行き止まり (葉月×主2)


文化祭が終った次の日から、通常の生活に戻ったの傍にはいつも一人の男子生徒がいた
の顔に火傷を負わせてしまった本人である彼は、責任を感じてか何かとに構い、
そのたびには恐縮したような気持ちになって、大丈夫だからと繰り返した
「痛くないか?」
「誰かに何か言われたら俺のせいだって言っていいから」
「帰り、家まで送っていくから」
彼はこんな風に構うけれど、の傷は全然たいしたものじゃなかった
ポツポツと小さな水ぶくれのようなものができているだけ
あの時、珪が保健室まで連れていってくれたそのすぐ後、氷室が病院まで車を出してくれた
医者の話では、普通だったら水で冷やして放っておくような程度
1週間くらいで、水ぶくれも治るだろうと言っていた
こんなにオオゴトになったのは、場所が顔だったのと、が女の子だったからだと医者は笑って
それから、すぐに冷やしたおかげで痕も残らないだろうと言ってくれた
それで、珪を思い出しての心はぎゅっとなった
あの時の珪の熱と抱いてくれた腕の力、それから言葉、優しい言葉
それを思って苦しかった
失恋したあとにはじめて優しくするなんて、なんて意地悪なんだろろと思ってそれから
それから、そのせいでまた、どんどん好きになっていってしまう自分を感じた
今はまた、珪のことばかり
考えないようにしようとしているのに、珪が好きだという気持ちを抑えられない
「大丈夫だよ、ほんとに気にしないで」
「でも俺のせいだから」
「だってもう痕も残ってないし、ね」
「でも俺の気がすまないんだ」
男子生徒の言葉にはどうすることもできず、最初の3日間 強引な彼と一緒に過ごした
休み時間も、下校もずっと 彼はを守るように傍にいる
さんは予備校とか行ってる?」
「ううん」
「習い事とかは? バイトは・・・してなかったよな?」
「バイトはしてみたいんだけど・・・」
花屋とか雑貨屋とかクレープ屋とか、と
言ったら彼が、突然の手を取った
「え・・・っ」
「急にクレープ食べたくなった、おごってやる」
「え?!」
今まで、特に仲良くもなかったから、彼がこんなに強引でマイペースな人だとは知らなかった
そのまま、まるで走るみたいに手を引かれ、は抵抗もできずついていくしかできない
少し離れた公園まで来て、端の方にクレープ屋があるのを確認して彼は笑った
さんは何味が好き?」
「私は・・・」
答える前に彼はポケットから財布を取り出して、何か勝手に注文している
さんはイチゴとか好きそう」
「イチゴ・・・?」
嫌いじゃないけど、と思って相手を見ると、彼は嬉しそうに笑っている
「俺はこないだ欲張って全部トッピングしたら、変な味になった」
「全部?」
「そっ、全部はダメだな、味が混ざる」
言う間に一つ目のクレープができあがって、彼はそれをに渡した
イチゴのソースとカスタードの甘いクレープ
促されて一口食べて、は笑って美味しいと言った
こんな風にしてくれるのは、彼が責任を感じているからで、
治るとは言っても、今顔に傷を作っているの気分を晴らしてあげようと思っているからなのだろう
その好意を踏みにじってはいけないと、は思った
彼のせいだとは少しも思ってないし、傷も治るのだからそんなに気にしていない
すれ違った人や、友達の視線がその傷の方へ行くときは、目立ってるのかなと思って少しドキとしてしまうけれど
さんって、可愛いよな
 クラスですごい人気あるの、知ってる?」
「え・・・?」
2つ目のクレープを受けとった彼は、それをモグモグやりながらを連れて公園の中を歩き出した
もう夕方、
秋の空は濃いオレンジ色で、羊雲が空の低いところを埋めていた
「俺も実は、さんのこと気になってた」
屈託なく、彼が笑う
驚いて、その顔を見ると マジメな目に見返された
「あの・・・」
「こんな風にさ、さんのこと怪我させといて何なんだけど」
俺と付き合わない? と
彼は言って、それからますますマジメな顔になってを見据えた
「俺は、たとえさんの顔に傷があったって好きなままだし、
 その傷のことで誰かに何か言われたりしたら 俺が絶対に言い返して守ってやる」
だから、と
続く彼の言葉に、は急に何か重いものを飲み込んだ気になった
今の告白、彼の言った意味、ちゃんと理解した
彼がどんなつもりで言っているのかも、わかっているつもり
だけど、心は重かった
そして、その言葉を無意識に珪がくれた言葉と比べてしまった
(私・・・)
すぐに、打ち消す
誰かと、誰かを比べるなんて失礼だとわかってるはず
誰かと珪を比べたって、意味がない
だってにとって珪は特別だから、比べる相手はいつだって、珪には叶わない
珪がの中で今、一番の人である限り
「あの・・・」
言葉を一生懸命に探した
結論は決まってる、珪が好きなんだから
違う人を好きなまま、他の誰かとつきあうなんてできるわけがないと思っているから
「ごめんなさい」
私、他に好きな人がいるから、と
は言って俯いた
涙が出そうだと思った
こんな風に言われた相手はどんなに傷つくだろうと思うと、悲しくて自分が嫌いになってしまいそう

それから、彼はわかったと言って帰っていき、は一人、薄暗くなった公園にいた
たとえその傷が治らなくても、好きなままでいられる
誰かがを傷つけても、俺なら守ってやれる
そう言ってくれたあの人
女の子ならきっと、嬉しい言葉なんだと思う
でも、の中には珪の言葉が残っていて、それは彼の言ったものとは違っていた
「大丈夫」
「痕なんか残らない、ちゃんと治るから」
「だから泣くな」
「泣くな、
思い出すと心がぎゅっとなる
優しかった珪の声
いつも意地悪ばかりだったのに
冷たいような声で、淡々として、何を思ってるのかわからなかったのに
「私って、変だよね」
珪がいなかったら、もしかしたら彼を好きになったかもしれない
顔に傷があっても、好きでいてくれるような人
周囲の好奇の目から守ってくれる人
女の子なら嬉しい告白
でも、今のには、そんなのはいらない
今のが好きなのは、怖いくらい強い腕で、真っ先にの傍にきてくれた人
泣きたくなるくらいに優しい言葉をくれた人
(でも、なんかそれも幻だったんじゃないかと思う・・・)
溜息をついて、は空を見上げた
あの後、珪とは一言も話していない
いつもの通り、同じ教室にいるのに目も合わさないで、
の傍には、さっきの彼が
珪の傍には彼女がいて、二人が話をする機会なんてなかった
だから、あの日 放課後の廊下で言われたまま
もう話さない、追いかけない、お前なんてどうでもいいと
珪は思っているのだと思う
文化祭の日が、単なる特別な例外だったというだけで
(それでもいい・・・忘れない・・・)
だから余計に切なくてぎゅっとなるけれど、あの言葉を忘れたくないと思った
珪がくれたもの
それを、心の中でずっと大事にしたいと思った

次の日から、彼はに構わなくなった
ちょっとだけホっとして、それからを避けるようにする彼に少し心が痛んだ
(嫌われて当然だよね)
自分は彼の想いに答えられなかったんだから
友達になるとか、そういうのは無理だとわかっている
(でも避けられるのって、辛いな)
そっと苦笑して、それから廊下に出ていく珪の姿を見て、思わず視線で追いかけた
もう、帰るのだろう
珪はクラブをしていないから、放課後はいつもさっさと帰る
自分も今日は稽古があるから、そろそろ帰らないといけないと思った
そして、立ち上がった
そこにクラスメイトの声がかかる

さん、ちょっと時間ある?」

さして仲のよくないグループの女の子達が の机を囲むようにたっている
「うん」
いつものようにニコと笑って、は持ちかけたカバンを置いた
促されるままに廊下を出て、被服室のあたりへやってくる
一人が鍵を取り出して開けたから、彼女は手芸部だったんだなとぼんやり考えた

さんってさ、葉月のこと好きなの?」
「え・・・?」

彼女らは、唐突に話し出した
珪の名前に赤面したに、一人が溜息まじりに言う
「葉月がとつきあってるの知ってるよね?」
「あ、うん・・・」
「じゃあさ、好きでももう無理なのもわかるよね」
「・・・・」
ああ、そうか、と
はドクドクいい始めた心臓の音を聞きながら 不安に似たものが心に広がる感覚に耐えていた
この子たちは、珪の彼女のと同じグループだった
どうして急にこんなことを言ってくるのかはわからなかったけど、
自分が珪のことを好きなこととか、
珪には可愛い彼女がいて、この恋が叶うはずもないこととか、
そういうのを改めて他人に言われてしまうと、現実をつきつけられたみたいで辛かった
それでもいいから好きでいたいと、今は思っているけれど
さん、葉月となんか親密な関係なわけ?」
「え・・・?」
「文化祭の時の葉月、ちょっと異常だったし」
さんのことお姫様だっこだもんね」
「あれ見てがへこんじゃってさー」
「だいたい何で彼女でもないのに、葉月が付き添って保健室行くのよ?」
「なんか知らない人がみたらさんの方が葉月の彼女みたいじゃない?」
次々と繰り出される言葉に、はようやくここに呼ばれた意味を理解した
ああ、気に障ってしまったんだと落ち込んでいく
自分だって、どうして珪があんな風にしてくれたのかわからない
だけど、確かに
確かにあんな風に珪がしてくれたのを見たら、彼女であるは傷ついただろう
どうして他の女を、と思っただろう
のことを気に入らないと思っただろう
心がぎゅっとなった
ごめんなさいと、思った
理想の姫ならきっと、こんな風に人を傷つけたり、人に嫌われたりなんてしないのに
(私って・・・ダメだな・・・)
優等生を演じても
いつも笑顔を心掛けていても
それでもなれない
演技でははけして本物の理想にはなれない
(人に嫌われて・・・傷つけて・・・)
悲しかった
誰かを傷つけるたびに、誰かに嫌われていると思うたびに、自分が嫌いになっていく
「でもさんは葉月のこと好きなら、嬉しかったんじゃない?」
「だからって、傷治らないフリとかして 葉月の気引いたりしないでよ」
「なんかそういや、責任感じてーとか言ってたヤツいたし、そいつと付き合えばいいんじゃない?」
「うわー、やだあいつ、あの妄想男でしょ」
さんにはピンクとかイチゴとか可愛いものが似合いそうとかワケわかんないこと言ってたよね」
次々出てくる言葉
みんなにとっては今、気に食わない存在なんだろうと思った
彼女達はの味方だから、ここにクギを刺しに来たんだろう
だからこんな風にひどい言葉を言うんだろう
(・・・私が悪いんだから・・・)
仕方ないと思いながらも、泣きたくなった
昨日の彼のことも、そんな風に言わないで欲しい
優しい人だった
女の子が嬉しくなるような言葉だって言ってくれる人だった
その想いを断ってしまったには、彼女達に言い返す権利はないけれど

「ねぇ、聞いてる?
 あんま葉月に近づかないでよね」
が可哀想でしょ、関係ない女と見せ付けられたら」
さんが悪いんじゃないって判ってるんだけど、あの子相当さんのこと嫌ってんの
 だから、オオゴトにしないためにもさんは葉月に近づかないでね」

女の子達は、最後にはそんな感じで話をまとめて帰っていき
廊下に話し声と足音が完全に消えてから、はノロノロと被服室を出た
誰かに嫌われるのって、本当に辛い
でも、にとって、嬉しくて、自分の想いを再認識してしまったあの文化祭の日のこと
にとったら最悪の出来事で、それ以来不安になったりしただろうと思ったら苦しくて仕方なかった
好きでいるだけなら誰にも迷惑をかけないと思っていた
見てるだけなら大丈夫だと思っていた
だけど、それもきっとダメなのだ
自分の行動は、同じ女の子が見たらピンと来るのだろう
無意識に珪を追いかけていたり、珪の言葉に泣いてしまったり
(・・・でも・・・・じゃあどうしたらいいの・・・)
近づかない、話かけない、それならできる
でも、見るのもダメなんて無理だ
いつのまにか、追いかけている
いつのまにか、好きな気持ちが育っていく
「ごめんなさい・・・」
呟いて、小さく溜息をついた
どうしたらいいのか、わからなかった


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