74. ホットミルク (葉月×主)  ☆リクエスト(葉月の話)


6月の午後
月曜日の夕方は、雨なんか降ると特に気分が滅入る
ただでさえ、うっとうしい天気
空は暗いし、ほら、今もまた 灰色の空から軽いしずくが落ちてきた

珪は、スタジオにゆく途中 微かに震えるような声をきいた
「・・・猫だ」
特徴のある、甘いような頼り無いようなそれ
好きなものだから余計に、珪はこの五月蝿い程に耳についている雨の音に混じった鳴き声に近付いていった
ぱたぱたぱた、
濡れたダンボールに水滴が落ちる音
こちらを見たまるい目
濡れて痩せ細って見える貧弱な身体を、珪は抱き上げて目を細めた
「こんなに濡れたら風邪ひくぞ」
辺りには誰もいなくて、捨てられた子猫が不安そうに震えている
「大丈夫」
安心させようとして、微笑して、
珪は子猫を家に連れて帰るべく、そっと抱きしめて今来た道を戻ろうとした
その瞬間

ピピピピピ、ピピピピピ

どこにでもある電子音がポケットから鳴り、ぴくっと珪は動きを止めた
ああ、そうだった
今からスタジオへ行こうとしていたんだった
これから雑誌の表紙だか何だかの撮影があるんだった

忘れてた

「・・・・・・」
手の中の子猫を今すぐ家に連れてかえってやりたい
だが、先週さんざん言い聞かされた「すっぽかすなよ」の言葉
知人の顔に泥を塗るわけにもいかない、と
珪はため息をついて、歩き出した

カランカラン、
軽快な音が響く
雨が少し強くなって、珪の服も髪もびしょ濡れになった
「いらっしゃませ」
静かな音楽のかかる店内に、明るい声が響く
・・・」
「あ、いらっしゃい、葉月くん」
にこ、と
営業用のスマイルをくれたクラスメイトに、葉月は手の中のものを押し付けた
「え?」
「あとで取りにくる
 それまで預かってて欲しい・・・っ」
またポケットの中で、ピピピと携帯が鳴った
「2時間くらいで戻るから・・・・っ」
返事も聞かずに、目を丸くしているに言い残すと、回れ右して店を出た
はただのクラスメイトで
ただ偶然に、このスタジオの側の喫茶店でバイトしてるのを知ってたから
本当に突然 こんな風に押し付けてしまったけれど
(怒ったかな・・・)
急いでいたから の顔はあまり見なかった
珪にとったら、特別な想いのある女の子
でもは、きっと珪にそんな感情は持ってない
二人はただのクラスメイト
ただの友達
の周りの男達と、が楽し気にいるのを見る度に思ったから それは嫌という程知っているけれど
この想いが自分だけのものだと、わかっているけれど

(・・・・・)
小さくため息をつきながら、珪は言葉をうまく言えない自分に苦笑した
例えば、があの店でバイトをしているとわかった時には、何か胸がドキドキするような気持ちになって、
だから仕事の時には彼女の店にコーヒーをよく注文したりする
運が良ければが配達に来たりして、
だが、撮影なんかに興味さなそうにすぐに帰ってしまったりすると、ちょっとだけがっかりした
の視界に自分は入っていないと思うと 切なかったり
だからといって、この日に日にふくらんでいく想いをどうしたらいいのかなんてわからなかった
だから珪はいつも、のその他大勢に向ける営業用の笑顔を見るたび
これが一方的な片思いだと知るのである
今も、

丁度2時間で、撮影は終わった
まだしめっている服をはおって、外に出ると相変わらず雨は降り続いていた
雨の日は好きじゃない
気持ちまでが暗くなってしまうから
寂しい気分になるから
(・・・・・)
道路の向かいに見えている喫茶店まで、小走りでかけた
横断歩道が赤だったから、止まって待って
その間に、珪はやっぱりびしょ濡れに濡れた
カランカラン、
2時間前と同じ軽い音が店内に響く
ガランとしていて、誰もいない店には 懐かしいような音楽が流れていた
ああ、なんて曲だったか
・・・・」
マスターがいないのは、よくあることだからいいとして
バイトのまで姿か見えないのはどうしてだろう
店に客がいないから、奥で洗い物でもしてるんだろうか
返事をしばらく待って、誰も出てこないのに、珪は仕方なく側の席に座った
濡れた身体が、少し寒い

「葉月くん、お疲れ様」
5分程して、奥からが出てきた
手に真っ白のふわふわの毛の子猫を抱いている
「びっくりしちゃったよ、見たら猫ちゃんなんだもん」
クス、と
笑って子猫を差し出したのを受け取りながら 珪はまたうまく言葉を言えずにいた
あんなに濡れて震えていた子猫は、今はすっかり綺麗になって元気にテーブルの上を歩いている
「拾ってきたの?」
「ああ、震えてたから・・・」
側で可笑しそうにが笑った
「葉月くんも、震えてるよ
 それ、脱いだ方がいいね
 待ってて、今タオル持ってくるね」
そうしてまた、店の奥へと消えていく
「・・・」
立ち上がって、濡れた上着を脱いだ
6月なのに、やっぱり少し寒い
髪から落ちた水滴を視線で追うと、にゃあと子猫が幸せそうに鳴いた
「おまえ、いいな」
ついていた泥も綺麗におとされている
きっとが洗ってくれたのだろう
そしてやさしく乾かして、暖かくしてくれたのだろう
「いいな」
つぶやいた時、ふわっと髪に暖かいものがふれた
「はいっ、よく拭いてね」
乾いたタオルがかけられて、それからコトリ、とテーブルにカップが置かれた
「・・・?」
「寒いんじやない? 震えてるよ」
同じ様にして、置かれたのは小さな皿
真っ白い液体が満たされたそれに 子猫が寄っていくのを見ながら 珪はどこかくすぐったい気持ちでいた
子猫にミルク
そして、珪のために置かれたこのカップに入っているのは
「甘いの嫌い?
 ホットミルク、この子とおそろいね」
くす、と
初めて見るような、まるで無邪気な笑顔でが笑った
ドキ、として
珪は髪を拭くのも忘れて 一瞬呆然との顔を見つめた
ただのクラスメイトに、バイトの最中に、突然濡れた汚い子猫を押し付けられて、
「怒ってないのか・・・?」
「何が?」
珪の向かいの席に座り、ミルクを飲んでいる子猫の背をなでながら は優しい微笑をたたえながら言った
「葉月くんって優しいんだね」
他意などなく、
目の前の子猫に対しての、笑顔なのかもしれなかったが
それても珪は、ふわっと心が暖かくなる気がした
湯気のたつカップを手に取って、子猫と同じミルクを飲む
咽をとおっていく甘い味に、自然微笑が浮かんだ
「甘いな・・・」
「おいしいでしょ?」
ああ、と
お前が作ったから、と
それはやっぱり言えなかったけれど
あんなに冷たかった気持ちが、今はこんなにも穏やかで暖かい
「雨の日はお客さん少ないんだ
 今日が雨だったからラッキーだったね〜」
子猫に話し掛ける言葉に、珪は窓の外を今もまだ滑り落ちていく水滴を見つめた
嫌いだった雨の日
でもこんな風なら、
一気に嫌いじゃなくなる、そんな気がする


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