12. 境界線 (氷室×主)  ☆リクエスト(氷室の話)


いつもは、窓際にいた
楽譜をめくる手、何度も手許を確認しながら、うまく吹けるようになるまで、
そうやって、遅くまで練習していることが多かった
氷室は、そんなをよく見ていた
時々ピアノを弾きながら

「先生はピアニストになろうとは思わなかったんですか?」
「それを仕事にしようとは思わなかったな」
「どうしてですか?
 好きならずっと、やっていたいと思いませんか?」
「好きでも、そればかりだと息がつまるだろう」

ある日の放課後、夕陽の差し込む教室で、が寂し気に微笑した
「私は、息がつまってるのかな・・・」
「何か悩みでもあるのか?」
「いいえ」
と、氷室の間には 色んな線が引かれている
教師と生徒
クラブ顧問と、優秀な部員
男と女
大人と、少女
「悩みがあるなら、教師として相談に乗るが」
「いえ、大丈夫です」
いつもの、冷静な顔で言葉を選んだ氷室は、注意深くの横顔を観察した
窓際で、開いた窓から入った風に、ぱたぱたと楽譜がめくれていく
は、少しだけ微笑した
それから、顔を上げて言った

「息がつまっても、そればかりで辛くなっても
 側にいたいです」

その意味は、氷室にはわからなかったが、
今にも泣き出しそうなの目が、妙に印象的だった
忘れられない、表情をする
時々、は年よりずっと大人に見える

いつも窓際にいたの側に、同じ吹奏楽部の男子生徒が立つようになった
さん、ここはこう」
「あ、ほんとだ」
楽譜を指す手
交わされる言葉、視線、そしての笑顔
は自分といる時には、あんな風に笑わない
彼との距離は近い
そして、自分との間には、何本もの線が、引いてある

それを、何と呼ぶか
それは、こえてはいけない禁忌の線

さん、僕は君が好きだよ」
ある時、廊下に響いてきた声に氷室は思わず立ち止まった
そろそろ下校 時刻だと、まだ残っていたに告げるために来たのだけれど
それも忘れて立ちすくんだ
帰ったと思っていた男子生徒
最近ずっと、の側にいる男
「私・・・」
の声
自分以外に話しかける時、少し子供っぽいの、声
「私・・・」
聞いていられないと思った
だから、氷室は無言で足を元きた方へと向けた
音は一切聞こえない、こんなにも動揺してしまう自分
は何と答えるのだろう
は、彼が好きなのだろうか

自分といる時には、あんな風には笑わない彼女
それは、が素顔じゃないからか

いつのまにか、下校時刻をとっくに過ぎたことに、氷室は随分長いこと気づかなかった
まだ音楽室の鍵が返されていないのを見て、立ち上がる
二人で、あのまま帰ったのだろうか
氷室にはけして言葉にできない想い
「君のことが・・・」
彼は言える
それが、羨ましくて、痛かった
言えないのは、と自分の間にある この忌わしい線のため
足下に、いっぱいいっぱい、引かれた

・・・?」
音楽室は、まだ明かりがついていた
微かに流れるピアノの音
弾いているのは、だった
「もう、下校時間は過ぎている」
「はい」
顔を上げたは、やはりいつものように悲し気に微笑した
狂おしい程に、愛しいと感じる少女
あと半年もしたら卒業してしまう、特別な存在
いっそ手を伸ばして言えたら、と
何度も何度も想った
全ての線を踏みにじって、なりふりかまわず、その身体を抱きしめることができたら

「へへ、告白されてしまいました」
「・・・・・・」
「こんな私でも、好きになってくれる人がいるみたいです」
「・・・こんな、とはどういう基準で言っている」
確実に、普段よりも早くなる鼓動を抑え、冷静を保った氷室は、こちらを見上げるを静かに見下ろした
誰かが、自分と同じようにを想っていて
彼はそれをに告げることができる
は、それに何と返事をするのか
彼のものになってしまうのか

「本当に好きなものって、先生が言ったように息がつまってしまうんだと思うんです
 いつもそればかり考えてるから
 その人が、同じように想ってくれないと、きっと苦しいから
 どんどんわがままになって、自分だけを見ててくれなきゃ嫌だって言ってしまうから」
俯いたは、ぽん、と鍵盤を弾いた
頼り無く響く音
誰へともなく、彼女は続ける
「私は、好きになりすぎて、苦しいです
 だけど、その人以外は考えられません
 そして、その人は 私なんか好きになってくれません」
横顔が、痛くて、
氷室は思わず抱きしめてしまいそうになるのを、必死で堪えた
どうしようもなく、溢れる想い
こんなにも愛しいと想った人は、他にはいない
「私のことを好きだと言ってくれる人がいるなら、その人とつきあうべきですか?
 その方が、私は幸せになれるのかな・・・」
答えを、氷室は口には出せなかった
そうして、
この身を焦がす想いに、ただ無意識に身体が動いた
手を伸ばして
驚いたように顔を上げたの、細い肩に手を触れ
衝動的に、抱きしめた

君が好きだと、言ってしまいたい

「誰のものにも、ならないでくれ」
かすれるような声が、に聞こえたかどうか、わからなかった
強い力で抱きしめたその身体は温かくて、切なかった
何をしているんだ、と
二人の間にあるものたちが、そんな行為は許さない、と
警告に、だが身体は言うことを聞かなかった
今、このまま、時がとまってしまえばいい
このまま、こうしていたい
二人で

夕陽の最後の輝きで、音楽室は真っ赤に染まる
腕の中、微笑した少女は 優しい目をしたまま氷室に告げた
「先生が、それでもピアノを弾くように
 私も、きっと一番好きなものを、諦められません」
その言葉は、氷室の耳にいつまでも残る
こんなに苦しくて、
こんなに障害だらけの、想い
いっそ捨ててしまおうかと、何度も思って
思った回数以上に、が好きだとため息をついた
本気になったものは、あまりに心を支配しすぎて息がつまる
苦しくて、仕方がない
だけど、それでも側にいたい
それでも触れて、話して、名前を呼んで

君に、言ってしまいたい

捨てられない二人
大人びた顔をする少女
それはもまた恋を知っているからだろうか
この狂おしい程に焦がれる想いを
何よりも、愛しい存在を
そしてけして、手に入らない切なさを

二人の間には、未だ苦い線がある


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