シロ (葉月×主2)


ホテルに着くと、はドサっとベッドに倒れこんだ
「ふわぁ〜・・・つかれた・・・」
自分でも思っていたより緊張したのだろう
一人になると気が抜けて、どっと疲れが押し寄せた
(演技しながら他のこと色々考えるのって大変・・・)
慣れれば、男のフリもすんなりできるようになるのだろうが、今はまだモノになっていない
弟の尽を普段から見ているのと、前に舞台でやった少年役のおかげで、抵抗はないけれど
ある程度の基礎はあるけれど
気が抜けると演技を忘れていたり、マネージャーの仕事の方に気がいっていたりすると徹底できなくなる
今はまだ、さして仕事をしていないのにこの醜態
(早く慣れないと・・・)
携帯のアラームをセットしながら はこの後の予定を頭の中で確認した
あと1時間ほどで、食事の時間だ
今日は親睦を兼ねて、プロデューサーとカメラマン、珪との4人で食事をしようということになっている
(頑張れ、もうすぐで1日目オワリだから)
自分で自分を励ましながら、ベッドの上に転がったキャップを取り上げた
珪が買ってくれたもの
これをかぶった姿を鏡で見たら、本当に男の子みたいだった
服装でここまで変わってしまう自分に、ちょっと悲しくなってしまったりしないでもないけれど
もっとスタイルのいい女っぽい女の子なら、隠しても隠し切れない色気のようなものが滲みでてくるのだろうけれど
(でも、バレたらダメなんだから・・・素直に喜ぼう・・・)
自分が女の子に見えてしまうと、珪が困る
あらぬ噂を立てられるから
同年代の女の子をマネージャーにしてるとか
新しい恋人か、とか
あることないこと言われると困るから、と は自分に言い聞かせた
このことは珪本人と、プロデューサーしか知らないことになっている
ようするに、今回同行しているカメラマンにもバレてはいけないということだ
新しい新人のマネージャーだと思わせなければならないということ
だから、珪もこれを買ってくれたのだろう
のせいで、が女の子だとバレないように
(絶対・・・そんなことにならないようにしなきゃ・・・)
珪のファンは若い女の子達ばかりだ
あらぬことを書かれて、珪の名前に傷がついたりするのだけは避けたい
ちゃんと、男になりきらなければならない

そのまま、いつのまにかうとうとと眠りに落ちたは、携帯のアラームで目を覚まし、ノロノロとキャップをかぶって部屋を出た
沖縄は暖かいから、着てきたスタジャンはもういらない
かわりに羽織ったパーカーのポケットに携帯と財布を突っ込むように入れる
エレベーターで指定されたレストランへ向かうと、入口の傍に珪がいた
ドキ、とする
演技をしていても、やはり最初は心臓が鳴る

「シロ」
「・・・シロ?」
珪も黒のコートを脱いでラフなシャツ姿でいた
だが、その金の髪と整った容姿が人目を引く
今も何人かが珪を見てヒソヒソと噂した
「・・・シロって・・・?」
「お前の名前
 本名じゃ呼べないだろ」
「え・・・?」
だからって、シロ?
寝起きだから理解できないのだろうかと思いつつ、なんかの動物みたいだと、ぼんやり考えた
「ネコのシロ」
「ねこのしろ?」
「昨日拾ったネコ、白かったから」
「・・・・・」
珪を見上げると、笑っている
今日、はじめて長く傍にいて、はこんな風に穏やかな珪を初めて知った
教室では何にも興味がないみたいな無表情で、
に触れるときは意地悪くて、怖いくらいの目をしていて
記憶の中は優しい王子様
そのどれとも違う、少し子供っぽい顔
周りが大人ばかりだからか
同行しているプロデューサーに心を許しているからか
朝からずっと珪はどこか機嫌がよかったし、意地悪なことも言わなかった
なのにここにきていきなり、ネコのシロ
しかも、唐突に何の前触れもなく
「もっとマトモな名前考えてくださいよ」
「もう決めた・・・」
そんな、と
言ったらキャップの上からポンと手を乗せられた
顔が赤くなる
俯いて、見えないように隠した
男の子を演じることで忘れようとしていることがムクムクと心を支配していく
ここにいるのは、大好きな葉月珪だと、その意識が蘇ってしまう
バレてはいけないのに
人に知られてはいけないのに
「これ、レストランでは取らないとダメだと思う・・・」
「あ・・・そっか」
必死で、演技を続けた
自分に言い聞かせる
今は男の子
珪のことが好きな女の子ではなく、マネージャーという立場の男の子
「でも取ったらカメラマンに気付かれるかも」
「え・・・」
「だから、抜けよう」
「だから・・・抜ける・・・?」
思わず珪を凝視したら、悪戯っぽい目が見つめ返してきた
ダメだ、集中できない
顔が熱い、と思った瞬間、心臓がまたドクドク言い出した
こんなんじゃダメなのに
ちゃんと演技をしなくてはいけないのに
男の子になりきらなければならないのに
「どうせ大人は二人とも、遅刻だから・・・」
珪の言葉と同時に、の時計が約束の時間を指した
そのままぐい、と腕を引かれる
逆らえなくて、の体はふらふらと珪についていった
二人して、丁度開いたエレベーターに飛び乗る
そして、そのままホテルを出た
まるで逃避行でもするかのように

この島は離島の一つだったから、夜になると本島や他の島へ行き来する船はなくなり、静かだった
どこへともなく歩きながら、は必死で自分を落ち着けていた
演技をしていればまだ、なんとかやっていけるけれど、そうでなくては珪の傍になど居続けると心臓が破裂しそうだ
二人きり、約束を放り出してきてしまった
連れ出されてすぐにプロデューサーにメールを入れたから心配して探し回っているということはないのだけれど、それでも罪悪感が胸をチリチリさせている
「俺と二人の時はに戻っていいから・・・」
珪はそう言ったきり、黙って歩いていて
も バクバク言っている心臓をなんとかしようと努力しながら、黙ってついて歩いている
珪のことを怖いという意識は あの文化祭の日になくなった
だけど、珪を好きなことには変わりないから こんなに近くにいるとドキドキして死にそうになる
逃げ出したくなる
何を話していいのかわからない
そもそも二人は今まで、1年近くも同じクラスだったのに、友達以下の関係だ
今も会話さえロクにできないでいる
(本当に、今も・・・嘘みたい・・・)
珪の背中を見ながら ふと思った
こんな風に二人きりで歩くなんてこと、思ってもみなかった
珪の傍に自分がいるなんて、今も信じられない
恋人ではなくマネージャーとしてだけれど、そんなことにはどうでもよかった
ここに珪がいる
それが、嬉しくて、恥ずかしくて、どうしようもなくて、どうしていいかわからない

「おまえ、すごいな」
ぽつ、砂浜に出たところで珪が話し出した
この島は狭い
すぐに1周できてしまいそうだ
「え・・・?」
「男のフリ、ちゃんとそう見えた・・・」
「あ、良かった・・・バレたら迷惑かけちゃうから・・・」
珪の言葉にホッとして、は笑った
良かった、本当にそう見えていたなら他の人も気づかなかったはず
迷惑をかけないよう、明日もしっかりやらないと、と
思ったを見つめて、珪は足を止めた
「・・・?」
も、立ち止まる
珪を見上げたら、何か複雑そうな顔をしている
「どうか・・・した・・・?」
「巻き込んでごめん・・・」
「え?」
「ワガママにつきあわせて・・・ごめん・・・」
不思議な言葉
でも なんとなくには珪の言いたいことがわかるような気がした
「葉月くんが辞めないでいてくれるなら・・・」
そう答える
不思議と、ドクドクいう心臓は落ち着いていた
珪の声が穏やかだからか、
珪の言葉が嬉しかったから、
「私、マネージャーとしてはまだまだだけど・・・一生懸命にやります」
だから辞めないで、と
そういう気持ちを込めて言ったら、珪は一呼吸後に 笑った
見たことのないような、優しい笑みだと思った

(だって、本当に本当に、葉月くんには辞めたい理由があったのかもしれない)

それを、辞めてほしくない自分のワガママで引き止めてしまっているとしたら
謝るのは自分の方だと、は思っている
そして、それでも
珪にはモデルを続けてほしかった
きっと、ファンの女の子みんなが同じ意見だと思う
こんなに素敵なんだから
写真1枚で人を元気にできるんだから
もっと続けてほしい
もっと、夢を与えてほしい

(王子様と恋に落ちるみたいな夢・・・)

それから珪はまた無言で歩き出して、もその後を黙ってついて歩いた
不思議と緊張のようなものはどこかに消え、
たまに話をしながら、たまに落ちている貝を拾ったりしながら二人は夜の海を散歩した
聞えるのはザザン、という波の音
そして自分の心臓の音だけ
まるで世界に二人しかいなくなったみたいな気になった


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