買い物 (葉月×主人公2)



3月最初の日曜日、の携帯に珪から電話がかかってきた
「どうしたんですか?」
珪が電話をかけてくるということは、マネージャーの「シロ」に用があるということだ
だからは最初から、シロとして電話に出る
今日は朝からちょっと具合が悪かったから、おとなしくベッドに横になっていた
うとうとと眠りかけていた頃だったから、少しだけ変な声になっているかもしれないと思いながら は珪の言葉を待った
電話の向こうで珪は、何やら言いにくそうに黙っている
「葉月さん?」
促すと、小さく溜息
その後、珪はようやく口を開いた
「お前、今日、暇か・・・?」
「何かあったんですか?」
急に撮影が入ったとか、急にうちあわせが入ったとか
そういうことだろうかと、はベッドの脇から仕事用のスケジュール帳を引き寄せた
今日は久しぶりのオフで、次の撮影は水曜日
その次はいよいよ映画の撮影が始まる予定だ
春休み中ずっと、珪は地方の山奥で撮影三昧
「違う・・・暇ならつきあってくれ・・・」
「え?」
「買い物したい・・・」
「買い物?」
「ホワイトデーの」
「ああ、お返しですか?」
そう、と
珪の声を聞きながら、はたしかスタッフやモデル宛には用意したんじゃなかったっけと思った
珪がもらったチョコの集計をしたのは
そして、当然のようにお返しの手配もがやった
数がたくさんだったから、ネットで注文をかけて、それがそろそろ届くはず
手渡しできる相手には珪から手渡ししてもらって、他は郵送するつもりだった
他にホワイトデーをあげる相手と言ったら、誰だろうと
考えて、はふと動きを止めた
さんのかな・・・)
珪がつきあっている女の子は、同じクラスで
先日事故で怪我をしたと聞いた
側にいた珪がつきそって病院へ行ったということくらいは知っているけれど、怪我の具合とか詳しいことはよくわからない
珪は大丈夫だと言っていたから、大事にはならなかったのだろう
「何買ったらいいかわからないから・・・」
「わかりました、駅前のショップでよかったら おれのオススメ教えてあげます」
「助かる・・・」
「いーえ」
待ち合わせの時間を決めて、電話を切るとはベッドから降りた
熱は下がったみたいだから、無理をしなければ買い物するくらい大丈夫だろう
支度をして、いつものキャップを目深にかぶった
シロでいるのも、もう慣れた
今なら寝起きでも、シロとしてすぐに対応できるくらい、この役が身体に染み込んでいる

が待ち合わせの場所につくと もう珪は来ていた
を見つけるなり、悪い、と言った様子はどこか沈んでいるように見える
(今日も・・・元気ないな・・・)
最近の珪はどこかうわの空でいることが多くなった気がする
話しかければ普通に答えるから、気のせいかとも思うのだけれど
(映画の仕事の前だし・・・ストレス、たまってるのかな・・・)
そんなことを考えながら目当ての店に向かいつつ、は珪の様子を注意深く伺った
マネージャーとして、珪が元気がないと とても気になる
どうしたのかと、心配になる

さんなら、これが似合うと思いますけど」
「ああ・・・そうだな、それにする・・・」
店に入って15分ほど品物を見た珪は、結局何を買っていいのかわからずにの勧めたアクセサリーを買った
「あいつが、マネージャーに選ばせたお返しは嫌だって言うから・・・」
「結局、おれが選んじゃいましたけどね」
「あ・・・そうだな・・・」
「でもまぁ、彼女なのに他の人と同じお返しは嫌だっていう気持ち、わかりますし」
「・・・」
珪がレジを済ます間、は久しぶりに来た店内を見渡した
ここのアクセサリーが可愛くて好きで、はよく見にきていた
女の子が好きそうなものばかり置いてある、見ているだけで楽しくなるような場所
最近は忙しくて全然来ていなかったから、店内のレイアウトも商品も少し変わっている
「おまえにも・・・何か買ってやろうか・・・?」
一人になって油断していたに、突然、真後ろから声がかけられて はドキと心臓を鳴らした
レジは混んでいたから まだまだかかると思っていたのに、いつのまにか珪が後ろに立っている
「も、もう終ったんですか?」
「まだ・・・いっぱい並んでるから・・・」
「並んでないと、ずっと混んでますよ」
「お前にも、何か買ってやろうか・・・?」
今日のお礼に、と
もう一度言った珪に、は苦笑した
「おれに似合いそうなのは売ってないですよ
 ここ、女の子用のばっかりですから」
今の自分はシロだ
ジーパン、ジャケット、キャップ、スニーカー
どれも男の子のもので身を固めてる
こんな可愛いものは似合わない
「・・・そうか・・・」
の言葉に珪は小さくつぶやいて、それからまじまじとの顔を見つめた
「あんまり見ないでください」
恥ずかしくなって、ぐいと、キャップのつばを引いた
俯けば、自分より背が高い珪からは、顔を隠せると知っている
側で、あれ葉月珪だという声が聞えたから、早く用事を済ませて店を出たほうがいいかもしれない
「レジ、早くしてきてくださいよ」
「・・・じゃあ・・・」
珪が、また口を開いた
様子を伺うようにそっと顔を上げたら、何かを思いついたような顔で笑った珪と目が合った
ドキとする
久しぶりに見た、笑顔
最近、元気がなかったから
どこか沈んだような目をしていたから
「じゃあ、お前には俺が似合いそうなのを作ってやる」
そう言って珪はスタスタと商品を持ってレジに向かい、残されてはキョトンとしたまま その後姿を視線で追った
作るってどんなのを?と思いつつ
の心は珪の笑顔が見れたことで、晴れやかで温かく、幸せになった

その後、葉月珪のファンという女の子が店にやってきて、レジを済ませたばかりの珪を見つけ悲鳴に近い声を上げた
それで、店内が急に騒然としだす
珪を珪とわかって、そっとしておいてくれた店員や、何人かの客
ヒソヒソと噂するものの、見守っているだけだった客を押しのけて 彼女達は珪につめより サイン、握手と求めてきた
「・・・シロ、逃げるぞ・・・」
「え・・・」
キャーという彼女達の黄色い声につられて、騒ぎがだんだんと大きくなっていく
ここは、逃げるしかないという珪の判断が正しいのかもしれない
あまりに騒がれると、店の人にも迷惑がかかる
「走れ・・・っ」
なんて考えている最中に、珪に手を捕まれては走り出していた
人をすり抜けて店を出る
そのまま、何事かと驚いている通行人の間を駆け抜けて公園の方へと向い、声や足音が追ってこないのを確認して ようやく、
ようやく二人足を止めた
「わ・・・るい・・・、大丈夫か・・・?」
「だ、・・・じょ・・・ぶで・・・っ」
ゼーゼーいってるに、珪が申し訳なさそうに言った
珪は足が速い
に合わせたつもりでも、本調子ではないには辛いスピードだった
息があがって今は、まともに喋る事もできないでいる
「何か買ってくる・・・飲むもの・・・」
「・・・・・」
をベンチに座らせて、珪は遠くに見えている自動販売機に走っていった
気を使わなくてもいいと言おうと思ったけど、息がきれてそれどころではない
そもそも、あの店は結構人気があるから、ああいう騒ぎになることは予想できたのに連れていってしまったのは自分だ
この騒ぎは、気が回らなかった自分が悪い
最近の珪は、前にも増して知名度も露出も増えたから、自分が考えているよりずっとファンは多いんだと 改めて知らされた
外に出るときは、少し変装みたいなものをした方がいいのかもしれない

「そんなこと言ってたら、どこにも行けなくなるだろ・・・」
戻ってきた珪は、先ほどのことを謝ったに冷たいジュースを差し出しながら、拗ねたように言った
「けど、毎回あんな目にあうくらいなら、見つからないように変装したほうがいいですよ」
「ファンには時間と余裕があったら対応するからいい
 今日は・・・邪魔されたくなかったから逃げたけど・・・」
珪は言いながら、自分のジュースを一気に煽る
最近珪がはまってる、グレープ味のジュース
は同じシリーズのアップル味が好きで、それをちゃんと覚えていてくれたのか の手に握られているのはりんごの絵がついた缶だった
「それに変装してたほうが目立つって聞いたぞ・・・」
「変な変装すれば目立ちますけど」
「面倒だから嫌だ・・・」
「結局、面倒くさいんですね」
「ああ・・・」
やれやれと、は呆れてジュースを開けた
珪は本当に面倒臭がりだ
気分屋だし、自分が嫌なことはしたくないという
その性格をマネージャーになってから知ったは、たまに手を焼かされている
珪が乗り気でない撮影を、事務所の都合でどうしても入れなければならないときとか
元々の契約とは違う撮影を急遽行うことになったとき、珪に事情を説明して説得するときとか
「わかりました、無理に変装しろとは言いません」
「誰も俺なんか見てない・・・」
「見てますよ、思いっきり」
珪にはイマイチ自分の人気を理解していないところがあって、今もそんな有名人じゃないとかぼやいている
「散々だったな・・・今日は」
「でもお返し買えたから目的達成じゃないですか」
「ああ・・・悪い、つき合わせて」
「いーえ、マネージャーの務めです」
「・・・サンキュ・・・」
珪は言うと立ち上がった
まだ会ってから30分くらいしか経ってないけれど、すべきことは終ったのだから二人一緒にいる必要はない
珪はこれからと会うのか
それとも、家に帰って電話したりするのか
「・・・じゃ・・・帰り・・・」
も立ち上がった
が、すぐにその身体はフラ、と傾いた
「シロ・・・?」
「あれ、ちょっと・・・フラついて・・・」
ポスン、とまたベンチに座ったの顔を、珪が心配そうに覗き込んできた
「大丈夫です、立ちくらみかな・・・」
珪が手を差し出してきたから、一瞬迷って、その手を取った
引っ張られるように立つ
すると、足元が何かフワフワしたように揺れていて心もとなかった
「おまえ、手が熱い・・・」
「あ、すいません・・・」
「すいませんじゃなくて・・・熱あるのか?」
「・・・・・っ」
自分が体調が悪かったことをすっかり忘れていたは、瞬間言葉に詰まって珪を見た
顔を隠しているキャップが外されると、びゅっと風が髪を撫でていった
「返してください、葉月さん」
「顔、よく見せろ」
珪の手が頬に触れて、その後額に当てられた
ひや、とする冷たい手
気持ちいいと思った瞬間、珪が両手での頬を挟むようにした
「ばか、おまえ熱あるぞ・・・」
「走ったから熱くなってるんですよ」
「嘘つけ、具合悪いなら悪いって言え」
「悪くないです、もう用も済んだし帰りますから」
大丈夫、と
言ったら 不満そうな色をした珪の目が睨みつけるようにを見据えた
「俺に嘘をつくなよ・・・」
「ついてません」
「・・・隠し事をするな・・・」
「してません」
珪の目に負けないように見つめ返したら、珪はもう一度ムっとした顔をして それから小さく溜息をついた
「・・・に戻れ」
「え?」
「シロはもういいから、に戻れよ・・・」
それで、何か魔法が解けたかのように の心臓がドクドク鳴りはじめた
珪に名前を呼ばれると、演技がくずれる
塗り固めたシロという役が、パラパラとめくれてに戻っていってしまう
「ず・・るいよ・・・葉月くん・・・」
あまりの近さに目を合わせられなくなって、は俯いた
「俺、シロには勝てなくても お前には勝てるからな・・・」
わずかだけ、珪が笑う
そして珪はの頬に触れた手を離すと、携帯でタクシーを呼んだ

結局、珪の呼んだタクシーで自宅に戻ってきたは、ベッドに入るなり高熱に倒れた
珪が連れて帰ってくれなかったら、もしかしたら帰る途中で一人、倒れていたかもしれないと思いながら、
水曜の撮影までには何とか治さなければと考えながら、
深い深い眠りに落ちていった

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