願い (葉月×主2)


文化祭当日、のクラスの喫茶店は盛況だった
班ごとに分かれて当番を交代してやっているこの喫茶店は、父兄の休憩に丁度いいのか常に人がいる
最初1班ずつでやるはずだった当番も、人手が足りずに急遽2班ずつでやることになり
それで、は昼からの当番、珪と一緒にキッチン係だった
「コーヒー4つ〜」
「ミルクティー2つ〜」
「ココア4つ〜」
「ミックスジュース2つ〜」
欲張って飲み物のメニューをたくさんにしたのがいけなかったのか、バラエティに飛んだ注文がドンドン入ってくる
喫茶店として使っている教室の、斜め向かいの調理室を借りて みんなで飲み物を作っているものの
慣れない作業に時間がかかる
慣れた頃 当番交替になるから結局、どの班もバタバタしていた
今も、コンロに鍋をかけてミルクティーを作っていた生徒がふきこぼれで火傷をして大騒ぎ
レモンティーのレモンを切っていた子も、慌てて切り終わったものをひっくり返してオジャン
食器は午後に入って2回割れたし、
ミックスジュースの材料になるリンゴが足りなくなって買出しに行った生徒はまだ戻ってこない
「葉月くん、ココアの粉がないよぉ」
「・・・その袋の中」
「葉月くん、ココアの粉がきれいに溶けないよぉ」
「・・・弱火でかき回せばいい・・・と思う」
と珪は、コンロの前でココアとカフェオレを作っている
は、その後ろのコンロで火傷をした子のかわりにミルクティー作り
嫌でも、珪の声が聞えて 辛かった
もう、どうでもいいって言われたのに
話しかけないし、触らないし、キスもしないっていわれたのに
まだ好き
バカな自分に笑えるくらい、まだ好きだった
優しくて、きれいな王子の珪が好きだったはずなのに
の初恋の相手は、甘い言葉をくれた王子だったはずなのに
あんな意地悪で、ひどいことをする珪は怖いだけだったのに
いつのまにか、こんなにも ここにいる珪に魅かれている
もういいと言われて初めて気がついた
いらないと言われて初めて、知った
目の前にいる人
意地悪で、意味がわからなくて、ひどいことばかりするこの人に いつのまにかこんなにも魅かれてしまっていたことを
(・・・どうしてか、わからない)
強い腕は怖かった
意地悪な言葉も、淡々とした声も、わからなくて不安だった
なのに、その強さはを揺らした
こんな風に誰かに強く触れられたことがなかったから、戸惑ったんだと思う
そして、引き込まれてしまった
珪の持っている、何か暗い痛みみたいなものに

「葉月くん、湯気が熱いよぉ」
「そっちの長い箸でかきまぜろ・・・」
「あ、ねぇ、これ沸騰してきたのかなぁ?」
「・・・ああ、してるな」

珪の声は、に対して話している時とは違うトーンだった
不思議なほど揺れる
優しいかと思ったら、急に冷めたみたいになったり、淡々としてたり、とりとめなくて
まるで心ここにあらずという風な印象が伝わった
芝居で、どう演じていいかわからないとき もこんな風にトーンが揺れるけれど
(・・・なんて、分析してる余裕ないのに)
苦笑した
泣いて泣いて、もう涙も枯れたというほど泣いた
だから、今は平気
失ってしまった初恋が、どこに行くのかわからなかったけど
今はもう考えないようにしようと思った
まだ顔も知らない「エル」がくれた言葉も、の心を慰めていた
幸い、芝居の稽古で忙しいし、文化祭の準備も大変だった
考えることは他にもあって、それで気を紛らわせてきた
珪は、もうずっと彼の言ったとおり話しかけてこなくなったから 二人はあれ以来顔も見合さず目も合わさない
まるでお互いが、いないものとして過ごしている
そして、今も、こんなに近くにいるのに、二人の距離はとても遠い

っ」

ぼんやりしていたからか は周りをよく見ていなかった
悲鳴に我に返ったと同時に、顔に鋭い痛みのようなものを感じる
っ」
「大丈夫か?!」
「顔にかかった?!」
「鍋の火止めろっ、誰か先生呼んでこいっ」
怒涛のような声が、教室中で聞えて
一人事体を把握できていないは、痛みを感じた頬に手を触れて床にへたり込んだ
痛い
熱い
頬が濡れている
メガネに水滴が散って、景色が歪んでいるようだった
「水とタオルっ」
呆然とする中、声がすぐ傍で聞えた
ドキとして、見上げると珪がいる
見たことのないような厳しい顔で、が頬を押さえている手を取って ヒリヒリと痛み出した頬に水で濡らしたタオルをあてた
ちゃんと絞られていないタオルから、ぼたぼたと水が垂れて制服を濡らす

「は・・・づきく・・・」

震えた
これは幻かとも思った
もう、触らないって言ったのに
もう、話しかけないって言ったのに
珪は今、目の前での腕を取ってこちらを見ている
強すぎる力に、腕が痛いほど

「押さえてろ、冷やさないと痕が残る」
きつい目が、揺れた気がした
緑のきれいな目、大好きな人の目
わけもわからないまま、は言われたとおりにタオルで頬の痛みを押さえた
頬も、首筋も、胸のあたりまで濡れた
その冷たさに、ようやく、じわじわと事体を理解しはじめる

、大丈夫?」
「保健室に行った方がいいと思う
 ヤケドって流水で冷やさないとダメって聞いたことある」
「顔なんてどうやって冷やすのよ」
「先生に病院に連れていってもらったほうが・・・」
「俺 先生に知らせてくる」
「とりあえず保健室に連れて行こうよ」
クラスメイトが一人、うろたえた顔でごめんと言った
ミックスジュースの材料を買いに行った子だ
帰ってきて、の向かいでミックスジュースを作っていた当番の子に、こともあろうかリンゴを投げてよこし、
それを、その当番の子は受け取り損ねて、跳ね返ったリンゴがの目の前の鍋に飛び込んだ
そういうことのようだった
ぼんやりしていたは、それに気付かず避けることもできなくて
勢いよくリンゴが飛び込んだせいで、辺りに散ったミルクティーのしぶきをマトモに顔に受けた
熱くて痛いのは左頬だけだから、そっち側にかぶってしまったのだろうと思う
「俺が保健室に連れていく」
動揺するクラスメイトの中、珪がを抱き上げて言った
ふわり、と身体が浮く
呼吸ができなくなったように、胸がドクドクと音をたてた

真っ先に、へたり込んでいるの傍にきてくれた人
濡れたタオルで冷やしてくれた
どうでもいいって、言ってたのに
もう、二度と、自分のことなんて構わないんだと思ってたのに

(どうして・・・)

枯れるまで泣いたと思ってたのに、涙はまだ残っていたみたいで、
は、珪に抱き上げられて保健室へ行く最中 ずっと泣いていた
人で賑わった廊下を、ただごとでない様子で通る二人に 客は皆心配そうな、興味深そうな目を向けてくる
でも、止まらない
誰に変に思われても
誰に笑われても、どうしようもない
なぜだか、嬉しくて
なぜだか、張り裂けそうで
は泣いた
それに、珪が囁くように言う

「泣くな・・・大丈夫だから
 ちゃんと治るし、痕もきっと、残らない・・・」

優しい声、まるで言い聞かせるみたいな
こんな風に、今まで珪が言ってくれたことはなかった
こんな言葉をくれたことがなかった
頬の痛みより、火傷の傷よりずっと、胸が痛い
やっぱり珪が好きだと、心が叫んでいるみたいで痛い

「泣くな・・・

まるで呪文みたいな言葉
幼い頃、王子が言ってくれたのを覚えている
泣かないで姫、ここにいるから
姫には王子がいつも、どんなときも、傍にいるから
傍にいるから

(忘れるなんてできないよ・・・)

涙は止まらなかった
保健室について、先生に手当てをしてもらって、珪が教室に戻った後姿を見送って、氷室に病院に連れていってもらっても
ずっとずっと止まらなかった
珪が好きだと痛感した
どんなに頑張っても、忘れられないと悟った
だからもう、他には何ものぞまないから好きでい続けたいと、そう願った


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