83. もう一度 (氷室×主)  ☆リクエスト(氷室が以前主人公に会ったことがあるのを何かのきっかけで思い出す話)


3年目の春
閉鎖された教会の前で、知らない少女に会った
今年の新入生だろうか、今まで見たことのない顔で真新しい制服を着ていた
その子は不思議そうな顔をして 緑の芝生の上に座り込んでいる

「何をしている・・・?」

一瞬迷ってから、そう声をかけた
今日は閉鎖された教会の掃除当番でやってきた
彼女がそこにいては、中に入れなかったから無視するわけにもいかず
かといって、いつまでたっても立つ気配のない彼女と このまま黙って向かい合っているのも気まずかった
何をしているんだろう
それは、心からの疑問
だって零一の目には 彼女が今突然 ここに現れたような気がしたから
「そこをどいてほしいんだが」
「あの、入学式に行かなきゃならないんです、私」
「・・・入学式は明日だ」
やはり新入生か
間抜けなことに、入学式を一日間違えてここにいるのか
誰もそれらしき人がいなくて、戸惑っている顔か
「そんなはずないですっ
 だって友達とここまで来たんだもん」
「・・・ではその友達も間違えているのだろう」
「嘘だぁ」
「・・・嘘ではない」
ほら、と
ポケットにしまっていた紙を見せてやると、少女はようやく立ち上がった
「入学式は4月1日と書いてある」
「今日は4月1日でしょ」
「・・・3月31日だ」
「嘘だぁっ」
「・・・・嘘なものかっ」
イライラ、と
今度は時計の日付けの部分をさしてやると、その少女は困ったような顔をした
「おかしいな」
(おかしいのはお前だ)
やれやれ、とため息をつく
今日が入学式だったら今ごろ校舎の方は大忙しだろうに、そんな様子はまったくないし
たった今、今年の入学式の手伝い要員としての会議を終えてきたところだ
間違えるはずがない
入学式は明日
今日はこれから年に一回の この教会の大掃除をして帰るんだから
「あの・・・ねぇ、私どうしよう」
「家に帰ればいいだろう」
「・・・でも・・・帰り方がわからない」
「はぁ?」
「わからないから、ここにいてもいい?」
「・・・何を勝手な
 俺はこれから掃除をするから・・・」
「私も掃除 手伝うから」
「・・・・・」
「・・・・・」
ね、と
妙に必死の顔で言われて 零一は仕方なくため息をついた
「好きにすればいい」
変わった子だな、と思いつつ 古い鍵を差し込んでドアをあける
中はほこりっぽくて、窓から入る光にキラキラしたものが舞っていた
「わぁ、綺麗っ」
「走るな、埃が上がる」
言っても無駄だった
零一の隣から駆け出した少女は 一番奥の見事なステンドグラスの前までゆくと嬉しそうにそれを見上げた
「さっきこれ 外から見てたんだ
 綺麗・・・・、すごく綺麗」
「見てないで、掃除だ」
「・・・ロマンチックじゃないなぁ」
「そんなものには興味がない」
「モテないでしょ」
「・・・余計なお世話だ」
「格好いいから実はモテモテだったり?」
「うるさいな」
「ねぇ、なんて名前なの?
 私は 
「・・・・・氷室零一だ」
「零一ね」
(・・・何故そっちで呼ぶ)
年下のくせに、と
思いつつ 持ってきたモップにバケツの水を含ませると ピチャ、と床を湿らせた
「私は何をしたらいい?」
「雑巾がけ」
「はーい」
真新しい制服を腕まくりして、同じ様に雑巾を水で濡らして、
言われた通り、は机だの柱だのを雑巾で拭きはじめた
「ねぇ、クラブは何をやってるの?
 私はね、吹奏楽部に入りたいの」
「・・・そんな部ウチにはないぞ」
「嘘だぁっ
 クラブ紹介に載ってたもん」
「・・・ないものはない」
「じゃあ今年からできるんだ、きっと」
(そうなのか?)
「零一は何部なの?」
「演劇部だ」
「うわぁ・・・」
「何だその、嫌そうな顔は」
「だって・・・似合わないから」
「余計なお世話だ」
遠慮のないの言葉に、零一はむぅ、と仏頂面を作った
この下級生は恐いもの知らずというか、礼儀知らずというか
クラスでもちょっと近寄りがたい雰囲気の零一に 妙にポンポンとからんでくる
ひとなつっこい目をして、にこにこ笑って
「ねぇ、高校って勉強難しい?」
「授業を聞いていれば問題はない」
「私バカだからなぁ
 恐い担任だったらどうしよう、数学の先生とかだったら嫌だなぁ」
「バカそうだな」
「むっ、失礼ねぇ
 私文系なの、数学なんかわかんないよ」
「それは言い訳だ、俺はどちらもできる」
「へぇ、秀才なんだ
 じゃあ零一、勉強教えてね」
「断る、バカそうだから」
「しっつれいねーっ」
くくく、と
床のモップがけをしながら 飛んできた雑巾をさっと避けて 零一は笑った
この礼儀を知らない下級生と話しているとなぜか楽しい
この自分が 軽口をたたく気になるなんて
はじめて会った人に、こんなに気軽に話せるなんて
「零一は3年生?
 3年生で恐い先輩とかいる?」
「さぁ・・・他人に興味はないからな」
「どうして?
 他の人のこと知りたくないの?
 友達100人いないの?!!!!」
なんだそれは、と思いつつ
零一は苦笑してを見た
「価値観が違う人種とは仲良くしようとは思わない」
「価値観って何?」
「・・・何を一番大切に思うか、ということだ」
「ふぅん
 零一は何が一番大事なの?」
「今の最優先事項は進路だ」
「進路? 大学のこと?」
「そうだ、一流大学へ行く」
「・・・それが一番なの?」
そうだ、と
言った零一を はまじまじと見つめた
「なんかつまんない青春〜
 私はねぇ、とりあえず楽しい高校生活!」
「・・・具体的じゃないな」
とりあえず、だなんて
まるでクラスのバカ達のような台詞だと
そう思った零一に は楽し気に笑った
「自分が楽しいことが一番最優先
 まずは友達100人! それからクラブ !! それから恋愛!!
 素敵な彼氏つくるんだっ
 零一は彼女いるの? 価値観が同じ彼女」
「・・・いるにはいる」
「どんな人? 3年生? 美人? 頭いい?」
「美人かどうかは一般的な評価で決まるもので俺の主観でどうこう言うものではない」
「・・・零一は好きなんでしょ? その人のこと」
「同じ価値観を持っている」
「好きじゃないのぉ?」
「わからないが、」
予備校に一緒に通い、試験の順位を競い刺激しあい
同じ大学を目指している
他に言い寄ってくるバカっぽい女の子とは違うから、話が合う
ドラマや歌番組の話をされてもさっぱりおもしろくもなく、
彼女と大学教授の発表した論文について論議した方が数倍楽しい
「・・・零一って変」
「うるさいな」
変だ、変わってる、ついていけない
零一にふられた女の子はみんなそう言ったけれど かまわなかった
価値観が違うんだと、思っている
今でも
だから傷つかない
「ねぇねぇ、ドラマ見てみてよ〜
 昨日最終回だったやつとか、面白いのっ
 医療ものでね、ちょっとどきどきする、マジメ系だよっ、私泣いたもんっ」
ホワイトタワーって言うんだよ、と
目の前のは笑った
クラスの女の子が言う台詞に似ている
でも嫌悪感が湧かないのは、彼女達のような押し付けがないからか
いまどきドラマ見ないなんて変わってる、とか
あんな面白いの見なきゃおかしい、とか
そういうニュアンスがないからか
「見てみなきゃ面白さなんかわかんないよ〜
 見ておもしろくなかったら30分損したなーって悔しいけど もし面白かったらこれから毎週楽しみになるんだよー
 すごいことじゃない?
 友達も、そうだと思う
 友達になってみたらものすごーく、いい人かもしれないでしょ!」
だから友達100人! とりあえず、と
は笑って それから零一に投げ付けた雑巾を取りに来た
「おまえの方が変わってる」
「そうかな」
ゴシゴシ、と
雑巾を洗う背中を見ながら 零一は考えてみる
零一の本当の友達は唯一1人 悪戯な顔をした幼馴染みだけ
他は必要最低限だけのつきあいで
偶然にクラスが一緒だったり、クラブが一緒だったり、
たまたま委員会が一緒だったり、掃除当番が一緒だったり
みんな他人で、みんな名前しか知らないような存在
一歩ふみこんで、どんな人間なんだろう、と
知ろうとしたことなど、知りたいと思ったことなどなかった
だってみんな「今日ゲーセンに行く」とか「昨日のドラマがどう」とか
そんなくだらない会話しかしないから
「ゲーセン行ったことないの?
 面白いよ、今ねぇ、ドラムやったりギターひいたりするゲームあるんだよ」
「・・・面白いな
 今度行ってみようか」
「じゃあ私が連れてってあげる
 何ごとも経験、経験」
また柱を拭きながらはしゃいだに笑みがもれた
驚く程自由な発想の少女と、ガチガチだった自分
こんなにすんなりの言葉が入ってくるのは お互いに何の力も入っていない自然体でいるからだろうか
全く知らない二人だから、飾らない自分でいられるのだろうか
「水汚れたからかえてくるね」
「ああ、外に水道がある」
「うん」
バケツを手に持って、教会を出ていく後ろ姿を見て微笑した
今まで出会った誰より好感が持てるのは こんな風に色々と話をしたからだろうか
多分零一と全く違う価値観を持つ少女
零一を変だといいつつ、その言葉に嫌な気がしないのは彼女が他意なく笑っているからか
否定するのではなく、対等に話してくれるからか

窓の外でざあっ、と風が吹いた
桜の花びらをさらって、
強い風が吹き抜けていき 零一はが出ていった教会のドアをもう一度見遣った
風が そこをも通っていった気がした

+

+

+

「何をしている・・・?」

桜吹雪に一瞬、目の前が真っ白になった後
零一の目の前には 1人の少女が立っていた
真新しい制服を腕まくりして、手に綺麗な水の入ったバケツを持っている
「・・・零一?」
キョトン、と
彼女が自分の名前を呼んだのに ひどく動揺した
自分はこの子を知っているけれど、彼女が自分を知るはずがないのに
一週間前に配られたクラス名簿のまん中あたり
名前と顔写真は、零一の頭にしっかりと入っているから 今
目の前に突然現れた少女が これから自分の担任する生徒だと零一にはわかった
ただどうして、今日入学式を迎える彼女が 手にバケツなんかを持ってここにいるのかはわからなかったが

「もうすぐ式がはじまるが、何をしているんだ?」
「え? 掃除です」
「・・・それは大変結構
 私のクラスに相応しい、感心する・・・が」
おかしな子だな、と思いつつ
3-Bなんて書いてあるバケツをどこから持ってきたのかと思いつつ
零一は無性におかしくなって、必死で笑みをかみ殺して続けた
「君はまず入学式に出なさい
 掃除はそれからでもいいだろう」
「・・・入学式は明日だって・・・」
「・・・今日、10時からだ
 そのために来たのだろう?」
怪訝そうな零一に 少女はふと、何か納得した顔をした
「なんだ、私戻ってきたんだ」
「何がだ?」
「なんでもありません」
クス、と
少女は笑い それから零一を見上げた
「先生が私の担任ですか?
 零一にそっくり、ほんとに似てるな」
「・・・誰と似ているのか知らないが、奇遇だな」
私も同じ名だ、と
零一はどこか何かソワソワした気持ちに戸惑いながら 入学式のためににぎわっている講堂へと足を向けた
ついてくる少女
どこかで会った気のする、この存在
遠い昔に、同じ季節に会ったような
もう記憶は定かではないけれど
「先生、高校って楽しいですか?」
「それは君次第だ」
「私、友達100人作るんです」
「それは結構
 どんな人間もつきあってみなければ本質は見極められない
 よく相手を見て、誰とでも仲良くなれるよう相手のいいところを探せる人間になりなさい」
「はぁいっ」
心地良い返事に、零一は満足気に少女を見下ろした
ふと、名前が浮かぶ
・・・以前に、会ったことはないか」
少女がこちらを見上げた
それにドキ、とした
何を言っているのだ
彼女の名前を知っているのは当然
名簿で見たのだから
どこかで会ったことがあるというのも、きっと 名簿の写真のことだろう
そんなこと、あるはずがない
桜の下のデ・ジャ・ヴュ
まったく似たようなシーンを見たことがあるなんて
「いや、何でもない」
コホン、と動揺を隠すため いつものせき払いをひとつした
は、にこっと笑っただけだった

「先生、私 吹奏楽部に入りたいんです」
「そうか、私の部だ」
「ええ?!! 演劇部じゃなくて?」
「・・・何故、私が演劇部なんだ」
「そんな気がしたから」
クス、
が笑ったのを不思議な気持ちで見ながら 零一はわずかに微笑した
いくつも年下のこの少女に 何か不思議なものを感じながら
それでも心地ちいい この感覚を知っている
いつだったか、価値観が少し変わった春
それから人と接するのか少し新鮮でおもしろいものになった
あの時の感覚と、似ている とても

新しい季節
秘密のデ・ジャ・ヴュに導かれ 想いは方向を決定した
多分、もう何年も前のあの季節から定まってしまったこの方向
という少女へ向いた気持ち
あの日、桜吹雪と一緒に消えてしまった存在がここに
漠然と、何か甘いものを感じながら、零一は隣を歩く少女を見た
もう一度、この季節から 二人の3年間が始まる
 


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