99. 秘密 (マスター×主)  ☆リクエスト(マスターの話)


1月の寒い夜
遠慮がちに開いたドアに、は視線をやって、いつもの落ち着いた声で言った
「いらっしゃ・・・」
だが、最後まで言い終わらぬうちに、ドアの影から人影が現れて
店内を伺うように、こっそり、という様子で入ってきた少女には一瞬言葉を失った
この店に何度がきたことのある、見覚えのある少女がそこにいた

ちゃん?」
「あ、あの・・・マスターさん こんばんわ」

は、相手の顔をまじまじと見つめた
今日は零一と一緒じゃないようだ
いや、一緒だとしても今夜はもう遅い
高校生がこんな店に来るような時間じゃない
「どうしたの? もぅ遅いよ?」
「す、すみません・・・っ」
いつまでもドアのところにいるから、は側へと寄ってその顔を覗き込んだ
高校生はまだ冬休みなのかな
平日の、こんな夜更けに、こんなところへ来たりして
「こっちへおいで」
「あ、はい・・・」
に手を差し出して、凍えそうに冷たいそれを取り、あいた手でドアを閉めた
そろそろ店を閉めようかという時間
客が帰ると、は最近同じことばかり考える
突然現れて、この心を乱していった少女のこと
けして届かないであろう、淡い色の髪の女の子

「あの・・・ごめんなさい」
カウンターに座って、は困ったような顔をして言った
「何が?」
「突然・・・来て・・・」
「驚いたよ、どぅしたのさ?」
凍えているのために、暖かいココアを煎れながら はこっそり苦笑いした
さっきも考えていた
この少女のこと
零一という親友の生徒だという、まだ17才の
(零一の想い人・・・)
親友の女を取る趣味はない、と
はじめ、この僅かに生まれた想いを笑って否定した
だが、2度、3度と零一がを連れてくる度、その想いは確実にの心に根を下ろしていった
一人の時間にぼんやりと、のことを考えてしまう程に
こうして目の前にいるに、どうしていいか戸惑ってしまう程に

「はい、どうぞ」
「あっ、ありがとうございます」
コトリ、とカウンターに置かれたカップには手を伸ばして頬を染めた
こんな深夜、ここに来た理由を彼女は言わなかった
言いたくないのなら、ともそれ以上は聞かなかった
静かな時間が、店内に流れる

「あの・・・・・・」
「ん?」
「マスターさんは、先生と昔からのお友達なんですか?」
「ん? そうだよ
 小学校の時からの、腐れ縁ってやつだね」
あいつのことなら何でも知ってるよ、と
は悪戯っぽく笑って見せた
「マスターさんはどんな子供だったんですか?」
「俺? そうだなぁ・・・
 悪ガキっていうの? 幼馴染みの怖がりをお化け屋敷に置き去りにして楽しんだりとかして」
「いつも男の子とばかり遊んでたんですか?」
「ん〜、そうだね
 女の子はついてこれなかったよ、あんまり無茶ばかりしてたから」
「じゃ・・・じゃあ、あの、初恋とかっていつ頃でした?」
「え?」
キョトン、と
は、意気込んでこちらを見上げているに視線をやった
てっきり、零一のことを聞きたがっているのかと思って話していたが、なんだか話の方向がそれいく
「初恋?」
「は・・・はい・・・」
「零一の?」
「い、いえ・・・」
「俺の?」
「はい・・・」
はもう一度、を見た
頬をそめてこちらを見るその様子に、いい様のないものが心に広がっていく
「そうだね、たしか中学2年生だったかな」
意外に遅かったよ、と
苦笑して、黙ってこちらを見ているに微笑した
「今日くらい寒い日だったかなぁ
 転校してきた女の子がいてね
 毎日同じ面子ばかり見てる毎日にちょっと飽きてた頃だった
 突然現れたその子に、魅かれたんだ」
そういうのに弱いんだよ、と
は笑った
目の前にいる少女
日常に突然現れた
一緒にいた親友の様子から、ピンとくるものがあった
ああ、零一はこの子が好きなんだと
それで なんだか可笑しいような幸福なような気持ちになった
そうかそうか、あの零一が
こんなにも年の離れた自分の生徒に惚れたか
「どんな子なんだろう、って思ったよ」
零一の隣で、嬉しそうにレモネードを飲んだ少女を、最初は興味で見ていた
この子のどういうところに零一は魅かれたのか
あの零一が、こんなにも惚れるなんて、どんな子なのか
「まず優し気な表情が気に入って、それから熱心に人の話を聞いてくれるところが好きだと感じた
 何かをする時とても一生懸命なのに共感して、話すと少しヌけてるのも可愛いと思った
 いつのまにか、好きになってたよ
 一人になった時とかに、よくその子のことを考えるんだ
 今どうしてるだろう、とか、あの子は誰を好きなんだろう、とか」
は相変わらずこちらを見て、頬をそめて聞いている
その様子に、は微笑した
「ココア、冷めちゃうよ」
「あっ・・・」
慌ててカップに口をつけたに微笑し、は小さく息を吐いた
成長してない自分
今もこんなにも考えている
あの子は誰を、好きなんだろう
(答えは出てるけど・・・)
「おいしいです、マスターさん」
「そう? よかった
 こんなのでよければいつでも煎れるよ」
だからまたおいで、と
はまた頬を染めたに笑った
「今度は零一とおいで
 こんな遅い時間じゃ危ないから、送ってくれる男とおいで」
はじめて店に二人が現れたのは、秋のはじめだった
零一が社会見学といいはるデートの最中だと聞いて、真っ赤な顔をした親友をひやかしたものだったが
それから2度.3度、何かのたびに彼らが二人で現れるたび、思いは確実に変わっていったのだ
嫉妬
多分、そういう感情だろう
笑って「よう、お二人さん」なんて言っても
「デートか?」なんて言っても
本当は、零一の隣にいるを見るたび、心が焦がれるように熱くなっていくのを感じた
だが、それが現実
この想いはかなわなくて、
はきっと、零一が好きなのだ
だから、への感情は、自分だけの秘密

「あの・・・私一人できたらやっぱり迷惑ですか・・・?」
「ん?」
痛みに似た思考を、の声が遮った
「私・・・」
うつむきがちに、言葉を探し
だが結局何も言えなくて、は小さなため息とともに途方に暮れたような視線を向けてきた
「私・・・・・」
震えるような声
また、の心に妙な感情が生まれた
いけない、誤解してはいけない
「そりゃ俺は大歓迎だよ
 ちゃんが来てくれるなら、いつでも」
だけど、と
苦笑して、付け足す
「一人でこんな店なんかに来たら零一が怒ると思うよ?
 せっかく上手くいってるんだから」
あいつ意外に子供だから、簡単に爆弾ついちゃうよ、と
笑ったに、は頼り無気に微笑した
「先生は関係ないです
 私・・・マスターさんに会いたいから・・・」
だからここに来たんです、と
多分、それが今の彼女の精一杯なんだろう、と
簡単に予想できる程、先程までとは比にならない程に真っ赤になって、は言うとうつむいた
「迷惑だったら・・・ごめんなさい・・・」
消え入りそうな声で、は言うと それきりカップを手に握りこんで黙ってしまった
の頭の中に、親友の顔が思い浮かぶ
照れたような、困ったような、
時には怒ったような顔をして、ここにを連れてきた零一
(お前が悪いんだよ、零一)
零一のような人間でさえ、虜にした少女
それを簡単に自分なんかに会わせて
自分以外の人間が、彼女に惚れないとでも思ったのか
優し気な表情で、人の話をよく聞いてくれて
一生懸命なのに、どこかヌけてる
そんな可愛い
親友の想い人だからと引けないないところまで、もう来てしまっている
「俺は大歓迎だって言ったよ、ちゃん」
クス、と
笑っては言った
この想いは秘密
だが、今この瞬間 ただしまっておくだけでいるのをやめた
今夜会いにきてくれた彼女
自分のことが知りたいと、言った
それはの心のストッパーを外すのに十分すぎた
ちゃんが一人で来た時は、俺が送ってくよ」
狼に襲われないようにね、と
冗談めかしく笑ったに、の顔に笑顔が戻った
「は・・・はい」
はにかんだように、頬を紅潮させて
その目は、どこか潤んでいて それもを魅きつける
(たまらないな・・・)
もう遠慮なんかいらない、と
この想いを無理に消そうとしなくていいと、
そう思った途端に、感情は急速に落ちていった
あんまり早くて目眩がする

冬の静かな二人きりの店内で
多分出会わなければ、違う方へと向いていたの感情
それがわずかな誤算でこちらへ傾いているというのなら
この想いを、彼女もまた胸に秘めているというのなら
「零一には、悪いけど・・・」
苦笑して、は目の前の少女を見た
悪いけど、奪っていくよ
彼女を手にいれるために、彼女と話し、触れ、想っていると告げる
二人の時間を、これから始める
ひっそりと、心の中で宣言し、はもう一度を見た
愛しさが溢れ出す
の、零一へと向いていた感情がこちらへ傾いたように、
今に彼女の全てを手に入れる
そのために、この秘密の想いを彼女に告げる
「俺は君が、好きだからね」


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