81. 雪 (氷室×主)  ☆リクエスト(氷室の話)


明け方、は ふ、と目を覚ました
温かい部屋
広めのベッド
隣で零一は、静かな寝息をたてて眠っている

「ふふ・・・」
その整った顔を覗き込んで 彼がぐっすり眠っているのに、は微笑した
零一がに贈ったガラスのオルゴールが ベッドの側のテーブルに置いてある
そっと手を伸ばして、その透明なふたをあけた
黄金色の盤がゆっくりと回り出し、静かな部屋に優しい音が流れていく
零一は仕事で疲れているから 今はこの程度の音では起きないだろう
逆にますます心地いい眠りに落として行くような そんな曲だから
まだが零一の生徒だった頃、零一に弾いてもらったことのある想い出の曲だから
もしかしたら、彼はあの頃の夢を見ているかもしれない

やがて窓の外にちらつきだした雪に、は視線を移した
朝の不思議な色をした空から、降ってくる降ってくる真っ白な雪
「うわ・・・すごい・・・」
ベッドのすぐ側の窓に身をはりつけるようにして、はその、白を眺めた
あの時も降ってた雪
初めて、零一の前で泣いた
初めて、零一が好きだと言った
彼は、困った顔をして ただ無言で首を振った3年の冬
誰もいない音楽室
(懐かしいな・・・)
あんまりはりつくから、窓にの息がかかって ぼんやりと白くなっていく
外からしみ込んでくるような冷気に、少しずつの身体が冷えていく
それでも、は雪をみつめていた
想いは、あの切なかった頃へと移っていく

「先生のこと、好きになっちゃダメですか」
「だめだ」
それは、決死の覚悟で
ろくに恋なんかしたことのなかったの、精一杯の想いだった
「でも好きなんです」
「・・・君は生徒で、私は教師だ」
目の前がグラグラする程に、苦しかったのを は今でも覚えている
必死だった自分
大好きだった、零一のこと
他の誰を好きになっても、こんな想いはしなかっただろうに
どうして自分は先生なんかを好きなんだろう、と
知らない間に泣いていた
零一は、が泣き止むまで そこにいてくれた
あの寒い冬の夜

想い出にひたって、 ボーっとしていたの肩に するり、と温かいものが触れた
「零一さん・・・」
、そんな格好でいると風をひく」
いつのまにか起きてしまった零一が、側で怪訝そうにを見つめた
昨日の夜、零一に抱かれたまま眠ったは 今当然のように何も着てはいない
毛布をたぐりよせ 前に抱いてはいたけれど それでも肩や背中は冷たくなってしまっていた
「何をそんなに見ている?」
「雪です、零一さん」
その強い腕に後ろから抱きしめられ、は頬を染めてそう言った
ああ、と
零一の視線が窓の外へとうつっていく
それを見ながら、はクス、と微笑した
あの時は、こうして零一に抱きしめてもらえる日が来るなんて想像もできなかった
多分、あんなに真剣に誰かを好きだと思ったのなんか初めてで
そんなありったけの想いが、淡々とした口調で拒絶されたのも初めてだった
だから泣いて、泣いて、泣いて
夜になっても泣き止まなかったのに、零一はずっと側にいてくれた
抱きしめては、くれなかったけど

「ね、覚えてますか?」
「ん?」
温かい零一の腕の中で、はその優し気な顔を見上げた
ゆっくりと、視線を合わせ
言葉を切ったに、そっとくちづけが降りてくる
ふわ、と
唇に熱が伝わって、愛してると囁かれたような そんな気がするキスをもらった
トクン、
何度抱かれても
何度隣で眠っても
愛してると囁かれて、抱きしめられて
だけど未だにこんなにも、は零一のキスに胸が鳴る
切ないような、幸福なような
あたたかいものが、心に広がっていくのを感じる
「私が零一さんの前で初めて泣いた時のこと・・・覚えてますか?」
「・・・・ああ」
少しだけ悪戯な色を含ませたの視線に、零一は苦笑しを抱く腕に力を込めた
「よく覚えている」
そうして、の首筋に顔をうずめ、髪にキスをして、うなじに舌を這わせ
苦笑したまま言葉を続けた
「君は夜の9時まで泣き続けた
 俺は、あの時ほど動揺したことはなかった」
ふふ、と
またが笑った
「だって、零一さんのこと大好きだったんだもん」
「それは俺も、同じだ」
部屋に響くオルゴールの音色
それに一瞬 耳を傾け 零一はにもう一度くちづけた
そうか、このせいか
この曲のせいで、がこんなことを言い出したのか

夜になって、雪が降り始めたのを見ながら がポツリと言った
「先生・・・何か弾いてください」
「え・・・?」
「そしたら、私 泣き止んで帰ります・・・」
まだほろほろとこぼれる涙
勝手に流れていくから もうどうやったら止まるのかなんてわからなかったけど
いつまでもいつまでも側にいてくれる零一に
も、どうしていいのかわからなかった
大好きな人
でも、この想いを受け入れてはもらえなかった
だから自分は、零一のことを忘れなければならない
「別れの曲とか・・・」
今、そんなのを聴いたら余計泣けてくるだろうか
こんなに想っているのにこたえてくれない零一への 精一杯の嫌味だったのかもしれない
ごしごしと、制服で涙を拭ったに 零一は小さくため息をついて それからピアノの前に座った

ポロン、

柔らかな音が静かな音楽室に響いていく
普段、クラブの子がどれだけ言っても零一はピアノを弾いてくれない
きっと特別な人にしか弾かないのだと、彼に好意を持っている女の子達の間で騒がれていたほど
も、何度もねだったことがあった
でも、けして弾いてはくれなかったのに

ポロン、

その曲は、別れの曲なんかではなかった
ああ、なんてタイトルだったっけ?
とても有名で、とても聴いたことがあって、とてもとても優しい曲
どうしてこんな時に、そんな曲を弾くの、と
の涙は やっぱり止まりはしなかったけれど

「あの曲で俺の想いが君に伝わると思ったんだがな」
「ふふ、私 あの曲のタイトル知らなかったんです」
「・・・それでも吹奏楽部員か」
「曲とタイトルを一致させるのが苦手なんです」
「・・・」
ぎゅ、と抱きしめてくれる零一の腕に頬を寄せたら もっと強い力で抱き寄せられた
「俺は君を想っていた
 想い焦がれて眠れないほど」
「はい・・・」
もう1年も前の想い出
今は二人こんなにも側にいて、あの切ない夜を穏やかに語れるけれど
「零一さん、私 零一さんが好きです」
「・・・何を・・・急に・・・」
「零一さんは・・・まだあの頃のように私を想ってくれていますか?」
「・・・・・・・」
見上げたの視線をまっすぐに受け止め、零一はわずかに微笑した
そのまま、そっとくちづけを落とす
「あの頃よりも、愛している」
焦がれ眠れない程に、想っていたという生徒
今はこの腕の中
のためなら全てを捧げてもいいと思える程 愛している

静かにふる雪の明け方
部屋には想い出のオルゴール
奏でる曲は、愛の夢


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