熱 (守村×主)


夏休み、一年生が生物の授業で観察するから、と植えてある数々の植物
それの水やり当番に、彼女が来ていた
廊下で何度かすれ違ったことのある子
元気そうに笑ってるのが印象に残っていた
まるで夏のひまわりみたいな

「あーっ、もぉ面倒臭いなぁ」
は、ずるずると長いホースがからまっているのを乱暴にひっぱっていた
夏休みに入って1ヶ月ほどたったある日
陽射しが強くなりだす、朝の9時
生物室のすぐ脇にある、花壇には物凄い勢いで植物たちが茂っている
一年生の運の悪い生徒達に順番で回って来るこの水やりが、にも回ってきたのだ
枯らさないよう、たっぷりホースで水をやるだけの簡単なものなのだが、それでもそのためにわざわざ学校に来るとなると面倒なことこの上もない
人気のないこの生物室の辺りには、当番の以外には誰もいない
クラブでも使われないから、通りかかる人も少ない
だから桜弥がそこへ行ったのは本当にたまたまだった
この暑さの中、たった一人ホースと奮闘するを見て
桜弥の口から思わず、くす、と笑みがこぼれた

「あの、手伝いましょうか」
「え?」

水道から花壇は少し距離がある
長いホースがこんなにからまってしまっているのは、きっと前回の当番の人が片付けもしないで置いておいたからなのだろう
それを邪魔に思った誰かが、こんな風に適当に丸めて片付けたのだろう
「えーと、誰だっけ?」
きょとん、と目を丸くしたに 桜弥は慌てて口を開いた
そうだった
思わず声をかけてしまったけれど、彼女のことを知っているのは自分だけで
二人はクラスも違うし、話しもしたことなかったんだった
「僕は・・・」
言いかけた言葉をのすっとんきょうな悲鳴がかき消す
驚いて、桜弥は大きく反応した
「え?」
「きゃーーーーーーーっ、むかでーーー?!!!!!」
「えぇ?」
隣にいたが、叫ぶなりホースを投げ出して5歩も6歩もあとずさる
その指さす先には、ものすごい勢いでにげていくむかでの姿があった
どこにでもいる虫
彼らに害を加える気なんか、これっぽっちもないのに
むしろ彼等の方がこちらを怖がって逃げていくのに
「大丈夫ですよ、さん」
「でも、まだそこにいるんじゃ・・・刺されたら・・・」
「もぅいないですよ」
クス、と
自然に笑みがこぼれたのは、あんまりが怯えたのと
あんまりそれが意外だったから
いつも明るく笑っているから、恐いものなんかないと勝手に思っていたけれど
「ほんとにいない? 私・・・あれだけはもぉ・・・」
大きなため息を吐きつつ、ゆっくりと戻ってきたが とてもとても可愛らしくて
それで桜弥はちょっとだけ、得した気分になってしまった
こんな風な彼女を知ることができたから
こんな風な初対面は、少し日常と違う気がしてくすぐったい

「こうやって、全体に水がかかるようにしてあげるといいですよ」
熱い空気を冷やすように水がまかれる
「土だけでなく葉も濡らしてあげてください
 彼等も暑さにまいってますからね」
「ふーん、くわしいんだね」
慣れた手付きで水やりをする桜弥の隣で、は特に興味もなさそうにたくさんの水をあびる植物たちをみながらつぶやく
当番なんか面倒だ、なんてぼやきながら
こんな暑いのに、せっかくの休みなのに、といいながら
それに桜弥は苦笑して、だが丁寧に水をやった
確かに、毎日水をやらなければ枯れてしまう植物は とても手がかかる
好きでなくては苦痛だし、わざわざ休みに来なければならないとなれば、不満もあるかもしれない
特にみたいな女の子には
他にも楽しいことがいっぱいあるのであろう、活発な彼女には
(・・・・)
自分が好きなことを、誰かも好きだったらとても嬉しいことだけれど
そういうことはめったにないと、桜弥は知っている
そして、だから相手が自分の好きなものを好きにならなくとも、相手を責めたりはしない
少し残念に思うけれど
相手がちょっと気になる人だったら特に
廊下で楽しそうにしているのを時々見かけたりして、いいなぁなんて思ったことがある人なら特に

水撒きが半分くらい終わった頃、先程2度なったの携帯がまた鳴った
「だから、水やり当番なんですってば
 終わったら行きますから、もーちょっとだけ待ってください」
クラブの先輩からの呼び出しらしいそれが、今日3度目鳴ったのにが困ったように答え、ため息を吐いたその横顔に 桜弥は苦笑した
そういえば、そろそろ他のクラブも始まる時間だ
「いいですよ、用があるんなら行ってください
 僕はクラブのついでがありますから ここもやっておきます」
「え? ・・・いいの?」
「はい」
にとってはおもしろくも何ともない水やり
そんなもののためにクラブに遅れるのは可哀想だし、何より
憂鬱そうなの横顔が少し、切なかった
には笑っていてほしい
ちょっとだけがっかりしながらも、
「僕はこういうの好きですから、大丈夫です」
そう言って、桜弥は笑った
優しい笑顔だった

たくさんの水をたっぷり受けて、花はきらきら輝いている
夏はみんな元気でうらやましいほどに
(やっぱり僕は好きだなぁ)
夕方近くまで、花壇の手入れをしていた桜弥は、作業の手を止めて立派に育った花を見上げた
力強く咲いている花も、どこまでも伸びる緑の葉も
強い生命力を感じさせて憧れる
きらきらした感じなんか、の笑顔みたいだから
「あっ、いたー」
思い出した横顔に、声が重なった
「え?」
「やっぱ園芸部だったんだ」
笑って走ってきた彼女は、手に水滴のしたたるペットボトルを抱えている
「朝はごめんね
 なんか押し付けたっぽくて気になっちゃって
 クラブ終わったから今度は私も手伝うね」
はい、と
そのスポーツドリンクのラベルが貼ってある、よく冷えたペットボトルを手渡された
運動部の子が凍らせて持ってきているものだが、桜弥にはあまり馴染みのないもので
差し出されたそれを 桜弥はどうしようもなくただ見つめた
「えっと、これは?」
「朝のお礼っ
 うちの部室に山ほど凍らせてあるから」
差入れ、と
その言葉に 桜弥はふ、と微笑した
元気のいい彼女
たしかテニス部だったはずだ
「ありがとうございます」
「どういたしまして
 ずっと炎天下の下で花壇やってたんだよね? 水分取らないと倒れるよ〜」
笑った彼女の隣で、桜弥は更のペットボトルを開けた
途端、あふれる透明な液体
冷たく指を濡らしていく
「わわっ?!!」
「あはは、凍らしてたの溶けたらこーなるよね〜」
ぼたぼたとこぼれた液体に手を濡らした桜弥を、可笑しそうには笑った
ここに咲く花のようにきらきらしている笑顔
「私が言えばよかったね〜」
笑いながら彼女がひっぱってきたホースの水で手を洗い、そのままそのホースが空へ向けられるのを視線で追い掛けた
「こーだったっけ? 全体にお水を?」
飛び散る水滴
パタパタと音がする、水を受けた葉たち
「ええ、そうです・・・」
「意外に楽しいね」
笑ったその顔に、ドキとして
それから一気に、体温が上がった気がした
夏の暑さ、笑顔の彼女、同じくらい熱くなる身体

「嬉しいです、そう言ってもらえて・・・」

泣きたくなるくらいに、嬉しくて
この気温よりずっと、熱が上がった気がした
「あっ、そーいえばまだ名前きいてなかった」
「え? あ・・・」
振り向いたの目が、こちらを見て それで桜弥は照れたように微笑した
「ぼくは・・・」

多分、恋
熱はまだ 上がりはじめたばかり


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