65. 嘘つき (氷室×主)  ☆リクエスト(氷室。クリスマス。切ない話)


賑やかな音楽が鳴り響くホールで、はさっきから氷室の姿ばかりを追っていた
大好きな人
たとえ想いがかなわなくても、
卒業までのあと少しの時間、側にいたいと想っている人

「先生、好きです・・・」
さっきから、氷室はずっとこのパーティのために呼ばれたピアニストの側に立っていた
スリットドレスを着た、綺麗な女性
ああいう大人の女の人が、氷室には相応しいんだろうな
真っ赤なルージュをひいて、セクシーなドレスをきて
氷室とピアノの話なんかをしながら、上品に笑って
「先生・・・」
いくつも年下のは、まだ高校生で
真っ赤なルージュも大人っぽいドレスも似合わない
今日だって白いふわふわのワンピース
きっと氷室の目には子供っぽく映っているだろう
ああ、もしかしたら自分なんか見てくれてもいないかもしれない
目の前にあんな綺麗な人がいたら、自分なんかかすんでしまうだろうから

「ねぇ・・・先生あとで少しだけお話してください」
パーティの後 ロビーの、受け付けの側ではやっと氷室をつかまえた
浮かれた生徒に注意をしながら何か時間を気にしていた氷室は の姿に一瞬動きをとめる
「ああ・・・今日は忙しい
 この後、ゲストを空港まで送っていかなくてはならないから」
苦笑に近い笑み
パーティの間ずっと、目に痛い赤いドレスを見ていたから の雪みたいな白いワンピースにドキとした
少女独特の、少し紅潮した頬に 潤んだような目
見つめられて 氷室は視線を外した
ダメだ
自分はを諦めなければならないのだから
「今夜は時間が取れそうにない」
「・・・少しだけでいいんです・・・」
「無理だ
 彼女が着替えてきたらすぐにここを出るから」
「じゃあ私・・・待ってますから・・・」
まだが言い終わらないうちに、階段をコートに身に包んだピアニストの女性が降りてきた
「零一さん、行きましょう」
「ああ」
まるで恋人をエスコートするみたいに、零一がわずかに微笑する
それを見て、の胸はぎゅっとしめつけられた
大好きな人が 違う女の人と歩いている
微笑みかけて、言葉をかけて
自分とは、クリスマスなのに話もしてくれなかったのに

外に出ると、チラチラと雪が降っていた
「寒いと思った・・・」
手のひらに雪を受けとめてみる
つめたさを感じる前に それは溶けてなくなった
こんな風に、自分の想いもまた消えていくのだろうか
このまま卒業して、氷室に会えなくなって
そうしたら、叶わなかった想いは自然に消えてしまうのだろうか
今こんなに苦しいのに
こんなに切ないのに

雪の中 は今は閉鎖された教会の前に座っていた
氷室は帰ってこないかもしれないけど
彼女を空港まで送った後、そのまままっすぐ家に戻るかもしれないけど
「今夜はクリスマスなのにな・・・」
クリスマスは奇跡が起きる日
そう聞いたのに、
ほんの数分話をすることもできなくて
メリークリスマス、と
プレゼントを渡すこともできないなんて
他の友達は、みんな好きな人と一緒に帰ったりしてるのに
氷室のことが、こんなにこんなに好きなのに
「そんなに贅沢なお願いじゃないのにな・・・」
氷室と両想いにしてくれって言ってるわけじゃない
ただほんの少し
この想いが叶わないと知ってるけれど、
だけどこんな特別な夜くらい、むかいあって二人きりで
少しだけ一緒にいたい
それも、叶わないの?
それも、相手が先生だと 贅沢な望みになってしまうの?

次第に手足がかじかんで、寒さに頬が赤く染まった
白い息が夜空に消える
見上げて、苦笑した
神様なんて、本当はいないのかなぁ

・・・」
「え?」
「君は、こんな所で何をしている」
「先生・・・」
だが、突然聞こえてきたその声は幻でも夢でもなかった
まるで神様の贈り物みたいに突然
突然 背後に氷室が現れた
しかめっつらをして、立っている
「先生・・・空港に行ったんじゃないんですか?」
寒くて、うまくしゃべれなかった
「どうでもよろしい
 ・・・来なさい、家まで送るから」
「あ・・・あの・・・っ」
怒ったような氷室の顔に、一瞬戸惑って はふるふると首をふった
「あの・・ごめんなさい・・・
 これを渡したかっただけなんです・・・」
そうして、今まで大事にもっていた小さな箱を差し出した
プレゼント交換とは別に用意した、氷室へのクリスマスプレゼント
博物館で見つけたクラシックカーのワインキーパーはとてもオシャレで可愛かったから
きっと氷室なら こういうの気に入ってくれると思ったから
「君はこんなことのために、寒い中何十分も待っていたのか」
「え・・・」
差し出された箱を取りもせず、氷室は冷たい声で言い捨てた
そして深いため息をつくと身を返した
「きなさい、風邪をひく
 教師として生徒の体調を悪化させるわけにはいかない」
冷たい背中が遠ざかっていく
泣き出しそうになって、は慌てて後を追った
待ってるなんて言ったから、空港には行かずに戻ってきてくれたのだろう
それで怒っているのだろう
バカな生徒のために、大事な女性を一人で帰らせてしまったから

「ごめんなさい・・・」
車の助手席で、はずっと俯いていた
氷室は戻ってこないと思っていた
だから待ってるのは自分のためにだけ
この想いはきっと叶わないから、プレゼントだってきっと渡せない
クリスマスの奇跡は、自分には起こらない
わかってた
だから、こうしてここに氷室がいて、怒ったような顔をして
無言で運転しているのに 悲しくて仕方がなかった
切なくて、涙がこぼれた

「先生、ごめんなさい・・・」

信号が赤に変わったのを見て、車を停止させながら氷室はため息をついた
3年間担任をした生徒
よくできる、ききわけのいい生徒だった
いつも優し気に笑っているから 見ていて心が癒されるような
そんな気分にさせる少女だった
そして、いつしかに魅かれる一方の自分に気付いた
相手は生徒で、いつかは自分の元を去るのだから
こんな感情無意味だと、
消そうとして、殺そうとして
今夜も、の姿を探さなかったのに
与えられた仕事に、集中していたのに

「あの生徒さんが気になるの?」
空港にむかう車内で、彼女は言った
驚いて見つめ返した氷室の顔がおかしかったのか、クスクスと笑った彼女は悪戯っぽい目をした
「だったら行ってあげればいいのに
 今夜はクリスマスなんだから」
「何を・・・」
「聞こえてたわよ
 待ってるって言ってたわ、この寒い中を」
最後に見た 必死の目をしたの顔
あんなに切ない目を、いつからするようになったのか
少しだけ時間が欲しいと言って、断った自分に泣き出しそうな目をしていた
どうして、そんなにまっすぐにいられるんだろう
自分はこの想いに押しつぶされそうになって、逃げようとしているのに
忘れようとしているのに

「嘘つきね」
彼女は笑って、車を止めるようにと言った
「ここでいいわ、タクシーを拾うから」
「・・・何を・・・」
戸惑う氷室に笑みを投げかけ 最後に彼女は言う
「女の方が恋に前向きなのかもね」
いつも、と
そうしてその後ろ姿は夜の街に消え
残された氷室は ただ呆然とのことを考えていた
愛しいと想った存在
だが間違いだとわかっている
相手はいくつも年下なのに
自分の担任するクラスの生徒なのに

そのまま車を飛ばして、シンとした会場の横を通り 教会までやってきた
雪がちらつく中、が空を見上げるように立っていた
ドクン、と
瞬間怒りのような、想いが生まれた

多分、自分に対して
今 凍えるを抱きしめてやれない自分に対して

「やっぱり・・・プレゼント受け取ってくれませんか」
の家の前に止まった車の中、今まで一言も話さなかったが口を開いた
見上げてくる目に涙が浮かんでいる
泣かせてしまった
クリスマスの夜なのに
「・・・教師は生徒からの個人的な贈答品を受け取ってはいけないことになっている」
つぶやくように言い、氷室は落ちこんで視線をふせたを見遣った
胸が苦しい
このまま、抱きしめることができたらいいのに
「だが・・・」
付け足して、氷室は信じてもいない神を想った
今夜がクリスマスなら、これくらいは許されるだろうか
雪のふる中、凍えながら自分を待っていた
これくらいは、許されるだろうか
「だが、その行為が一方的でなければ・・・さして問題はないかもしれない」
コホン、とひとつせき払いをした
顔を上げたに、スーツのポケットから小さな箱を取り出して差し出す
そして無言でそれを見つめるに 静かに言葉を付け足した
「君がこれを受けとるのなら・・・それは一方的な贈答ではなくなる
 私も・・・君からのものを受け取ろう」
渡す気はなかったのに 用意してしまったもの
この想いを殺さなければと決めたから、を見ないようにしていたけれど
「メリークリスマス」
痛い程に切ない想いに、も氷室も心を傷めている
どうせ叶わないなら
今夜くらいは、
今夜だけなら、

今夜はクリスマス
想いは同じなのに、忘れようと努力する者と
それでも側にいたいと願う者と
揺れる想いに傷ついて、はまだ 切なさに縛られたまま
氷室はまだ嘘つきのまま


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