心模様 (葉月×主2)


台本は、最初に配られたものから随分変更して、色んな部分が削られて、新しいシーンが加えられていた
やりながら、作っていきたいと
リーダーをはじめメンバーの皆が思っていたし、も珪も、どっぷりこの劇団の世界に浸かった今 そのやり方に異議なんてなかった
今日も、この稽古場では静かに稽古が続いている

「ああ、また演技変えたんだな」
「ヘレンはバリエーション豊かだねぇ」
先週の初め、場面はようやくヘレンが恋に破れて泣くシーンまで進んだ
初日、膝をついて両腕で自分を抱くようにして嗚咽したように泣いてみせたは、次の練習日にはテーブルに両手を激しく打ちつけて痛みを表現してみせた
そして、その次の練習日には、ガクガクと身体を震わせ両腕を掲げて泣き、
今日、たった今、立ち尽くして両手で顔を覆って震えた
「今の、好きだな、私」
「客は涙を見た方が感情移入できるんじゃないか?
 彼女、泣けない役者じゃないんだし」
「あえて、泣かないのがいいんじゃないの?」
「ボクはテーブル叩くやつも、好きだったけどなぁ、激しくて」
ヒソヒソと、会話がされる
の演技に釘付けになっていた珪は、ツンツンと服を引っ張られて我に返った
「エルはどう思う?」
「・・・俺は・・・」
小声で囁く
に声を聞かれないよう注意した
風邪はもう治って、声もマトモになったから、聞えたら珪がここにいることがばれるかもしれないと
珪は最近、前にもまして喋らない
「今のが一番、好きだ・・・」
最初、台本どおりに泣いてみせたに、演技で涙を流せるなんてすごいと思った
口がきけないから、ヘレンは声が出せない
心の声としてセリフを言うことがあっても、言葉としてヘレンの口から出るセリフはない
だから、はこの、何通りもやってみせた演技のどれもに声をつけていなかった
身体だけを使って、震えてみせたり、机を叩いて音を出してみせたりと工夫している
そんな色んな演技を見て、どれも「ああ、それっぽい」と思った
自分を抱いて泣く姿は、恋を失って悲しみにくれている頼りない少女を思わせたし
机を叩いて痛みを表現した演技には、その激しい音からヘレンの乱れた心を感じた
震えながら両手を掲げて泣く姿には、掴めなかった恋に手を伸ばす切なさを感じる
どれも、ヘレンの失恋の痛みを上手く表現していると思った
でも、今日のはなんというか
見ていて、胸が痛くなった
ただ、立ち尽くしているだろに見えるのに
両手で顔を覆っているから、泣いているのか、いないのかもわからないのに
震えるわけでもなく、机を叩くわけでもなく、自分を抱くわけでもない
でもその姿からは、恋を失って自分の中が空っぽになってしまったような衝撃や虚無感や、喪失感を感じた
立ち尽くすヘレンを、駆け寄って抱きしめてあげたいと思ってしまった
なんて、弱い存在なんだろうと思う
ヘレンは利口でワガママで活発で明るい少女なのに
ここで立ち尽くし、顔を覆うこの少女
それしかできないでいる姿の、なんて切なくて愛しいことか
目が離せなかった
心が痛くなった
演じるうちに、自分の中に「エル」が降りてきたのかもしれない
愛しい人が失恋に泣くのを、エルはきっと、こういう気持ちで見守ったのだろうと理解した
見えない涙に溺れそうな錯覚に堕ちる

「ヘレン、お疲れ様」
「今日の良かったよ、私あれに1票」
稽古が終ると、皆それぞれに帰っていく
メモを書いていく人もいるし、ミーティングに別室へ行く人もいる
は、目隠しのまま別室へ行って、そこで着替えて帰るのが通常
珪はいつも少しだけ稽古場に残って、からのメモを見たり、メモの返事を書いたりしている
「私、今日の演技でやりたいと思います」
別室に向かいながらが話しているのが聞えた
そうなんだ、とサリバン役の人がいい、いいんじゃないのと笑った
「リアルだったよ、今日の」
「悲しくなったな、たしかに」
そう言いながらメンバーはそれぞれ帰り支度をして出ていく
「何かあったの?心境の変化とか?」
リーダーがそう聞いたのに、は少しだけ間を置いて それから言った
「失恋しちゃいました、だから、今はヘレンの気持ちが痛いほどわかるんです」

の失恋の相手が誰なんだろう、とは、珪は考えなかった
ただ、誰もいなくなった稽古場の椅子に座って ぼんやりと目の前のメモを見つめていた
最後の言葉、少しだけ声が震えていた
失恋したというの心の中は、どんな風なんだろう
あの演技で珪が感じた通りだろうか
それとも、もっともっと痛いのだろうか
泣けないほどに呆然として、泣いているのかいないのか、わからないように顔を隠して
声もなく、ひとり、立ち尽くしている
一人で、一人きりで

「・・・

呼んでみた
ここに留まったのは、間違いだったのかもしれない
自分の中でけりをつけたくて、やめたくて、忘れたくてさよならを言ったのに
揺れる、揺れる
のあんな姿を見たら
今までに知らなかった姿を見たら
・・・泣くな」
傍にいなければ、が失恋したなどと知らなくてすんだのに
あんな風に演技しているところを見なければ、その心の中があれほどに傷ついていると知り得なかったのに
「知ったら・・・また・・・気になるだろ・・・」
もう想わないと決めたのに
もう触れないし、もうキスしない
忘れるんだと決めたのに

「ヘレン、あなたを想う男はここにいます」

メモを書く手が震える気がした
こんな言葉に何の意味があるだろう
ヘレンの恋の相手はピーターだ、の恋の相手は知らない誰かだ
たとえエルがヘレンを愛していたとしても、たとえ珪がを想っていたとしても
そんなことが何になるというのか
想いは通じない
エルはヘレンに振り向いてもらえない、珪もの世界にはいない
(俺って・・・バカ・・・)
忘れようとしてるのに
これ以上傷つきたくないから、さよならと言ったのに
まだ好きなのだろうか
まだ、想っているのだろうか
ここで知らなかったに触れるたび
教室でのあの優しい笑顔以外を知るたびに、魅かれる一方で戻れない
断ち切りたいのに、ずるずると引きずられたまま
(バカにはなりたくない・・・)
立ち上がって、苦笑した
痛いのは嫌だ、苦しいのも
届かないのに、これ以上どうしろというのか
「俺には関係ない・・・」
無理矢理、想いを封印するかのように呟いて、珪はメモを握りしめた
ゴミ箱に投げ捨てて、溜息を吐く
こうして何度も何度もこんなことを繰り返して、いつか
いつか忘れられる日が来るのだろうか
この胸からが消える日が来るのだろうか


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