不穏な出会い (葉月×主2)



珪と出かけると約束した休日、行き先はビリヤード場となった
最初、珪は公園を指定してきたが、今の時期 公園なんかに行ったら人がいっぱいいて目立って仕方ない
それに珪があの公園をお気に入りだということは、ファンなら誰でも知っている
そんなところ、クラスメイトと会うかもしれないし
大勢のファンに追いかけられて騒ぎになってしまうかもしれない
それで却下した
そしたら珪は、今度は自分達の生活圏から少し離れた駅の、昔何度か行ったことがあるというビリヤード場を選んできた
は当然シロの格好で、首には珪からもらったシルバーアクセサリーをつけていつもより念入りに男の子の変装をする
深くキャップをかぶって 珪にすらあまり顔を見られないようにした

「おまえ、やったことあるのか・・・?」
「ないです、ルールも知りません」
すいません、と言いながら は珪が選んでくれたキューを眺めた
ビリヤードって、テレビや雑誌で見たことがあるけれど どうやってやるのか全くわからない
「ボールを打って穴に入れたらいいんですか?」
「打った球を穴に入れたら負け・・・」
「えっ?!」
「手球を他の球に当てて、その当てた方の球を穴に入れる・・・」
「む・・・ずかしいですね、それ・・・」

珪はそんなに難しくない、なんていいながら 台の上に並んだ玉めがけて手球を打った
軽快な音がして、カラフルなボールが転がっていく
そして一つのボールが四隅にあいた穴に入った
「次、おまえ」
珪が促すから、見よう見まねで構えてみる
そのフォームが可笑しかったのか、珪が笑って それからの右肘に少し触れた
「こう・・・した方がいいと思う・・・」
「なんか窮屈です」
「そういうもんだ・・・」
カコン、が打つと間抜けた音がする
打った球は何にも当たらずコロコロと、転がって向こうの穴に消えた
「下手くそ・・・」
「しょうがないじゃないですかっ、初心者なんですから」
「俺が教えてやる・・・」
また珪が笑った
最近の珪はよく笑う
その笑顔を見るたび、は「シロ」の演技中だというのにドキドキする
必死に、顔に出ないように隠しているけど
楽しそうに笑ってる珪の隣にいられることが、嬉しくて嬉しくて仕方がない

1時間もした頃、珪との後ろで同じくビリヤードで盛り上がっていたグループが はしゃぎすぎてぶつかってきた
「・・・っ」
飛び跳ねて騒いでいた一人がバランスを崩しての背中にぶつかって
その勢いで、の身体は跳ね飛ばされて横にいた珪にぶつかった
「シロ・・・っ」
とっさに支えてくれた珪の腕の中、は背中の痛みと衝撃に けほけほと何度かむせた
ぶつかってきた男はそのまま、背中から床に転がって 痛そうに声を上げている
「うっわ、大丈夫だったか?」
「すいません、ウチのバカがはしゃいじゃって」
彼と同じグループの男達が、皆して珪とを取り囲んだ
は、痛かったのと驚いたので、珪の腕の中でイエ、と短く答えるのが精一杯だ
「大丈夫か・・・?」
「すいません、大丈夫です」
床に転がった男が起き上がるのと同時くらいに、もようやく立ち直って珪の腕の中から脱出した
「怪我しませんでした?」
「こいつほんとバカですいません、ほらお前もちゃんと謝れよ」
「いやーごめんね、テンション上がっちゃってさー」
ぶつかってきた男が、背中をさすりながらに言った
「おれは大丈夫です」
それにが答える
なるべく顔を見られないようにと、言いながらキャップのつばを引いたのに その男はアレという顔をした
「オマエ、男?」
「・・・そうですけど」
ギクとした、見破られるわけにはいかないから
だから少しだけ、声を低くした
少し顔を上げて相手を睨みつけるようにすると、周りの男達が口々にすいませんと言う
「男だろ、どう見ても」
「何失礼なこと言ってんだよ、ぶつかっといて」
「もう一回謝れ」
「ほんとすいませんね、こいつバカなんで許してやってくださいね」
全員が軽いノリ
大学生か何かだろうとか思いながら、は内心女だとバレないだろうかとヒヤヒヤした
「いやぁ、ぶつかった感触が軟らかかったから 女の子かと思った」
「は?」
「それにいい匂いがしたし」
「何言ってんのアンタ」
「オレ、女の子大好きだから、こんなこと間違わないんだけどなー」
男の言葉に、はまた無言で相手を睨みつけた
ここは薄暗いから、顔はハッキリ見えないだろうけど
それでもこんな風に、わかる人にはわかるのだと思って どうしようかと思った時 側で黙っていた珪が口を開いた
「もういい、出ようシロ・・・」
あからさまに不機嫌な声
彼らのノリに不愉快になったのか、シロの正体がバレそうだから これ以上ここにいない方がいいと思ったのか
「え・・・?」
「ちょっとまって、何かお詫びを、せめて名前を・・・」
の手を掴んで、くるりと背を向けた珪
引かれるままフラフラと歩き出した
その後姿に、男の情けない声が追ってきたが、珪は足を止めなかった
そしてそのまま、二人は外に出た

「すいません葉月さん・・・」
「お前が謝ることじゃない」
「けど、バレそうになったのはおれの演技が甘いからで・・・」
「演技で骨格までは変わらないだろ・・・限界があるのはわかってる」
いつになく強い口調で言う珪に、は困って口を閉じた
人通りの少ない路地を歩きながら これからどうしようかと考える
幸い、ここは自分達の生活圏からは少しはなれた場所にある
自分達を知っている人はいないだろうし、店内は薄暗かった
あの男達にはもう二度と会わないだろう
それが救いだったけれど、この先こんなことが二度とないとは限らない
何とかしなければと思った
かといって、珪の言う通り、演技で骨格までは変えられない
「いい・・・気にしなくて」
「え?」
「俺は本当に、最悪お前のことがバレてもかまわないと思ってる・・・」
「それはダメですっ、葉月さんに迷惑がかかりますっ」
もう何度も繰り返した言葉を、はまた言った
いつもいつも、珪はそう言ってくれるけれど
今、こんなに珪の人気が上がっていて 
このままいけば、もっともっと、人気が出るのは目に見えている
は、珪の名が売れて露出が増えるのが嬉しかったし
事務所だって、いつかは世界進出だなんて冗談半分で言っているくらい珪には期待している
こんなところで、妙なスキャンダルはご法度だ
しかも自分が原因でなんてには耐えられない

珪が、立ち止まった
名を呼ばれてドキとして、も足を止める
見上げた珪の顔は真剣で、どこか怒っているようにも見えた
「おれはシロですけど」
こんな時に名前を呼ばないでほしい、演技が崩れてしまう
今、戻るわけにはいかない
それにここは外だ
どこで誰が聞いているかわからないのに
なのに、珪はもう一度言った

それで、は言葉を飲み込んだ
ドクン、ドクンと心臓が鳴り出す
珪の緑の瞳に吸い込まれそうに、ただその場に立ち尽くした
「ちゃんとお前にわかってて欲しいことがある・・・」
珪の言葉は静かで、はっきりしていて、静かな路地に妙に響いた
「俺は、おまえの正体がバレて、そのせいで俺の評価が下がったって何とも思わない
 だけどそのせいで、お前まで悪く言われて叩かれるのは嫌なんだ・・・」
ユラ、と揺れた緑の目に、自分が映っているのが見えた気がした
言葉を切った珪は、の目を真っ直ぐに見つめる
「だから、お前に無理言って男のふりをさせてる
 お前に何も迷惑がかからないなら、俺はシロじゃなくてに側にいて欲しい・・・」
その言葉の意味を、はすぐに理解できなかった
頭が回らない
珪の言葉は聞えてるけど、熱が上がったみたいにどこか朦朧となって よく考えられない
ただ、煩いくらいに鳴る心臓の音が全身に響いて震えそうだった
「シロも・・・私です・・・」
ようやく、そう言う
そうしたら、珪は何か驚いたような顔をして、その後子供みたいに不満そうに横を向いた
「シロは演技だろ・・・」
そりゃ、演技だけど
「お前の弟をモデルにしてるって言ってた・・・」
話し方とか振る舞いなんかは尽を参考にしてるけど
「演技でも・・・中身は私です・・・
 シロの気持ちは私の気持ちだし・・・シロの言葉は私の言葉です・・・」
自分でも何を言ってるのかわからなくなってくる
珪が言いたいのは こういうことではないのかもしれないし
珪の言葉の意味がちゃんと理解できているか不安な自分では、話にならないのかもしれないけれど
「だから私は・・・シロのまま葉月くんの側にいます・・・
 人気モデルは同年代の女の子をマネージャーになんかしちゃダメだと思うから
 でもシロを・・・演技だからって私じゃないと決め付けないで
 シロと私は同じだから・・・っ」
言いながら、身体中が熱くなっていくのを感じた
もうドクドクが煩すぎてわけがわからない
恥ずかしくて顔が上げられなかったから、珪がどんな顔をして聞いていたかもわからない
ただ、激しい感情が
珪を想うのに似た切ないような気持ちが
自分を中から灼くようで苦しかった

「わかった・・・」

どれくらい時間がたったのか、珪は静かにそう言った
それから、一呼吸小さな溜息みたいな吐息
珪はそのまま無言での手を取ると、歩き出した
どうしようもなく、もついて歩く
二人、無言で誰もいない路地裏を歩いた
手を繋いだままで

次の週末には、珪の出るドラマのキャストの顔合わせがあった
は珪につきそってスタジオまで行き、珪が他のキャストと顔合わせをしている間は違う会議室で打ち合わせをした
ドラマのオマケとしてネット配信する珪の写真のこととか、ドラマ宣伝のための握手会のこととか
「ドラマで握手会ってあまりやらないんだけど、コレお正月には映画になるからさ」
「そうなんですか?」
「だから、宣伝だけはしっかりやっとかないといけないわけ」
「わかりました、これが日程ですか?」
「そう、葉月さんにもできるだけ参加して欲しいと思ってるんで都合つけて欲しいんだけど」
差し出された紙を見つめたに、その打合せにいたスタッフが二人、顔を見合わせた
「あのさ、今日は一人・・・なんだよね?」
「はい、そうですけど」
顔を上げたに、向こうは何か含みのある顔をしている
それを見て、はピンときた
珪のマネージャーがこんな子供だということを不思議、不満、不安に思っている人は多い
初対面では特に、皆を見てなんともいえない顔をする
こんな子供で大丈夫か、
仕事の話をしているのに、遊び半分なんじゃないだろうな、なんて
今までもずっとそうだった
最初はプロデューサーが同行して、今後はシロに任せるからと相手に言い含ませてくれたけれど
今はだけで行動することも多くなった
それは事務所がを信用しているからなのだけれども
他人には、特に初対面の相手には そんな事情はわからない
だから、相手が年配であればあるほど、
企画が大きければ大きいほど、相手に仕事の話をするのを嫌がる人は多くなる

「まぁ当たり前だよね
 向こうは大人だから、子供を相手に仕事の話をするのは気分よくないかもしれない
 俳優やらモデルやらは別として、マネージャーには自分と同等のものを求めるからね」
「はい」
「そのせいで、君は辛い思いをすると思う
 バカにされたり、舐められたり、軽んじられたり、理不尽に怒られたり
 はっきり言わなくても態度に滲み出てたり、ちゃんと話を聞かせてもらえなかったり」
「はい、覚悟してます」
「どうしても無理だと思ったら言って
 けど、もし可能ならば頑張ってほしい
 最初は君に、珪の機嫌だけ取ってればいいとか言ったけど、今や君が珪の正式なマネージャーだ
 君がいるから今の珪があると思う
 オレも社長もそう思ってるから、君以外に珪のマネージャーなんて考えられなくなってるんだ」
「はい、ありがとうございます、頑張ります」

プロデューサーとこんな話をしたのは映画の撮影が始まった頃
彼の言葉はにとって、とても嬉しいものだった
いつも、こんな働きでいいのだろうかとか
ちゃんとマネージャーの仕事ができているのだろうかとか
そういう心配をしていた
珪を想って動いているけれど、今までのマネージャーの半分も仕事ができてないんじゃないかと不安になることも多かったから
だから認められて、褒められるのは本当に嬉しくて
その時に、どんなに辛くても頑張ろうと心に誓った
だからこの程度、何でもない

「こっちとしては今回の握手会も結構大きくやるわけよ
 それを子供一人よこされて話するっていうのもアレだし、また日を改めて来てくれないかな」
プロデューサーも一緒に、と
一人が言いにくそうに、だがどこかを見下すような口調で言った
それには内心苦笑する
こんな風に、お前じゃ話にならないと言われるのも
こんな子供に何ができると思われるのも、言われるのも
だけが打ち合わせに来ることによって、向こうはどこかバカにされたような、軽んじられたような気持ちになるのだろうと理解できるから
だからはいつも笑顔でこう言う
「わかりました、帰って上にそう伝えます」
素直に従い、相手の機嫌とプライドを損ねないようにし、
時にはプロデューサーの名前を出し相手を納得させる
そして後日、プロデューサーの名前で連絡を入れて話を進める
書類を作っているのも、スケジュールの調整をしているのも、どの仕事を受けるべきかを判断し珪を説得しているのもなのだけれど
うわべだけは、プロデューサーがやっているように見せかけて、相手を騙す
それで納得してもらう

今日も、そのつもりでそう言った
なのに

「ここのスタッフって上から発言多いって聞いたけど、本当なんだなー」
「また日を改めてって何様だよ
 こっちはそんな暇じゃねぇよって言ってやれよ」
「そうそう、そもそも握手会に来てほしいなら頭低くして頼めっての
 んなモンたいしたギャラも出ないのに体あけて、笑顔振りまいて、出てる方がどんだけ大変かわかってんのかって言いたくなるな」
「さっきの台詞、大御所俳優相手に言ってみろっての
相手見て態度変えるなんて人間小さいよ」
「相手子供だからって何が不満なわけ?
 きっちり仕事してんだったらいいだろ、いくつだって」
「何なら断ってやれよ、オマエ
 こんな無礼なスタッフのいるドラマに、ウチの俳優は出せませんってな」

突然、ドアが開いて 部屋にわらわらと何人もの男達が入ってきた
皆して、の向かいに座っているスタッフを相手に言いたい放題
その様子に、も、スタッフも唖然とした
そして、言葉もなくただただその、突然現れた男達を見つめた

「オレならそう言うな
 こっちがちゃんと打ち合わせに出向いてんのに、日を改めろ、オマエじゃダメだぁ?
 ふざけてんのか、ナメやがって」
一人が、を振り返って言った
その声、その顔、見覚えがある
どこで、と
考える前に、あっ、と
彼の方が声を上げた
「オマエ、この間ビリヤードで会った奴だろ」
「え・・・っ」
あの暗いビリヤード場で会った人?
ぶつかってきて、を女じゃないかと疑ったあの人?
もう二度と会わないと思っていたのに

「あの時はゴメンな?
 あとで背中痛くならなかったか?
 名前も言わないで行くからお詫びもできなくてオレ、最近オマエのことばっかり考えてたよ」

彼は言って、先ほどまでスタッフに向けていた剣幕はどこへやったのか、ニコっと笑った
側で、なんだあの時の子?と他の男達が面白そうに言う
「オマエここにいるってことはドラマ出演者のマネージャーなんだよな
 奇遇だなぁ、オレたちはそのドラマの主題歌を歌うことになってんだ」
3時から打ち合わせ、と
時計を指す指を見ながら はようやく事体を理解しだした
もう二度と会わないだろうと思っていたのに、こんなところで会うなんて
そして相手がキッチリ自分のことを覚えていたなんて
一瞬動揺した
しかし、仕事場では逃げることもできないし 何より今回の仕事の関係者ときたらどうしようもない
関わらないようにするにも、しょっぱなからもうこんなにも、関わってしまっている
無視できないほどに
なぜか彼らが自分の肩を持つという方向で、スタッフを相手にまるで喧嘩腰だ
「君たちの打ち合わせは後だ、もう少し外で待っててくれ」
突然出てきた男たちに責められたスタッフは、怒りを顔に滲ませながら立ち上がって言った
「約束は3時でしょ?もう20分も過ぎてますけど?」
「オレたちも忙しいんですよね
 アンタたち、これが大御所俳優なら待たせたりしないでしょ」
「なんだかんだ言ってナメてんの?
 オレ達のこと、たいした人気もないのに使ってやってるとか思ってるわけ?」
男達の遠慮のない言葉に、スタッフは黙った
二人して、ぷるぷるとどこか震えている
「あの、すいません
 おれの打ち合わせはもう終りましたから、どうぞ」
どうしたらこの場から逃げられるのか
この険悪な空気を終らせられるのか
考えながらは言うと、立ち上がった
もらった握手会のスケジュールを持って、いつものハキハキとしたマネージャーの顔を作る
「上に話をしておきます
 葉月の参加可能なスケジュールについては、今週中にはご連絡しますので」
そして、誰の止める間もなく一礼して部屋を出ていった
何が何だかまだ、混乱している
これから彼らに対してどう対処したらいいのか、わからない

廊下に立ち尽くして頭を整理していたのところに、男が追いかけてきた
ぎょっとして思わず逃げ出しそうになるのを堪えて、対峙する
今さらもうどうしようもないのだけれど、帽子のつばを引いて顔が見えにくくした
「打ち合わせ・・・あるんですよね?」
「オマエ、名前は?」
二人、話がかみ合わない
ビリヤード場のときから思っていたけれど、この人は自分のペースを絶対に崩さないから話しづらい
「・・・白川です」
「白川?さっき葉月って言ってたよな
 葉月珪のマネージャー?」
「はい」
「ビリヤード場にいたのも葉月珪?」
その言葉には答えなかった
黙ったに、彼は笑う
そして、一気に喋りだした
「オレはエイジ
 さっきのメンバーとバンドやってて、オレがリーダー
 デビューしたばっかでオレの父親が大御所俳優で このドラマの主役の上司として出てんだ
だから主題歌にって採用された
 周りからはコネコネって言われてるけど、まぁコネでも何でもチャンス掴んだモン勝ちと思って受けたわけ
 そしたら、扱い酷くてさ
 オレ達マネージャーいないから、自分達で色々話聞くんだけど、これがもう
 打ち合わせで呼んどいたくせに前の打ち合わせが終ってないから待っとけだの
 会わせるはずの俳優がドタキャンしたから今日はヤメだの
 いいかげん腹立ってたところに、オマエとの会話が聞えてきてさー
 思わず全員で怒鳴り込んじゃったわけ
 ほんと、相手見て態度変えるスタッフって最低だよな
 マイナーでも仕事相手だろ、誰が欠けても完成しないんだからちゃんと敬意払って相手しろと言いたいわけよ」
まるでマシンガン
止める間も、言葉を挟む間も与えられず にはただ聞いているだけしかできない
エイジの気が済むまでつきあわなければならないのかと思いながら、は相手の顔を見つめた
は珪にしか興味がないから、若い歌手をあまり知らない
俳優なら演技を注目するからよく知っているけれど、バンドにはかなり疎かった
だから、彼らを雑誌やテレビで見たことがない
そのせいでビリヤード場で気付けなかったし、まさかこんなところで会うなんて想像もしていなかった
知っていれば、もう少し警戒したのに
ドラマの主題歌を歌うバンドについて書類を見たとき、ビンと来たかもしれないのに
「ここで会えたってことはオレたち運命繋がってんだよ
 だからさ、こないだのお詫びも兼ねて 今度メシでも食いに行かね?」
それが本題なのか、
エイジは言うとニコっと笑った
人好きのする笑顔だ
明るくて、よく話す社交的な人
顔も整っているから、ファンもそれなりにいるのだと思う
が、には全く興味が沸かなかった
というよりかは、仕事以外で他人と一緒にいるなんてごめんだった
側にいればいるほど、自分が女だとバレてしまう確率が上がる
「すいませんけど、結構です
 あの時のことは忘れてください、気にしてませんし怪我もしてませんから」
そう言って、その場から立ち去ろうとした
なのに、エイジは両手を広げて通せんぼ
「アンタ・・・子供か」
「オレさぁ、あの日からオマエのことばっかり考えてるんだよな」
「もう考えなくていいですから」
「これってさ、恋だと思うんだわ」
「おれは男だって言いましたけど?」
は内心ドキドキしながらも、必死で相手を睨みつけた
早く立ち去りたい
エイジの考えていることがよくわからない
冗談なのか、
それともをやはり女だと疑っているのか
ともかく、一緒にいるのはヤバイと思った
そろそろ珪の顔合わせも終るから、さっさと事務所に引き上げるのが吉だと思った、その時
「シロ・・・」
珪の声がして、は内心ホっとした
珪が終ったなら、ここにいる理由はない
強引にでも逃げてしまえばいい
「葉月さん、終ったんですね」
振り返ったら、珪が怪訝そうな顔でとエイジを見ていた
「そいつ、誰だ・・・」
「主題歌を歌うバンドの方です」
「どうもっ、エイジです、宜しく葉月クン」
エイジがまた、軽いノリで言ったのに 珪は返事をしなかった
多分、ビリヤード場で会った男のことなど覚えてないのだろうと思う
珪は他人に興味を示さないから
未だにクラスメイトの顔さえよく覚えてないと言っているし
「すいませんけど、おれ、ここで失礼します」
は、言って珪の方へ駆け出した
エイジが通せんぼをしているのとは反対だから、簡単に逃げられると思った
なのに
「待てってば」
腕を掴まれる
それで、動けなくなった
ドクン、ドクンと恐怖みたいな感情が沸き起こってくる
触られたくない、バレてしまう
男の服を着ていても、触られれば中身が女だとバレてしまうかもしれない
「離せよっ」
乱暴に、その手を振り払おうとした
だが、強い力で掴まれた手は離れない
仕方なく相手を睨みつける
そうしたら、エイジは困ったみたいな顔をして、ゆっくりと言った
「言っただろ、オマエを好きになっちゃったんだよ、オレ」
その言葉に、こちらに歩いてきた珪が動きを止めた
もポカンとして、相手を凝視する
この後に及んでまだ冗談を言っているようには思えなかった
それに、彼の目はどこか真剣だ
だが、だとしたら今のはどういう意味だ
やはり彼には、が女だとバレてしまっているのだろうか
「離せ・・・」
混乱して動けなくなっているの側まで珪が来た
エイジが掴んだままの手を強引に離させると、珪はの身体を庇うように、二人の間に立つ
それに、ドキとした
今までとは違う意味で
自分を守るように立つ珪の背中に、近さに、シロの仮面が外れそうになるのを必死に堪えた
「シロは俺のだ
 おまえには渡せない」
珪は一言、そう言った
冷たいような、落ち着いた声だった
「いや、俺のって言ったって、葉月クンのはマネージャーっていう意味でだろ?
 オレのは恋に落ちたって言ってんの
 そんなの相手が誰のマネージャーだろーが勝手だろ」
今度は珪とエイジが睨みあった
言葉少ない珪に対して、エイジはまたマシンガンのごとく言葉を続ける
「オレ、本当にオマエと会ったときからずっと気になって気になって仕方なかったんだ
 で、考えたわけよ
 たとえホモでもいい
 もし今度会えたら絶対、絶対オマエに告白するって」
エイジの言葉に、は初めポカンとして、次に複雑な気持ちになった
今の言葉が本気だとしたら、彼は一応、のことを男だと思っていてくれているということか
その上で、男同士でもいいから好きだと言っているのか
こんな自分に
たった一度ぶつかっただけの、中身を何も知らない自分なんかに
「おれはホモは嫌です」
は、そう言うと珪の腕を取った
「葉月さん、次の仕事があるんで行きましょう」
そうして、強引に引っ張ると まだ何か言いたそうな珪がしぶしぶ足を動かした
そのまま、走るように廊下を抜ける
そして、出口まできてようやく、ようやく大きく息を吐いた

「すいません・・・あの人ビリヤード場で会った人みたいで」
「ああ・・・覚えてる・・・」
「えっ、覚えてるんですか?」
「お前に触った奴は皆、覚えてる・・・」
事務所からの迎えの車の中で、珪は不機嫌そうにずっと窓の外を見ていた
「主題歌を歌うってことは、撮影では一緒にならないと思うんで、今後はずっと避けて接触しないようにします」
「・・・ああ・・・」
は、不機嫌な珪に困って俯いた
自分がしっかりしないから、あんな風に絡まれるのだ
それで珪を不機嫌にしてしまっては、マネージャー失格だ
珪が気持ちよく仕事ができるようにしなければいけないのに
「本当にすいません・・・」
しゅんとして、俯いたに珪が大きく溜息をついた
そして窓の外を見たまま一言
「シロは俺だけのために存在してるんだ
それを勝手に好きになられると腹が立つ・・・」
そういった後はただ、もう無言
も、どう答えていいのかわからずに 俯いた
不安のようなものが、心に広がっていくのを感じた

女の子お絵かき掲示板ナスカiPhone修理