教室で (葉月×主2)


珪はイライラしていた
最近、こういう気持ちになることが多いなと思いつつ、その理由を知っているからどうしようもなく
持て余した気持ちを、ただ一人で悶々と抱えていた
に触れてしまった
もう触れないと言ったのに、あの時は何も考えてなかった
悲鳴と騒がしい雑音の中、呆然と立ち尽くすに、身体がとっさに動いていた
何が起こったのか、一瞬で理解できた
熱いミルクティで濡れたの姿に、何か背中がぞっとしたから

大事にならなかったから良かったものの

(どうするんだよ、顔に痕でも残ったら・・・)
油とかじゃなくて良かった
派手にかかっていたから、もし熱い油だったら重症だったたろう
が眼鏡をしていて良かった
たとえミルクティでも、熱湯が目に入っていたらもっと大変だったに違いない
あの日は皆が文化祭で浮かれていた
飲み物だけとはいえ、慣れない調理室の作業でバタバタしていた
火傷した生徒は他にもいたし、手を切った生徒もいた
だけじゃなかったけど、が一番オオゴトになった
それは、多分、を心配した人間がたくさんいたのと、手ではなく顔にやけどしたからだと思う
(・・・できるなら殺してやりたい)
珪のイライラは、一人の男子生徒に向いていた
に火傷を負わせた本人
責任を感じてるんだとクラス中に言いふらしている彼は、文化祭が終ってからずっとの傍にべったりだ
移動教室も、休み時間も、放課後も
の可愛い顔にぽつぽつした水ぶくれができているのを見て噂した女子を睨みつけ
好奇の目で噂した男子にくってかかった彼は、こう豪語していた
「俺はたとえ、さんの顔に痕が残ったって気持ちは冷めない」
それが、何だというのか
傷くらいで冷める気持ちなら、そもそもそんなものは恋でも何でもないだろう
当然のことを自慢げに言うのに、嫌気がさした
嬉しそうに、昨日の帰り道はどんな話をしたとか
今好きなミュージシャンは誰々らしいから さっそくチェックしたとか
そういうはしゃいだ姿を見てるとイライラがつのる
殴ってやりたくなる、くだらないからやらないけれど
(痕は残らない、キレイに治る、大丈夫だ)
あの時は泣いていた
びっくりしたんだと思う、動揺したんだと思う
それから痛くて、
あんまり周りが騒ぐから、想像したのかもしれない
自分の顔が爛れてしまうのを
大きな痕が残ってしまうのを
「大丈夫だ、
珪は、何度言っただろう
泣かなくていい、治るから
大丈夫、痕なんか残らないから
たとえ残ったって、それでに対する何が変るわけではないけれど
やはり、女の子は気にするだろうし
周りには好奇の目で見る奴もいるかもしれない
傷は残らないにこしたことはない
今は安心させてあげたくて、珪は何度も繰り返した
大丈夫、大丈夫
だから、泣くな、
「・・・」
溜息をついて、珪はペンをコロコロと転がした
泣いていたが脳裏から離れない
優等生で、いつも落ち着いていて、優しく笑っていた教室での
記憶の中の姫がそのまま育ったみたいな女の子がだと信じていた、夏までの自分
それから、舞台の上のを知って
まるで幻みたいだと思いながら、なぜかそんなを近くに感じ
演技をしているのはどちらかと、知りたくなった
姫は演技か、それとも舞台の上が演技なのか
本当のはどんな風な女の子なんだろうと、思い始めた
裏切られたとは思わなかった
ただ、知りたいと思った
色んな
だから、劇団にも入ってみた
誘われるままに、そこでを見つめ続けた
(・・・で、今度は泣き顔・・・)
文化祭で初めて知った泣き顔は、とても心を揺らした
幼い記憶の中の、最初の出会いも泣き顔だった
だからだろうか
グラグラした気持ちは、そのまま熱を持って、今 珪を中から灼いている
(俺って・・・・)
自分で思っていたよりも、諦めが悪くて、優柔不断だ
決めたのに
もう、触れないと
もう話さないと
もう見ないと
もう追いかけないと
なのに、今も考えている
のことばかり
のことばかり
「で、ここにも未だ通ってる・・・」
自嘲気味につぶやいたら、誰かがの名を呼んだ
顔を上げると、劇団員が何人か集まって話をしている
「遅いね、
 今日休みって連絡は来てないけど」
「もしかして病院とかかな?
 火傷したって言ってたし」
「あー、それで連絡入れるの忘れてるとか」
時計は7時を指している
いつもはもっと早くに稽古場に来ているが、今日はまだ姿を現さない
「俺・・・急用思い出した」
「え?エルも抜けるの?」
「うん、ごめん・・・」
なんとなく気になって、ずっと座っていた椅子から立ち上がる
もうやめようと思っているのに
追いかけたってどうしようもないとわかっているのに
ばかりになる
いつも、いつも、のことばかり考えている

この恋は重症だと思う、いつのまにか

学校へ戻ると、もうクラブも終ってシン・・・としていた
心配になって来てみたけど、冷静になってみれば皆の言うとおり病院へ行く日だったのかもしれないし
授業が終ってから大分たっているから、もうここにがいるとは思えなかった
(・・・なのに・・・)
なのに、足は勝手に廊下を歩いていく
昔から、これは勘というのか、一種のレーダーなのか
珪にはの居場所がなくとなくわかったのだ
逃げるのも、隠れるのもうまかった
でも最後にはいつも、珪はを見つけて捕まえた
そして、恋に落ちる王子と姫の遊びを繰り返した
・・・」
ガラ、と教室のドアを開けた
電気はついてなくて薄暗い教室、でも人の気配がする

もう一度呼ぶと、後ろの方の席で誰かがダカンと立ち上がった
「葉月くん・・・」
震える声、それから慌てて人影はその席から離れた
何と言えばいいだろう
稽古に行かなくていいのか、なんて言えない
自分がエルであることは秘密だ
下校時刻が過ぎている?
教師でもない自分に言われたって、大きなお世話だろう
こういう時、言葉がない
そうだ、もう話さないって決めたはずなのに
(・・・どうしろっていうんだ・・・)
ぐるぐると思考が回る
どうしたらいいのかわからない
自分でこんなにどうしようもなくなったことなんて、今までなかった
何でも結構楽にこなしてきたから余計
前はもっと、簡単に言葉が出たのに
意地悪な、仕返しのような言葉
今はそれすら出てこない
「・・・・・」
無言でを見遣ると、も言葉を探しているような素振りだった
どうしたらいい?
どうしたい?
もう、初恋の続きとか、そんなんじゃないんだ
いつか冷めるまで 普通に接していてくれればよかったのにとか
そんな風なこと、言ってられなくなったんだ
冷めない、この恋は
もう続きではない、この恋は
は、思い出の中の姫そのままに育ったあの優等生のだけではなく
舞台の上でまるで非現実的な世界を演じていたり、
何人ものファンに囲まれて、嬉しそうに笑っていたり
稽古場で、納得のいくまで演技を繰り返していたり、
目隠ししているからよく物にぶつかって痣を作っていたり、なのに懲りずにウロウロしたり
台詞を覚えるのは早いくせに、曲のリズムを取るのが下手だったり、
自分の役と、周りの役との関係を作っていくのに時間をかけたり、
ヘレンとして、珪の演じるエルに何度も何度も手紙やメモを書いてくれたり
「あの・・・葉月くん・・・」
言葉を探している珪より先に、が意を決したように口を開いた
まだ声が震えている
何かあったのだろうか
こんな暗い教室で、一人で何をしていたんだろう
「あの・・・私、お礼を言いたくて・・・」
の手が自分の左頬にゆっくり触れた
火傷をした方だ
クラスで友達と話してるのが聞えたから、もう痛まないんだと知っているけど見るたびに心が痛む
早く治ればいいと、祈るような気持ちでいる
「あの時、葉月くんが言ってくれたこと、私すごく・・・嬉しかった」
言葉を選んでいるを 珪はただ見つめた
こんな風に、が言うなんて思わなかった
思えば最初から避けられていたから、そっちがその気ならと仕返しをしていた春
追いかけっこみたいだった、意地悪をして傷ついた心を誤魔化していた
「ありがとう・・・葉月くん・・・」
優等生ではないを見るたび、何故か魅かれていった夏
もっと知りたいと思って、傍にいたくなって、演劇という世界に入ってみた
エルとヘレンのやりとりで、想いがより痛いものになった気がした
確実に、深入りしてしまっている
自分で思うよりずっと、自分はに魅かれている
なのに、は変わらないまま
教室ではいつも優等生
珪のことは避けて、逃げて、おびえている
だから、あまりにこの恋は痛かった
辞めようと思った
諦めようと思った
でないと自分が可哀想だった
痛いのや辛いのは嫌だった
だから、さよならと告げたのに
もう話さないし触らないし、キスもしないと決めたのに
「迷惑かけて・・・ごめんね」
ごめんなさい、と
は2度言うと、俯いた
暗いのに目が慣れて、今はの表情もちゃんと見える
泣いたを見たから、今、目の前にいるも泣きそうだと思った
泣き顔は悲しいけれど、キレイだ
魅きこまれて、目が離せなくなる
「迷惑じゃない」
息を吐くような声、でもようやく言葉になった
「気付いたら動いてた」
大切なものを傷つけられて、腹立たしかった
泣き出したに、ぎゅっとなった
泣かせた奴を許せないと思った
そして同時に生まれた愛しさ
ああ、重症だと、その時に感じた
諦めるなんて、できないのかもしれないと漠然と思った
「ごめん・・・勝手なこと言うけど」
痛みを、覚悟しよう
辛いのも、仕方ない
恋愛というのは、こういうものだと割り切ってしまえばいい
甘くて優しいのは初恋だけ
大人になったら、そんなフワフワした恋愛はもうできなくて
すれ違いとか、叶わないこととか、伝わらないこととかでぎゅっとなることの繰り返し
みんな そんな風なんだと思えば
これが普通なんだと思えば
耐えられるかもしれない
というかもう、そんなこと以前に他にどうしようもなくなった

が好きだから、この恋は辞められない

「話さないのも、触らないのも・・・取り消し」
抱きしめたり、キスしたりはもうしないから
が嫌がることや、怯えることはしないようにする
我慢する
だから、せめて、普通のクラスメイトとして傍にいたい
もう一度、そういう最初からやり直したい
「・・・・・」
は、何も言わなかった
あの時みたいに、ただ立ちつくして珪を見ている
拒絶されるかもしれないと思った
そうしたらまた、傷つくんだろうなと思った
しばらくの無言
その後、の目がゆらゆら揺れて
泣くのかなと思ったら、は俯いて、はい、と言った

自覚する、想い続けるしかないのだと
覚悟する、それによってたくさんたくさん傷つくことを
(傷ついてもいい・・・もう)
溜息をついて、珪はを見て苦笑した
こんなに人を揺らすなんて、
自分にこんな風に思わせるなんて、
記憶の中の純粋な姫はとんだ魔性になったものだと、冗談めかしく考えた
心が少しだけ軽くなったような気がした


女の子お絵かき掲示板ナスカiPhone修理