揺れる (葉月×主2)




次の日、は朝から全身が筋肉痛だと言ってフラフラしていた
昨日、崖を上り下りしたのだから当たり前だと思う
雨と風の中、いくら安全が確認されているからって
いくら他に手がないからって
が怪我した役者の代わりに あんな危ないことをしたということ
珪は本当に心配した
なのに、当のはどこか楽しそうで
台本に書いてあるとおりの演技をしてみせた
崖を上りきって珪の手を掴んだときの顔、今も脳裏に焼きついている
あの笑顔
安心したような無邪気な、
やり遂げたような誇らしげな、
珪を、ロミオを大切に思う敬愛のような、
そんな笑顔だった
あの時珪は、魅きこまれて、捕らわれて、息ができなかった

そうだ、この感覚
舞台の上のに、自分はこんな風に捕らわれていた

今日は雨は上がって、昨日怪我した役者も病院から帰ってきて
晴れた空の下 決闘のシーンとか
仲間とのやりとりとか
そんなのを撮った
そうしながらも、どこか上の空になっていく
いつものように、珪の衣装や小道具に気をつかいながら
飲み物を用意したり、台本の確認をしてくれたり
そんな風にマネージャーとして働くの様子が気になって仕方がなかった
昨日ので、思い出してしまった
は元々は役者を目指していたんだということ
なぜか突然やめると言ったから、珪がマネージャーにと望んだけれど
本当は、こんなところで裏方に回っているような存在ではない
監督も、カメラマンも絶賛だった
あんな演技が、急に求められてできるのだから
(舞台の上のお前を・・・もう一度みたい・・・)
昨日は、震えて思わず
思わず人前で抱きしめてしまった
は冷静で、シロのまま、大丈夫だと笑っていたけれど
あの時の珪は、もう二度とこんなことはするなと
演技なんてしなくていいから、代役なんてやらなくていいからと
そう思っていた
安全なところへ、
テントの中とか、傘の下とか
そういうところにいて、見てるだけでいいからと思ったけれど
(・・・は、多分・・・楽しかったんだ・・・)
ふいにやれと言われた代役が
危険で、難しい撮影だったのに、全然怖がってなかった
むしろ、いい緊張感をもって挑んでいたように見えた
あの時のように
唯一舞台裏のを知った、ヘレンケラーのときのように

に、自分のマネージャーなんかさせていていいのか

その思いは、珪を悩ませた
側にいてほしい
マネージャーでなくなったら、と珪はただのクラスメイトに戻ってしまう
今は少し話せるけれど、はシロでないときは あまり自分と目を合わせない
怖いのか、何なのか
こんなに側にいるのに、ぎこちない
自分がにしたことを考えれば そういう態度でも仕方がないと思うけれど

この関係を失いたくない

その想いは切実だった
シロは身近だ
葉月珪を好きだと言ってくれる
あなたのためにここにいると言ってくれる
何でもすると言ってくれる
そうして、笑ってくれる
珪のために、存在してくれる
(それがたとえ、演技でも・・・)
たとえ、そういう設定の役を演じているからであっても
の本心ではないのだとしても
まるで甘いその関係は、どうしても、どうしても失いたくなかった
それで、珪は揺れている
朝からグラグラと、余計なことばかり考えて集中できない

「葉月さん、調子悪いですか?」
最初の休憩の時、が心配そうに声をかけてきた
監督からはOKが出たけど、にはわかるのだろう
集中してないこと
どこかうわのそらなこと
「別に・・・」
「だったら集中してください
 そんなボーっとしてたら怪我します」
「・・・わかってる・・・」
ほんとですか?と言いながら弁当を差し出してきたに 珪は溜息をついた
弁当が配られているということは、もう昼なのか
考えごとをしすぎて、午前中の撮影の記憶があまりない
「葉月さん、ほんとに具合悪くないですか?」
「ない・・・」
「じゃあ何か考え事でもしてます?」
「・・・・・おまえのこと」
そう言って、驚いたように自分を見たを見つめ返した
のことばかり
頭の中も、心の中も、全部
のことで埋め尽くされている
「おれのこと・・・ですか?
 筋肉痛を心配してくれてるとか?」
「・・・茶化すなよ」
「葉月さん、何考えてるのか知りませんけど」
「おまえを、放したくないと思ってるんだ・・・」
「どういう意味ですか?」
「ずっと側にいてほしいと思ってる・・・」
「いますよ、そういう契約じゃないですか」
何言ってるんですか、と
言いながら笑って、はコーヒーを煎れた
側でやりとりを聞いていたスタッフが 仲いいねぇと冷やかしてくる
「別に取りゃせんよ?
 シロちゃんも、うちのスタッフにはならないって言ってたし」
「そうそう、こんなできたマネージャーはめったにいないから、しっかり捕まえておかないとな」
「まぁ危機感持つのは悪くないけどな」
監督の言葉に皆が笑った
は、他の人にもコーヒーを配りに珪から離れていく
その後姿が、愛しくて仕方がなかった
離したくなかった
ここにいたらが、演技する世界に戻れないのだとしても
舞台の上のを、もう見れないのだとしても
(放したくない・・・)

その日の撮影は早くに終った
明日は山を下りる
ここでやるべきことは全て済んで、あとはお疲れ会を残すのみ
「俺、パス」
「・・・そう言うと思ってました
 パスでいいですけど、最初の乾杯まではいてください」
「・・・それもパス」
「だめです、葉月さんが主役なんですよ?」
「・・・そうだけど・・・」
部屋で荷物の片付けもせずぼんやりしていた珪は、ドアのところで仁王立ちしているを見遣った
本当に、シロはしっかりしている
あのと同じ人だとは、未だに思えない
「じゃあ・・・最初だけ出るから・・・」
「はい」
「こっちこい・・・」
「・・・?」
が、近づいてきた
夜には片付けてくださいね、なんてマネージャーらしくお小言を言いながら
自分はベッドに座っているから、を見上げる感じ
なんか新鮮だ
そして、はすぐ近くまで来て珪を見た
(シロの時はこんなに近くまで来るのに)
不満がチラと胸をよぎる
しかし、今はそういうことを言うときではない
揺れている、今も
楽しそうに演技した
舞台の上のを好きだったのを思い出した自分に
なのに、こうしてここに繋いでいる現状に
揺れて、どうしていいかわからずに
ただ、それでも離したくないと想っている
だから

「これ・・・おまえにやる」

手にしたペンダントを差し出した
迷って、迷って鳥と花のモチーフを組み合わせたデザインに決めた銀細工
茶色の皮紐を通して、のサイズに合わせた
男の子みたいなシャツを着ているに、似合うようなアクセサリー
こんな自分の側にいてくれるお礼と
自分の作ったものをがつけているという、何か独占欲に似た感情を満たすためのもの
まるで二人が繋がっているかのように、自分も同じモチーフを使った指輪をつけている
「あ・・・りがとうございます・・・」
は、一瞬驚いたように言葉をなくして
それから頬を染めて珪を見た
シロとの間のような、そんな表情
そんな顔したら抱きしめてキスしてしまうと思いながら、珪は堪え
も、なんとかシロを保った
「似合うと思う」
「ありがとうございますっ」
は、受け取ったペンダントをさっそくつけた
首元にシルバー
世界に二つしかない、珪オリジナルのモチーフ
シロの強さと、の可憐さを足したような そんなデザイン
「あれ、葉月さんの・・・も?」
「俺のは指輪、モチーフはおそろいにした・・・」
「え・・・これ・・・もしかして」
「俺が作った・・・」
「えーっ?!
 すごい、売ってるやつかと思いました」
「実はさっきまで磨いてた・・・
 山奥の撮影だから、暇かと思ってたのに結構忙しかったから・・・」
しきりに感心するに、何か照れくさくなって 珪はから視線を外した
歓んでくれた
すぐに身につけてくれた
まるで自己満足のようなプレゼントで、が笑ってくれたのが嬉しい
同じデザインの銀細工が、二人をいつも繋げているようで、誇らしいと思った

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