84. 街角 (葉月×主)  ☆リクエスト(葉月の話)


ほんのり甘いルージュ
それは、この冬新発売した少女向けの化粧品
大人ではなく、その一歩手前の少女をより美しく、と
ある化粧品大手メーカーが企画した、この冬確実に流行るとされるもの

駅前で商品紹介キャンペーンの仕事を終えた後、珪はスタッフからその話題のルージュをもらった
「・・・どうも」
手の中の華奢なデザインのルージュ
甘くフルーティな香りのする、うるおいたっぷりな唇になるのだとか
そんなもの、男の珪には興味もなければ価値もなく
なにげなく、それをポケットに入れて控え室を出た
昼間のキャンペーンから、もう3時間近く時間が経っているから、さすがに出待ちをしていたファンも帰っただろう
ドアを開けて、一歩外に出た珪は、次の瞬間上がった黄色い声にぎょっとして身を固めた
寒い冬の日、もう日も暮れるのに
そこにはまだ、何人かの女の子がいた
「きゃーーっ、格好いいっっ」
「私ファンなんですっ、握手してください〜」
頬を紅潮させ、駆け寄ってくる女の子達
その声にまた何人かの女の子がこちらを見て、同じ様に側へと走ってきた
みんな、目が夢みるようにうっとりしていて、
それなのに、こちらを逃がさないといった迫力に似たものを感じる
気持ちは嬉しいけれど
こういう騒がしいの、ちょっと苦手だ

「ちょっと・・・急いでるから・・・」
困ったように、珪はあとすざって苦笑した
それでも追ってくる女の子達に申し訳なさそうにわずかな微笑を向け、そのまま早足で、慌ててさっきまでいた控え室へと戻った
どうして、あの子達はこうも熱心に自分を待っていてくれるんだろう
外は寒いのに
たかだか一人のモデルのために
性格も何も知らない、こんな自分のために
「はぁ・・・」
ため息をつきつつ、今度は裏口からこっそりと出た
注意深く辺りを見回して、誰もいないのを確認する
そして、ほとんど走るように 裏道へと出ていった

めったに通らない駅前通りの一本裏手
狭い道は静かだった
表の喧噪が嘘のようだ、と
こういう場所、今まで知らなかった、と
珪が思って、最初の角を曲がった時、そこにがいた

「・・・」
寒そうにマフラーを巻き直しながら、はそこに立ち止まって何かを見上げていた
何を見ているんだろう
寒い空気に、の口元から白い吐息が見えては消えした
同じクラス、幼馴染み、記憶の底、想い出の中の姫
そして今は、片想いの相手
・・・」
「あ・・・、葉月くん」
無意識にかけた言葉に、はこちらを向いてにこっと笑った
赤いコートが印象的で、雪の色をしたマフラーは の白い肌によく似合っていた
「何、してるんだ?」
「葉月くんのボスター見てたの」
にこっ、と
恥ずかしそうに笑ったは、そこに貼ってある真新しいポスターを指差した
先週くらいから街のいたるところにはり出された、あのルージュのポスター
今、このポケットの中にはいっている、これの

「・・・」
ちょっとだけ、がっかりしたような気分になった
ああ、もこういう自分が好きなんだろうか
こんな風に、綺麗な写真で、演出されたものが好きなんだろうか
これは、自分の素顔ではないのに
「これの葉月くんって、素敵だなぁって思って」
「・・・」
ポスターは、そこに女の子がいるかのように、ルージュを引こうとしている珪の写真が使われている
夢の中みたいな、
夢の続きみたいな、
そんな風なイメージで、そんな風な甘さで
演出家とメーカーの希望通りにと、何種類も何時間も撮って、これに決まったのだとか
自分ではいいとはちっとも思わない
こんな風に、街のあちこちに貼られるのも あまり好きじゃない
女の子達が喜ぶたび
黄色い声で、頬を紅潮させて、ファンなんですって言うたびに
苦笑ばかりがこぼれる
そんな言葉達は、珪には何の意味もなさない
それは、珪の作られた外見だけのイメージに対する言葉たから

「でも、ちょっと遠い感じ」
付け足された言葉に、珪は驚いてを見た
相変わらずポスターを見上げる目は、さっきの女の子達のものとは明らかに違っている
「私の知ってる葉月くんは こういう顔しないよね」
「どういう意味だ?」
「別人みたい、とっても綺麗だけど」
は、照れくさそうに笑った
「綺麗すぎて、ちょっと悔しいな
 こんな綺麗な人、私なんかきっと届かないもん」
の目は、まっすぐ珪をとらえて、それから優しく笑った
「私の知ってる葉月くんは、もっとぼんやりしてて、何考えてるかわかんなくて
 なのに何でもできちゃう不思議な人」
この人とは違う、と
その言葉に、珪はあたたかいものが心に広がっていくのを感じた
ああ、どうしてこんなに嬉しいんだろう
少なくとも、はポスターの中の自分より 今ここにいる自分を見ていてくれている

撮影の時、そこに恋人がいるかのように振る舞ってと言われた
思い浮かべたクラスメイトの顔
優しく笑っているのを、想像した
目の前にがいて、自分を見ていて、微笑んで、目を閉じて
「・・・、目とじてろ」
「え?」
「目・・・」
「うん・・・?」
驚いたようにこちらを見上げていたが、言われるままに目を閉じた
ポケットからもらったルージュを取り出して、撮影の時と同じ様にキャップを外した
甘い香り、少女をもっと綺麗にする、魅惑のルージュ
「・・・葉月くん・・・?」
の頬に手を触れたら、驚いたようにが目をあけた
ああ、想像と違うな
かまわずその唇にルージュを引いたら、少し潤んだような目がこちらを見つめる
綺麗な
想像では、こんなところまで見えなかった
みるみるうちにの頬が赤くなり、恥ずかしそうに目を伏せたのに 可愛いな、なんて思った
これも、想像の中とは違う
ここにいるのは本物の
「それ、甘いらしい」
「う・・・うん」
真っ赤になったと、
撮影の時なんかとは比べ物にならないくらいに、優しい気持ちになれる自分
想像したは、途中で目をあけたりしなかったし、
こんな風に真っ赤になったりしなかった
あの時本当にがいたら、あんな風な作った顔はできなかっただろう
体温が上がった気がするから、多分自分の顔も今 赤いと思う
「ほんとに、甘い?」
「あ・・・甘い・・・よ」
震える声
誰もいない街角
現実に側にいる、という少女
想いを寄せる相手
彼女は、自分をちゃんと見てくれている
飾った自分じゃなくて、ありのままの自分
こんな綺麗なポスターになってる自分じゃない、等身大の葉月珪を
「・・・・・・・・・」
想いは止まらなかった
タイミングが悪かったんだ
寒い中、待っててくれるファンの女の子達の気持ちは嬉しくなくはないけれど
やっぱり本当の自分を見てほしい
外見だけでなく、中身も全て
・・・、好きだ」
囁いた声は届かなかったかもしれない
そのまま、目をみひらいたに そっとくちづけた
宣伝通りの、甘い香り
との、初めてのキスは いちごみたいな味がした

冬の静かの街角
綺麗なポスターの前、偶然会った二人
呆然としているに、ルージュを握らせて、珪は苦笑した
「ごめん、おわびにそれ・・・やる」
は真っ赤になったまま答えなかったけれど、冬の寒い日、想いは唐突に、止まらなかった
まっすぐに自分を見てくれているだから、好きだと感じる
だから、思わず触れてしまった
そして珪は微笑する
「俺も、ほんもののお前の方が好きだ」


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