28. 猫 (葉月×主)  
  ☆リクエスト(葉月。誕生日ネタ。お互いの想いがなんとなくわかっていながら踏み出せない二人)


スタジオの側の公園に、白い猫がいる
晴れた日にぎゅってしたら、いい匂いがした
日なたと草の匂いは、なんとなくの笑顔を思いださせる
そして不思議に、その猫に会った日には に会えるのだ
だから珪はなんとなく、その猫のことを幸運の猫なんて呼んでいる

明日は珪の誕生日

「・・・おまえ、何くわえてるんだ?」
スタジオからの帰り、夕焼けに染まった道で あの猫に会った
いつもなら にゃあ、なんて鳴いてすり寄ってくるんだけど 今日は何かを口にくわえて黙っている
「葉っぱ?」
かがみこんで、珪は微かに首をかしげた
緑色の葉っぱみたいなものを、しっかりとくわえ、猫はこちらを見上げている
「お前に会えたから・・・にも会えるかな」
その背をなでて、クスと微笑した
教室で、いつも見ている横顔
優しい笑顔が好きで、毎晩のように焦がれている
日に日に想いが大きくなって、
だからこそ、届かないことが歯がゆくて仕方がない
今日だって、放課後廊下でに誰かが言ってるのを聞いて 胸に靄がかかった気がした
「南さん、今日帰り、サ店でも寄ってかない?」
同じクラスの男で、とクラブが一緒だったっけ
視界の端に映ったそれに、イライラと気持ちが昂って、次いで落ち込んだ
が好きなのに、届かない気がいる
想った分だけ、距離が遠くなる気がする

猫はしばらくするとテクテクと歩き出した
ねぐらへ帰るのか、まっすぐに公園の方へと向かう
暮れかけた太陽を見ながら、珪も後をついていった
猫と散歩
お前がもし本当に幸運の猫なんだったら、今、に会わせてほしい

「あれ・・・葉月くん」
「・・・・・・・・・」
珪は、芝生のはしっこ、雑草がびっしり生えているあたりにすわりこんでいるを見下ろして呆然とした
「あ、猫ちゃん、戻ってきたの?」
いつも自分にするようにへとすりよって、その制服のスカートの上にくわえていた葉っぱを落とすと、猫は甘えた声でにゃあと鳴いた
驚いて、
それから、無性に嬉しくて
珪は言葉を失っていた
がいる
この時間なら、あの誘っていた男とサ店にいるだろうと思っていたのに
今日は会えないと思っていたのに
「行かなかったのか・・・」
つぶやいた言葉に、は顔を上げ、それから僅かに微笑した
「行かないよ」
自分の言った言葉の意味がわかったのか、はそれ以上何も聞かなかったし言わなかった
白い猫の背をなでて、それから猫が膝に落とした葉っぱを拾い上げる
その仕種のひとつひとつにドキ、とする
に見愡れる
「それ・・・何だ?」
「四葉のクローバー
 知ってる? 幸運を呼ぶっていわれてるの」
「・・・聞いたことはある」
居心地が悪くて、珪はの側に座った
どうしてこんなところにいるんだろう、とか
ここで何をしているんだろう、とか
頭の隅の方で、そんなことを考えながらも 会えた奇跡に自然口元に微笑が浮かんだ
がここにいる
あの男の誘いなんかに乗らずに、ここにいる
憂鬱だった気分が、晴れた
そんな気がした
「四葉のクローバーを探してたんだけどね、せっかく見つけたのをこの猫ちゃんに取られちゃったの
 仕方ないから他のを探してたんだけど、みつからなくて
 もぉ暗くなっちゃったから諦めかけてたんだけど」
クス、と
やわらかな笑顔が、珪に向けられた
相変わらず、猫はに撫でられて気持ちよさそうに目を閉じている
「猫ちゃん返しに来てくれたんだね
 葉月くんまで、連れてきてくれて」
そうして、は鞄の中から一冊の本を取り出した
そのまん中あたりのページに、さっきまで猫がくわえていた四葉のクローバーを挟み込む
「これ、誕生日のプレゼントなんだ
 せっかくだし、今、渡しちゃってもいい?」
差し出された本は、何かの詩集だろうか
珪は普段あまり読まないような類のもの
それでも、くすぐったくて、嬉しかった
「葉月くんには興味ないかもしれないけど、私、これ好きなんだ」
好きな人には、自分の好きなものを持っててほしい、と
言っては笑った
ひなたみたいな、笑顔だと思った

もう誰もいない公園
芝生にさっきまで射していた赤い光はすっかり消えて、今は秋の空気が満ちている
ほんのすこし、の側に寄って 珪はその差し出された本をの方へと押し戻した
「・・・?」
「誕生日のプレゼントなんだろ?
 ・・・ちゃんと、誕生日にほしい」
わがままを言ってもいいだろうか
こんな風に、贈り物を用意してくれていた
こんな風に、想ってくれている
「特別な日だから」
言ったらは、一瞬驚いたような顔をして、
それからまたふわり、と笑った
「わかった、じゃあ明日ね」
そして、立ち上がろうとする
時計はもう6時を過ぎた
帰ろうとするに、猫が鳴いて、
思わず葉月は、その手を取った
の身体は、簡単にこちらに倒れてきた

「きゃっ」
「・・・っ」
女の子の身体は、思った以上に華奢で、軽い
そんなに力を入れてないのに、
ちょっとひっぱっただけで、こんな風に
はふらりとよろけて、今は珪の腕の中にいる
「ご・・・、ごめんなさい・・・っ」
慌てて、が離れようとするのを 衝動的に抱きしめた
ああ、どうしてこんなに想いがあふれるんだろう
教室や廊下で、毎日見てる
話すたび、同じ時間を過ごすたび、好きだと感じた
も、笑ってくれる
お互いに、多分、多分、同じ想いでいるんじゃないだろうか、と
そな風に期待する
だから今日みたいに、誰かがを誘っていたり
誰かとがいるのを見たら、心が沈む
とられたくなくて、苛立ちがつのる
・・・」
その身体を抱きしめた
驚いたようには動かない
ただ、されるがままに、珪の腕の中にいた
「このまま・・・もう少しだけ・・・」
ずっと、この芝生にいたからだろうか
の髪は、風の匂いがした
抱きしめて、その熱を感じる
想いが溢れて止まらない

意識がぼんやりしていたのか、
二人はずっと無言でいた
にゃあ、と
猫が鳴いて、ようやく二人とも 身体を放した
の頬が赤いのが暗い中でもわかる
多分、多分、二人同じ想いを・・・
・・・」
その名前を呼んで、がこちらを見たのに微笑した
「帰ろう、家まで、送る・・・」
たった一人、想いを寄せる少女
がいれば何もいらない

立ち上がったは、珪へのプレゼントを大事そうに鞄へとしまった
そうして、足下の猫に笑いかける
「また明日ね、珪くん」
それで、珪は驚いてをみつめた
「え・・・?」
「あっ・・・」
はた、と二人顔を見合わせて、
真っ赤になったは、慌てて俯いて居心地悪そうにオタオタと鞄を持ち直した
珪、
は今たしかに、そう呼んだ
「あ・・・あの、ごめんね・・・
 なんか綺麗な猫だったから、葉月くんに似てるな・・・って・・・」
言い訳をしどろもどろにする様子が可愛くて
真っ赤になって、必死に言うのが可笑しくて
珪は自然、笑みをこぼした
もしかしたら、二人は似てるのかもしれない
珪もまた、あの幸運の猫を特別な名前で呼んでいたから

「怒ってない」
「ほんと・・・?」
猫の名前は自分の中だけの秘密にして、珪は静かに微笑した
隣を歩くが、あの猫との出会いを語るを聞きながら 自分の時のことを思い出す
入学式の日、ぼんやり歩いていた珪の前を走り去った白い猫
なんとなく追い掛けたら、小さな門をくぐって、その先の教会へと導いてくれた
そしてそこで、に会った
あの、忘れもしない春の日に
「葉月くんは、あの猫ちゃんを何て呼んでるの?」
「・・・教えない」
「え?! どうして?」
「・・・・・・・」
幸運の猫
沈んでいた気分が今はこんなにも満たされている
隣で不思議そうにこちらを覗き込むに、珪はこっそり微笑した
愛しい人の名前をつけた白い猫は、これからもきっと二人を結び付けていく


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