遠い二人 (葉月×主2)


「エル、初恋は、特別なものだと思いますか?」

そのメモを見たとき、珪の中の切なさは 一気に熱を持ってグラグラ揺れた
初恋は、特別か
そう聞かれたら、珪は特別だと答えるだろう
あの緑の季節、泣いている可愛い女の子と出会って、淡い恋心を持った
そして一緒に過ごすうち、まるで妖精みたいにフワフワしたその子を好きになった
よく笑う子だった、そのくせとても泣き虫だった
そのどこか頼りない様子に、絵本の中の姫が出てきたみたいだと思った
では、この可愛らしい姫に、自分もまた絵本の王子のような愛を捧げようと珪は誓った
あの別れが二人を引き離すまで
「初恋」
は、その相手だ
運命の悪戯で再会した
だが、珪はもう あの頃の王子ではない
真っ直ぐで純真だった頃には戻れない
自分の好きなように、生きてきた
人の気持ちなんて考えなかった
ワガママで、変わっているという評価は飽きるほど
女の子からの告白も、うんざりするほど
聞くうちに冷めたような気持ちになったり、諦めのような想いを知ったり
そうしてたくさんの人を無視して、たくさんの人を傷つけて、たくさんの想いを殺してきた
自分には、夢の中の姫に愛を捧げる資格はない
と、あの記憶を共有する資格はない

「ヘレン、あなたにとって初恋は、特別なものなのでしょうね」

いつものメモに返事を書いた
がたまにくれるメッセージが、珪には嬉しかった
珪の中のエルも、嬉しいだろうと思う
ヘレンから、認識されているということが
空気ではなく、いないものでもなく、
ちゃんとヘレンの世界に、エルという男がいるということが
(俺も、の世界にいたらいいのに・・・)
はあの記憶を覚えていないのだろう
そして、なぜだか知らないが珪を嫌っている
感じるのだろうか、珪の黒い部分を
だから避けるのか、だから逃げるのか
目を合わせない、話しかけない、一緒にいたくない、だからいつも遠くにいる

珪にとっては遠い
理不尽に、避けられて、その仕打ちに珪は意地悪をする
そして、二人の距離はまた広がっていく
(なのに冷めない)
溜息をついた
珪の恋の相手は、教室で優しく笑っただった
だけど、劇場で知ったや、この稽古場で感じたにも心を奪われていく
冷めるどころかこの恋は、ますます熱を持っていく気がする
理由もなく、意味もなく
そして、想いに反して二人の距離は縮まらない

溜息をついた
最初に、間違ってしまったのだ
優しくできれば、こんな風にはならなかったかもしれない
(でも、最初に避けたのはあっちだ・・・)
では、何か、あの再会の時、をおびえさせるような何かを見せたのだろうか
(助け起こしてあげただけ、なのに・・・)
理不尽な仕打ち
他の男には笑いかけるが、憎いような気さえする
こっちを見てほしい
話をしたい
なのに届かない
この稽古場や舞台では、もっと近くに感じるのに

「ヘレン、エルの初恋は」

書きかけて、途中でペンを置いた
エルの初恋はきっと、ヘレンだろう
美しいヘレンを見て、心を奪われたエルは、傍を離れられなくなって使用人として留まったのだ
見ていたかったから
触れていたかったから
彼女の世界の中に存在したかったから

「エルの初恋はきっと、あなたです」

書いたら、胸がぎゅっとなった
この恋は苦しい
たかだか初恋の続きのくせに、こんなにも熱くなっている
もういい加減、見込みがないんだから諦めればいいのに
冷めればいいのに
いつもみたいに、もういいか、って
言えればいいのに
忘れればいいのに

メモをグシャと握りつぶして、傍のゴミバコに投げ込んだ
エルの初恋がヘレンだって、物語は何も変わらない
ヘレンには、ピーターという恋人しか見えていないのだから
エルはただ空気のように、そこにいるだけの悲しい男なのだから

「どうにかしよう」

苦笑した
のことを、どうにかしなくてはならない
こういう風に、誰かのせいでこんなに心が痛かったり、
切なかったり、苦しかったり、熱かったりするのは初めてだった
珪は頭が良くて、運動神経もよくて、やろうと思えば何でもできた
たいした努力もなく、そこそこの結果を出せたから いつも全力を出さずに生きてきた
欲しいものは大抵手に入ったし、手に入らないもので欲しいと切望するものもなかった
何にも執着しない人
なのに、あらゆるものを手に入れられる人
誰かが、珪のことをそう評価したとき、そうかもしれないとぼんやり思った
どこか他人事
どこか、冷めていた自分
何かに熱中したり、夢中になったり、目標のために努力したりする人を 無感慨に眺めていた
ああいう気持ちは、一体どこから沸いてくるのだろうと不思議だった

今、自分の中にそれを感じている
欲しいものが手に入らなくて、苛立つ気持ち
こっちを見てほしい人に無視される苦しい気持ち
思い通りにならないことがあるという不満と不安
なのに、の言動に一喜一憂する心
他人に、こんなにも振り回されるのは嫌だと思った
自分でどうにもならないものがあるなんて、今まで経験したことがない
だから、もうずっと、
と再会してから、珪は息がつまって窒息しそうだ

(このままだと、に殺されるんじゃないか・・・)

だから、何とかしないと、と思う
手に入らないのだ
バカじゃないから、わかる
はこちらを見ない
教室での笑顔は珪には向けられないし、ここでくれる言葉はすべて「エル」へのもの
珪には何も向いてない
珪とは、繋がってない
だから、諦めて、忘れてしまう他、珪には方法がないと思った
でないと本当に、この恋に殺されてしまうような気がするから

溜息をついて、珪は稽古場を後にした
こんなところにいるから、ダメなのかもしれない
のいる世界を知りたいと思って、興味でここへ来た
が傍にいるから、と慣れない芝居もしてみたけど
(やめようかな・・・)
あの目隠しをが取って、自分がここにいると知り、おびえた顔をする前に
珪から逃げ出してしまう、その後姿を見て傷つく前に
考えて苦笑した
それでも、嫌われても、
の姿を見ていたいと思った自分が可笑しかった
こんなに焦がれた人は、今までにない


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