契約 (葉月×主2)


その日、は家の用事ででかけている間も、帰ってきてからも一人ずっと上の空だった
携帯をベッドの上に置いて、ソワソワと開いてみたり
何をしても落ち着かなくて、何か飲もうとリビングに降りるたびに部屋にカップを持ってきて
それがもう6個もたまってしまっていたり

(なんか・・・もしかして夢でも見てたのかな・・・)

時計は夕方の6時
早朝の公園で珪と会ってから11時間が経った
あそこで交わされた会話はあまりに現実味がなくて、これだけ時間が経ってしまったら夢だったんじやないかとさえ思えてくる
現に、珪からの電話はない
あの時 珪はメモを取らなかったから単なる気紛れで聞いただけで、本当に連絡してくる気はなかったのかもしれない
マネージャーになれ、なんて
よく考えたら、本気とは思えなかった
そもそも、そんな風なこと、珪の思い付きで勝手に決められるはずがないと考える

(私・・・からかわれたのかな・・・)

ベッドに寝転がって天井を見た
モデルを辞めることにした
ファンなんてどうでもいい
でも、お前が俺のマネージャーになってくれるなら、考え直してもいい

(私よく・・・やるなんて言ったな・・・)
今、思い出しても顔が赤くなる
あの時はショックで、
珪がモデルを辞めるなんて聞いて驚いて、嫌で、どうしていいかわからなくなって
うまく考えられなかった
だから、なんかもう、骨髄反射みたいな感じだった
マネージャーになれ、と言われたから、やると言った
それで辞めるなんて言わないでいてくれるなら、何でもやると思った
だけど、そんな話 本気なわけないと思う
今、冷静になってみれば

(辞めないでほしいな・・・)

の部屋の本棚には、珪の写真集とスクラップブックが納まっている
手帳には写真が挟んである
珪がデビューしてからの写真を全部持っている
雑誌の記事も、ネットのCMも全部チェックした
珪を追うようにプロダクションに入ってからは、仲良くなったカメラマンとかから 雑誌に載らなかった写真をもらったりもした
本当に好きだった
緑の目、金の髪の王子様
見ていると元気が出てきて、いつか
いつか彼と再会した時に 彼にふさわしい姫でいられるよう自分もきれいで優しくて賢い姫でいられるよう努力しようと心に誓った
その誓いは、単なる自己満足みたいなもので
初恋をいつまでも忘れられない自分一人だけの、初恋の続きで
だから、珪にいつか本当に再会できるなんて思ってなかったし
まさか、高校で同じクラスになるなんて思いもしなかった

心の準備ができてなかったのに、現実になった再会
自分は理想の姫ではなかったし、珪もまた記憶の中の王子様とは掛け離れていた
ただ、そのますます素敵になったルックスだけをのぞいて

(どうして、私にあんなこと言ったんだろう・・・)

には、未だに珪がなぜ、出会った当初からずっと珪が自分に意地悪をするのかわからなかったし
それが終った今も、何故、せめて友達でいたいなんて言葉を言ったのかわからなかった
ただ、それは、にとって震える程に嬉しい言葉で
怖いはずなのに、逃げていたはずなのに
やっぱり好きだとわかってしまったから、結局珪のことを想い続けているにとって その申し出を断る理由もなく
考えるとよくわからなくなるからもう、本能みたいなものに従って「はい」と言った
今回も、そんな感じだ
珪がそうしろと言うから、はい、と言ってしまった
もしかしたら、ただ単にからかわれただけかもしれないのに

色々と考えていたら疲れたのか、うとうとと眠っていたを起こしたのは、耳もとでなった携帯の音だった
「・・・・っ」
飛び起きるように起き上がって、振動しながらメロディーを流す携帯を見遣る
慌てて手に取って、耳に押し当てた
「はい・・・」
「俺」
短い言葉、珪の声
嘘みたいだと思った
まだ夢の続きなのかもしれないと思った
無意識に壁にかかっている時計に目をやると6時30分
あれからまだ30分しか経ってない

「今から出てこれるか?・・・」
「あ・・・、うん・・・」

伝えられた場所は、ビジネスホテルの一室だった
まるで現実味のない場所
慌てて机まで行ってメモを取って携帯を切ると、何かどっと疲れたような気持ちになった

頭はまだ整理できていない
だけど、とにかく行かなくては

「悪い・・・呼び出して・・・」
「ううん・・・」

ホテルの指定された部屋には、珪とプロデューサーの男がいた
ドクン、ドクンと心臓が鳴る
目の前で起きていることが、嘘みたいで
幻みたいで
どうしていいのかわからず、はただ黙って二人を見た
「えー、忙しいところ来てもらったんで、まず最初に意志確認からしていいかな?」
口を開いたのは、プロデューサーの男
ヒゲの、ゆるくウェーブのかかった髪の、人好きのする顔だった
その声が軽くて明るかったから、は少しだけほっとした
珪は、彼とは正反対のオーラを発して、いつものようにただ黙って立っている
「珪の、マネージャーになってくれるっていうのは本気?」
「・・・・・はい」
単刀直入に言われて、は戸惑いながらもそう答えた
マネージャーというのがどういう仕事か、わからない
高校生に務まるものなのかもわからない
ただ、珪がモデルを辞めるというから
がマネージャーになってくれるなら辞めないと言うから
やってもいいと思っている
まるで嘘のような話たけれど

「こっちとしては大助かり
 珪が、君がマネージャーならモデルを続けるって言ってるから」

プロデューサーは言うと、わずか笑った
「でもいいの?
 君、役者目指してるでしょ?
 公演見たことあるよ、夏にやってた、死神ダンサーの子でしょ」
その言葉に、は戸惑って
それから、ぺこりと頭を下げた
あの公演は大きな公演だったから、客はたくさん入っていた
業界の人なら知っている人がいてもおかしくない
自分はワキ役だったけど、それでも覚えている人はいるんだなと、そう思った
嬉しいような、寂しいような気持ちになる
自分はもう辞めたから
珪につりあう姫になるための修行を辞めてしまったから
「私、役者は辞めたんです」
言ったに、ふーん、とプロデューサーは言い また明るい声で言った
「じゃあ、君を雇うよ
 給料とか仕事内容についての契約書は後日、御両親のところに持っていく
 で、ここからは君を雇う条件とお願いなんだけど」
まるでトントンと、嘘みたいな話が進む
意味ありげにこちらを見たプロデューサーに、は息を飲んだ
何を言われるんだろう、と思った
こちらは素人だから、今まで珪の傍にいたマネージャーほどの仕事ができるとは思えない
だけど相手が雇うと言ったからには、いい加減なことはできなくて
お金をもらうのだから、相応のことをしなければならない
「条件って何だよ・・・」
珪が不満そうに口を挟む
それを笑って片手で制止しながらプロデューサーは言った

「珪のマネージャーでいる時は男のフリをしてほしい」

「・・・・・?」
「は・・・?」
最初、には彼の言う意味がわからなかった
多分、珪も同じだったのだろう
二人して、無言で顔を見合わせて、それから何といっていいかわからないという様子でプロデューサーを見た
男のフリをする?
どうやって? どうして?

「珪はね、若い女の子に人気のモデル
 そのマネージャーが同じ若い女の子だとマズイ、わかる?」
その言葉には納得して、珪は納得しなかった
「そんなのは関係ない」
「おまえがなくても世間はあるの
 雑誌に恋人発覚とか書かれたら困るだろ
 ただでさえ、おまえの彼女に困ってるのに」
のことも別に隠さなくていい」
「隠さないと叩かれるの」
「そんなの・・・」
「おまえはどうでも良くても、こっちはビジネスだからどうでもよくないの」
二人のやりとりを聞きながら、は珪の立場を理解した
確かに、若い女がマネージャーだなんて知られたら あることないこと雑誌に書かれてしまうかもしれない
そのせいでファンが減ってしまうかもしれないし、珪の名にキズがつくかもしれない
プロデューサーの言うことは当然だった
そして、それが、が男のフリをすることで解消されるなら、その程度何でもないと思った

「わかりました」
答えたに、珪は驚いたようにを見て
プロデューサーは 嬉しそうにウンウンとうなずいた
「とりあえず、来週沖縄で撮影と握手会をすることになってるから、それが初仕事ってことで宜しく」
言われて、はい、と返事をした
珪はまだ何か言いた気だったけど、やはりプロデューサーに制止されて言えず
は、一度だけ珪を見て、同じ様視線を返してきた珪に、慌てて俯いて視線を外した
ドクン、ドクンと心臓がなる
まだ夢の中の出来事みたいに実感が湧かないけれど、やらなければならないことはわかっていた
1週間で、できる限りのことをしなければならない
プレッシャーに似たものが身体を満たしていくようだった

 


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