33. レトロ (マスター×主人公)  ☆リクエスト(マスターの話。お題42「紅葉」の続き)


CANTALOUPEのカウンターに、一人の女が座っている
まだ開店したばかりのこの時間
客は彼女一人

「ねぇ、は私を思い出したりしないの?」
「しないねぇ・・・」
彼女のために、彼女が好きだったカクテルを入れながら はいつもの人の悪い笑みを浮かべた
女の名は
半年前に別れた元恋人
長い髪も、手入れされた爪も、色気のある目もとも、甘い香りも好きだった
たまらないと感じて、この手で抱いた
身体中にキスをして、喘ぐ声を聞いて、熱い身体を二人繋げて
何度も夜を重ねた
そして、結局飽きた
熱情はやがて冷めると、は知っていたしもそれを理解していた
だから別れた二人
冷めた身体を抱く気はなかったから
それ以上は、しらけるだけだと互いにわかっていたから

「冷たいのね」
「そうかな」
コト、と
彼女の前に置かれたカクテルは 赤い彼女のルージュみたいな色をしていた
こんなのが好きなのか、と
出会った頃は驚いた
ちょっと女の子好みに手を加えてやったら、喜んで飲んでたっけ
強い酒なのに調子に乗って
結局、帰れなくなっての部屋に泊めたのだ
そしてそのまま身体を重ねた
もう、1年も前の話
「今はどうしてるの?」
「楽しくやってるよ」
「私は結婚したわ」
「そりゃおめでとう」
「でも、もうすぐ離婚するの」
「そりゃ、御愁傷様で」
ツ、と
綺麗な指が、の手に触れた
「ねぇ、今夜だけでもいいわ
 寂しいの、泣きたくなるくらいに」
へぇ、と
いつもの表情で煙草をふかしたは、少し意外な顔をしてを見た
気が強くて、男に媚びない女
上等の娼婦みたいな感じが、とてもそそった
零一は顔をしかめていたけれど
こういう女も可愛いよ、と
あの頃のは笑って言ったっけ
目の前で、色気ある眼差しを向けてくる女には苦笑する
こういう目
昔は好きだったけれど、今はなんとも思わない
我ながら好みが変わったな、なんて
そう思った時、二人目の客が来た
店内が、やがて賑わってくる

落ち着いた音楽を聴きながら は開いたドアから入ってきた少女に目をやった
「ちょっと、
 あんな子供が来るような店なの? ここは」
「ん?」
他の客の相手をしていたの目が ドアの方へと移る
そうしてそれは、やがて笑みに変わった
「いいんだよ、あの子はバイトだから」
そうして、、と
手招きして、どこか遠慮がちだったその少女を側に呼んだ
「ごめんね、大丈夫だった?」
「あ、はい
 11時までならいいって母が・・・」
「そう、じゃあその時間には送り届けるよ」
着替えておいで、と
制服姿のに、は上の部屋の鍵を手渡した
の姿が消えると、がつぶやくように言う
「あんな子供をバイトに使うの?」
「金曜は忙しいからね」
助っ人だよ、と
空いたのグラスに水を注ぐ
「こんなのじゃなくて、さっきのカクテル作ってよ」
「帰れなくなるよ」
「そしたら泊めてくれたらいいじゃない」
前のように、
妖艶な笑みを浮かべたの唇に視線を落として は相変わらずの口調で言った
「お断り
 只今純愛中だからねぇ、他の女は泊められないね」

が店に出て、ウェイター姿でいそいそと食器洗いやつまみの用意なんかしているのと、の楽し気な横顔をは交互に見ていた
は今は新しい客にカクテルを作っている
男と別れる度にを思い出したから、向こうもきっとそうだろうと
自信があった
だから今夜ここへ来た
また身体を重ねたら、あの頃の熱が戻る気がする
思い出は、こんなにもの心に残っているのに
、それ 気をつけて」
「はい」
さっき、客が所望したリンゴをむき出したに 突然が声をかけた
「大丈夫?」
「大丈夫ですよぉ、これでも一応女なんですから」
ぷー、と
頬をふくらませたに、がゴメンゴメンと笑う
客が何かからかったのに、またが頬をそめて何かを言った
ぼんやりと、そんなのをみつめる
純愛中だなんて言ったっけ
以前と変わらぬいい男のくせに、
今はあの、色気のかけらもない高校生に惚れてるっていうのか
あの、
、帰るわ」
そう言ったら やっとがこちらを見た
「車は?」
「いらない、歩くわ」
「そぅ? 気をつけて」
さらっとした言葉
昔を懐かしんでるのは自分だけ
それが無性に悔しくて、
どこか不安気な目で、がこちらを見ているのにほんの少し悪戯がしたくなった
立ち上がり、わざとふらりとよろけてみせる
思った通り、は手を伸ばして支えてくれた
余裕の動作
そういうところが、好きなのだ
まるで女王にかしづく騎士のように振る舞ってくれるから
女をいい気分にさせてくれるから
「ごめんなさい、飲み過ぎたわね」
恥じらったように言ってみせて の腕の中 ス、とその肩に触れてキスをしようと背のびをした
あんな小娘にはまだ、こんなキスを奪うなんてことできないでしょう?

「・・・!!」
だが、余裕たっぷりに ス・・・、と
そのルージュの唇に人さし指で触れて は小さい子を優しく咎めるような口調で言った
しびれるような穏やかな、声
「ダメだよ
 言ったろ、純愛中だって」

11時20分前
店をバイト君にまかせて を送るべく車を出してきたに はそっと聞いてみた
「さっきの人は・・・?」
「あれはね、元恋人ってやつ」
助手席のドアを開けて、が乗るのを確認してから閉め
そうして自分も運転席に乗り込んだは、悪戯っぽく笑った
「嫌な思いした? ごめんね」
ううん、と
首をふりながら、は思う
あんな大人の女の人とつきあっていた
彼女から見たら自分なんか子供で、色気のかけらもなくて
に全然つり合わないだろう
ハイヒールやスリットの入ったドレス
赤いルージュも妖艶な香水も は持ってない
化粧なんかしたことのない ただの高校生だから
「再会したら・・・想いが復活したり、しないんですか?」
懐かしくなったり、と
不安気に聞いたに、は笑った
「生憎オレは、レトロ主義じゃないんでね」
どっちかっていうと、新しいものにドキドキするタイプなんだと
彼は付け足して笑った
今は目の前の純愛に夢中
まだ高校生の どこか幼い横顔
だがその目が時々 どんな大人の女より 色っぽくなるのを知っている
そういう表情にドキとして
この純愛にますます堕ちていく
他の女なんか、懐かしんでいる暇などない

大丈夫、と
まだ不安気なに、はそっとくちづけた
こういう風に心配してくれるということは、の心がこちらに向いている証拠
たまらないねぇ、と
不器用に のキスにこたえるに微笑した
上等の女も、酔える恋愛も、熱い身体も、
この甘さにはかなわない
解放されて、頬をそめうつむいたの この初々しさ
この可愛さは、何ものにも変えられない
だから夢中になるんだよ、と
は一人ごちた
夜の街を、二人を乗せた車が走る
レトロでない、現在進行形の想いを乗せて


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