エルのメモ (葉月×主2)


いつもより早く稽古場についたは、誰もいないのを確認してテーブルの前の椅子に座った
今日はサリバン先生に手紙を書こうと思って早めに来た
そろそろ、サリバン先生の死の場面をやるから、そのための役作りについて話をしたかった
それで、持ってきた便箋をカバンから出して書き始める
30分くらいで出来上がったそれを封筒に入れて封をした
たまに、その人にしか見られたくないものは、こうして封筒に入れておいておく
オープンなメモに書くには内容が濃すぎて、それで今回は封入した
書きあがると、ほんの少しほっとして、は立ち上がって稽古場の窓を開けた
秋になって、風は少しずつ冷たくなってきた
陽が暮れるのも早くなったから、今はもう外は暗い
なんとなく、寂しいような気持ちになって はそっと溜息をついた
珪に、あの放課後の廊下で、もう触れないと言われてから 2週間が経つ
最初の一週間はよく泣いた
だけど、泣くのにも疲れてしまって、今は考えないようにしている
ただ胸の内に広がる失恋の痛みを感じながら、目の前にあることだけを見つめるように努力した
例えば、この芝居の稽古とか
例えば、クラスでの文化祭の準備とか
(・・・おかげで、ヘレンに感情移入できるんだから・・・)
いい方へ考えようと思って、やっぱりできないなと思ったり
時間が経てば この傷も消えるだろうかと期待して、待ってみたり
あの日から、珪は言ったとおりこちらを見もしなかったから、は逃げる必要もなく
二人、同じ教室にいるのに、言葉はない
視線も、交わさない
まるでお互いの姿が見えてないかのように、
そこに互いがいないかのように、過ごしている
今思えば始業式の、あの非常階段でのキスも、幻だったのではないかとさえ思えるほど
(私と葉月くんは、繋がってない・・・)
苦笑した
だから、自分も諦めなければならないのだ
いつまでも、未練たらしく想っていても仕方がない
彼に釣り合うような女になりたくて、この世界に入ったけど もう意味がないかもしれない
この芝居の公演が終ったら、この世界をやめようと
は最近そんなことも考え出した
誰に見てほしくてはじめたわけじゃない
珪につりあう美しくて賢くて優しい人になるために、
珪の見ている世界に、同じように立っていられるように、
そう思って選んだ世界だった
珪にふられてしまった今、もうここにいる理由もない
(この公演が終ったら・・・)
思った時、突然ビュッと突風が吹いた
驚いて、顔を背けて腕で風から身を守る
一瞬でその風はおさまったけれど、目を開けたとき の目の前には惨状が広がっていた
「・・・・・」
苦笑して、窓を閉める
さっきの風で、机の上に置いてあったメモが部屋中に飛び散っていた
それを、一つずつ拾い集める
そろそろまた、箱にまとめて片付けないといけないかもしれない
稽古に熱が入ってきているから余計
の役作りのために、普段声をかけあって芝居の稽古をしないから余計
このメモは本当に、どんどんたまっていった
終ったらみんなで燃やして焚き火をしようという人と、きちんとファイルして今後の役作りに生かしていこうという人に分かれていて 終ったらこれをどうするのかは決まってない
そもそもこんな風に無造作においてあるのだから、皆にとっては慣れたことで、そんなに大切なものではないのかもしれなかったけれど
にとって、このやり方はとても新鮮で、
そして、心が通じるかのようなメモのやりとりは、今の役を作っていく上でとてもとても、大切なものに感じていた
メンバーからの指導、の演技を見て感じたこと、自分の役についての解釈、レンへの想い
どのメモも、何度も何度も読んだ
もっとこう直せばいいと思うという意見は参考にして、今日のはよかったと言われれば素直に喜んで
私の役とはもう少し親密にやろうと言われれば その役との関係を考え直して
遠慮なくぶつかっていいよと言われれば、本当に遠慮なく暴れたりもした
できれば、燃やしたりしないでほしいし、もし皆がいらないと言うのなら、終ったあと全部、
全部持って帰りたいと思ったりもする
(こんなにたくさんあるから、全部はもって帰れないけど)
床に散らかったメモを拾い終ったは、それを机の上に揃えて置いた
もう、落ちてないかなと思って、確認のためもう一回部屋を見回し、ちゃんときれいになってると思った時
ふと、
ふと、傍のゴミバコに目がいった
メモと同じ紙が何枚も入っている
もしかして、風で飛んで中に落ちたのだろうかと、拾い上げた
そして、書いてある文字を見てドキ、とした
見覚えある字
黒のボールペンで書いた、愛想のない
でもいつも、真摯な言葉をくれるあの人の

「エル・・・」

震えそうになった
このメモは、見たことがない
クシャ、と握りつぶしたあとがあるから、書き損じだろうか
それとも意図して捨てたのか

「ヘレン、あなたを想う男はここにいます」

それは、恋を失って泣くヘレンへの、エルからのメッセージ
ズキ、と
痛んだ心と同じくらい、泣きたくなるほど嬉しかった
恋に破れたヘレン、愛を失ったと思って孤独に泣いた
けれど、エルは
いつもただ静かに見守り、傍にいてくれた人は
「あなたを想う男は・・・」
ここにいる
ここにいると言ってくれる

(エル・・・あなたはどういう人なんですか)

会いたいと想った
こんな風に言ってくれる人
こんな言葉をくれる人
ヘレンも、も救われるようだった
同時にまるで、まるで共犯のような甘くて切ない想いを感じた
ああ、エル
あなたはこんなにもヘレンを愛していて、なのにそれを秘め続けて
それをヘレンにも、にも伝えることをせず、このメモも捨てて
なのに、いつも、いつも
傍にいてくれるの、と思ったら
本当に泣きたくなって、は両手で顔を覆った
ヘレンは知らないけれど、
ヘレンはエルの愛に気付かないけれど
(私は知ってるから・・・エル)
このメモを拾ってしまったから
この言葉を読んでしまったから
だから、切なさや痛みがまるで自分のことのように伝わってくる
届かない人を好きになること
その人と自分は、どんなにしたって繋がっていないこと
それを知っていてなお、愛し続けるなんて痛いだけなのに
辛いだけなのに、切ないだけなのに

(それでもエルは愛し続けてくれる)

「ありがとう、エル」
届かない言葉だけれど、はつぶやいた
そしてクシャクシャになったメモを大切に大切に開いて、そっとカバンの中に入れた
このまま またゴミバコに戻すなんてできないと思ったから

「今日は、エルはいないんですか?」
「今日は仕事だってさ」

あのメモを拾ったことはだけの秘密にしようと思ったけれど、どうしてもエルという人に会ってみたくて は稽古が終った後 そう聞いた
できれば頼んで会わせてもらおうと思った
これだけ役作りができてきた今なら、本人と会ったってもう支障はないと思ったから
だが返事は期待したものではなく、少しだけがっかりする
(仕事か・・・じゃあ社会人なんだ・・・忙しいよね、働いてる人は・・・)
いくつくらいの人なんだろう
いつも手を引いてくれている感じからして、背が高いのはわかるけれど にはそれ以上の情報はなかった
それで 次の練習日には会えるかなと期待する
「エルに会いたかったんです」
「ああ、そういやまだ会ったことなかった?」
「ないです、私 お母様とお父様にもまだ会わせてもらってないんですよ」
「あー、そういえばそうだったね
 まぁせっかくだから、公演のときまで対面するのとっておいたら?」
「せっかくって・・・」
(それに公演中はメガネないから、会っても見えない・・・)
むぅ、と膨れたに、リーダーが笑った
「少し元気になったね、よかった」
「・・・そうですか?」
「うん、ここのとこずっと暗かったから心配してた」
「そりゃあ、失恋しましたから」
「うんだから、浮上してよかった」
「・・・はい、ありがとうございます」
にこ、と
笑ってみせて はそっと目を閉じた
少し浮上したように見えるのなら、それはエルのおかげだろうと思う
まだ、悲しいけど
それでも、エルの言葉がを救ってくれた、そんな気がする
あれは、に向けた言葉ではなく「ヘレン」あてのものだけれど
それでも、嬉しかった
だから、はエルに感謝している
今、誰よりも誰よりも、感謝している


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