笑いあえる距離 (葉月×主2)




珪の仕事は増える一方だった
元々、人気と本人のやる気が比例していなかった珪を使いたくても使えない企画や企業はたくさんあった
オファーが来てもめったに珪はOKを出さない
大抵は、気分が乗らないとか眠いとか飽きたとかそういう理由で
今まで、それでも珪を売りたいプロデューサーが何とか調整して 仕事を厳選し珪を使っていたのだけれど
「・・・CMの次はPV?」
「そう、で、その次が映画です」
「・・・は?」
ここのところ、珪の仕事は以前の3倍、いや4倍か
雑誌のモデルやポスター撮りが多かった珪に、動画を求めるようなものも増えてきている
「おまえ・・・俺のこと働かせすぎ・・・」
「どれも葉月さんのイメージで、葉月さんにしかできない仕事です」
「・・・・・」
机の上に綺麗に並べられた書類を見て、珪は言葉を飲み込んだ
いつからこうなったかって、がマネージャーになって最初の沖縄での仕事を終えてからだ
初仕事の後、あらためて事務所に来たはプロデューサーと2時間ほど話し込んでいたと思ったら、その日に新しい仕事を持ちかけてきた
新発売のチョコレートのCM
その時はまぁいいか、くらいの気持ちでOKを出し 2週間ほど前に撮ってきた
その後、レギュラーで入っている雑誌の撮影をしたと思ったら、続けて別の新しい雑誌の撮影が入り
こんな仕事あったっけと思っている間に、今度はネット配信するとか何とかで化粧品のCMの仕事が入った
仕事自体は嫌いじゃない
面倒だと思うことも多いけれど、がマネージャーになってからは、仕事場にがいるから楽しかったし 珪が仕事をするとプロデューサーも事務所の人も皆、嬉しそうにしていたから悪い気はしなかったのだけれど
(最近、撮影ばっかりしてる気がする・・・)
そして、こんなにも急に仕事が増えた理由はわかってる

が悪いんだ
次から次へと仕事をもってきて、これはどういう仕事でこんなものが求められているとか
他にやれる人を思いつかないとか
珪がこういう風にしてくれれば、イメージ通りのものができあがるんだとか
(説得が上手すぎるんだよ・・・)
今まで、プロデューサーも同じようなことを言っていたけれど、珪は気が乗らなかったり面倒だったりで8割方断っていた
今、仕事を持ってくる相手がにかわってしまって、100%受けてしまっているのだ
嫌でも増える
に言われると断れない自分も自分だが、資料を前にしてなぜ珪にこの仕事をしてほしいのか語るは前のマネージャーの比ではないくらいに真剣なのだ
普段からは想像もつかないくらい
勢いと熱意に押されて、がそんなに望むならと、つい珪はOKを出してしまう
結局、どんな仕事の話だって、が言うなら仕方ないと やること前提で話を聞いてしまっている
「・・・PVって何するんだ・・・?」
「曲のイメージでストーリーを作ってあります、主役は若い男で これが葉月さんの役です
 こっちが台本、相手の女の人は後姿しか出てこないので 見た人が自分を当てはめて共感できる作りになってます」
「・・・台詞とか無理だからな」
「わかってます、台詞ないので大丈夫ですから」
マネージャーのは、ファイルの中から台本とやらを取り出して中を読み始めた
情景、人物像、曲のイメージ、求められていること
そんなものを珪に話して聞かせ、最後に嬉しそうに笑った
「葉月さんにぴったりだと思います」
「・・・そうか・・・?」
「俺もそう思う」
横でプロデューサーが笑ったのを見ながら 珪は別の仕事の資料を机の上に出したを見遣った
今や、はすっかり珪のマネージャーだ
いつのまにか事務所の人達とも仲良くなって、珪より溶け込んでいるくらい
みんながどこか機嫌を伺って接している珪に対して、ずばずば遠慮なく話すところも
小さい身体で動き回って、何かとよく気がついて働いているところも
挨拶や時間厳守、気遣いといった基本的なことができているのも
の可愛がられる要因だったし、
何よりが説得すれば、珪が最後には仕事をOKするということが大きかった
そして、がいれば珪の機嫌が良いということ、もしかしたら皆感じているのかもしれない
今ではドラマや映画、歌手デビューの話も来ているとかで 珪の人気は露出が増えたことによって増すばかり
なのに相変わらず、本人の意識とやる気は人気に正比例しておらず
売ろうと思えばもっと売れるのに、とプロデューサーや社長は惜しそうに時々話しているらしい
「しかし、シロがやれと言うと珪は断らないから助かるなー
 映画の話は未だにちょっと心配だけどな」
「葉月さんなら大丈夫です
 セリフもない役だし」
「けど主役だよ?
あのぼんやり属性の珪に映画の主役ってさ」
「葉月さんなら大丈夫ですっ」
側で話している二人の会話を遠くに聞きながら 珪はそっと苦笑した
は、自分が仕事をするととても喜ぶ
モデルを辞めないでくれと言ったとき、自分も葉月珪が好きだと言っていたけれど あれは本当なのかもしれないと思うほど、
撮影中 余裕がある時は休めばいいのにそうしないでこっちを見てるし
今もこんな風に、自分でも本当に俺でいいのかと思うような仕事ですら 自信をもって珪にしかできないと言い張っている
「ま、ともかく先にPVな
 撮影週末にやるからさ、イメージ作ってといて」
「・・・これ、どんな曲なんだ・・・?」
「あ、CDもらってきました、ここに」
「どういう内容・・・?」
「曲は片思いの男の人が、好きな女の人をずっと見てるっていう内容です
 PVの台本は、中世の貴族の屋敷でお嬢様に恋心を抱いている使用人って風になってます」
「なんだ・・・それ・・・」
台本をペラペラめくりながら 珪は困ったように呟いて
そんな珪には嬉しそうにまた笑った
「おれ、この後衣装の打ち合わせに行ってきますから
 葉月さんは曲をきいておいてください
 動きとか細かい要望は、あちらから今日FAXでもらうことになってますので届いたら渡します」
「・・・・・・」
そう言っては席を立ち、ばたばたと荷物を持って出ていってしまい 残された面子を前に珪は小さく溜息をついた
仕事は嫌じゃない
仕事が多ければそれだけの側にいられるのも嬉しい
仕事をすればが喜ぶのも知っている
服を着替えてカメラの前でポーズをつけるのを延々くりかえすだけのものではなく
こういうPVとかCMとか映画とか
そういう動きのあるものも面白いかもしれないとも思う
そして、たくさんあるオファーの中からやプロデューサーが厳選しているだけあって、珪の苦手分野やイメージを壊すような仕事は含まれていない
だからだろうか
今回の仕事、
片思いしている女をずっと見続けているなんて設定
まるでアレを思い出す
ヘレンケラーを見つめ続けて愛し続けた エルという男
あの時も、役のイメージにぴったりだといって劇団にスカウトされたんだったかと思い出して珪は苦笑した
周りからみて自分は、そういう叶わない恋をしていそうな顔をしているのだろうか
(当たってるけど・・・)
それともに向いて向きすぎて、なのに交差しないこの切なさが
自分の身から滲み出てそんなイメージとなってまとわりついているのだろうか

PV撮りは昔のお屋敷のような洋館で行われた
使用人っぽい服を着せられて、窓際とか廊下とか階段とか
そんなところで監督の言う通りに演技をする
恋しそうに女の背中を見たり、お茶を出しながら寂しげに微笑んだり
監督やカメラマンの指示に従い、一生懸命やって8割方 OKが出たのだけれど
「やっぱり珪はぎこちないよなー」
「まぁ、人と絡むのはまだまだ、なぁ」
「さっきの顔は、いい顔だったのにな」
「微笑むっていうのは、珪には難しいのかもな」
寂しげな顔は一発OKだったのに、微笑むシーンとなるとOKが出ない
そもそも、珪にはどうして微笑むのかということがわからない
片思いで辛いのに、その相手に向って微笑むなんてあるのかとか
どういう状況で 微笑んでいるのかとか
これは使用人としての嘘の笑顔で、だから撮影用の笑顔でいいじゃないかとか
色々思いながらやってみたけれど、結局夕方になっても監督からOKが出ず 間に休憩が入った

「お疲れ様です、葉月さん」
休憩所に戻ってきた珪のところに真っ先に駆けつけたのはだった
暖かいコーヒーを差し出してくるのを受け取って、珪は大きく溜息をついた
なんか疲れた
そして、どうすればいいのかよくわからない
「監督、こだわるなぁ・・・
 こんなこだわるタイプだと思わなかったよ」
見遣ると監督は今も、カメラチェックをして休憩どころできないようだ
他のスタッフは、なんとなく監督と珪の様子を伺うような空気を漂わせ、妙にピリピリした雰囲気がこの洋館を覆っていた
「珪を使うってことは見た目重視ってことだろ?
 だったら、もう少し演技力は大目に見てくれてもいいのになー」
プロデューサーが苦笑しながら言って、その言葉に珪は大きく溜息をついた
なら、自然に演技できるのだろう
他の役者なら、ちゃんと監督の言うとおりできるのだろう
だけど、自分はできない
寂しいような、悲しいような顔が一発OKだったのは その切なさを知っているからだろうと思う
エルで散々やったものだし、珪自身だっていつもいつも感じてる
に届かない切なさ
が遠い痛み
なのに好きだけが増していく恋
だから余計に、なぜこの男が 叶わない恋の相手に笑いかけるのかがわからない

「葉月さん、ちょっといいですか?」
「ん・・・?」
「ちょっとだけ、来てください」
「・・・」
珪がコーヒーを飲み終わるのを待って、が珪の腕を引いた
スタッフたちも今は休憩していて、監督とカメラマンだけが相変わらず 難しい顔でカメラを覗きこんでいる
「おれ、お嬢様の役をします」
「・・・練習か・・・?」
「確認です」
が、キャップを深く被りなおして さっきまで相手役の女の子が座っていた椅子に座った
珪の相手役の子は、背中だけの役だから どのシーンでもただ立っているだけ、座っているだけ
動かないし、話さないし、たまに見学にきているモデル仲間に、カメラに映らないよう小さく手を振ったりして なんとなくやりづらかった
こっちは演技をしようとしているのに、そういうオフのスイッチのままの相手役だと集中しづらい
「お嬢様は葉月さんの5つ年下
 葉月さんが15歳でこのお屋敷に来たとき、10歳の可愛い少女でした」
が、語りだした
そんなこと台本には書いてなかったけど、と思いながら珪は黙って話を聞く
「お嬢様は身体が弱かったけれど、性格はとても明るくて よく悪戯をしては葉月さんを困らせていました」
の言葉通り、そういうお嬢様を思い浮かべてみた
顔はの顔で
身体が弱いくせに、外で遊ぶのが好きな、よく笑う女の子
時々無茶をして心配をかけるけれど、だからこそ愛しくて、だからこそかけがえのない存在
使用人にも屈託なく話しかけてくれる、素直で可愛い女の子
「お嬢様も、優しいお兄さんみたいな存在の葉月さんのことが大好きでした
 だけど二人は身分が違うので、結ばれる日は来ないとお互いにわかってもいました」
は続ける
台本に書かれていないストーリー
お嬢様と使用人の、優しい恋の物語
「やがてお嬢様に結婚相手が決まりました
 貴族の男性で、その人はとても、とても優しい人だと知りました
 葉月さんは思いました
 お嬢様のことは愛しくて仕方がない
 だからこそ、あの男が結婚相手でよかった
 あの男となら、お嬢様はきっと幸せになれるだろうと」
新しい男の出現
恋敵が優しい男だなんて意外だなと思いながら、珪は続きを待った
の話す内容は とても優しくて心地よいものだ
聞いていて悲しくならない
辛くならない
想いは切ないはずなのに、そこには恋の甘さと相手を想う優しさが溢れている
「お嬢様がお嫁に行く日、葉月さんはお嬢様の好きだった紅茶をいつものように煎れてあげます
 どうか幸せになってください
 あなたが好きでした
 あなたの側にいられた時間は、私の何よりも大切なものです
 そんな想いを込めて、最後の紅茶を煎れるんです」
の目が珪を見上げて揺れた
「葉月さんはお嬢様にありったけの想いを込めて最後の紅茶を煎れ、お嬢様も大好きだった人の紅茶を切なさと幸せの混ざった想いで飲むんです」
そして、わずかの間の後 はにっこり笑って言った
「ありがとう」

珪にはキャップを被って男の子の服を着たが、物語のお嬢様に見えていたし、
多分、休憩しながら成り行きを見ていたスタッフや監督もそう思ったのだろう
シン、と一瞬スタジオが静まり返り その静けさにふと我に返ったは 慌ててまたキャップを深く被りなおした
「台本にない人物設定は自分で想像して埋めるものです
 普通は相手の役者さんがやってくれる作業ですけど、今回はそうもいかないみたいなので」
そして、少々雑な、いつものシロの口調に戻ると椅子から立ち上がった
「切ない恋だって、24時間ずっと切ないだけじゃないと おれは思います」
そして、照れたように笑い 黙って立っている珪に台本を渡した
受け取って、ああそうかと思い至る
切ない恋、だからって毎日毎日辛いことばかりで
毎日毎日溜め息ばかりなんてわけ、ないのだ
エルだって、ヘレンの姿を見て愛しいと微笑んだ日もあっただろう
珪だって、届かないと思いながら の声を聞いて心が温かくなったり
姿を見て愛しいと感じたりしたこと、何度もある
叶わない恋も、恋ならば
相手を好きだという想いがあるならば、それは痛いだけじゃない
どこかに同じだけ、幸福に似たものを感じる瞬間があるんだと知る
「シロは恋愛経験豊富だなー」
「ガキのくせにな」
「役作りの基本です」
休憩所に戻ったを冷やかす声が聞えてくる
それを遠くに聞きながら、珪はそっと苦笑した
そうか、だったらこんな役
わざわざ難しいことを考えて演じないで、ありのまま そこにがいると思ってやればいいんだと知る

休憩後の撮影は、一発OKが出た
珪は切なさと愛しさの織り交ざった表情で優しく微笑し、見学に来ていた女の子が何人か 悲鳴を上げん勢いで身もだえしながら頬を染めた
そして撮影後の珪に全員で殺到する
「葉月くん、素敵だったー」
「私とも今度一緒に撮影できたらいいなぁ」
「携帯教えてくれませんか?
 私、次 珪くんのレギュラーの雑誌に出るんですー」
撮影後の後片付けを手伝いながら はそのものすごい勢いの珪の人気に苦笑した
いつもいつも思うけれど、珪は本当にどこにいっても人気がある
軽く、愛想良く相手にしないのがまたいいのだろうか
今も珪は困ったように、言葉少なく返事をし、慣れない状況に会話を終らせようと努力しているのが伺える
「珪があんなに丸くなったのは何でだろうなー」
「・・・そんなこと、おれに聞かれても」
「夏くらいから、変わったんだ」
「そうなんですか」
「ファンとか、自分の周りに興味がなかったのに、突然できるだけ丁寧に接するように心がけだしたみたい
 相変わらず相手するのは苦手だけど、対応しようという気があるの、ファンにも伝わるんだろうな
 なんかますます人気者でさ
 今日も美人さんばっかり、どこまで行くんだろうなー、この人気」
「どこまでも」
「お、シロは珪贔屓だね」
「だっておれも、葉月珪のファンだもん」
珪が脱いだ衣装をハンガーに吊って衣装さんに返し、もらった花やプレゼントをダンボールにまとめて両手で持ち上げた
機材も撤収されていく
カメラマンと監督がこちらに手を振っていたので、頭を下げて挨拶をし、そろそろ車に戻ろうとスタジオを出ようとした
「シロっ」
そこに声をかけられる
未だに見学に来ていたモデルたちに囲まれていた珪が、こちらに駆け寄ってくる
その向こうには、デジカメや携帯片手に頬を染めているモデル達
昔、がモデルである珪と対等でいたいと思って目指した世界に立っている「姫」の資格のある人達
「なんですか?」
「それ、かせ」
「いいですよ、これくらい
 それよか葉月さん、モデルさんたち、写真撮りたいって言ってますよ」
「・・・いやだ、もう帰りたい・・・」
の言葉に、珪はぼそ、と小声で言った
見上げると困ったような顔が助けてといっているようにも見える
途端、おかしくては笑い出しそうなのを必死で堪えた
「・・・すいません、やっぱり持ってください
 おれには重すぎるんで」
「ああ・・・」
そのまま、珪がすたすたと振り返りもせずにダンボールを抱えてスタジオを出たのに モデル達が一斉に悲鳴ともブーイングとも取れるような声を上げた
結局、会話が下手すぎて うまく終わらせることができないのか
それともあのモデル達がしつこすぎたのか
「すいませーん、次があるんでこれで失礼しますー」
わざと、明るい声で言ってはモデル達に頭を下げた
そして、珪の後を追ってスタジオを出る
しばらく歩いたところで、やっぱり我慢しきれずに笑ったら 珪も隣でくすくす笑った
「もうちょっと サクっと終れるように研究してくださいよ、会話術」
「・・・あれで限界・・・」
笑いながら二人して車に戻って、貰ったプレゼントを積んでいつものように事務所に戻る
その時間が、楽しくて仕方がないと思った
珪も、も こうして二人でいるのが幸せに似ていると思った

女の子お絵かき掲示板ナスカiPhone修理