57. 計画 (氷室×主)  ☆リクエスト(氷室。卒業して最初の同窓会の話)


「俺は絶対に行かないからな」
「・・・零一さん、それって子供っぽすぎます」
「嫌だと言ったら嫌だ」
「そんな・・・零一さんが来るのをみんな楽しみにしてるんですよ」
「嫌だ」

土曜の夜 CANTALOUPEのカウンターに並んで座っている二人の会話に とうとう義人が笑い出した
「行ってやれよ零一
 どーせ暇なんだろ」
「うるさい、お前は黙っていろ」
ちゃんは行くんだろ?
 お前はちゃん以外に予定ないんだから どーせフリーじゃないか」
「・・・うるさい・・・」
今日は零一の車で来ているから、酒など飲んでいない零一の、 その顔が赤い
はそれを見遣って、こっそり苦笑しながら手許の封筒を取り上げた
差出人は奈津実から
高校3年生の時に同じクラスだった明るい女の子
とは親友だった
卒業前の投票で、同窓会委員に決まった子である
その奈津実から かしこまった封書が届いたのは1週間前
卒業して1年たったから、同窓会をしよう! と
奈津実らしいハイテンションな招待状が入っていた
同じものが 当時の担任だった零一の元にも届いている
絶対来るように、と念押しのメッセージまでついて
「嫌だ、行かない」
「そんなに行くのが嫌な理由は何だ?」
わかってるくせに意地悪く聞く零一の幼馴染みは、空になったグラスに冷たいジントニックを注いだ
どこか面白がった風な表情に少しだけハラハラしながら は二人を見守る
当然予想されたように、零一は同窓会へ行くのをこれでもか、という程にいやがった
「俺は絶対に行かないからなっ」
まるで子供みたいにそう言って、
がどれだけ言っても行くと言わなかったから
困り果てて、義人に相談したのだ
どうしたら零一が同窓会に行ってくれるのか、といって
「・・・嫌なものは嫌なんだ」
むっすり、と黙り込んで俯いた零一に 意地悪気な義人の声がかかる
「ああ、お前達がその後つきあってるのがクラス中に知れわたってるわけだ?」
「ぐ・・・っ」
キッ、と義人を睨み付けた零一に さらに義人が付け加える
「でもしょーがないよなぁ?
 生徒に手ぇ出したんだもんなぁ、そりゃあ広まるって」
「・・・・・グゥ」
居心地悪そうにむっすりと義人を睨み付けていた零一は やがて堪忍したように大きくため息をついた
「あの面子の前にと登場してみろ
 何を言われるか・・・」
大袈裟にうんざり顔を作り、グラスの液体を一気に飲み干した零一はそれきり黙ってしまった
どうせ二人はどこまでいっただの
週に何日会ってるか、だの
デートはどこでするのか、だの
言うのだろう
みんなして
「あはは、そりゃ言われるだろーねぇ
 ちゃん、モテてたんだろ?
 それをかっさらっていったんだから そんくらいは覚悟しないとなぁ」
いつものように明るく義人が笑い、その言葉には苦笑した
の招待状にはもう一枚 奈津実からの手紙が入っていたのだ
久しぶりに会いたいね、とか
学校はどんな感じ? とか
その手紙の最後に書いてあった言葉があった
「絶対ヒムロッチ連れてきてね」
それから、さらに大きな字で
「あんたが今、幸せなんだったら」

卒業前、親友だった奈津実には言ったことがあった
零一のことばかり考えて、夜も眠れないと
二人は先生と生徒だから、この恋はきっとうまくはいかないだろうけれど
それでも零一が好きなんだと
「そんなの絶対 幸せになれないよっ
 氷室なんかやめときなよっ」
奈津実は大反対だったっけ
顔を真っ赤にして、怒ってた
あんな冷徹な人間好きになったって、と
バレンタインにチョコを受け取ってもらえなかったり、クリスマスにほんの少ししか話せなかったりしてが落ち込むたびに
まるで自分のことのように 言ってくれた
「他の人を好きになった方がいいよ」
を好きな男なんか、いっぱいいるんだから
そして、卒業前に とてもとても心配そうにしていた
「ほんとに、氷室を好きなままでいいの?」
「うん、片思いでもいい」
恋が叶うことを諦めて、それでも想いを捨てられなかったに 奈津実は泣きながら言ってくれた
「じゃあ、あんたは絶対、氷室と幸せになって」
まるで自分のことみたいに、そう言ってくれた奈津実
手紙に書いてあった言葉は、奈津実がを想っている証拠

「いいのかなぁ、ちゃん一人に行かせて
 男も山程くるんだろ?
 ちゃん、また可愛くなったから 再会して恋の花が咲くってことも、あるんじゃないの?」
「・・・・!!!」
俯いていた零一が、はっとしたように顔を上げた
やはり、顔が赤い
気のせいだろうか
冷静な零一がこんなに顔を赤くする程に、動揺しているということたろうか
「な・・・なにを言って・・・」
「だってそうならないとは限らないだろ?
 ちゃんにその気がなくても、男の方はどうかわかんないぜ?
 そんで帰り道に送ってくよ、とか言われて そのままホテルなんかに直行だよ」
にやり、と
義人が笑うのが には見えた
零一は動揺したような顔で、呆然と黙り込んでいる
「思い出してみろよ
 お前のクラスに何人いた?
 ちゃんに手出しそうな男」
「・・・姫条」
「それから?」
「葉月・・・・」
「ふんふん、それから?」
「・・・・鈴鹿」
(鈴鹿くんまで・・・)
クス、と
は懐かしいクラスの面々を思い出しながら こっそり笑った
零一が、そんな風に妬いてくれているのも嬉しかったし
こうやって、心配してくれているのもくすぐったかった
自分には零一しか考えられなくて
零一以外に好きな人はいないけれど
「そんだけにまとめて食われちゃったらどーすんのさ
 お前の大事なちゃんが、狼どもにマワされていいのか?」
「いいわけあるかっ」
「じゃあ決まりだな
 お前は来週の日曜、同窓会に出席だ」
「う・・うむ、仕方ない・・・」
「よし、じゃあこの出欠届けは出しておくからな」
「・・・わかった」
どこかぼんやりした様子で、零一はこくりとうなずいた
パチン、と義人がウインクして は苦笑する
今、零一の様子でやっと気づいたけれど
零一は酔っている
本人がノーアルコールだ思って油断して飲んでいたものが途中から酒に変わっていたようで
義人の作戦に、零一はまんまと乗って落とされてしまっていた
今や眠そうにグラスを握り込んでいる零一の横顔を見ながら はもう一度苦笑した
ごめんなさい、零一さん
零一がひやかされるから嫌だと言うのは重々わかるけれど
零一が嫌なんだったら、と的には無理強いする気はなかったんだけれど
奈津実には知ってほしかったから
今もまだ、自分を心配してくれて
零一は優しい? とか
ちゃんとあんたを大事にしてくれてる? とか
メールなんかで送ってくる奈津実に、教えてあげたいから
「私、ちゃんと幸せだよ」
二人一緒のところを見せてあげて、ちゃんと安心させてあげたいから
切なかった恋に、自分の事のように泣いてくれた親友に

そうして、当日
渋々な顔をして運転する零一の車から降りてきたに 迎えに出ていたクラスの数名がわっと歓声を上げた
「いやー、やっぱり二人はまだラブラブやったんか〜」
忘れられない独特の関西弁はまどか
「別れたって言ってたの誰だよ」
ふてくされたような顔をしているのは和馬
その隣で葉月がいつもの微笑をにだけ向けた
「久しぶり・・・元気だったか?」
「うん、みんな久しぶりね」
懐かしい顔ぶれは あの頃に戻ったようでウキウキする
女の子数名に手を引かれて、は会場となっている宴会場へと入った
ー」
「なっちゃんっ」
そこで、幹事の親友と再会の包容
後から入ってきた零一が眉を寄せる程に、二人はいちゃいちゃといつまでも抱き合っていた
「女の子同士の友情に嫉妬してもはじまらへんで」
会場内では、なんとも適当な同窓会が繰り広げられており
来た者からもう勝手に飲み食い初めている
あちこちでわいわいやりながら、まどかの隣に座らされた零一に 皆がひととおり挨拶にきた
さんとつきあってるって本当なんですか?」
「ぐっ」
そうして、あの頃大人しくて
けして教師にそんなことを聞くようなタイプではなかった生徒までが そう付け足していく
ほぼ全員にそんなことを聞かれて
零一は本気で居心地悪く 始終眉間に皺を寄せていた
「いやはや、なんたってはウチのクラスのアイドルやったからなぁ」
隣で零一にジュースをつぎながら まどかが笑う
「まさか先生もを好きだったなんてなー」
となりで料理を並べながら和馬も笑う
補習コンビにはさまれて、学生時代の復讐を受けながら 零一は苦笑した
この状況は簡単に予想できたし、
けして居心地のいいものではないが
少し離れた場所で が笑っているのも
相変わらず無口で何を考えているのかわからない様子で 葉月がそこにいるのも
人の悪い笑みを浮かべながら 零一への攻撃をゆるめないまどかと和馬も
1年ぶりだけれど、何ひとつかわらなくて
それが少しだけおかしかった

「はーい、ここで衝撃ニュースがありま〜す」
個々が勝手に盛り上がっている中 奈津実がマイクで喋りはじめた
「なんとかちゃんとなんとかくんの子供が来月生まれるそうです〜!!!」
「・・・?!!!」
思わず飲んでいたものを吹き出しかけ、零一は奈津実の隣に立っている男を見た
照れた顔で、妻はお腹が大きいので今日は欠席です、とか言って笑っている
クラスではあまり目立たなかった生徒だったが 今はあの頃よりしっかりした顔つきになったように思えた
「できちゃった結婚らしいで」
「へぇ」
「ええなぁ
 俺も早く子供ほしーなぁ」
「お前みたいなオヤジだとガキが可哀想だろ」
「失礼やなぁ
 バスケバカにはいわれとうないわ、なぁ先生」
「え・・・?!!」

突然話を振られて、呆然としていた零一ははっと我に返った
「そーいや、先生のとこはどうなん?」
にやり、
またまどかが笑った
「そうだな
 先生いくつだったっけ?
 そろそろ結婚考えてもいいんじゃねーの?」
「な・・・何を・・・」
ドキ、として
零一は思わずを見てしまった
「?」
視線を感じて、がこちらを見遣る
にこっと、いつもみたいに笑ったのが愛しくて
不覚にも、ドキとした
「なぁ、先生とこはいつ結婚するん?」
「君達には関係ないだろう」
「いやいや、今後の参考にききたいなぁ」
も聞いておきたいだろ?」
「え?」
「あたしは聞きたい〜」
いつのまにか戻ってきた奈津実が、の隣で身を乗り出した
苦笑したと、
眉間に皺をよせた零一
だがおかまいなく、皆は零一にせまる
「結婚はいつ?」
「そんなものはまだ先だ」
「先っていつ?」
「お互いに、そう思える日が来たらだ」
「そんなの具体的じゃなーい」
「うるさいっ」
わーわーと、みんながみんな興味津々にこちらを見ている
その注目を浴び 零一はため息を吐いた
ダメだ
ここまで予想していなかった
想像以上に、この面子には遠慮がない
「そんなこと言ってたら が他の男に行っちゃうかもよっ」
「ありえんな」
「どうしてそう言い切れるのよーっ」
「どうしてもだ」
零一の、自信満々なこたえに 奈津実が急に怒りだした
「そんなのわかんないでしょっ
 が優しいのに甘えて 手抜いたりしたら承知しないからねっ」
「・・・何を言っている・・・」
を幸せにできないなら、別れてって言ってんのっ」
「はぁ?」
学生時代から犬猿の仲と言われていた二人の間に火花が散った
を泣かせたりしたら承知しないから
 結婚とかだって、自分の都合じゃなくてちゃんとのことを考えてる?!!」
「・・・のこと以外に何を考えるというんだ」
あまりの、突然の奈津実の剣幕に 零一は途方にくれた様子で苦笑した
を見遣ると、こちらを見て同じ様に苦笑している
「じゃあ今ここで、約束して」
「は・・・?」
「今ここで、を一生幸せにしますって約束して
 でないとあたしはヒムロッチをの恋人だなんて認めない」
「・・・・・」
奈津実の言葉に、にやり、とまどかと和馬が笑った
「よっしゃ、結婚式の予行演習やな〜」
「よーし、だったらもここにこいよ」
「えぇ?」
そうして零一の側までが連れてこられ、
みんなに囲まれて、二人は注目の的になった
「さ、約束してよ」
奈津実に迫られ、やれやれと
心の中で観念しながら 零一は不安そうにこちらを見つめているを見遣った
こんな人前で、冗談じゃないが
なんとなく、奈津実の様子に自分の信用のなさが伺えた
零一は、好きと嫌いに好みがはっきり別れる教師だったから
のように、学生時代から慕ってくれる生徒もいたが
同じだけ、毛嫌いする生徒もいた
奈津実は後者
冷徹、とか人でなし、とか
多分 そう言う評価を彼女から受けているのだろう
大事な親友が、大嫌いな教師とつき合っていて
それが心配でならないのだろう
「・・・約束する」
多分 眉間に皺がよっているだろうけれど
顔はいつものように仏頂面で、冷徹に見えるだろうけれど
それでも、内心はたまらなく逃げ出したい程に恥ずかしい
こんなものは、人前でするものではないと思っているが
「君を必ず幸せにする」
言い切って、最後まで表情をくずせずにいたか不安だったが
途端にが真っ赤になったのに、ドキとして
まあ、これも教師のつとめ、と
のこんな顔が見れたから 許すとするか、と
思った途端に どんっと
回りから押されて、がこちらに倒れこんできた
「きゃあっ」
「な・・・っ」
慌てて抱きとめる
途端に 歓声とコールが上がった
「誓いのキッスーーーー」
「キスして、キス〜」
どこの酔っぱらいの宴会かという程の盛り上がり
腕の中にしっかりとを抱きながら 今度こそ真っ赤になって零一は怒鳴った
「調子に乗るなっ」

やや、ぐったりとしながら 怒濤の同窓会会場を後にした零一は 静かな車内で深いため息をついた
ほとんどの面子が二次会のカラオケに行くんだと言う中 零一を気づかってか は帰ると言って 今隣の助手席にいる
「もう二度とごめんだぞ」
「はーい」
疲れた顔の零一に、がクスクス笑う
「まったくたいしたパワーだ」
「ほんと、みんな何も変わらなかった」
「あれで素面だというから質が悪い」
「みんな酔ってるみたいでしたね」
「・・・ああ」
あの大騒ぎ
キスしなかった零一にブーイングが起こったものの 公衆の面前での約束に誰もが二人の仲を認めた
「しょーがないから、認めてあげる」
そう言った奈津実に 零一はお前に認めてもらわなくても、と思ったりもしたが
が泣き出して 奈津実と二人抱き合ったのに苦笑がもれた
零一には女の子同士の友情なんてわからなかったが
それでが こんなにも嬉しそうにするならば
今日 来て良かったのだろうと思えた
払った犠牲は大きかったけれど


「はい?」
信号が赤になって、停止した車内
零一はふと思い出して、御機嫌な恋人の名を呼んだ
「さっきの続きだ」
「え?」
そうして、無邪気に見上げてきたに、そっとキスした
優しい、柔らかなくちづけ
驚いたような顔をしたに、微笑した
「人前ではごめんだが」

零一の心の仲にある計画
が今の学校を卒業して、
その時に零一と生活を共にしてもいいと思ってくれたら、結婚しよう
に、やりたいことがあるなら、まだ先でもいい
全ては次第
何パターンものシミュレーションと綿密な人生計画に 今のところ狂いはない
氷室にとってが全てだから
ここにがいれば、それは全てハッピーエンド
か笑っていてくれれば、何も文句はない
 


女の子お絵かき掲示板ナスカiPhone修理