満足してくれるはず
だから大丈夫、と
自分に言い聞かせても、義人の言葉が頭から離れなかった
「今夜も君が、弾いてよ」
本気か冗談かわからないような言葉
昨日はじめて会った人
何も知らない他人のあの人のために、私がそこまですることない、なんて
思いながらも 時計ばかり見ている
ソワソワと、妙に落ち着かない気持ちでいる
、氷室先生来たよ・・・」
誰かが、そっと囁いた
顔を時計から放すと、入り口の側へ視線をやる
きっちりスーツを着こなした大好きな人
ドキン、と
やっぱり心が音をたてた
ぎゅ、と
手の中のプレゼントの包みを抱きしめて、視線でその姿を追った
いつもみたいに仏頂面
こんな日でも、先生にとってはお仕事なんだと
少しだけおかしくなって
それからまた、ふと義人を思い出した
クリスマスイブに、あの人もお仕事
ああゆう店をやってるんだから仕方ないけれど、
それでもこんな日に、誰かのためにイブを演出するだけで終わるなんて

「あ・・・・」

黒いピアノ
ピカピカに磨かれた美しいピアノ
こんな風に毎日手入れしてもらって、幸せだなぁなんて思ったっけ
人を安心させる優しい顔で、笑って、話して、
どこか強引で、なのに人を引き込む何かを持っていて
いつのまにか彼のペースで
いつのまにか彼の言うままで
でも、それに気付いた時 不思議と不快じゃない そんな人
しか奏でられない不思議なピアノを持ってる、不思議な人
、どうかした?」
「なんでもない・・・」
何故か、心いっぱいに義人のことが広がっていった
そんな彼が、クリスマスに、と用意した最高の演出
ピアノショーなんて素敵
あんなすぐ側で、あんな綺麗なピアノがきけるなんて
なのに、なのに、そのピアノは今はにしか弾けないなんて
「私・・・ちょっと用事・・・思い出した・・・っ」
ぎゅ、と
胸に氷室へのプレゼントを抱いたまま、
は身を翻した
友達の驚いたような声が追ってきたけれど、振り返らなかった
こんなのバカげてる?
わかってる、でも、何故か心がはやって仕方ない
行かなければ
行って何ができるわけじゃないけれど、行かなければ
「今夜も、君が弾いて」
そう言った彼の言葉
あれがたとえ冗談だったとしても、今はただ彼のところへ行きたかった
義人のところへ、行きたかった

「あれ・・・、さん・・・」

カラン、と
ドアを押し開けると、カウンターから声がかかった
客は昨日と同じくらい、
席はほとんど埋まっていて、店内には落ち着いた音楽がかかっている
「あの・・・ピアノ・・・」
「弾きにきてくれたんだ?」
「いえ・・・その・・・」
「良かった、今夜は中止かなと思ってたところ」
「あの、私・・・」
「今夜のショーも8時からだよ
 それまで上で待つ? それともそこに座ってる?」
「あ・・・あの・・・」
にこり、と
微笑まれて、は言いたいことも言えず
そもそも何が言いたいのか自分でもわからず、
言われるがまま、カウンターのスツールに腰をおろした
同時くらいにコトン、と
カクテルのグラスが目の前に置かれる
「あの・・・私・・・」
「雰囲気だけね、中身は紅茶」
見上げた顔が無邪気に笑ったから、は思わず頬を染めた
まるで魔法みたいに、こんな綺麗な色のアイスティーを作って
柔らかに話して、快活に笑って
客の相手をしながら、時々に視線をくれて
(私・・・何やってるんだろう・・・)
一口、アイスティーを飲んで 店の奥のピアノを見た
今日もピカピカ
お前は、毎日あの人に磨いてもらってるの?
あの人は、いつもあんな風に優し気で、かと思えば強引で
大人っぽくて落ち着いてるのに、なのに時々驚くほど無邪気な顔をするの?
おまえは、毎日 あの人と一緒にいるの?
どこか、熱にうかされたような気持ちでいた
フワフワとしている
ここが暖かいからか、
外を走ってきたからか、
身体は熱をもっている、同時に心もなんだか熱い

8時だよ、と
言われては、ピアノの前に座った
拍手をもらって、一気に緊張で体温が上がる気がして
一つ大きく深呼吸した
義人は、昨日と同じようにカウンターの向こうで笑って見てる
好きな曲を弾こう
この夜に相応しい素敵な曲
彼が店のお客さんに、と用意したこの素敵な時間の手助けになるよう
できるかぎりの演奏をしよう
心をこめて

5曲目が終わる頃、新しいお客さんが入ってきた
カウンターへ行くのが視界の端に入る
義人と親し気に何か話しているから常連さんなのかな、と
思って、弾き終わったと同時にそっちを見た
瞬間、ドキン、と
心臓が跳ねた
そこに氷室がいて、彼も驚いたようにこっちを見ていたから

「お疲れ様」
カウンターのところへ戻ってきたに義人が笑いかけ、それと同時に氷室が眉を釣り上げた
「益田っ、お前は高校生にこんな場所で弾かせるのかっ」
「俺が誰に弾いてもらおうと俺の勝手だろ?」
っ、君もバイトの場所を選べ
 こんな店で、こんな遅くに・・・っ」
「こんな店はないだろ、常連のくせに」
「ここは酒を飲む場所だ
 高校生には相応しくないっ」
「お前だって、生徒さん連れてくるくせに」
「ぐ・・・っ
 あれは、私が、監視者として側にいるからだな・・・っ」
には、俺が、いるから」
文句ある? と
不敵に笑った義人に、氷室は言葉を無くして黙ってしまい
突然名前を呼ばれたは、同じく言葉もなく立ち尽くした
、という名前
呼ばれて、心臓がドキとした
二人の会話でなんとなく、氷室には大切な誰かがいるってことがわかってしまったのに
なのに、その事実よりも義人の声が
頭から離れなくて、うつむいた
身体が熱くなる
パーティ会場からいてもたってもいられなくなり、走ってきてしまった時のように
心の中が義人のことで一杯になった
じわじわと、滲んでいく切なさと混ざりあって それはの心を支配していく
「まだ後半あるんだから、説教聞かせて疲れさせるなよ
 、何か飲む?」
「いえ・・・」
顔があげられなかった
ピアノを見るふりをして、視線を二人からはずした
「だいたいあのピアノは壊れているんじゃなかったのか」
だけが弾ける魔法のピアノになったんだ」
「なんだそれは・・・」
「疑うなら試しに弾いてみるか?
 ものすごい音がするんだから」
「・・・遠慮しておく
 私は客として来ているんだ、ピアノを弾きにきたわけじゃない」
「ふーん・・・で?
 あの生徒さんは今日はいないのか?」
「・・・・・・・・・」
チラ、と
氷室がこちらを見たのがわかった
時計に緯線をやってから、もう一度ゆっくりとピアノに戻し
は立ち上がるとピアノの前へ戻っていった
二人の声が遠ざかる
「外で家に電話をしている」
「寒いのに一人にするなよ」
「先に行っていろときかなかったんだ」
「ああ、親との電話とかって聞かれたくない年頃かな」
「そうかもな・・・」
氷室の、噂の彼女
生徒さん、 生徒さんって義人が言うからわかってしまった
そういえば、吹奏楽部で氷室学級のエースで
勉強もスポーツもできる子がいたっけ
氷室と一緒に校門を出ていくのを何回か見た
その度に、諦めなければと言い聞かせたこの想い
けして届かないとわかっていた、恋心
「・・・私って優柔不断・・・」
そっと、息を吐いた
カラン、
女の子が、外から入ってくる
まっすぐにカウンターへ向かうのを見て、何故か微笑がこぼれた
私、決定的に失恋したのに、笑ってる
こんなに切ないのに、
先生の相手は、同じ年の同じクラスの女の子だっていうのに
「・・・先生でも、あんな顔、するんだ・・・」
クス、
鍵盤に、視線を落とした
入ってきた彼女に笑いかけた顔
あんな風な優しい表情、はじめてみた
いいなぁ、なんて少しだけ思って
それから、なぜかやっぱり義人のことを想った
あの人がこの店で、想っているように
ここにいる人たちに、素敵なイブを
氷室先生と、あの子に、素敵な曲を

心をこめて

「ピアノ弾いてるのって、さん・・・?」
「そう、俺の恋人」
「な・・・っ、それは本当か益田っ!!!」
「えーっ、ほんとですか?!」
「・・・の予定」
にこり、と
悪戯っぽく笑ってみせて、義人はピアノの前のを見遣った
と氷室が顔をあわせた時に、の表情でわかってしまった
少女を大人っぽくさせている恋の相手
ああ、よりによってこいつか、と
苦笑して、可笑しくなって
「お前に生徒さんがいてよかったよ
 親友から女奪うってのは、ちょっと気が引けるからな」
「何の話だ」
「こっちの話」
笑った
流れてきた曲は、義人の大好きな曲、We Wish You A Merry Christmas
「これ俺弾けるんだよ」
「これだけな」
「ピアノが本調子なら聞かせてやれたんだけどなー」
「やめておけ、あまり上手いものではない
 の後だと、余計下手に聞こえるぞ」
「まぁ、それもそうか」
妙に気持ちがよくなって、
優し気な顔でピアノを弾くの横顔に 確信して
義人は、小さくつぶやいた
「手後れになっちゃったな」
クリスマスイブの、奇跡みたいなこの時間
まさかが来るなんて思わなくて
だから、想いは今夜消えると思っていたけれど
彼女は来て、今こうしてピアノを弾いている
にしか弾かせない不思議なピアノで、優しい想いを奏でている
「俺もお前のこと言えないな」
「何がだ」
「この年で高校生相手に本気になるってこと」
「ぐ・・・・・っ」
親友が、顔を背けたのに笑った
手後れだ、もう
止める気をなくした
想いに落ちていく確信を感じながら、イブの夜はふけていく


女の子お絵かき掲示板ナスカiPhone修理