物語のはじまり (葉月×主)


春、まだ少し肌寒い風が、それでも柔らかく髪をなでていく
思い出の残る教会に向かいながら、珪はぼんやりと辺りを見回した
緑の芝生
遠くに規則正しい感覚でうえられている桜の木が見える
幼い頃はほんとうにどこまでも無限に続くかに思えた小道も、見渡せばその先に校舎の影が見えた
あの頃と、景色は変わらなくても ここに立つ自分は随分と変わった
背が伸びて、力も強くなって、
ずっと高いところまで手が届き、ずっと遠くまで見えるようになった
自分は大人というものになった
あの絵本の中の王子のように 愛しい姫を守れるような大人になった

ぼんやりしていたからだろうか
それとも、遠くで聞こえたチャイムに気を取られたからか

ドンっ

「?!!」
「きゃっ」
ぽすん、と
軽い衝撃と、ぶつかった相手が緑の上にしりもちをついたのが視界の端に入った
気づかなかったなんて
こんなに側に、人がいたのに
「ご・・・ごめんなさい、前見てなくて」
その子は、顔をしかめて早口に言った
少し高い、女の子の声
それは珪の記憶をくすぐった

「約束、王子はきっと迎えに来るから」
「うん・・・」

まるで夢の中の出来事のように、うすい靄の中消えかけていた甘い記憶
ふっと、それが蘇った途端 頬をざぁっという風が撫でていった
「・・・大丈夫か?」
無意識に、手を差し出した
明るい色の髪が、その風に吹かれてチラチラした
「う・・・うん・・・ごめんなさい」
未だ彼女はそこに座り込んだまま、風にさらわれた髪に半ば隠れるような瞳がこちらを見上げた
「姫・・・」
「え?」
あの日の遠い約束を、思い出してしまった
自分には、はなればなれになって心がしめつけられる程に痛かった、そういう存在がいた
肩までの短い髪
キラキラした瞳に、いつも笑ってた、あの女の子

「ほら、手・・・・」
いつまでも座り込んでいる少女を促すよう 珪は彼女の腕を取った
夢ではない、確かにここにいる存在
いつも笑ってた、

「俺だけの、姫・・・」

言葉は、ざあっという風にかき消された
「あの、ありがとう・・・」
立ち上がり、こちらを覗き込むようにした彼女に、珪はこっそりと苦笑した
その明るい目は、本当に変わらない
一瞬にして蘇ってきた記憶と、想い
今だからわかる、あれは

「俺、葉月 珪・・・」
「よろしく、葉月くん
 私は・・・」
にこっ、と笑ったその笑顔は、知ってる
あの幼なかった夏、毎日のように見つめていた横顔
大好きだった少女

「私、 
・・・」

吹いた風にさらわれたスカートを が慌てたように押さえた時 また遠くでチャイムが鳴った
「あ・・・」
「行けよ、式・・・はじまる」
「うん・・・葉月くんは?」
「俺は、いい」
ここで、
あの頃の想いに もう少しだけ触れていたいから

桜の小道を駈けて行くの後ろ姿を、珪は目を細めて見つめた
この教会で戯れていた子供が、こうして大人になった時間
その間に、彼女の中から自分は消えてしまったらしい
こんな風に吹く風に、さらわれてしまったのだろうか
交わした言葉も、想い出も

「まぁ、いいか・・・・・」

くす、と
珪はひとり微笑して、それからもう一度 記憶の中と同じように佇む教会を見上げた
あの頃の、あの胸の痛み
を見るたびに感じた、あたたかさ
今ならわかる
それは、恋という名の感情
子供心に抱いた、特別な女の子への、特別な想い
そして、同じように感じた 大人になった自分
蘇った淡い想い

・・・」
呟いて、珪は目を閉じた
胸に、さっきまではなかったものが生まれている
「姫・・・」
それは大切な大切な人
愛しい愛しい想い
「そして姫と王子は再会した」
が自分を忘れてしまっていても
あの想い出が、消えてしまっていても
また、ここから始めよう
あの夏に戻ろう
の隣で、を見つめていたい
微笑とともに、珪はその名を呼んだ

それは、恋を知っている者の声
そして姫と王子は再会した
ここから物語は、はじまる


女の子お絵かき掲示板ナスカiPhone修理