39.スター (氷室×主)  ☆リクエスト(氷室×主基本の氷室+マスターの話。昔の近所のお姉さんが出てくる)


年末の大掃除
氷室はせっかくの休みを親友の店の大掃除という一大イベントに参加していた
店内には軽快な音楽がかかり、朝から男二人のヤル気を励ましている

「おまえのところはバイトがいなかったか? どうして俺が参加してバイトが参加していない」
「あの子は昨日から里帰りだ
 年末なんだからみんな忙しいんだよ」
「俺だって忙しいんだがな」
「零一は忙しくないだろ、せっかく休みでも一緒に過ごす恋人がいないんだから」
「・・・余計なお世話だ」
ぞうきんをぎゅ、としぼり 零一はこんな重労働にかりだしておいて少しも悪びれない親友にため息を吐いた
今日は年末おおみそか
朝一番に電話が入って呼び出されてから4時間程
零一はこの広い店内の掃除をさせられている
窓の外には 忙しそうに歩く人の姿が見えていて 空は今にも雪がふりそうな曇り色
「しかしアレだね
 おまえもいい年なんだから正月を一緒に過ごせるような恋人、作れよ」
「・・・・・」
重労働を零一におしつけ、自分は食器を磨いている悪友の言葉に、零一はわずかに顔を曇らせた
「まぁ、たしかにあの子は可愛いよ
 けどなぁ、高校生だろ、ちょっと無理がないか?」
「・・・・・」
もくもくと、床を磨き続けながら 零一は今度は苦々しい笑みを漏らした
悪友の言う「あの子」のことを 今も考えていた
恋人を作らない理由
それは、この心にすでに 愛しいと思える相手が住んでいるから

ポーン、と
壁の時計が軽い音で 昼の12時を告げた
「おっと、昼飯にしますかね」
「・・・今日中に終わるのか?」
「それはお前次第だなぁ」
「・・・いい加減なやつだ、おまえは相変わらず」
「どういたしまして」
何が、どういたしましてなんだ、と
零一は持っていた雑巾を ぽん、とバケツの中へ戻した
さすがに何時間も 床を掃いたり拭いたり、と
疲れることこの上ない
何が悲しくて年末のこの時期に、男の二人で大掃除か
「まぁそう言うなって
 俺を助けると思って」
「・・・毎年言ってるな」
「だから、おまえが恋人でも作ったら遠慮するよ」
「・・・・・」
ざっと、パスタなんかをつくり出した悪友の顔を盗み見ると楽しそうにニヤニヤしている
このイベントももはや毎年恒例になってしまった
文句をいいつつ毎年毎年つきあう自分もいいかげんお人好しすぎるだろう、と
それでもここに来るのはやはり、彼の言うとおり特に予定もないからで
「そろそろ卒業だろ
 あの子がいいなら、告白しろよ」
「・・・・・そう簡単にいくか」
「だったら簡単にいく女にしとけよ、わざわざ難しいのを選んでないで」
手際のいい悪友の手許に視線を移し、零一はひとつため息をついた
今 この心に深く住み着いているのは クラスでは少し大人しい存在
しっかり自分の意見を持っているにもかかわらず、激しく自己を主張したりしないような
どこか大人びている少女
彼女の成績が上がる度に 胸がはずんで
苦手なのであろう体育や運動を なんとかそれでもやろうとしているのに好感を持った
ああ、そういう姿が可愛いな、と
いつしか よく見るようになって
いつしか どの生徒より気にかかるようになって3年
もうすぐ3年がたとうとしている
彼女は、あと少しで卒業する

「なぁ、おぼえてるか?」
コトリ、と
零一の前に 美味しそうなパスタの皿がそっと置かれた
無言で差し出した悪友の顔を見上げると 彼は特有のひとなつっこい笑顔で笑って言った
「俺達がはじめて失恋した時のこと、覚えてるか?」

それはたしか、小学校3年生だった
近所にとても優しい中学生がいた
なんて名前だったか、今はもう覚えていないけれど
彼女はその頃の零一と悪友にとって、スターだった
制服は大人っぽく見えたし、いつも笑顔で二人に接してくれたし
テストはいつも100点で、走ったら誰よりも早かった
二人よりだいぶん年上なのに、いつも学校帰りに、一緒に遊んでくれて
秘密のぬけ道や、遠くの公園を教えてくれた
あの頃二人の中におなじように育った、初恋という名の感情
憧れに似た、あたたかいキラキラしたもの

「・・・もう忘れた」
「それはそれは
 俺はよく覚えてるよ、俺はあれが初恋だった」
そして、と
悪友は悪戯な目を零一に向けた
「おまえにとっても、初恋だった
 だってお前、泣いてたもん」

夏、彼女は学校から帰るのが遅くなった
聞いたらクラブに入ったんだと言った
つまらない、と言って拗ねたあの季節
大好きだった彼女は、二人の見たことのないような顔で知らない男と下校するようになった
あんな風にキラキラ笑ってる彼女は、はじめてみた
とてもとても、綺麗だと思って 漠然と、失恋を知る
ああ、なんて遠いんだろうと思った
自分がもっと大人だったら
彼女にふさわしい男だったら

「約束だ、零一
 今度好きになった人がいたら、俺は迷わず告白する」
「俺も」

まだ小学生だった子供二人
片方は情けないように笑って、
もう片方は泣きじゃくった
宝物を取られたような気がして、世界が真っ暗になる気がしたから
まだ恋を知らぬ間に、経験した失恋に似たもの
苦かったあの夏

「あの人みたいに、誰かに取られる前にちゃんと自分のものにしろよ」
「・・・・・・」
わすれられない夏の記憶
届かなかった手
今度 こんな風に好きな人ができたら絶対に、絶対に
この想いを告げようと心に決めた
子供達の誓い
よく覚えている
あの悔しかった痛みを
好きな人が奪われてしまった切なさを

「・・・ああ、噂をすれば」
「え・・・?」
「あれ、ちゃんだろ」
「?!!!」
その名前は、特別で
その存在はもう零一にとってかけがえのないもの
がたん、と立ち上がって振り返った視線の先
外の通りに面した窓から が見えた
心にすみついて離れない あの少女の姿が

店内には落ち着いたジャズ
ひとり残されては苦笑した
「やれやれ、手のかかる」
年末の大掃除の報酬はこれで十分だろう、と
窓に移った景色に そっと微笑した
年末の、忙しそうに歩いていく人たち
去ってゆく後ろ姿の少女に、ようやく信号でおいついた零一
立ち止まる二人
流れていく人々
まるでそこだけ時が止まったみたいで、まるで映画を見ているようで

「もう一つ約束だ、零一
 次に好きな人ができて告白しようとした時に、もし」
「もし・・・?」
「もし、俺かお前かどっちでも
 怖じ気付いて諦めようとしてたら その時は親友のために喝を入れること」
「喝?」
「そう、喝」
「・・・わかった、喝を入れる」
「まぁ、俺は怖じ気付いたりなんかしないけど」
「俺だって!」
「でも約束な」
「うん」

クス、と
は満足気に 煙草に火をつけた
あと何時間後には新しい年がはじまる
来年の大掃除に あいつは呼べそうもないなぁ、とひとりごち
それでも満足そうに は白い煙りを吐き出した
奥手な親友に、
あの日痛みをともにした親友に、よい年を


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