もっと (葉月×主2)



バレンタインの日も、珪は撮影だった
オーバーワークにならないよう、は常に珪のスケジュールとにらめっこ
普段の珪の様子から体調を推し量り このくらいの仕事なら大丈夫とか
こっちはハードすぎるとか
そうやって色々とマネジメントしている
今も、新しくきた仕事の一覧を前に、どれを受けてどれを断るか悩んでいたところ
「今年は映画が入ってるから 他にできる仕事っていったら限られるよなー」
「でも映画は夏には終りますから」
「まぁそうなんだけど、次にデカイ仕事ってドラマでしょ?
 それが上手くいけばまた映画とかドラマとかの仕事が増える
 ・・・というか社長がやる気だ
 とかやってるうちに、あっという間に、君たち3年生になっちゃうよ」
「・・・何か問題でも?」
「受験生でしょ、そうそう仕事ばっかりさせてられないって」
の前でプロデューサーが溜息をつくのに、曖昧な笑顔で応えては手元のスケジュール帳に目を戻した
雑誌、写真集、CM、PV、映画、ドラマ、歌手デビュー
今まで露出の少なかった珪がどんどん出るようになってオファーは増える一方
本当は色んなTV番組からのオファーもあったけど、そんなの珪には無理だろうと そこらへんはすぐに断る決断ができるのだが
「歌は、あいつにやる気がないから今のところナシとして
・・・ドラマかー、これはさすがにセリフがあるんだよな」
「葉月さんはセリフは無理って言ってますけどね、頑なに」
「けどこのドラマいいよな
 珪がやれば絶対人気になると思うんだけど」
「でもラブコメは葉月さんのイメージに合わないっていうのが社長のご意見ですよね?」
「そ、社長は珪のクールで美しい王子様なところが好きだからなー」
「それは、葉月さんのファンは大抵みんなそうだと思いますけど」
プロデューサーが、書類をパラパラめくっていく
今、珪にオファーが来ているドラマは3つ
一つは学園モノのラブコメ
もう一つは人気サスペンスシリーズの犯人役
3つ目が医療ものの患者役
「一番ハードルが低いのは患者役かな? 脇役だし」
「出演もレギュラーじゃないので長期間拘束はありませんしね」
も、とりあえず珪の負担を減らすため 初めてのドラマは主役とか犯人なんていうハードルの高いものではないものから、にしたかった
珪はやプロデューサーほど貪欲に仕事をしようという気はないようだったし
それに演技は得意じゃないと常々言っている
(自分で言うほど、悪くないんだけどな・・・)
昔から珪の写真を嫌というほど見てきたにはよくわかる
デビューの頃、その外見の美しさで珪はファンを虜にしていた
綺麗な服を着て、バラや豪奢なセットで飾って 珪の姿が映える写真が何枚も雑誌を飾った
けど、いつからか
珪はなんともいえない切なさや、愛おしさを表現するようになっていった
本人は無意識なのかもしれないけれど
その緑の目がより深く、深く揺れているようで
ああ、この素敵な王子はどんな姫と恋に落ちるのだろうと想像して ファンたちは皆、夢に酔った
いくつか珪の出たCMは、そんな珪が動いている映像が見れるのだからたまらなくて
情景や、相手に語りかけるような珪の仕草に、珪と擬似恋愛に落ちる女の子達はどんどん増えた
「患者かぁ・・・」
台本を読むと、珪の役はドラマの第3回〜5回に出てきて死んでしまう役だった
難病の高校生
主役は医者のタマゴである女性で、彼女の成長に大きく関わる美しい青年、という設定
「セリフは・・・比較的少ないけどな」
「じゃあこれ、何とか出てもらえないか説得します」
は、言うと資料をカバンに突っ込んで立ち上がった
よろしく、とプロデューサーが笑ったのに笑い返して、キャップを深く被りなおすと は珪のいるスタジオに向った

珪の撮影は長引いていた
いつもの雑誌の撮影、だけど今回は相手がいる
そういう時、いつも長引いてしまうのは 珪の協調性が欠けているからか
それとも相手が珪を意識しすぎて、色々とうまくいかなくなるからか
「葉月くん、今日バレンタインでしょ?
 私、手作りチョコ持ってきたんです、あとで貰ってくださいね」
「私も、すごく美味しいお店のチョコ、葉月くんは特別だから頑張ってゲットしたんだよ」
綺麗なドレスを着た女の子達がソファに座っている珪のまわりにはべっている
外は冬だけど、このスタジオは夏みたい
女の子達のドレスはみんな涼しげで、季節や流行を先取りする雑誌は常に 季節を早足でかけていく
「じゃあ次、ピアノのとこいってみようか」
「はぁーい」
女の子達の甘えたような声
小道具を持ち直したり、鏡を見て髪型を直したりしながらモデル達はカメラマンの言う通り 今度はピアノの側に並んだ
「葉月くんは座って鍵盤に指おいて」
「・・・はい」
珪も指示通りピアノの椅子を引いて 鍵盤に両手を乗せた
今にも、弾き出しそうな指
綺麗な、長い指
女の子達は珪の肩に触れたり、ピアノにもたれかかったりして色気のある雰囲気を出している
(ああしてると、ずっと年上みたい)
伏せられた緑の目は、今、少しだけ暗い色をしている
何を想っているの、と見る人に想像させる意味深な瞳に はしばらく呼吸を忘れた
珪の姿は見慣れているのに
撮影で、色んなものを表現する珪の こういう瞳も表情も知っているのに
(ドキドキする・・・)
美しい王子の愛する姫に、自分もなりたいと思ってしまう
諦めたはずの夢を
珪と幸せになる夢を、また見てしまいそうになる
叶わない恋に、落ちていきそうになる
「はい、OK
 お疲れ様、みんな良かったよー」
「ありがとうございましたー」
カメラマンの声で、スタジオの空気がパッと緩んだ
夜の9時、長引いた撮影がようやく終り、疲れたような顔をした珪が、ゆっくりとの方へ歩いてきた
「打ち合わせ・・・終ったのか・・・?」
「終りました、仕事内容はあとで話します」
「・・・お手柔らかにな・・・」
珪が笑った
疲れてしるはずなのに、笑いかけてくれるその優しい笑みに、の心臓がドクンとなった
今は、「シロ」という役を演技中なのに
今は珪のマネージャーとしてここにいるのに
だから、こんな風に余計なことを考えていてはいけないのに
「どうした・・・?体調悪いのか・・・?」
「悪くない、何でもないです」
頬を染めたの顔を覗き込んだ珪から隠れるようにキャップのつばを引くと は1歩 珪から離れた
「着替えてきてください、車の中で話しますから」
声が、震えたりしないように意識した
なんとか、できたと思う
珪が着替えている間に、平静を取り戻して いつもの「シロ」に戻ろう
そうしたらいつも通りだから
珪に変な心配をかけることもない
綻びかけた想いの封印を、早く、早く閉じてしまおう

「ちょっと、こっち来い・・・」

だが、珪は着替えには行ってくれなかった
手を引かれて、スタジオの非常階段へと連れ出される
ドアを開けると外
冷たい空気が肌に刺さるようで、一瞬は首をすくめた
今日はとても寒い
天気予報では、夜には雪が降るかもしれないと言っていたっけ
「葉月さん・・・?」
「俺さ・・・」
珪の手が痛いほど強くの腕を掴んでいる
見上げたら、戸惑ったみたいな、何かを耐えているような そんな珪の顔が見えた
知ってる顔だ
どこで見たっけ
最近撮った写真?
それともCMで? PVで?
「俺・・・一応、色んなこと我慢してるんだ・・・」
「え?」
「けど、お前がそういう風だと・・・」
「・・・そういう風・・・?」
「たまに、なんか、我慢、できなくなる・・・」
珪の緑の目が揺れるのを、不思議な気持ちで見つめた
ああ、どこで見たのか思い出した
この表情、この目の色
痛みみたいな、自嘲みたいな色を浮かべて、なのに泣きそうで
それを隠すように 強い口調、意地悪な言葉
(あの頃の・・・・)
捕えられて、キスをされて、意地悪を言われて、逃げて、追いかけてを繰り返していたあの頃
怖かったからこそ、その珪の表情は何か不思議な違和感として覚えている
あの頃の珪は、こんな切ない目をしていた
「葉月さん・・・」

今、は「シロ」なのに、珪はそれでもと呼んだ
そして強く腕を引かれてそのまま珪の腕の中、唇にそっと熱を灯された
どくん、心臓が爆発しそう
どくん、珪がこんなことをするなんて思いもしなかった
どくん、あの頃は意地悪されているんだと思っていた
どくん、好きだったけど、こういう行為は怖いばかりだった

なのに、今、泣きたくなるくらいに熱くなっていく
珪の姫になることを諦めてここにいるのに、また
また、魅かれていく
凍結していた恋心が みるみる溶けてあふれ出す

(私はただの女の子で、だから葉月くんには届かないのに
 葉月くんにつりあう姫になることを、諦めてここにいるのに)

どうして、恋心は冷めないのだろうと思った
恋人になれなくても、側にいられれば幸せだと思い始めていた
クラスメイトとしてぎこちなくても、シロの演技をしていれば笑い合える二人だったのに
(叶わないのに・・・)
なのに、溢れていく想いが痛い
唇に触れた熱が、全身に回って灼くようだと思った
(私・・・どうしたらいいの・・・)
優しいくちづけ、多分こんな風にされたのは初めてだ
捕まれている手は痛いけれど、抱きしめる腕は安心した
以前はあんなに怖かったのに
こんな風に優しくなかったのに
どうして今、こんな風にするのか
どうしてまた、捕まえて触れて揺さぶるのか

「・・・ごめん、泣くな・・・」
「え・・・」

珪の、困ったような声が降ってきた
長い指が の頬を伝う涙をぬぐっていく
泣いてるなんて、気づかなかった
泣き止もうとしても、勝手に涙がこぼれていく
「ごめん・・・」
ごめん、それはどういう意味?
もうしないって、あの時言ってた
お互いが理解できないまま、傷つけあった後二人 ぎこちないけどクラスメイトとしてやり直せていたのに
モデルとマネージャーという特別な仲になってからは、何かわだかまりが溶けたような
心地いいと笑って隣にいられたのに
「ごめん・・・、けど、俺は・・・」
見上げると、まっすぐこちらを見つめてくる珪の緑の目と視線が交差した
動けない
二人、まるで冷たい風に凍ってしまったかのように、触れたまま動けないでいた
「俺、本当は・・・」
本当は、
その後の台詞は、出てはこなかった
ただ、珪はつらそうな顔をして、それから俯いて小さく息を吐いた

珪の心はわからない
だけどキスをもらって、今、身体が熱くて仕方がない

どれくらい、そこにいたのかわからなかった
珪が、もう一度ごめんと言って
それからの腕をつかんでいた手を離すと、着替えてくると言ってスタジオへ戻っていった
一人になると急に、冷たい風が刺さるようで
は自分の吐く息が白くなって消えるのを見ながら、そっと唇を指でなぞった
また、泣きそうになった
もっと珪に触れて欲しいと、思った

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