初恋の終り (葉月×主2)


学校では、文化祭の準備が始まっていた
くじ引きで班分けをして、その班でテーブルクロスを用意したり、教室の飾りつけを考えたり、当日の音楽のためのCDを探したり、簡単なエプロンを用意したりと仕事の担当分けがなされている
は、女の子ばかりの班で教室の飾りつけとメニュー作成担当班
珪は男女混合の班で、テーブルとイスの確保、ちょっとした手入れを担当していた
広い特別教室を借りることができたから、カフェっぽくしようとテーブルは男子が張り切って作っている
といっても、学校の物置に眠っていた古い机、椅子なんかを解体したり、組み立てたり、色を塗ったりと簡単な作業ばかりなのだが
「・・・いってーっ」
高校生が普段使い慣れていないノコギリやクギやトンカチを使うので、怪我人がたまにでる
まだ、大怪我は出ていないものの、トンカチで指を叩いただの、木片に躓いて転んだだの、
珪も昨日、割れたツボの破片で手を切った
それで今、不便にも片手で出来上がったイスにペンキを塗ったりしている

作業は毎日 放課後に行われており、班で話し合って作業日を決めてやったり、
クラブが忙しくない子が率先してやったりしている
今日の作業参加者は、クラスの半分くらい
廊下でポスターを書いているグループと、教室の後ろでテーブル作りをしているグループと、被服室でカーテンやテーブルクロスを縫っているグループ
そして、図書室でメニューの作成をしている達のグループ
カラフルな色鉛筆でティーカップのイラストに色を塗りながら、はぼんやりと珪のことを考えていた
(葉月くん・・・大丈夫かな・・・)
今でもは、朝はギリギリに来て、休み時間は席を外し、放課後は真っ先に教室を出る
なるべく珪と顔をあわさないようにしたり、なるべく友達といるようにして意地悪されないように逃げている
あの、夏休みの後のキスから、珪には一度も捕まってないけれど
は珪にされたことを忘れられない
キスも、抱きしめられたのも、
怖いような、不安のような、そんな気持ちがずっと残って それはけして甘い記憶にはならなかった
なのに、いつも珪のことを考えている
授業中、当てられた珪の声を聞くとドキドキするし、姿を見かけると嬉しくなる
写真集は毎日見てるし、珪の出ている雑誌は全部チェックしてる
インタビューも読んでいるし、どんな小さな情報だった見逃さない
それくらい、好き
でも、本物を前にしたら、自分の中の珪とあまりに違って、その違いが悲しくて怖くて身体がすくむ
(痛そうだったな・・・)
昨日、教室での班が打ち合わせをしている時、珪が怪我をした
珪と作業していた女子が悲鳴を上げて、見たら教室の床に血がこぼれていて、
誰かが保健室とか、救急車とか叫んでいた
当の本人は、無言で立ち上がって女の子が差し出したハンカチを傷口に当てて一人で保健室に行ってしまったのだけど
そして10分後にはいつも通りの顔で戻ってきて、大丈夫だとか言っていたのだけれど
(・・・傷、残ったりしないかな)
珪は男だから、傷なんて平気かもしれないけれど
あの床に残っていた血を思い出すと、思考が止まりそうになる
は、血とかそういうのが、苦手だった
怖くて、昔から見るだけで震えていたような気がする
(葉月くんの怪我が、早く治るといいな・・・)
そっと、心の中で祈ってみた
本人に、直接言うことはできなかったから

その日、の班はメニューを1つ1つ手作りで10個も作り上げた
下校時間ギリギリだったから、みんなはそのまま校門を出て、教室にカバンを置いてきただけが出来上がったメニューを持って教室へ向かった
もうみんな帰ってしまっていたら、自分が鍵をかけなければならないなと考えながら廊下を歩く
そして、隣のクラスの前まできて ふと足を止めた
誰もいない廊下の向こう、珪が歩いてくるのが見えた
ドキとする
逃げようと思ったけど、上手く身体が動かなかった
立ち尽くすに、珪は無言で近づいてくる
「・・・逃げないのか?」
いつもの、落ち着いた声
始業式の日以来、はじめて自分にかけられる言葉
「あ・・・、」
身体が熱くなるようだった
珪の声、大好きだと思った
緑の目に、どこか意地悪な色が浮かんでいるのに、吸い込まれそうになる
キレイな人、大好きだった王子
今はもうどこにもいない、自分だけの甘い記憶の初恋の人
「手・・・、大丈夫・・・?」
は、立ち尽くしたまま言った
珪の目が、を見つめる
そして、ゆっくりと包帯を巻いている自分の左手をの前に出した
「かすり傷、たいしたことない」
血はたくさん出たけど、と
笑ったような珪は、その怪我をしている手での頬に手を触れた
ドクン、と心臓が跳ねる
キスされたことが蘇って、は逃げ出そうと一歩あとずさった
だけど、それより早くに珪が、もう片方の手での腕を取る
動けなかった
真っ赤になったは言葉もなく、ただ珪を見つめているだけ
珪は、包帯の手をすべらせて、そんなの唇に指を触れた
「俺の言ったこと、覚えてるか・・・?」
「え・・・?」
「おまえが俺を好きになるまで、追いかける・・・」
そう言った、と
静かな声で珪はいい、それからの顔を見つめた
静かな廊下、心臓の音が響きそう
は返事ができる程、冷静にはなれなかった
捕まえられている手、触れられている唇
心臓が爆発する
動けない
緑の目に吸い込まれる
まるで金縛りにでもあったみたいなに、珪が苦笑した
ユラ、と目が揺れる
その光に、切ないものが浮かんだように思えて、の心は瞬間ギュッとなった
わけがわからない痛みが、胸をしめつけていく
どうして、珪がそんな風にするのかわからなかった
「あれ・・・、撤回」
珪が言葉を続けた
淡々とした、温度のない言葉だと思った
もう、目の憂いは消えている
幻だったのかと、思った
「おまえのことなんか、もうどうでもいい
 だからもう追いかけないし、捕まえない」

話しかけない、触れない、だからもうキスもしない

そう言って、珪はから離れた
静かな廊下に足音だけが響いていく
金の髪、緑の目の王子様
大好きな人の後姿が遠ざかっていくのを、はただ立ち尽くして見ていた
言葉の意味はまだよくわからなかったけれど、勝手に涙がこぼれていった
珪を好きだという心が、きしんだみたいにギュっとなった

次の日、珪は同じクラスの女の子と一緒に登校した
という名の彼女は、珪のファンで珪のおっかけ
この文化祭の班分けでも、珪と同じ班になってずっと一緒にいる、そんな存在
噂は一瞬で広まって、は教室で友達に囲まれながら嬉しそうに、珪に告白されたんだと言った
白いレースのハンカチを大切そうに手に持っている
珪が手を怪我した時に とっさに渡したハンカチが汚れてしまったから、珪が新しいのをプレゼントしてくれたといって
その時、付き合って欲しいといわれたんだと彼女は笑った
頬を染めて、嬉しそうに話す様子に羨望の視線を向ける子も多い
でもは、そういう気持ちになれなかった
羨ましいとは思わない
ただ、あれから一日たった今、悲しくて仕方がないだけ
大好きだった王子に相応しい姫になりたかったのに
だから、プロダクションに入って修行をしていたのに
勉強だって一生懸命やったのに
みんなが好きになってくれるような、誰もが認めるような優等生になって、
あの姫が成長したらきっとこんな風な女性だという理想を演じて、それになれるよう努力していたのに

(・・・無駄になっちゃった・・・)

なぜか、珪に嫌われて意地悪されて
そして、昨日、それももうやめるといわれてしまった
意地悪なことを言われるのも、強い力で捕まえられるのも、キスされるのも怖かった
やめて欲しいと思っていた
あの優しかった王子は もういないんだと悲しかった
だけど、それでも珪に触れられれば、珪の体温だけは感じることができた
でももう二度と、それも手に入らない

(私、何か葉月くんの気にさわること・・・したのかな・・・)

出会いがいけなかったのだろうか
ロクに前も見ずに走っていて、ぶつかってしまった
あの時、ちゃんと謝っただろうか
何か怒らせるようなことを言っただろうか
それともクラスでの発言や態度が気に障ったのだろうか
優等生ぶっているだけで、本当は違うんだということ 珪にはわかったのかもしれない
そして、そんなが勘にさわったのかもしれない

(わかんない・・・)

そして、それでもわかっていることは、もう、珪は触れてくれないということ
話しかけてくれなくて、追いかけてくれなくて、
だからキスも、もうしない

昨日さんざん泣いたのに、また涙がこぼれた
誰にも見られたくなくて、そっと席をたって屋上へ向かった
ぼろぼろこぼれる、涙
珪に相応しい人になるまえに、ふられてしまったようなもの
もう、お前なんてどうでもいいと
その言葉を、何度も自分の中で繰り返して、ようやく何を言われたのか理解して
そして、は泣いた
甘かった初恋が終ったんだと、知った


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