90. 本当 (守村×主)  ☆リクエスト(守村の話)


ある冬の寒い日、貴女が僕に言った

「ねぇ、今日暇?」

朝の登校途中
こんな寒い日には、身体が凍えそうで 自然に俯きがちに歩くのに
横断歩道で貴女を見つけて、
貴女が寒そうに手に息をふきかけてるのを見たりしたら、急に
ふわって心があったかくなった気がした
ああ、僕は本当に貴女が好きなんだなぁなんて、思う

「え? はい、今日は何の予定もありません・・・」

驚いてを見つめ返した視線の先、寒さに頬を真っ赤にしながら はにこっと笑った
優しい笑顔
いつも思うけれど、は本当に優しい顔をして笑う
「私と、植物園に行かない?」
今日の放課後?
授業は6限目まであって、多分植物園の閉園に間に合わないんじゃないだろうか、と
一瞬考えて言葉を途切れさせた桜弥に はその赤い唇に笑みを浮かべた
「いいよね、行こうよ」

それから、桜弥はの信じられない行動に 何かを言うこともできず、ただひたすら手を引かれるままに走った
登校途中の生徒達が、通学路を逆走する二人を怪訝そうに見遣る
それらとすれ違いながら、
息が上がるのとか、
足がもつれそうになるのとか、
教科書のいっぱいつまった鞄が重いのとか、
の赤いマフラーが目の前にチラチラして気をとられるのとか
色んなことが頭に通り過ぎながらも、何ひとつしっかりと考えることができず 桜弥はただ走っていた
赤になりかけの横断歩道を走り抜け、植物園行きのバスに飛び乗る
それでようやく、が桜弥の手を離した
瞬間、どっと身体の体温が上がった

「あ・・・あの・・・」
「今日はさぼりねっ」
が笑う
それをぼんやり見ながら、桜弥はその言葉の意味をすぐには理解できずにいた
いつもの寒い通学路
今日も平凡な一日が始まって、終わるんだと思っていた
6限目にある美術は、隣のクラスと合同だから、の姿が見れるな、なんて
漠然と思っていただけで、その他には何の予定もなかった日常
それが今、二人はガラガラに空いているバスの中
隣に、走ったせいで暑いといって マフラーをはずしたがいる

「サボリ・・・ですか?」
「うん、だってすごく寒いでしょ?」
「はぁ・・・」
バスは一路植物園へ
桜弥にとっては、月に1度ほど足を運ぶ大好きな場所
だけど、それはこんな風な突然の出来事じゃなくて、
いつも予定されたものだったんだけど
休日の、ひとりの時間
空いて、誰のものでもないその時間に
「あんまり寒いからあったかいところに行きたかったの」
窓の外を見ながら、は言った
学校などさぼったことのない桜弥には、今の状況は未だに何が何だか まるで夢のようで
こうやって話をしながらも、まだ意識がボーっとしている感じがある
なのに、目の前のは さもこれが普通だといわんばかりに
普段と何も変わらない一日を、これから過ごそうとしているかのように落ち着き払っているのだ
その横顔は、悪戯好きの子供のものに、少し似ていると感じる
「植物園って、あったかいよね」
覗き込まれた目を慌てて伏せて、桜弥は赤面しながらうなずいた
今なら常夏の花が咲いているだろう
色とりどりの花達と、鳥の声
こんな平日の朝なんかには、きっと誰もいなくてまるで二人だけの秘密の庭みたいに
「そうですね・・・温かいです」
「だよねっ」
あんまり寒いから、温かいところへ行きたい
それだけで学校をさぼるなんて発想、桜弥にはきっと浮かばないけれど
こういう初めての経験や、隣にがいるという状況に 胸がドキドキした
自然口元に笑みが浮かぶ
「・・・南さんは、自由ですね」
「うん」
にこっと、が笑ってくれた
その笑顔がまぶしくて、桜弥は高鳴る胸を必死に押さえる
ああ、憧れる
こういう風にキラキラ笑うも、
戸惑う桜弥の手を引いて走る行動力も、
あんまり寒いから、と言って 悪戯な目をするところも
(・・・好きだな・・・・・・)
また窓の外に目を戻したに、桜弥は想いを確認した
ずっとずっと、心の中にいるという少女
恋愛なんかしたことのない桜弥の心の中で、それはゆっくりと形を変えて
今、花を咲かせようとしている
優しい色の、キラキラした光をこぼすもの
目の前にいるに、桜弥はもう一度微笑した
憧れてやまない、愛しくてやまない存在
今は手を伸ばせばすぐそこにいる

その時、何を考えていたのか桜弥には思い出せなかったけれど、自分で気付いた時にはそっとの手を握っていた
まだ少し冷たい手は、重ねられた桜弥の手の重みに ぴくりと反応する
驚いたようにがこちらを向いて、まばたきを一度だけした
それでようやく我に返ったのだろう
ドキドキドキドキドキドキドキドキ、と
急激に早打ちだした心臓に、頭が真っ白になった
無意識に握ってしまった好きな人の手
何か言って放さなければ、と
視線をやった先 がはにかんだように笑った
走ったせいとか寒いせいとかではない、もっと別の理由で頬を紅潮させて
恥ずかしそうに、目を伏せるようにして

揺れるバスの中
ドキンドキン、と鳴る心臓
恋愛なんかしたことがなくて、
言葉も行動も、手探りで、想ったままに
だけどひとつだけ確かなものがある
これだけは本当のこと
が好き、だから触れていたい
二人、一緒にいるのがくすぐったくて幸福で
だから、こんなにも温かい
辿り着く温室の庭へ、まだ発展途上の想いを抱いて 桜弥はと向かっている


女の子お絵かき掲示板ナスカiPhone修理