ドアの向こう (葉月×主2)




撮影を全て終えた一同は、ホテルに戻って地元の出版社と親睦を兼ねた食事会をした
その後は、希望者のみ参加の二次会
は疲れたからと言って部屋へ戻り、珪はモデルの相手役だった女の子に捕まってその場に留まった
彼女がする噂話やモデル友達の話を聞きながら、は大丈夫かと考える
今日はよく働いていた
皆はを男だと思っているから荷物を運ばせたり、パシリに使ったりと遠慮がない
プロデューサーもが気がきくのを重宝して、ついつい用を言いつけすぎたとさっき反省していたほど
仕事初日なのに、クタクタになって
今日は限界ですと、フラフラ部屋に戻っていった後姿を見ると心配で
こんなくだらない会はさっさと切り上げての様子を見に行きたかった
もっとも、もう眠っているかもしれないけれど
珪が行ったところで迷惑になるだけかもしれないけれど

「しかし、シロの演技は良かったな」
「あー、あれが女の子だったらあっちのを使いたいくらいだ、夕日もばっちりだし」

テーブルの端の方でカメラマンと監督がヒソヒソ話しているのが聞えた
それが傍にいた彼女にも、プロデューサーにも聞えたのだろう
彼女はそちらを振り返り、プロデューサーは珪の隣の席で苦笑した
「もぉー、私、演技はじめてだったんですから見逃してくださいよぉー」
猫撫で声で言いながら、彼女はそちらの方へ身を乗り出し酒をつぐ
「あー、ごめん、ごめん
 君は可愛いから そんな演技力とかなくてもいいもの撮れたって話してたんだよ」
カメラマンが笑う
監督も何か言った
楽しげに笑いながら、彼女は出来上がった写真が早く見たいとねだるように言った
そのやりとりを横目で見ながら、珪にだけ聞える声でプロデューサーが言う
「はっきりいって、シロの時撮ったものと比べたら雲泥の差
 お前の出す雰囲気も違ったし」
「・・・」
珪はわずかに俯いただけで、答えられなかった
だが、構わず彼は話し続ける
「やっぱシロはもったいないな
 歩くだけであの雰囲気出すんだから、しかも即興で
 まぁ、そもそも周りに男だと思い込ませてるところからして、なぁ」
「・・・だって、あいつ、役者だから・・・」
「おまえのワガママでマネージャーになる前は、な」
(その前に辞めるって言ってたんだ・・・)
意地の悪い、何か楽しんでいるようなプロデューサーの言葉に 珪はそっと息をついた
珪だって、に役者を続けてほしかった
教室では遠くても、舞台でを見ていられたら幸せだと思っていた
なのに、突然や辞めるなんていうから
もういいんだ、とか言うから
(だから・・・)
だから、まるであてつけみたいに自分もモデルを辞めると言った
あんな風に、辞めないでといわれるとは思ってもみなかったけど
(・・・・俺のせいだけじゃない・・・はず・・・)
だけど、罪悪感のようなものは拭えない
マネージャーという仕事が、珪の思ったより大変だったことも
葉月珪のマネージャーである間は、男のフリをしなければならないことも
そのためにが髪を切ってきたことも
「おまえの悪いクセはグダグダ考えることだよな」
「・・・」
「比べて、シロはああ見えて行動的だよ
 お前達 似たとこあるけど、シロは考えて混乱するとエエイって感じで行動に移しちゃうとこあるもんな」
「・・・」
「見習ったら?」
「・・・わかった・・・、見習う・・・」
言って、珪は立ち上がるとくるりと皆に背を向けた
そのまま、誰かの制止の声を無視してラウンジの出口に向う
プロデューサーが面白そうに見ていたことも、モデルの子が困惑したように立ち上がって珪を呼んでいたことも背中で感じていたけれど、振り返らなかった
考えてないで行動しろと言うなら、する
(ウダウダしてるのは・・・セーブしてるからだ・・・)
歩きながら珪は、小さく息をついた
プロデューサーの言葉、最もだけど
そもそも珪はについて、今までずっと思ったままに行動してきた
キスしたいと思ったら捕まえて、抱きしめたいと思ったら手を伸ばした
だけどそれじゃあ二人は上手くいかなかった
嫌われて、泣かれて、距離を置こうとして、結局できなかった
どうしていいのかわからなくて、混乱して
だから我慢するしかないと思った
できるだけ、できるだけ想いを抑えて、平静を装って
そうしていくしかないと思った
だから今は、この気持ちを なんとかなんとか抑えている状態なのだ
混乱した思考が整理されると、好きな想いが深くなり
触れたいという気持ちと、の嫌がることはしたくないという想いと
傍にいたいという願いと、失いたくないという切実がぐるぐると渦巻いて熱くなっているのだ
だからこそ、あんな風に「行動しろ」と言われたら我慢がきかなくなる
自分のわがままを聞いてくれたを、どれだけ好きと思ったか
短くなった髪をみて、どれだけごめんと思ったか
引きずり込んだこの世界で絶対に守っていこうと思ったのも、
罪悪感を抱きながら、それでも傍にいてほしいと思うのも、みんな
みんな、みんな、が好きだからだ
それがどんどん重症になる
こんなもの治す薬も医者もないのだろうに

(でもまた、嫌われたら、俺・・・立ち直れるかな・・・)

傷ついてもいいと思った、あの覚悟はまだこの身の内にある
を好きでいることに傷ついても、自分の想いを捨てずにいようと思った
だから、ここにいる自分
をマネージャーというもので縛っている自分
だけど、傷つくのが平気なわけじゃない
また、再会した頃のように避けられたりしたら、やっぱり泣きたくなるくらい苦しいんだろうと思って、珪は足をとめた
自然と溜息が漏れる
傷ついてもいい、だけど本当は傷つく痛みに泣きそうになる
苦しいのだって我慢する、だけど本当は息もできない切なさに心が震える

(俺って・・・)

こういうの、なんていうんだろう
意気地なし?
女々しい?
結局自分が可愛い、ただの口だけ調子のいい男か?
珪は携帯を取り出して、短いメールを打った
静かなホテルの廊下
の部屋はすぐ目の前
閉ざされた扉の向こうからは、何の物音もしない

「今日は初仕事の日でしたね、どうでしたか?」

メール送信
メールのやりとりをしている時だけ、珪はと対等になれる
もう何度も言葉をやりとりした
差出人はエルで、宛先は
珪の携帯の履歴には、その名前ばかりが並んでいる
(結局エルに頼る俺って・・・)
自嘲しそうになって、ぐっとこらえる
エルは自分じゃない
珪がこうなれたらと思ってやまない人物だ
役者で、と同じ舞台に出て、と役作りについて語り合い、の良き相談相手となれる
大人の男
が心を許してメールをくれる、珪ではけしてない男

待つこと数分後、返信のバイブが手の平に響いた
静かな廊下、珪は携帯の画面をじっと見る
「やっぱり大変でした、体力つけないとダメだなと思いました
 でも楽しかったです
 明日も握手会があるので頑張ります!」

からエルへのメールは、少しテンションが高い
これが素のなんだろうな、と思うような「普通の女の子」
舞台の上の幻想的な何かではなく、
教室の、可愛くて賢くて優しい姫でもなく、
葉月珪のマネージャーの、男の子らしくサバサバした感じの「シロ」でもない
等身大の高校生の女の子
恋の話や芸能人の話を好んでするような、そんな

(楽しかった・・・・?)

からのメールにほっと安心して、珪は苦笑した
はエルには何でも話す
珪のマネージャーになったことも、仕事で沖縄へ行くことも
珪はいつも、葉月珪ではなくエルになりたいと、架空の人間に嫉妬するほど
エルになりたいと切望するほど
(・・・よかった、けど・・・まだ起きてるのか・・・)
携帯を閉じドアを見遣った
こんなドア一枚、蹴飛ばせばなくなってしまう壁なのに遠い
側にいないとという存在は、ふと遠く感じて泣きたくなる


「早く寝て、疲れただろうから」
「もう寝ます
 明日の予定の確認してたら遅くなっちゃって、おやすみなさい」

メールの返信に、おやすみ、とつぶやいて珪はそっとその場を去った
心臓がジンジンしている
フラフラになって部屋に戻った
こんな時間まで明日の確認をしていたなんて
それは部屋で一人きりになった後も、珪のマネージャーだったということだ
珪の明日の予定を復習して、珪のことを考えて
(・・・ダメだ・・・どうしたらいい・・・)
珪の心臓は痛いほどドクドクしていた
また、を好きだと思った

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