87. 煙 (マスター×主人公)  ☆リクエスト(お題33「レトロ」の続き)


日曜日の午後の待ち合わせ
1時に駅前って言ってたのに、起きた時間が1時だった
慌てて電話して、慌てて準備して、慌ててここまで走ってきた
人でごったがえしたはばたき駅
すれ違った人から ふわっ、と もう慣れた煙草のにおいがした
いつもが吸ってるやつ
二人一緒にいるようになって、このにおいだけはわかるようになった
苦いような甘いような

「・・・・」
思わず振り返ったの視界には、とは似ても似つかない男の姿が映った
(なんだ・・・)
違う人か、と
しばらくその背中を見ていた
昔は嫌いだった煙草のにおい
煙だって目にしみるし、いやなにおいがするし、身体にも毒だっていうし
いいことなんか少しもないって思ってたのに
今はこうして、思わず振り返ってしまう程 気になってる


とん、と
身体に重みがかかって、はハッと我にかえった
「きゃ・・っ」
思わず悲鳴を上げそうになったのをかろうじてこらえる
急に後ろから抱き締められて、驚いた
ボンヤリしていたから
のことを考えて、ボーとしていたから
「ひどいなぁ、デートに遅れた挙げ句 違う男に見とれてるなんて」
「え・・・?」
「何? はあーゆうのが好み?」
ちょっと髪の長いチャラチャラした感じの大学生
と同じ煙草のにおいのした男の人
「ち・・・違います・・・っ
 さんと同じ煙草のにおいがしたから・・・」
見てただけです、と
抱き締められたまま、言ったに 耳もとでが笑った
「ほんとかなぁ? あんまりよそ見してると妬くよ?」
「ほんとですっ」
そう? と
首筋に軽くキスされて、はびくっと身体を震わせた
ああ、身体中の体温が上がる
こんな街中で
誰が見てるかわからないのに
さん・・・っ」
「違う男を見てた罰」
「違うのにっ」
クスクス、と
楽しそうに笑ったに は真っ赤になった
背の高いを見上げて、横顔を伺う
「遅れてごめんなさい」
「いいよ、それくらい」
「怒ってないですか?」
「大人な男はこんなことじゃあ怒らないよ」
おかしそうに笑ったから、ふわっとさっきの煙草のにおいがした
ちょっとだけくすぐったくなって、
それから安心した
こういう瞬間、格好いいなと思う
年上なんだなぁ、なんて実感してそれから、
(私、どんどん好きになる)
それを、恐いくらいに感じる
まるで流されるようにつきあいだした二人なのに今は、
今はこんなにも 想いが彼へと向いている

その日、話題の映画を見終わった後 は人でごったがえしているホールでソワソワと立ち止まった
「どうした?」
「あの・・・っ、やっぱりパンフレット見てきていいですか?」
「ああ、いいよ」
いってらっしゃい、と
笑って言ってくれたを待たせて、はパンフレット売り場までやってきた
見る前はいらないと思っていたけど、見終わったら意外に良くて欲しくなった
この後ドライブでもしようか、と言ってくれたをあんまり待たせてはと思いつつ
客の長蛇の列にうんざりしながら並んだ
(今日、待たせてばっかりだな・・・)
ふと、そう思う
何かを待つのって、いい気がしないから
怒ってないよと言っても、きっと嫌に気持ちになっているに違いない
(やっぱりやめたら良かったかなぁ・・・)
しゅん、と
ちょっと気分が沈んで はそわそわとを残してきた辺りを見た
ここからは遠くてよく見えなかったけれど

10分程して、ようやくが戻った時、は壁にもたれた煙草を吸っていた
「あのっ、ごめんなさい、遅くて」
「ああ、いいよ、込んでたろ」
「はい・・・」
が、笑って煙草を消そうとしたのに あっ、と
声を上げたら 彼が驚いたようにこちらを見た
「どうした?」
「あ、いえ・・・
 あの、消さなくていいです、待ってすから」
「・・・そう?」
くす、と
が笑って それからす、と立ち位置を変えた
「よっぽど気に入ったんだね、映画」
「はい、良かったです」
す・・・、とこちらに流れていた煙が方向を変えたのが見えた
ああ、こっちに煙がこないようにしてくれたのだろうか
そんなことまで考えてくれてるのか
いつも
「・・・大丈夫です、私 そのにおい嫌いじゃないから」
「え?」
「煙草」
「ああ、でも女の子には毒だからねぇ」
くす、
またが笑った
「変わってるね、普通は嫌がるけどね」
「私も前は嫌だったけど、今は・・・」
今はを思い出すから平気
むしろ好き
「へぇ? 今は?」
意地悪な声に はっとして は真っ赤になってうつむいた
「なんでもないです」
「嬉しいねぇ、なんか」
きゅ、
その長い指で煙草の火を消すのを見ながら体温が上がるのを感じた
最初に、が言ったことを思い出す
ドキドキさせてあげるから、
(ドキドキが止まらなさすぎる・・・)
だからオレといなよ、と
言われてここにいる
言われるままに、どんどん好きになる
「顔が真っ赤だよ、
す、と
その指が頬に触れた
もう誰もいないホール
そこでキスをされて、ますます真っ赤になった
自分ではどうしようもないくらい、
止められないくらい、好きになる
煙草のにおいのする、大人の恋人を
「じゃ、行こうか」
「あ、はい・・・
 あの、またせてほんとにごめんなさい」
「いいよ、待ってるのも悪くないから」
煙草が吸えるしね、と
悪戯っぽく笑った顔に やっぱりちょっと安心した
そう言ってくれる全てが好きで、全てが格好いい
恋は盲目なんていうけれど、
(それみたい・・・)
自分でおかしくなって、それからこっそりとその横顔を盗み見した
大好きな人
多分もう、これは恋
止められないところまできてしまった恋
嫌いなものも、好きに変わるほどに
あの煙も、好きだと言えるほどに
(自覚・・・)
あらためて、自覚して は先を歩くの腕にそっと手を伸ばした
振り返って肩を抱き寄せてくれたのに身をよせながら心の中でつぶやいてみる
(大好き)
いつか口に出して言えたらいいな、と
今はそっと、の腕に頬を寄せた
自覚した想いを 胸に抱きながら


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