97. 音叉 (氷室×主)  ☆リクエスト(氷室の話)


静かな音楽室から、ポーン、と音が聞こえてくる
誰かいるのだろうか
もしかしたら、氷室が前見た時のように ピアノを弾いているかもしれない

ある種の期待を胸に、はそっと音楽室のドアを開けた
ピアノの前に立って、鍵盤を弾いている氷室の横顔が見えた
それでドキ、とする
やっぱりいた
最近、好きでならない人
相手は先生だから、と友達に猛反対されたけれど 誰に何と言われても自分は氷室が好きなのだとわかる
だって顔を見るたびドキドキするから
こうして、そこに氷室がいると思うだけで 身体が震えるようになってしまうから

・・・?」
「あっ・・・・」
あんまり氷室を見つめていたからか 視線を感じた氷室はこちらを振り返って怪訝そうな顔をした
「何をしている?」
「あの・・・っ、ごめんさないっ」
慌ててわたわたと退散しようとしたら、抱いていた鞄を落としてしまった
中から教科書やらペンケースやらがこぼれ落ちる
「あっ・・・・」
こうなったらパニックになって、
何が何だかわからなくなる
好きな人の前だから余計に、平静ではいられない
「まったく君は・・・何をしている」
呆れたような声が、降ってきた
慌てて散乱した教科書を拾うの視界に、綺麗な手が入ってくる
「せっ、先生・・・・」
「ほら、ちゃんとしまいなさい」
「あああ、あの・・・っ、はい・・・」
顔が真っ赤になるのがわかった
マトモに氷室の顔が見られない
こんなんじゃ きっと変に思われるのに
「ありがとうございます・・・」
氷室が拾ってくれた教科書を鞄に入れて、は立ち上がった
ごにょごにょと口の中でお礼を言うと、いつも教室で見るしかめっ面がこちらを見返す
「何かを言うときはっきりと相手に伝わるように言いなさい」
「は・・・はい・・・あの・・・ありがとうございました・・・っ」
教師の顔をした氷室に、反射的に背筋をのばして
はもう一度言った
それに満足したように氷室が微笑して そのまままたピアノの前に戻っていった
後ろ姿にもドキドキする
ずっとずっと見ていたい
「あの・・・何してるんですか?」
「少し音が狂っている気がしたからな・・・
 調律をしようと思っていた」
「音が狂ってる?」
音楽などまったくわからないには、ピアノの音が狂うだなんて意味がわからない
キョトンとして、なんとなく自分も音楽室へと入っていった
それに関して氷室は特に注意をせず、難しい顔をして鍵盤を叩いている
そして、ひとつため息をつくと側に立っているを見遣った
「そこに音叉があるだろう、442Hzの方を取ってくれ」
「・・・は?」
言われた言葉にの動きが止まる
音叉? 442Hz? 何の暗号だか さっはり意味がわからない
「・・・ああそうか、君は音叉など見たことがないか」
「何ですか・・・それ」
「調律に使う道具だ
 私の音感があればこんなもの必要はないが・・・君に見せてやろうと思う
 音楽に興味がなくとも こういうのを知っておくといいだろう」
さら、と
言って氷室は のすぐ側の机に置いてあった 何やら金属でできた不思議な形のものを取り出した
(フォークみたい・・・)
初めてみるもの
二つ並んでいたもののうちの一つを手に取ってピアノに戻った氷室をみながら はもう一つをそっと取り出した
どうやって使うのか見当もつかない
これでピアノ線をこすったりするのだろうか
「ちこらに来なさい」
「あっ、はい・・・」
言われて、氷室の側に駆けた
言われるままに音叉を手にして、氷室の言うとおり音を聞く
そういう作業をしながら の心臓はドキドキドキドキ高鳴っていた
氷室が側にいる
教室で見るよりも、優しい顔をして側にいる
それに気がいって、音がどうとか調律がどうとか そういう余裕はほとんどない

「ほら、音が戻っただろう」
「・・・はぁ」
本当は全然違いなんかわからなかったが、満足気にした氷室に慌ててはうなずいた
ピアノの音が戻ったことよりも、にとっては今の自分の体温を下げることの方が重要で
熱くなった頬が 氷室に変に思われる前に元に戻ればいいと思っていた
そこに、突然 氷室の手がに触れる
「え?!!!」
「ああ、すまない」
多分、がさっきからずっと持ったままの もう一つの音叉をかせ、と
氷室は手を出したのだろう
それがの手にあたった
途端にの手に大事に握られていた音叉が振動して
もう片方の、
今は氷室の手の中にあるそれにまで その振動は伝わった
「え・・・?」
「・・・・・・・・・」
触れられた手
偶然でもドキ、とした
心臓が口から飛び出しそうなくらい
そして、また氷室も戸惑った
があんまり真っ赤になるから
さっきから、頬をそめて側にいるから

「なななな・・・なんで震えてるんですか?」
「波動共鳴といって・・・振動が伝わるんだ」
相変わらず真っ赤になってオロオロと 音叉と自分の顔を見比べているに 氷室はコホンとせき払いして言った
自分の持っていた音叉を さっさと片付けての視界から消す
伝わったのは多分振動だけではない
いつもこちらを見てはにかんだように笑っているを、気にしだしたのはつい最近
吹奏楽部でもないから 授業以外はH.Rくらいしか顔をみないのに
なんとなく印象に残る少女
頬を染めて、まるで自分に気があるみたいにこちらを見上げているのに居心地がわるくて
同時に、わけのわからない感情が沸き上ってくるようで
心が震えるようで
「早くそれを貸しなさい」
「あ・・・はい・・・」
震えたままの音叉を がおそるおそる差し出したのを奪うように手に取った
どうしてこんなに震えているのか
まるでの鼓動みたいな
その心を映し出したみたいな

かちゃ、と
二つの音叉を片付けて、氷室はこっそりため息をついた
わけのわからない感情に気付く
これは何だろう
から伝わってくる熱みたいなもの
共鳴したのは、同じものが氷室の中にもまたあるからなのか
「来なさい、送っていくから」
「え・・・?!!」
戸惑うを促して、氷室はもう誰もいない音楽室を出た
今はまだ、想いの正体に目を瞑ったままで


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