93. 遊園地 (マスター×主)  ☆リクエスト(マスター。ラブラブ)


ちょっとだけ風の冷たい秋の夕方
ふと近道に通りかかったいつもの道
そこに、見なれない人影があった
まるで幻想的な、夢の続きのワンシーンのように

「こんなところで何してるの?」
は、車の窓から片腕だけを出して、いつもの調子でそう言った
辺りは暗く、人気はない
以前は子供達やカップルで賑わってたこの場所も、今は誰もいない
店に行くのに近いからと、毎日ここを通ってる自分と
不似合いにも、こんなところで立っている制服姿の女の子と

「あ・・・、マスターさん?」
「久しぶりだね、ちゃん
 もぉ日も暮れたよ、こんなとこで何してんの?」
「・・・・え・・・・っと」
店に何度か来たことのあるその少女は、零一という親友の教え子だった
彼の話によく登場する、明るくて、元気で、ちょっとドジな氷室学級のエース
運動もできて勉強もできるらしい彼女の唯一の欠点は、少々落ち着きがないことなのだとか
「ちょっと・・・散歩を」
「こんなところで?」
「はい・・・」
下手な言い訳を聞き、は苦笑して側のフェンスを見上げた
同じようにも 草のからまったフェンスに視線をやる
春にはバラが咲き誇る庭園が、この中にあった
今は枯れたような色の草が、くるくるとまきついて窮屈そうに佇んでいるだけ
その向こうに、ぼんやりとオレンジ色の街灯の光が見える
警備の人間が泊まり込んでいるのか、工事のために灯りがつけられているのか
「ここって、閉鎖しちゃったんですね」
「うん、先月ね」
「今日はじめて知ったんです
 びっくりしちゃった」
力なく笑ったに、は何かピンとくるものを感じた
こういう顔をする女を、よく知っている
高校3年生なんて、まだまだ子供だと思っていたけど

「誰かとの想い出に、浸ってた?」

車から下りて、煙草に火をつけた
暗闇にぱっと灯りがともって、の驚いたような横顔が淡い色に照らし出される
「え・・・?」
戸惑ったような、それでいて今にも泣き出しそうな顔
年より大人びて見えるのは、彼女が恋をしっているからか
「どうして・・・?」
問いには答えず、は微笑した
先月閉鎖された遊園地
後にはマンションでも建つのだろう
華やかで幻想的だった園内は、今はひっそりとしていて寂し気だ
「中に入ってみる?」
「え・・・えぇ?!」
「俺もここ、好きだったからね
 よく来たよ、だから秘密の入り口を知ってる」
にこっ、と
悪戯な顔をしたを、くいいるように見つめは口をぽかんと開けた
閉鎖した遊園地
今は立ち入り禁止
きっと危険で、きっと叱られる
そんな場所
「そういうところに入るからスリルがあるんだよ」
「で・・・でも・・・」
「おいで、大丈夫だから」
子供みたいに笑ったは、言うとの冷たくなった手を取った
そのまま奥へと歩いていく
誰も通らない
高いフェンスの、草の茂ったところの、ちょうど膝あたり
そこに小さなドアがあって、錆びたような鍵がついていた
「こ・・・ここ?」
「そう、これ鍵壊れてるんだよ」
言っては そのドアを力いっぱい蹴り開け、ものすごい音を響かせてそのドアは開いた
「だ・・・誰か来たら・・・」
「大丈夫、その時は走って逃げればいい」
「そんな・・・」
「平気平気、逃げ遅れそうになったら抱いてあげるよ」
「えぇ?!!」
の目があんまりきらきらしていて、
覗き込んできた顔が子供みたいたったから、
思わずは くす、と
こんな状況なのに笑みがこぼれた
大好きな人にふられて、
君の想いには応えられないと言われて
泣いて、落ち込んで
授業をさぼっていつのまにか、以前連れてきてもらった遊園地に来ていた
そして、そこが想い出の場所と全く変わってしまったのに、なんだかやりきれないくらい悲しくなってまた泣いた
身体が冷たくなるまで
手が凍えるまで
いつのまにか暗くなって、もう帰らなきゃ、と
わかってるのに立ち上がれなかった時、が来た
いつもの、明るい声で名前を呼んでくれた
そして今、自分はこんなところで笑ってる

「わっぷ・・・っ」
「そこ気をつけて、棘があるかも」
「あっ、制服がひっかかった」
「まって、取ってあげるから動かないで」
ドアを無理矢理開けて入った先は、視界一面草草草
しかも薔薇のつるだったり棘だったり、雑草だったりどこかから飛んで来た種が芽吹いたものだったり
狭い草のトンネルをくぐり抜けるようにして、二人は今進んでいる
「いててっ」
「あっ、マスターさん、大丈夫ですか?」
「大丈夫大丈夫
 それよりちゃん、もーすぐ出口だよ」
「え?」
「あそこ、見て」
暗くて、ほとんど何も見えない中、ただ手をひかれるままにくぐってきた先
うっそうと茂る草の間から ちらちら、と光が見えた
あれは大好きだった、メリーゴーランドの光?
「こっち」
「はい・・・・」
導かれるように、歩いた
いつのまにか立てる様になって、いつのまにか視界が開け、
まるで営業中かのように、キラキラ光ってるメリーゴーランドに、は一瞬目をみひらいた
「え・・・? どうして?」
「さぁ、不思議だね」
隣で、が笑った
見渡せば、遠くの丘で観覧車がゆっくりと回っている
星の光がふってくるみたいに、キラキラと
まるで幻想的に、それは夢の続きみたいに

しばらく、はベンチに座って輝く景色を見ていた
氷室とここでデートした時は、夏だった
お化け屋敷に入って、子供の頃の話を聞いたり、
観覧車から、はばたき高校をさがしたりした
いつかこの想いが叶えばいいと、思ってた
叶わなかったけれど
「私、今日 氷室先生にふられたんです」
「そりゃ、もったいないことしたね 零一は」
「先生と生徒だから、ダメなんだって・・・」
「ふーん、真面目だねぇ」
「私、悲しくて・・・
 だから想い出のこの場所に来ちゃったんです
 ・・・閉鎖しちゃってて、余計悲しくなっちゃったけど」
へへ、と
力なく笑ったを見遣って、は苦笑した
親友の連れて来た女の子
いくつも年下の、高校生
楽しそうに笑うのがいいな、と思った
氷室と一緒にいるのが楽しいから、あんな風に笑うんだろうな、と
親友に少しだけ妬いたのを覚えてる
こういう出会い方をしなければ、欲しくなるタイプなのになぁ、なんて
冗談で言ったことがあったっけ
あいつは酔っぱらってて覚えてないだろうけど

「でも今は悲しくないです
 マスターさんのおかげですねっ、なんだかちょっと元気がでました」
「そう?」
「はいっ
 だってこんな夜の遊園地に忍び込むなんて初めてで・・・っ
 なんだか冒険みたいでドキドキしませんか?」
頬を紅潮させて、
さっき茂みの中を通ってきたから乱れてしまった髪に、葉っぱなんかをくっつけて
笑ったに、は微笑した
「もっとドキドキさせてあげようか?」
「え?」
「零一のこと、忘れてしまうくらいに」
「え・・・・?」
悪戯に見下ろした先に、きょとんとした顔でこちらを見上げるがいる
微笑して、
ゆっくりと、その唇に触れた
君の冷たい唇に、熱を分けてあげよう

「・・・・・・・・!!!!」
「ドキドキした?」
言葉もなく、リアクションもなく
ただ硬直して、目をみひらいているに、は笑った
寒い、秋の夜
閉鎖した遊園地に二人きり
不思議の魔法でメリーゴーランドは回り、観覧車は丘から星の光をふらせる
まるで幻想的な夜
不似合いな制服姿の少女と、親友の女に惚れた自分
「あ・・・・あの・・・・」
どぎまぎ、と
真っ赤な顔をして、何かを言おうとしたは 結局何を言っていいのかわからずまた黙り込んだ
大好きだった人にふられた日
違う人にキスされた
魔法みたいにさらっていった、初めてのキス
悪戯な目で、その人は笑った

「俺といるなら、ずっとドキドキさせてあげるよ」

口説かれているんだろうか、と
パニックのはずの頭は、意外に冷静にそんなことを考えた
触れられた唇が熱くて、身体もなんだか火照っている
言葉がうまく出なくて、そもそもキスした人とどんなことを話せばいいのかわからない
「この遊園地での一番の想い出は?」
「え・・・?」
「ここでの一番の想い出は?
 零一との想い出と今夜のこと、どっちがドキドキする?」
「え・・・・それ・・は・・・」
声が震える
笑ったの顔にドキっとした
「それは・・・」
答えられなかった
閉鎖した遊園地を見た時、なんだか全部が終わった気がして
さんざん泣いて、涙と一緒に忘れてしまおうと思った
氷室を好きだったことも、ここでの彼との想い出も
捨ててしまおうと思った
今はただ、この身体が熱い
ちゃんの想い出を全部塗り替える自信あるよ
 新しいことを、二人でしよう
 今夜みたいに、閉鎖した遊園地に忍び込んだり、キスしたり」
「・・・・・っ 」
真っ赤になったの髪に、は口付けた
いつもの近道
この時間だけはアトラクションの電源が入るのを は知っていた
工事の関係なのか、オーナーがなごりを惜しんでいるのか それはわからなかったけれど
いつも、車の窓からその光を見ていた
綺麗だな、なんて
幻想的な夢でも見てるようだ、と考えながら
そして見つけた
夢でみたような少女
好きにはなれないと心が止めた、親友に想いを寄せるのことを
ちゃん、俺の側にいなよ」
ふられたばかりの子に、こんなことを言うのは反則だろうか
でも、こうでもしなきゃ手に入らないなら 何でもする
卑怯でも、大人気なくても
「忘れさせてあげるよ、俺が
 今にちゃんの中が俺でいっぱいになる、保証する」
目を見つめて、逃がさない
動揺してるのが手に取るようにわかるその様子が可愛くて仕方がない
「俺のものになりなよ
 本当は、ちゃんのことが好きだったんだ」
目を潤ませて、答えられない
優しく微笑する
辺りはキラキラと、景色が輝いて二人を囲んでいる
「いい? それで」
半ば強引に、
決めつけるように手を取った
ぴくっと反応して、の顔がまた真っ赤なる
それを、勝手に肯定と取った
だめだよ、相手は狼なんだから
君の知ってる男なんかより、ずっと大人の男なんだから
そういう態度だと、さらっていっちゃうよ、このまま

の心臓がドキドキして今にも破裂しそうで
囁かれた言葉に、どう応えていいのかわからないでいる間に
その強い腕に捕まってしまった
温かくて、優しい腕
髪にキスされて、頬に触れられて、
彼が笑ったのが見えたと思ったら、
生まれて2度目のキスが、降りてきた
ドキドキが、止まらない

まるで幻想的な、夢みたいなはなし
ふられた日に、別の人に告白されるなんて
いきなりキスされて、俺のものになれなんて言われて
それが嫌じゃないなんて
こんなにドキドキしておかしくなるくらい
あんなに冷たかった心がこんなに温かくなるなんて
「いつのまにかちゃんも俺を好きになってるよ、保証する」
そして、その言葉はなんて心地よく心に響くんだろう
くすぐったいような、恥ずかしいような、
泣きたくなるような甘い言葉
いらないと言われた自分にかけられた、君がほしい、という言葉
「だから側においで?」
「・・・はい」
魔法にかかったように夢み心地に答えたら、側で嬉しそうに彼が笑った
「よし、決まり
 じゃあ、さっそく恋人を送っていこうかな、
「え・・・」
「もぅ遅いからね
 家まで送るよ、帰ろう」
「あ・・・はい」
夢の続きじゃないだろうか
手を取られて立ち上がって、ふらりとしたのを支えられた
「あっ、ごめんなさい」
「大丈夫? 抱いていこうか? 姫?」
「えぇ?!!! いいです・・・っっ」
「そぅ?」
残念、と
大袈裟に肩をすくめたは、ふいうちで3度目のキスをする
「・・・・!!!!!」
ようやく、ようやく、
これが夢なんかじやないって確信する
こんなに、熱いから
こんなに、こんなに、心臓が壊れそうなくらいに
「・・・・あぅ・・」
「わっと・・・」
かくん、と
どうしてしまったのか、身体に力が入らなくなったを、慌ててが支えた
真っ赤な顔をして、ぼぅっとした表情で
きっと初めてなんだろうな、と思いつつ奪ってしまったキス
そのまま止まらなくなって調子に乗り過ぎたか
可愛い恋人は、腕の中で真っ赤になってこちらを見上げている
「やっぱり抱いて帰ろうね」
そうして、ひょいと抱き上げると は慌てたように首に手をまわして身を寄せてきた
情熱的なキスを何度でも
君が零一を忘れるまで
俺を好きになるまで
何度でも、
「マスターさんって・・・」
「ん?」
「・・・・なんでもないです」
「何? 」
「・・・なんでも・・・」
「なに?」
「・・・手が早い」
「あはは、に、だからだよ」
「それに何か慣れてる」
「大人だからね」
「・・・」
真っ赤になったまま、の首元に顔を埋めた
って呼ぶのも、キスをするのも
嫌じゃない
ドキドキして、どんどん心がで一杯になる
まるでふられたのなんか ずっとずっと昔だったみたいに
「不思議・・・」
側で、快活に笑う声が響いた
顔を上げて見たら、夜の遊園地はやっぱりキラキラ輝いていた
まるで夢のよう
確実に、このドキドキは、夢ではないけれど
そうして、恋人は幻想の夜を後にする


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