二人の時間 (葉月×主2)




ある日、珪の携帯が壊れた
教室でカバンから教科書を取り出したときに転がり落ちて電源が落ち
それっきり、どのボタンを押しても復帰しなかった
「・・・壊れた・・・」
「えー、困るよね携帯壊れたら
 今日学校の帰りに買いに行こうよ、一緒に選んであげるよぉ」
電源のつかない携帯を片手に呟いた珪に、後ろの席から身を乗り出してが言う
どこか嬉しそうなその様子に、珪は心の中で苦笑した
「・・・いい・・・」
「でも早く買わないとと電話もできないから、寂しいよぉ」
「これ仕事用の方・・・
 お前に教えてるほうは生きてる・・・」
珪は言いながら、壊れた仕事用の携帯をカバンに戻した
珪からしたら、仕事用の方がよく使うから早めに買いなおさなければならないのだけれど、
そんなことのためにと一緒にでかけるのは嫌だった
仕事用の携帯なら、を誘ったってかまわないはずだ

その日の放課後、一度家に戻ってシロの服を着てきたと待ち合わせして 珪は駅前のショップで新しい携帯を買った
「色は白がいい・・・」
珪の希望はそれだけだったから 機能を見て、結局が選んだ
「使い方がよくわからない・・・」
「そのうち慣れますよ
 直近のスケジュールメール、入れなおしておきますね」
「ああ・・・わるい・・・」
いーえ、と
は笑って言い 珪も新しい携帯をポケットに突っ込んでショップを出た
そのまま何となく、二人で公園の方へ歩いていく
「葉月さん、ドラマの台詞覚えました?」
「覚えた・・・」
「じゃあ来週くらいから ちょっと役作りしていきましょうね」
「・・・ああ、お手柔らかに・・・」
「イメージが葉月さんにぴったりの役だから、大丈夫だと思いますよ
 台詞も少ないし、いるだけでOKって感じです」
「・・・けど・・・台詞が・・・」
「それも、練習すれば大丈夫ですよ」
二人、仕事の時はいつも一緒にいるのに、それでも話題はつきない
や他の人間なら、話していても面白くなかったり
話題が合わなかったり、返事をするのが面倒になってしまうというのに
シロはポンポン話しかけてくるし、珪もシロ相手だと、相手だと自然に話が続けられる
「あ・・・クレープ・・・」
「え?」
「お前、好きか・・・?」
「好きですけど」
公園に入ると、二人は小学生の集団とすれ違った
通り過ぎたその子たちが皆、手に手にクレープを持ってるのを珪が指差す
「急に食べたくなった・・・」
「買ってきましょうか?」
「・・・お前のも買ってやる・・・」
マネージャーモードになったに、珪は苦笑してそう言った
仕事の時、は本当に珪のために色んなことをしてくれる
それこそ至れり尽くせり
今はシロになってもらっているけれど、仕事中というわけではないからこんな風に尽くさなくていいのに
パシリみたいなことしなくていいのに
「おまえ・・・何味が好きなんだ・・・?」
「おれはチョコカスタード」
「・・・ものすごく・・・甘そうだな・・・」
クレープカーの前で珪はのと、自分のを買って チョコカスタードをに渡した
「いいんですか?」
「いい・・・俺が食べたくなったのにつき合わせてるから・・・」
「ありがとうございます、じゃ、お言葉に甘えて」
ぱく、
がクレープを口に運んで、うまーい、と笑った
本当に男の子みたいだ
男の子にしては、今の姿は可愛すぎるかもしれないけど
「ここのクレープおいしいですよね」
「食べたことあるのか・・・?」
「前に一回だけ」
ちょっとだけ複雑な顔をしたに、珪はふーんと相槌を打って
その後自分のクレープを口にした
珪はチョコカスタードなんて甘すぎるものは好きではないけれど、それでもたまにクレープとかアイスとか、そんなものが食べたくなる
今日の気分はブルーベリー
色がなんとなく綺麗だったから選んだものだったけど、食べてみたら少しすっぱくて美味しかった
「ブルーベリーって、どんな味がするんですか?」
「ブルーベリーの味・・・」
珪の答えに、がそりゃそうですけど、と不満そうに言った
それが可愛くて
なんだか、二人でこんなところでクレープなんかを食べているのが急に可笑しくなって
珪は笑った
そして自分のクレープをに差し出す
「食べてみろよ、どんな味か・・・」
「・・・・・」
一瞬のためらい
だが、は じゃあ、と言って珪の差し出したクレープをパクと口にした
そして、もぐもぐとした後
「すっぱ・・・っ」
ぎゅう、と目を閉じてそう言って、それから情けない顔で珪を見上げた
「すっぱいですね」
「・・・それの後に食べたらな・・・」
の手にしているチョコカスタード
この店のクレープの中で一番甘いんじゃないかと思わせるもの
「そっか、前食べたイチゴのもちょっとすっぱかったし・・・
 フルーツ系はすっぱいんだ」
口なおし、といわんばかりに 自分のクレープを口に運んだに 珪は苦笑した
覚えておこう、はクレープは甘いのが好き
すっぱいのは苦手
が珪のマネージャーになってそろそろ半年
は珪の好みをほとんど覚えてしまっていて、あれは好き、これは嫌い
特にこだわりのないものや、自分でも気付かなかった妙なこだわりがあるもの
そんなのをシッカリ頭に入れて、日々珪に接してくれる
そして、珪の仕事での時間が快適であるよう心がけてくれている
自分も、少しくらいはの好みを知りたいと思った
たとえばこんな風に、二人で過ごしている時に の心地いいようにしてあげられたらと思うから
の好きなものを、さりげなく渡してあげられたらと思うから
「暗くなってきましたね」
「帰ろうか・・・」
「はい」
クレープカーも店をたたんで公園を出ていった
あたりはそろそろ薄暗くなってきている
「クレープ、ご馳走様でした」
笑ったに、珪は短く返事をした
満たされている
が側にいてくれることに
仕事じゃないのに、つきあってくれて
用事が済んでも、ここにいてくれて
自然体でいられて、穏やかでいられて、話はつきなくて、つまらなくない
このままずっと一緒にいたいと思ってしまう
「シロ」
「はい?」
「次の日曜、久しぶりのオフだから・・・」
「あ、はい、そうですね」
「思いっきり遊びたい・・・」
「遊んでください」
「おまえと・・・」
「え・・・、おれとですか?!」
の驚いたような顔を見ながら、断られるかなと思ったけど
は顔を赤くして、それから おれでよければと小さな声で言った
とシロがブレてる・・・)
最初の頃、まだシロという役に慣れていなかった頃 はこうしてシロとの間を彷徨っているような顔をする時があった
驚いたり、動揺したり、油断したりした時とか特に
最近はもう、そんなこともなくて
あまりにも自然に、当然のようにシロとして側にいてくれるから
という女の子がいなくなって、シロという男の子だけが残ったのかと思ってしまうこともあるのだけれど
「どこ行きたい・・・?」
「葉月さんの好きなとこでいいですよ
 葉月さんが気分転換できなきゃ意味ないですから」
次のオフはずっと先ですからね、と
照れ隠しなのか、視線を逸らしたまま言ったに 珪は笑った
安心する
こうして、頬を染めて とシロの間を彷徨っているのを見たら
意地悪をして、シロを演じているから、素の女の子を引っ張り出してみたくなる
誰も見ていない、こんな時には特に
がシロでいる必要のない、今みたいな時は特に
「じゃあ考えとく・・・」
珪の言葉に ははい、と言って ようやく珪を見た
まだ少し頬が赤いけれど、いつもの調子を取り戻しつつある
いつか、シロではなく素のとも、こんな風に話せる日が来るだろうか
男の子のフリをしているのではなく、本当の姿の
何の役も演じていない、「」という女の子
その側にいられる日が来るだろうか
今のように、二人笑って向かい合える日が来ればいいのに
「じゃ、帰りましょーか
 今日は宿題もいっぱい出ましたし」
「そんなのもう終った・・・」
「え?!いつやったんですか?」
「授業中・・・」
ずるーい、とが不満みたいな声を出す
それが可愛くて、珪はまた笑った
といると自分はよく笑う
あの雑誌の表紙を飾った笑顔を、モデル仲間の誰かが奇跡の1枚だと言っていたけれど
もしかしたら自分は、といる時はあんな風に無邪気な顔で笑っているのかもしれない

次の日、遅刻ギリギリに教室に入った珪は 自分の席で俯いているに違和感を覚えた
いつも、は大抵こうしておとなしく席についている
特に何をするでもなくボンヤリしていたり、隣の子と話していたり、本を読んでいたりするのだけれど
「おはよう・・・南・・・」
自分の席にいくまでにの席の横を通るから、珪はいつも朝、こうやってに声をかける
教室では相変わらず挨拶くらいしかできないし、話をする機会もない二人だったけれど
「あ・・・おはよう、葉月くん・・・」
珪の声に弾かれるようにが顔を上げた
その目が不安に揺れてるのを見て、ざわと何か胸騒ぎがする
どうしたのだろう、何かあったのか
思って、立ち止まり、そう聞こうとした
そこに、がやってきてグイと珪の腕を引いた
「葉月くんっ、おはよぉー」
「ああ・・・おはよう・・・」
「今日は遅かったんだね、寝坊?
 やっぱりが毎日迎えに行かないとダメなんじゃないかなぁ?」
猫なで声
可愛い声なのかもしれないけれど、珪はちょっと苦手だった
甘えているのはわかるのだけれど、今日は寝坊してまだ頭が起きていないし
今はの様子がおかしいのが気になってにかまっている余裕がない
「ねぇねぇ、昨日、携帯買ったんでしょ?
 新しいの見せて見せて」
そんな心ここにあらずな珪を、ぐいぐいと席までひっぱっていって、は言った
「昨日ね、偶然ね、も携帯屋さんの近くにいてねっ、葉月くんのこと見かけたの」
無理矢理イスに座らされて、珪はの後姿を見た
ああもしかして、この話
に昨日見られたという話を気にしているのかもしれない
パレたらどうしようと
昨日と珪が一緒にいたとにバレたらどうしようと
あの不安そうな目は、そういう種類のものか
のこの様子だと、珪が来る前もこんな風に昨日見たことを話していたのだろうし
「ねぇねぇ、一緒にいた子だぁれ?
 も葉月くんと一緒に新しい携帯選びたかったなぁ」
の言葉に珪はカバンを机の上に置いた
あと5分で授業が始まる
ということはあと5分、の相手をしなければならないということだ
「俺のマネージャー・・・」
珪は、短く答えた
「えー嘘だぁ
 同じくらいか年下くらいの子だったよー」
「あれが俺のマネージャー・・・」
「じゃあ私に葉月くんと付き合ってるの秘密にしろって言った人は?」
「事務所の偉い人・・・」
「そうなの?
 私、あの人が葉月くんのマネージャーだと思ってた」
が、周りで興味深そうに聞いていた女の子達に、自慢気に話しだす
昨日見た男の子の様子
前に会った、マネージャーだと思っていた人のこと
そして、ファンが煩いから公表はできないけど、二人の仲は珪の事務所公認なんだということ
「あんな子でマネージャーが務まるの?」
「あいつは特別・・・」
「特別って?」
「あいつじゃなきゃ、俺の側にはいらない・・・」
その言葉に、は不思議そうな顔をして
もっと大人の方が頼りがいがあっていいよ、なんて呟いた
「仕事用の携帯だからマネージャーと一緒に買いに行ったの?
 今度にも紹介してほしいなぁ
 、葉月くんのマネージャーさんにちゃんと挨拶しておきたいよー」
上目遣いにこちらを見上げて言うに、珪は小さく溜息をついた
「必要ないだろ・・・」
「どうして?」
「お前、俺の仕事に何の関係もないだろ・・・」
今の珪にとって、仕事はとの距離が縮まる大切なものだ
ただ流されてモデルをしていたあの頃とは確実に違う
演じることも、求められる表情を作ることも、期待に応えることも簡単ではなかったけれど
だけど、やればが喜んでくれて
いつもが側にいてくれる
たとえ、「シロ」という名の役で、でも
全てが全て、演技でも
その時ばかりは珪のことを、一番大事な人だと言ってくれる
珪のためだけに、そこに存在してくれる
「仕事のことに首つっこんでくるな・・・」
迷惑だ、と
言って珪はもう一度 溜息をついた
人を傷つける言葉、なるべく言わないように気をつけているけれど
と再会して、
を好きになって、
に避けられて、
それでもを忘れられなくて、
想いの痛みを知ったから、
恋の辛さを知ったから、
だからなるべく自分に関わる人を、
自分を好きだと言ってくれる人を傷つけないように、大切にしようと思うようになったのだけど
(一線を越えるなら別だ・・・)
珪の今、最も大切にしているもの
との時間=仕事
それに踏み込もうとする人は、誰だって優しくなんかしてやれない

「あっ、どこ行くの葉月くん・・・っ」
「さぼる・・・」

一気にやる気を失って、珪は立ち上がると昨日新しく買った携帯だけ持って教室を出た
そのまま、真っ直ぐに裏庭へと向う
そして、いつも猫のたまり場になってる日当たりのいい木の下に落ち着いて ようやく
ようやく息苦しさから解放された

「迂闊でした
 クラスメイトが近くで見たらきっとバレてしまうので、これからはなるべく外で会わないようにしましょう」
しばらくして届いたからのメールには、予想された言葉が書いてあった
言うと思った
珪のマネージャーが実はだとか、実は女の子だとか
そういうのがバレないようにと事務所からきつく言われている
仕事の時は密閉されたスタジオとか、遠いロケ地とか
学校生活とは違う場所にいるから、心配していなかったけれど
(俺は嫌だ・・・)
珪は真新しい携帯で返信を打った
「俺はバレてもかまわない
 おまえがそんなこと言うなら、いっそバラす」
まるで脅しみたいな言葉
自分でも、子供っぽいとわかっているけど どうしてもどうしても嫌だった
こんなに近くにいてくれるを失うのも
煩い他人のせいで、自由に好きなように行動できないのも
「ワガママ言わないでください
 バラしても葉月さんにいいことなんて一つもないんですから」
「おまえと一緒にいるのに、誰にも遠慮なんかしたくない
 だから次のオフの約束も、なかったことにはしない」
珪が返したメールに、から返信はなかった
観念したのか、諦めたのか
それとも、怒って携帯を閉じてしまったのか
珪は静かな裏庭で一人、溜息をついて目を閉じた
世界に自分としかいなければ、こんな煩わしいことで悩まなくてもいいのにと思った

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