痛い (葉月×主2)



珪はぼんやりと、教室の窓から外を見ていた
席替えで、珪の席はの隣になった
どういう操作が裏で行われたのかわからなかったけれど、おかげで毎日がべったりとくっついてきて少々面倒くさい
自分の蒔いた種なのだから仕方ないと思いつつ、
珪には、つきあいはじめて大分たつを 以上に好きになるなんてこと、できなかった
今まで何にも執着することなく生きてきた珪が、唯一だけは辛くても
苦しくても、好きでいたいと思った相手だったから
忘れたくないと、捨てたくないと思ったほどに熱い、熱い想いだから
当然なのかもしれないけれど
を恋人にして、最初の頃はできるかぎり話をしたりメールしたりしていた、
だけど一緒に登校したり、下校したりしても、特別な想いは生まれなかった
(・・・無駄なことは、やめよう・・・)
いつか、以上に好きになって を忘れることができるかもしれないと思っていたけど
もう今や、そんなことはあり得ない
最近は仕事が忙しいのや、「シロ」というが側にいてくれることで多少満たされる喜びに のことなんて忘れていた
そんなのは恋人とはいえない
ずるずると付き合い続けても無駄なだけだし、何よりこんな関係は相手に失礼だ
投げやりになっていたあの頃の自分に苦笑しながら、珪は机の上に乗せた自分の手を見つめた
昨日、の腕をつかんでいた手
その熱が、感触がまだ残っている気がする
(昨日のは・・・お前が悪いんだぞ・・・)
は「シロ」として、
マネージャーの男の子として今、珪の側にいてくれる
弟をモデルにしているというハキハキしているけどちょっと雑な話し方で男を演じているが、たまにふと、女の子を意識させるときがある
突然赤くなったり、俯いたり
不意のことにこちらが驚いて、珪はそんなを見ると気持ちがグラついたり、ザワついたり
押さえている色々なものが溢れてしまいそうで、こぼれてしまいそうで
昨日は、それが、もう、我慢できなかった
本当は、いつも触れたいと思っている
キスしたい
抱きしめたい
少しずつ縮まってきていると錯覚してしまうような距離感が、珪の想いを大きくしていく
いつか想いがに届くのではないかと、淡い期待までしてしまいそうになる
(だから・・・)
シロではなくがそこにいるんだと思ってしまった瞬間、思わず手が伸びていた
ああ、また怯えさせてしまうと心のどこかで思いながらそれでも止められなかった
キスして、抱きしめた
離したくないと思った
この腕の中にずっと、ずっと、捕まえておきたいと思った

「・・・・・・」

小さくつぶやいて、珪は溜息をついた
と別れようと思っている
本当はもっと早く、そうするべきだった
この想いを捨てないと決めたときに
を好きでいることで、傷ついてもいいと覚悟を決めたその時に

「おまたせ、葉月くん」
ぼんやりと窓の外を見ていた珪に声がかかったのは それから30分も後だった
「呼び出してごめん・・・」
「そんなの逆に嬉しいよぉ
 は葉月くんの彼女なのに最近全然かまってくれないし
 どんどん呼び出して、ってこう見えても尽くすタイプなんだよ」
珪の前に立って、は嬉しそうに笑った
心が痛くなる
は悪い子ではなかった、だから嫌いになったわけではない
ただ、あの時
への想いが痛すぎて、自暴自棄になっていた時 たまたま側にいたというだけ
いわば犠牲者だ
全部、珪が悪い
だから、別れを告げることに心が痛んだ
それでも、このままズルズルと、好きでもないのに付き合い続けるほうがもっと酷いと思うから
「別れて欲しいんだ・・・」
そう、言った
一呼吸分、二人は沈黙
その後は一瞬で笑顔を消して 怯えたような表情で珪を見た
「やだ・・・どうして・・・?」
声が震えている
泣くかもしれないと思った
「ごめん・・・お前が悪いんじゃない・・・」
本当に最近の自分は酷かった
メールが来たって面倒だからと返さないこともあったし、デートはもちろん仕事でできなかったし
登下校中も、ろくに話さなかったかもしれない
いつも、珪はのことを考えていて
いつも、は一人で空回りしていた
だからが友達に、自分は葉月珪の彼女だと自慢するのも
席が隣になってからは、必要以上にベタベタしてくるのも、仕方ないと思っていた
そうすることでしか、寂しい心を満たせなかったのだろう
珪の想いが感じられないから
珪が好きだ、愛してると、言ってくれないから
「やだよぉ・・・は葉月くんのこと好きなのに・・・っ」
の顔が歪んでいく
それを見ていたら、ふと昨日のの泣き顔を思い出した
ああまた泣かせてしまったと後悔した、あの冷たい風の何で
やはり触れてはいけなかったと思った、腕の中でぼろぼろと涙をこぼすを見て
・・・葉月くんの彼女でいたいよ
 やだよ、別れるなんて言わないでよ・・・っ」
目の前のは、涙声でそう言った
のこと嫌いになったの?
 、何かした?
 鬱陶しい?あんまりベタベタされるの嫌?
 だったら、メールも我慢するから、デートしてとか言わないからぁ」
とうとう涙がこぼれた
女の子が泣くのは辛い
泣かせているのが自分だから、もっと辛い
溜息をついた
どうして自分は人を傷つけるだけしかできないのか
こんなだから、とも上手くいかないのだ
こうして人を傷つけるから、その罰としてへの想いがこんなにも痛いのか
「ごめん、本当に・・・お前のせいじゃない」
最初から好きではなかったとは言えないから、珪にはどう言うこともできなかった
ただ謝るだけ
泣きやんでくれるのを待つだけ
の嗚咽と、嫌々という声だけが教室に響いた

結局、下校時間のチャイムが鳴ってもは泣き止まなかった
見回りに来た先生が教室のドアを開けたのに 珪は顔を上げ、は弾かれたように走って教室を出ていった
「・・・葉月、君も帰りなさい」
ただ事ならぬ様子に一瞬怯んだ氷室は、だが何も聞かずにそう言って教室の窓を閉め
珪はノロノロと、立ち上がって教室を出た

学校の側の交差点まで来た時、珪はの姿を見つけて足を止めた
信号は赤
二人の間には横断歩道
は向こう側からこちらを見て、顔を歪ませた
「葉月くんがと別れるなら、死ぬからっ」
叫ぶように吐き出した言葉
一瞬、珪には意味がわからなかった
「だから考え直して・・・っ
 、葉月くんの為ならなんだってするからっ」
別れるなんていわないで、と
言ったと思った途端、は駆け出した
珪の方へ、だが二人の間には横断歩道
信号は赤
キキー、というブレーキの音と同時くらいに、誰かの悲鳴が聞えた
まるで身体が凍ったみたいに立ち尽くした珪の前に、止まった2台の車と、中から出てくる運転者
その真ん中に倒れているの姿

何が起こったのか、珪にはしばらく理解できなかった

救急車が来て、を病院へ運ぶのに付き添った珪は、命に別状がないことを知ってようやく、我に返った
それまでは、あまり記憶がない
事故現場に血は流れていなかった
が飛び出したのに気付いた車が止まるほうが早かったのか 軽く当たって倒れただけ
そこへ走ってきた反対車線の車も、慌ててハンドルを切って大事には至らず
の怪我は軽い打撲で済んだ
今は、病室で手当てを受けて眠っていると聞く
「君は帰っていい」
かけつけた両親と、医者と話をしていた氷室が、苦々しい顔をして言った
「あとは私に任せなさい」
「・・・はい・・・」
自分の声じゃないみたいだ
どうやって喋っているのかも、なんだか麻痺してよくわからない
ただ、怖いと思った
自分のしたことで、人が死のうとするほど傷ついたということが、とても、とても怖いと思った

(どうしたらいい・・・)

別れると言ったらまた、は死のうとするだろう
好きじゃなくても、付き合い続けていればいいのか
好きなフリをして、側にいればいいのか
一緒に下校して、メールして、彼女がいるのかと聞かれたときにの名前を言えばいいのか
そうすれば、こんなことにはならないのか
・・・)
震えた
両手を見つめて、それが震えてるのに 今度はなぜか笑いがこみ上げてきた
何でもそつなくこなしてきた
何にも執着しなかった
自分に甘かったから、自分が辛いのや苦しいのは嫌だった
だから、なるべく苦痛の少ないよう生きてきた
フラフラと流されるようにモデルの仕事を初め、ずるずると引き止められるままに続けて
それでついたファンなんて、興味なく
世界にはただ自分しかいなかった
と出合うまでは
の生き方を知るまでは
(・・・どうしろっていうんだ・・・)
前は、人を傷つけたって平気だった
人は人、自分とは違う
自分の言葉で傷ついたって、関係ない
あの頃の自分ならきっと、今回のようなの行動も なんて勝手なんだと不愉快に思っただけだったろう

けれど

(痛い・・・)
今は痛みを知ってしまった
人を好きだと思う切ない気持ちを知ってしまった
だから、どうでもいいとは感じなくなった
あんな行動をとるほど、は珪を想っているということだ
そして、死ぬほどの覚悟をしているということだ
(怖い・・・)
ファンの勢いとか、珪に告白する女の子たちの熱い視線とか
そんな人の強い想いは、強すぎて負担になる
自分はそういうのを気にしないタイプだけれど、
自分のことで精一杯で、周りをあまり見ていないからまだマシだけど
それでも今回目の当たりにした想いの強さは、怖かった
ぞっとする、あまりに一方的すぎて
どうしていいのかわからなくなる、だからこれ以上先に進めないと思った
息苦しさみたいなものがまとわりついてくるのを、感じた

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