おまえに (葉月×主2)




を自宅に送り届けた後、珪も自分の家へと戻り ぼんやりとのために買ったアクセサリーの入った袋を見ていた
が自殺未遂に似た事故に合ったのは、一週間ほど前
大事に至らず、入院も必要なく
週1回程度の通院をしているだけで、彼女は元気に学校に来ていた
あまりのショックについ衝動的になって飛び出してしまったんだと彼女は言い、珪に、捨てないでと懇願した
泣かれても、すがられても
の気持ちは重いばかりで、
珪の中でその存在は、どんどん冷めたものになっていくのを感じていたけれど、あんなことをされてそれ以上
別れたいとか、側にいたくないとか
そういうことを言うのはためらわれた
一度別れを告げたんだから、それで終わりだなんて都合のいいことは考えてないけれど
自分には、以外はいらなくて
しか見ていたくなくて
たとえ手に入らない人でも、届かない想いでも
好きでいることを辞めないと決めたから、傷つく覚悟を決めたから
もう珪は迷わなかった
だからに対しても、もはや何の興味も情も抱かない
「彼女」という意味のない地位だけが欲しいのなら、と 今はただ諦めたような気持ちでいる
それでも、がバレンタインにくれたチョコのお礼が他の人と一緒は嫌だと言えば、こうして特別に選ぶくらいには気にかけてしまうのだけれど
(アクセサリーか・・・)
にと買ったのは、が選んだピンク色の石のついたものだった
少し大人っぽいのに、甘くて可憐
最初に見たとき、クラスにいる時のがつけたら似合いそうだと思った
は、自分には似合わないと言っていたけれど
(それは男のフリをしてるからだろ・・・)
最近慣れてきて、男のフリがますます自然になってきたは、今日もジーパンにジャケット
マフラーも黒でスニーカーも黒だった
珪の買ってあげたキャップが射し色の赤
まるでスポーツが得意な少年そのもので、誰もを女の子だなんて気付かない
(だったら・・・)
だったら、そんな男のフリをしているに似合うものを何かあげたいと思った
あの店に売ってないなら、作ればいい
例えば、自分が「シロ」に似合いそうだと思ったモチーフで、飾りで、革紐で
そうしたら、に救われているこの気持ちが、少しは伝わるだろうか
お礼、という名の贈り物をしたいのだと、そういう気持ちが届くだろうか

「シロ」それは、少し気が強いくせに礼儀正しくて
誰より珪を気にかけて、理解して、支えようとしてくれる人
一番近くにいてくれて、一番心配してくれて、一番珪のことを好きでいてくれる
そんな存在
今の珪にはなくてはならない、大切な人

(羽・・・?花・・・?それとも鳥・・・?)
「シロ」である時のを思い浮かべながら、どんなモチーフなら似合うだろうかと考えた
ペンダント?プレスレット?リング?それとももっと別の何か?
考えているとウズウズと、指先がうずくようだった
まだ、の熱が残っている両手の平を見つめて、珪は一人ほくそ笑む
今日、に会えただけで、
とほんの少し時間を共有しただけで、
重苦しかった気分が晴れた
には無理をさせて熱を出させてしまったけれど
それでも、珪はのことで悶々としていた嫌なものをが取り払ってくれたように感じて 嬉しかった
救われた
たまらなくが好きだと、また思った

次の週から珪は映画の撮影に入った
ロケ地は山奥
まだ雪が残っていて、なのに桜が咲いているという不思議な風情のある場所だった
「葉月さん、スタンバイしてください」
「ああ・・・」
珪は主役だったけれど、台詞の一切ない役
ストーリーは、ロミオとジュリエットに似たもので
珪の演じるロミオは言葉を話せないという設定だった
「はー・・・やっぱり綺麗だなー、葉月珪は」
「相手役の女の子より綺麗じゃない?」
「桜のよく似合うこと」
「しかも、思ってたよりいい表情しますね」
撮影は、最初 桜の下で珪ひとりのシーンから始められた
求められるままに動き、表情を作る
そんな珪の様子を見ながら はこみ上げてくる喜びみたいなものをひしひしと感じていた

この映画が公開されたらまた、珪と桜の下で恋に落ちる、そんな夢をみる女の子が増えるだろう

その日、撮影は夕方で終わり 宿では初日の親睦会が行われていた
「俺・・・ちゃんとできてたか・・・?」
「できてましたよ、綺麗でした」
「・・・そうか・・・お前が言うなら・・・あれでいいんだな・・・」
珪とは隣同士に座って、ひそひそと今日の反省会
明日は相手役の女の子との絡みがあるから、人と絡むとぎこちなくなる珪はそちらを心配していて
現場が思ったより寒かったから、珪が体調を壊さないだろうかと はそちらを心配していた
珪にとって初めての映画という長編の動画は、緊張と試行錯誤の連続だった
そして、初日 珪のマネージャーとして見ていただけだったは 少しでも珪のために何ができるかと
そればかり考えていた

そうして春休みいっぱいをかけて、映画の撮影はどんどん進んだ

「シロちゃーん、雪降らし頼む」
「はい」
「メイクっ、葉月のメイク直してっ」
「ちょっとまってください、先にこっちを」
「今すぐっ、誰か手空いてないのかっ」
「あっ、おれやります
 葉月さん、こっち来てください」

この映画の撮影は、主役の珪を長期拘束できないから 春休み中はこの山の中で撮って
新学期が始まったら、休みの日を使ってスタジオで撮ることになっていた
日も残り僅かとなると、スケジュールが押してきて撮影はピリピリしてくる
気が短い監督と、忙しいスタッフ
それを見かねたが、スタッフの仕事をちょっと手伝ったのは撮影開始の3日目だった
それからというもの、やはり気が利いてよく動くを重宝して
監督も、スタッフも
出演者のマネージャーにそんなことをさせるのは間違っているとわかっていつつも、に何かと仕事を頼んでいた
今では重要な背景の、雪降らしまでが手伝ってやっている
「おまえ・・・また働きすぎだろ・E・」
「大丈夫ですよ、このくらいは
 黙って、目とじてください、メイク直しますから」
「・・・・・」
現場はバタバタしている
今はこの映画のメインである、ロミオが毒を飲んだ後のシーンを撮ろうとしているところで
桜の下で倒れているジュリエットの顔色をもっと青白く、
死にゆく珪の血の色を、もっと鮮やかに、と監督から指示があった
メイクさんは二人いたけれど、昨日一人体調不良で倒れて、現在一人
一人では役者全員のメイクに対応しきれず、さっきから見かねたが手伝っている
「監督、このくらいでいいですか?」
「もっと派手にっつってんだろがっ」
「すいません、もっと派手にですね」
周りをびびらす監督の怒声にも、は平気で受け答えをし、
ビクビクしながらジュリエットのメイクを直している本業よりも早く作業を終えた
「シロちゃん、監督怖くない?」
「怖くないですよ
 おれ、所詮お手伝いなんでたいしたことできないの自分でわかってますから、怒られて当然みたいに思ってます」
雪降らしに引っ込んだにスタッフが耳打ちする
こちらも、さっきから雪のタイミングが悪いとどやされっぱなしで空気がビリビリしている
思い通りにいかないと、カメラマンも監督もイライラして口調がきつくなるから こういう現場では怒声や罵詈雑言がビュンビュン飛ぶ
「本番っ、雪っ」
監督の声、シンとする現場
指示に従って はスタッフを手伝って雪を降らす
珪は、桜の下で毒薬の瓶を片手にゆっくりと崩れ倒れていく
(綺麗・・・)
珪は本当に綺麗だった
緑の目が、降る雪を映している
カメラは上から
だから珪はカメラを見ているのだけれど、そこには愛するジュリエットの姿を見ているように感じた
死ぬというのに、
最愛の人を失ったというのに、
最期に珪は、ふわりと笑った

(息・・・止まるかと思った・・・)

監督のカットという声が響いた後も、しばらく現場はシンとしていた
カメラチェックの後、OKが出る
今日の予定はこれで終わりだったから ぞろぞろと役者達は戻っていった
「綺麗だったなー」
「葉月珪って、ただのモデルと思ってたけど 演技できるんだな」
「役にぴったりじゃないか」
「さっきの顔見たか?」
「あれは一瞬みとれたなー」
片付けを手伝いながら はスタッフたちの評価を聞いてたまらなく嬉しくなった
年配の出演者の中には、珪をただ綺麗なだけという人も多くて
だから、映画なんて無理だという陰口も最初の頃はよく聞いた
監督も、正直珪を使うのは会社の命令だからだと言っていたし
だからなのか 珪への当たりは最初冷たいというか、きついというか そんな感じだったのだけど
(今は色んな人が認めてくれてる・・・)
珪が、監督の指示通りに動くたび
求められている表情をしてみせるたび
評価は上がった
ただの、綺麗なだけの人形じゃないんだと、今は誰もが認めている
「シロちゃん、ごめんな、さっきは怒鳴って」
「気にしてませんよ、監督」
「最後の雪、タイミングばっちりだった、助かったよ」
「おかげさまで、少し上手くなった気します」
「その気があるなら俺のとこで雇ってやるぞ?
 お前みたいなのは重宝するから」
「ありがとうございます、でもおれ、葉月珪のマネージャー辞める気ないんです」
「残念だよなー、ほんとマネージャーなんかやってるのもったいないよ」
撮影後はいつも、監督はこんな風にに話しかけてくる
ついヒートアップして怒鳴ったことを謝って、その後必ず自分のとこのスタッフにならないかと誘ってくれる
そのたびに、は笑って言う
葉月珪の側にいたいと
彼のマネージャーとしてここにいるのだと
「シロ・・・俺、先戻ってる・・・」
「あ、待ってください葉月さんっ
 この後インタビューがあるって言ったじゃないですか
 衣装のままでって言われてるので、メイクさんに血だけ取ってもらってココで待っててください」
「・・・そうだった・・・」
片付けながら、珪の面倒を見て
珪のマネジメントをしながら、スタッフを手伝う
そんな風に忙しくしていても、はもうわけがわからなくなることはなかったし
今は、色んなことを頭に入れて行動するのにも、慣れていた
珪は自分のスケジュールを覚える気がないから手がかかったけど
に言われたことはおとなしくやることが多いため、はたから見れば二人はいいコンビに見えたかもしれない

「本当に綺麗ですねー、びっくりしました」
「・・・」
「初主演映画がロミオとジュリエットって、まさにイメージぴったりですよね
 やりがいありますか?
 どんな感じですか?演技をするのって」
「難しい・・・」
「この後監督さんにもお話を聞くんですけど、叱られたりします?」
「・・・する・・・」
「厳しい監督さんで有名ですもんねー、辛くないですか?」
「辛くはない・・・」

相変わらずインタビューは苦手の珪の受け答えを眺めつつ は明日の撮影スケジュールを確認した
明日は崖のシーン
ロミオとその仲間たちが、対立しているグループと、崖の花をどちらが先に取ってこれるか競うシーン
(唯一危険なシーンなんだよね・・・怪我させないようにしないと・・・)
舞台となる崖の下見に行ったとき、ちょっと危ないなと思った
落ちて死ぬような高さではないけれど、怪我はするだろう
打ち所が悪ければ、大怪我になる可能性だってある

「では、最後にファンのみんなにメッセージをお願いします」
インタビューアーの言葉に、は顔を上げた
これが終れば 珪を早めに休ませて、自分も明日に備えようと思った
二人とも若いから何とか保ってはいるが、連日の撮影で身体の疲労はピークに達しているはずだから

「俺を見ててくれ・・・」

珪の、その声はやけに響いた
ドキとする
インタビュアーも動きを止めて、珪の顔をみつめ次の言葉を待った
「俺は、おまえを想って演じる・・・」
その言葉は、熱くも冷たくもなく
ただ淡々とした響きだったけれど、も、インタビュアーもカメラマンも
しばらく言葉もなく、ただ黙って珪を見ていた

あのインタビューが雑誌に載ったら、珪のことが好きな女の子達は心を揺らすだろう
おまえを想って演じるという言葉
たくさんのファンたちは、自分に宛てられたメッセージだと思い ますます珪を好きになるだろう

「お疲れ様でした、葉月さん」
「聞いてた・・・?」
「聞いてましたよ」
「・・・おまえに」
「え・・・?」
「おまえに」

何が、と
聞こうとしたけど、珪は背を向けてさっさと部屋へ向ってしまった
にしか聞えないような小声
言葉が少なすぎて、理解ができない
だけど、ドクドクと心臓が鳴った
胸騒ぎのような、不安のような、動揺のような、
得体の知れない感情が心に広がっていった
けれどそれは、不快ではなかった

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