82. レンズ (有沢)  ☆リクエスト(有沢視点の主人公の恋愛)


私はこの目に映る景色が嫌い
分厚いレンズに阻まれて、くもりガラスみたいな色、まるで外と遠い世界
自分の世界が色褪せてる気がして
こんなにキラキラ輝いてる人や花や、その他の色んなものに比べて ひどく濁ってる気がするから

「有沢さんっ」
「・・・あら、さん」
「えへへ、遊びにきちゃった」

ふ、と
店先で物思いに沈んでいた志穂に、いつもの明るい声がかかった
と志穂は4月に知り合ったばかり
今まで別のクラスだったから話したこともなかったけれど、3年になって選択科目が一緒になって
たまたま隣の席になった時、から話し掛けてきた
「ねぇ、はじめまして
 私、有沢さんとお友達になりたかったんだ」
それは思い掛けない言葉で
曇ったレンズのこっち側にいる自分には、外のことがよく見えなくて
だからいつも自分の殻の中
他の生徒のことなんか気にもしていなかったのに
「有沢さんって、しっかりしてるって評判
 私 落ち着きがないってよく言われるから憧れるな」
その言葉は不思議で、嫌味がなく無邪気に聞こえて
「それは良くいいすぎね
 私はそんなにできた人間じゃないわ」
ポーカーフェイスでそう答えたけれど、心は今までにないほどに動揺していた
こんなこと、言われたことない
「そうかな、でもすごく優しいよ
 さっきも宿題教えてくれたし」
聞いている方が恥ずかしくなる言葉
それをは、平気で言う
お世辞はうんざり
表面だけのつきあいは疲れるだけ
みんなこのレンズの向こう側
本当の言葉なんか聞こえないと思っていたけど
「私はヒントを与えてあげただけよ
 問題を解いたのは貴方でしょ」
「そうかなぁ、私 有沢さんがいなかったら解けなかったよ」
にこにこ、と
いつも笑ってるに 最初はどう接していいのかわからなかった
自分とはまるでタイプの違う存在
考え方も、言うことも、やることも違う
最初の頃は何度も、突き放すような言い方で を傷つけてしまっただろう
それでもはいつもと同じように 笑ってくれていたけれど

「ねぇ、有沢さんに相談があるんだ」
「今朝もそんなことを言っていたわね、
 なに? 私で役にたつかしら」

みんなの人気者で、成績も優秀、スポーツもできる
そんなが相談なんて
そういえば今朝からそわそわして、放課後時間ある? なんて言ってたっけ
いつものように「今日はバイトがあるの」と答えたら、ちょっと残念そうな顔をしていた
そして今 はやっぱりちょっとソワソワした様子で 志穂のバイト先の花屋まで来ている

「あのね、好きな人が、いるの」
のどかな店先
この時間はお客さんが少ないから、普段はのんびり花の世話をしている
店長は奥で常連客と世間話
ここにはと志穂の二人しかいなかったけれど

「え・・・・?」
自然、ひそひそ声になって 志穂はをみつめた
「あのね・・・それでね、その人にお花をプレゼントしたいんだけど」
「え・・・? ええ、ああ、・・・・・・花をプレゼントするのね」
「うん、私 花のことはよくわからなくて、だから有沢さんに相談したかったの」
「そ・・・そうなの」
つられて、もひそひそ声になったのに、志穂はようやく苦笑した
突然、そんな告白をするから驚いた
に好きな人がいるなんてこと、考えたこともなく
二人はそんな話ができるほど 仲良くはなっていないと思っていたけれど
(・・・無防備な人なんだわ)
あっさりと、秘密をバラしてしまった
好きな人がいる、なんて
その人に花を贈りたい、なんて
「あのね、その好きな人って葉月くんなんだけど・・・」
「え・・・えぇ?!!」
「うん、あのね、最近なんだか元気がなくって
 だから花をあげたら元気になるかな、と思ったの」
「そ・・・そうなの」
「うん」
最後に笑ったに、志穂はしばらく言葉が出なかった
葉月が花なんかもらって喜ぶのかもわからなければ
誕生日でもクリスマスでもないのに 男に花をあげるなんて変じゃないか、とか
一瞬で色んなことが頭を過った
そもそも葉月だなんて、あんな奴
世間では人気があるらしいけれど、どこがいいのかさっぱりわからない
暗くて無口で何を考えているのかわからないところなんか、自分と似てて嫌だなんて
そういう風に思ったりするから
「ねぇ、どうして花なの?
 もっと別のものの方が喜ぶんじゃない?」
試しに、言ってみた
今どき花を贈るなんて珍しすぎる
多分、変わってるな、なんて思われるのがオチじゃないだろうか
のせっかくの気持ちが、そんな風に思われるのは嫌だと思った
分厚いレンズのこっち側
息を潜めていた志穂に、ためらいなく声をかけてくれたが好きだから
が傷つくのは嫌だった

「だって、私 花をもらったら元気になるよ
 お見舞いだって花を持ってくでしょ?
 花をもらったら元気になるからだよ」
ね、と
さも当然のように言ったの言葉に、そっと息を吐き出して 志穂は僅かに笑ってみせた
にかかれば、お見舞いの花もそういう風な理由になるんだ
無邪気だなぁ、なんて
呆れたような、羨ましいような気持ちになった
目の前で笑ってるが、可愛くて仕方なかった
こんな風に、自分も笑えたらいいのに

「葉月くんには白い花が似合う気がするな」
「そう? じゃあここらへんのがいいんじゃない?」
「あ、あの赤い花は何て花?」
「あれはアネモネ、花言葉は<君を愛してる>」
「素敵っ、そんな風に言われてみたいな
 あっ、じゃあ、あの黄色いのは?」
「あれはガーベラ」
「じゃあ、こっちの変な丸いのは?」
さん、あなたどうして葉月なんかが好きなの?」
「え・・・っ?」

店内の花を物色しながら、あちらこちらに目移りするに問いかけてみた
こんな風に素直に誰かを好きだと言えたらいいのに
自分も、怯えてばかりいずに、花のひとつでも贈る勇気があればいいのに
「えっと・・・実は初恋なの」
「高校生で初恋? 意外に遅いのね」
「ううん、違うの
 多分、私、葉月くんともっと昔に会ってるの」
「・・・そうなの?」
「うん、でも葉月くんは忘れちゃってると思う
 だって 本当にずっとずっと前だから」
「・・・だから好きなの?」
「そう、私 葉月くんの優しい目を知ってるの
 だから私には 葉月くんが有沢さんの言うような無口な無愛想な人には見えないんだ」
むしろ素敵な王子様、と
はにかんだに、志穂はそっと目を伏せた
初恋は、志穂にとっては苦かった
それから恋に臆病になって
素顔を見せないよういつもポーカーフェイスでいるようになった
今 と同じ様に恋をしているから
あんな風に 自分の想いに素直になりたい
好きだから、側にいたいとか
好きだから、何かしてあげたいとか
そういう気持ちを、押し殺してばかりでは何も始まらない
諦めてばかりでは、想いは絶対叶わないから

「はい、あなたの気持ちにぴったりの花」
の手に、白い花束を渡して 志穂は笑った
「ありがとう、有沢さん」
小さな可愛い花束は、志穂がバイトの合間に世話をしているさくら草
花屋の裏の小さな庭に、大量に咲いているのを切ってきた
白くて、小さくて、可愛い花
の想いに似た、花言葉は<初恋>

次の日から3日間
が学校を休んで、学校には妙な噂が広がった
が葉月と二人きり向かい合って、泣いてるのを見たとか
葉月がを振ったとか

「いらっしゃいませ」
「・・・・・花束、作ってくれ 何でもいい」

だから店にその葉月がやってきて、そう言った時 ちょっとカチンときた
人の恋愛になんか興味なかったけど
誰が泣こうが 誰が花を買おうが構わないけれど
を傷つけたそうね」
だけは別
は笑って私の手を取って
あなたの友達になりたいなんて言ってくれたから
の想いが本物で
元気のない葉月のために、と花を買いにきたのを知ってるから

「悪いけど他の店へ行ってくれるかしら?」
まるで自分が振られた時のように心が痛かったから
はこの数倍もつらいんだと思った
そうしたら、言葉がきつくなった
自然に
「・・・困る、他に花屋なんか知らない」
「じゃあ花なんか買うのやめたら?
 花の価値もわからないなら」
花に乗せたの想い
が振られたのなら、その花束もきっと捨てられてしまったのだ
の想いと一緒に
「・・・おまえの言ってることは意味がわからない」
「わからなくて結構よ
 だいたいどうするの、花なんか、興味もないんでしょう?」
「・・・あいつが好きそうだから」
「・・・・・・・・・誰よ、あいつって」

黙り込んだ葉月を見つめて、志穂は小さくため息をついた
「どうしては学校を休んでるの?
 みんなあなたがを振ったからだって言ってるわ」
「・・・別にそういうわけじゃない
 あいつは多分、俺のことなんか好きじゃないし」
「だってあなた、花束もらったでしょ?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
長い沈黙の後、葉月は小さくつぶやくように言った
「俺は変わってしまったから、あいつの言ってる王子じゃない
 そう呼ぶなって言ったのに、あいつ
 昔はそう呼んだって、言うから」
まるで叱られた子供みたいに
ぽつぽつと、言い訳をするみたいに
葉月は言うと ため息をついた
「泣くなんて思わなかった」
イライラしたようなこの表情
ああ、覚えがある
言いたいことを言えないもどかしさ
心に素直になれない自分
まるで自信がないから、想いにも相手にも素直になれない
やっぱり葉月は自分に似てる、と
志穂は苦笑して それから大きく息を吐いた

坂道の上にある花屋
遠ざかっていく背中から ちょっとだけ覗く赤い花束
「たまにはおせっかいも、いいかもね」
慣れない手付きで、その赤い花束を受け取った葉月は、やはり戸惑った表情のままつぶやいた
「見舞いに花は変じゃないよな」
「そうね、はそういうの気にしないだろうし」
誕生日でもないのに貴方に花を贈ったの忘れたの、と
言った言葉に 彼はああ、と上の空でつぶやいていた
心ここにあらず
受け取った花の名も知らず、葉月は坂道を下りて行く
「私も、花を贈ってみようかな」
うまく伝えられないこの心
花がそれを少しだけ手助けしてくれるかもしれない
<君を愛してる>なんて、葉月はきっと言えないだろうから
手の中の赤い花束が、かわりにきっと伝えてくれる
ゆっくりと、その色が遠ざかるのを見送りながら 志穂はようやく笑った
レンズのこちら側
今は光がさして、色も気持ちも鮮やかに


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